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    kari

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    kari

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    フィヘミ
    弱った男が拒むのも、求めるのも(ヘミ視点)

    船と錨 1人きりのはずの自室には何か大きな生き物の息遣いが震えていた。時折苦し気な呻き声も混じる。俯いて両手を覗き込もうとしても、10本の指は欠けたように闇に溶けていた。眩暈が酷くなって嘔吐いたことでようやく俺は理解する。生き物は俺自身であったということに。
     消える。消えてしまう。抜け出す方法もわからない地続きの永遠で彷徨ったのは、完璧な理想が己を食らい尽くしてしまおうとしたのは、あれは確かな過去だったろうか?俺は未だ憐れな獣の姿のまま、誰かの描いた架空で逃げ惑っているだけなのではないか?いや、馬鹿な、ちがう!俺は自分の創った虚像に打ち勝った。勇猛果敢に、とは言い難い勝利だったとしても確かに掴んだはずだ。あの手を。俺の救い……。
     
    「アーネスト。しっかりしろ、息をして……そう、いいぞ」
     いつの間にかスコットが傍らにいて、2人とも床に座り込んでいた。やけに狭まった視界いっぱいに奴の顔があり、耳には荒い呼吸音が響いている。喧しいな、と思うそばからそれが自分のものだと再度認識する。冷え切った身体に染み入る温もりの正体は肩を抱くスコットの掌だった。
    「…………なぜ、…………」
     やっとのことで絞り出した声は掠れて酷いものだ。
    「おっと、勝手に入ったからって怒るなよ?隣の部屋から大きな音がしたら、様子を見に来るのは別に罪じゃないだろ。俺の安眠を守るためにも仕方ないことだったのさ。こんな真夜中に駆けつけてくれる優しい隣人がいてLuckyだったな!ま、俺は今夜もパーティで本当はたった今帰ってきたところだが」
     べらべらと止まらぬ長台詞を聞いているうちに、呼吸も思考も徐々に落ち着いてくる。それを見て取ったのか、相手の表情からも焦りの影が消えていった。さり気ない動作で肩に置かれていた手が腕をたどって俺の手を取ろうとしたので、反射的に身を引いてその手から逃れる。襲われた混乱の中で見た一筋の光明、それが奴の手だったことを思い出して急激に羞恥に襲われる。俺はいつまでお前に縋ってしまった記憶に囚われていなければならないのか。
     そんな俺の葛藤を知ってか知らずかスコットは構わずに腕を伸ばして追いかけてきた。
    「俺の手を取れ、アーネスト」
    「……っ!断る、あんな惨めな思いは一度きりでも充分過ぎる」
     こいつの手を取るのが恐いわけじゃない。俺自身の『強さ』という薄っぺらなメッキが剥がれてしまうことが何より恐ろしいのだ。
    「Why not 俺がいればお前は何処にだって行けるぜ?」
    「はっ!先駆者気取りか?馬鹿にするな!俺は俺の意志で作家になり、文豪になった!お前に導いてもらったお陰だ、とでも言って欲しいのか?思い上がるなよ!!」
     荒げて張り上げた声のわりには内容が情けない。その自覚があるからこそ、俺は鋭い眼光を決してスコットから逸らさなかった。恐ろしい敵に立ち向かう時と同様に、隙を見せれば負けてしまうと信じている。ふいに絨毯を掻き毟っていた左手に己のものより細い指が絡み付いてきた。指の股をなぞるその動きにぞわりと首の後ろが総毛立って身体が硬直する。労るように撫でながらわざわざ目の高さまで持ち上げ、同じ左手を絡めてくる。
    「馬鹿だな、アーネスト。先導するのはお前の方だよ」
     身動きすら出来ずにいるうちに、重ねた手と手がそれぞれに同じ温度へと変わっていく。
     
     苦しい。ひどく苦しい。
     小説家として名を上げたのも、勝手に死んでしまったのも、新たな闘いの場へ躍り出たのも、腹立たしいことだが全部コイツが先だというのに。
     なのに何故、いつだってお前は俺を前へと進ませようと背を押すんだ。
     
     滑らかなシルクの手触りにも似た声で囁くスコットは穏やかな表情のままだ。
    「俺はお前の錨だよ。冒険好きで好戦的なアーネストが遠くに行き過ぎてしまわないように、この手で繋ぎとめておくのが俺の役目なのさ」
     だから、と続けた言葉の先を俺は聞きたくなどはなかったのだ。本当に。しかし奴が手を掴んで離さないから、幸福な愚か者の如く微笑むから、仕方がなかった。
    「何処までも好きなだけ進めよ、アーネスト。俺もなるべく振りほどかれないようにするから、お前も気が向いたら振り返ってみてくれ」
     指と指を交差させたままの手をそっと引寄せ、信じがたいことに俺の手を壊れ物のように扱う様をただ唖然として眺めていた。計算され尽くした彫刻のようなスコットの顔を見ていると、胸の奥に相反する二つの感情が混ざり合って喉元へと迫ってくる。だが、言葉には出来なかった。代わりというべきか、ふと己の作品の一節が頭の中に浮かんで消えた。それが、答えだった。
     
     
     俺はお前が大好きだと認めざるを得ない。だが一方で、俺はきっとお前を殺してやるぞ、と心から誓ってみせるのだ。俺達の間にある感情は、それくらいで丁度良い。何故なら進む船の終着点は必ず死なのだから。


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