ある「元」光の戦士の6.02その9「それで依頼主を殴り倒してしまったと」
ファノヴの里の長、アルメは右手を頭にあてて考え込んでいる。小さくため息も聞こえる。
「なるべく里でやっかいごとはやめてほしいのだがな」
「メンボクナイ」
フィーネは虚空を見ながら淡々と謝罪する。
これは「ワタシワルクナイヨ」と思っている時の顔だ。
「だってあいつが先にさぁ」
ぶつぶつ言い出した彼女の話に割って入った者がいる。
「なになにやっかいごとって」
アルメの妹のウィメである。
「楽しそうに言うんじゃあない」
長女が次女をたしなめる。
「楽しいだろーやっかいごと」
気にも止めない様子でフィーネから事の次第を聞き出していく。
「あー、そいつこの間シャイメに振られたやつじゃん。いーよその辺に転がしておけば」
「良くはない」
またひとつ、アルメのため息が増える。
フィーネに兄弟姉妹はいないのだが、いればこんなふうににぎやかな生活だったのだろうか。とはいえ、アルメ、ウィメ、シャイメの三人のうちにぎやかなのはウィメだけである。姉妹でも性格は違うものだなあと思う。
「でなんでこまってんの」
「ミーン工芸館の職人として来たのに、依頼主を殴り倒してしまったから依頼が完遂できないんだよ」
「それってなんかだめなの」
「依頼を引き受けておいて、できませんでした、っていうと工芸館が私に仕事を回してくれるかわからないよね。商売は信用が大事だし、依頼主を殴る職人がいるって噂になるのも困る。だからと言って客の言いなりになってはいけなくて」
「え、フィーネって真面目な話できるの」
突然仕事観を語り出したフィーネに対してウィメが目を丸くする。
「私のイメージどうなってるの」
「日ごろのおこないなのだわ」
「フェオ〜ひどい」
「ふふふ〜」
フィーネはフェオと戯れ現実逃避を始める。
その様子をアルメとウィメは物珍しそうに眺めていた。
「なんだか様子が違うね。フィーネってこんなだったか」
ウィメが肩に立てかけた槍をゆする。
「いいや。前はもっと……なんというか、堅苦しいやつだった」
「堅苦しい?私の『かわいい若木』が」
今度はフェオの目が丸くなる。
「そんなことはない」
フィーネは否定するが、三つの好奇の視線にさらされる。
フィーネはフードをすっぽりかぶって顔を隠した。
「堅苦しいっていうか、なんか距離を感じたよなあ」
「気負い過ぎているようにも見えたかな」
姉妹に口々に言われ、フィーネは肩をすくめる。
「そんなつもりはないんだけど」
顔を隠したままフィーネが話し続ける。
「だいたい、不真面目で堅苦しいとか……矛盾してるでしょう」
「不真面目とは言ってなーい」
「ウィメの言っていることもわかるというか。なんだかぎこちなかったんだよ」
フェオはフィーネのしっぽの上に座って鱗をなでていた。
「忙しかったんだよ、その時期は」
「ああ、悪く言ったつもりはないんだ。すまないね」
「うんうん、今のほうが良いってこと」
フィーネがフードを少し上げて顔を見せる。
「そうかなあ」
「そうさ」
「今なら仲良くなれそう」
そんなに距離を感じていたのだろうか。大罪喰いを倒して回っていた頃は必死で、記憶が曖昧といえば曖昧だが。
「良かったじゃない。友だちができそうよ」
フェオがぽんぽんとフィーネのおしりをたたく。当の本人はアルメとウィメの顔を交互に見ている。
「仲良くしてくれるかな」
「もちろん」
「良いぞー!」
二人の快諾に安堵したのか、フードを脱いだフィーネが口を開く。
「じゃあ……」
「じゃあ」
「槍比べでもする」
ウィメが輝く目で尋ねるが、フィーネは少しうつむいている。
アルメとウィメが顔を見合わせた時「ぐぎゅるるるる」という音が鳴り響いた。
「お腹が空いたので……ごはん食べさせて」
お腹の音を響かせながら、申し訳無さそうにフィーネが頼む。
「だいなしなのだわ」
ころころとしたピクシーの笑い声が森にこだました。