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    kari

    仮です。

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    kari

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    向かい合って目を合わせても罵倒せず殴り合わないフィヘミ。
    最高難易度★★★★★。虫の息。

    最初にお前が酒を飲む(以下略) その時自分が相当な間抜け面だった自覚があるので、俺は相手が吹き出したのも無理はないと思った。というか、思おうとしたけど無理だった。何故なら吹き出した相手はあのアーネストで、場所がベッドの上、もっと詳しく言うならベッドに押し倒された俺の上にアーネストが覆い被さっている状態で、そもそも間抜け面になるほど驚かされた原因がアーネストからの突然のキスだったからだ。要約:原因はアーネスト。
     
     
     酔いを愛する文豪達に年末の埋め合わせだと渡された『とっておきの酒』とやらを抱えて、俺はまたしても恋人の部屋を訪れた。軽快なノック音のおかげで扉の向こう側にも誰が来たのか伝わったようで、顔を出した時点でアーネストの眉間には深い皺が刻まれている。だがその程度のリアクションは想定内だった俺がこれ見よがしに一升瓶を振って見せると、ためらう素振りのあと我が国の誇れる酒豪は渋々と身体をずらして招き入れてくれた。いつか土産なしでも歓迎して欲しいものだ、とは少々悲しい願いだろうか。それはさておき、すぐに酒宴が始まる。
     貰い物の日本酒は素晴らしく口当たりが良くてもちろん美味かったが、キツイ酒ばかり飲んできた俺にはいささかパンチが足りないような気がした。同郷で同世代の男の方も同じ意見かと思ったのだが、カクテルに名前が付く程の人間は「これも味わい深い」などと気取ったことを言って杯を重ねていく。結局、瓶のほとんどがアーネストの喉を通って消えた。
     変化が表れてきたのはその頃からだ。散々バーで飲んだあげくに持ち帰り用のカクテルまで用意させるような男が、時折頭をフラつかせては瞬きを繰り返す。
    「Hey まさかもう酔ったのか?」
     冗談交じりに投げ掛けた台詞は、受け止められもせずに気まずくその場で消えていった。アーネストが俺の冗談に激昂するのはいつものことだが、無視をするのはよほど腹に据えかねた時だけだ。まさか今ので怒ったのか?と慌てた俺が次に感じたものといえば、背中に弾むスプリングと唇に温度の高い“何か”だった。離れていく“何か”の正体がわかったのは、得意満面なアーネストの顔が視界いっぱいに広がったことによってだ。
    「……………………What」
    「フッ!」
     顔を背けて吹き出したアーネストがそのままくくくと笑い出しても、俄にはそれが現実と思えなかった。
    (あのアーネストが?自分から俺に?キスをした!?)
     断っておくが、現在俺達の関係が恋人同士であることは真実だ。例え照れ屋で頑なな強情っぱりの相手から一切積極的なアプローチがなかったとしても、それ以上に自分が愛してやればいいだけだと俺はすっかり開き直っていた。だからこれは再会して喧嘩をして恋をして互いに想いを通じ合わせてから初めて、そうまさしく初めてアーネストが自ら俺に対して行った愛情表現(だと思われる行為)である。思わずすぐ近くのテーブルに置かれたままの酒瓶に視線を向けた。あれは魔法の薬か何かだったのだろうか?未だにアーネストは常ならば絶対に見ることの出来ないふわふわとした柔らかな表情のままだ。外面には人一倍気を配る人間なので、もしかしたら俺以外にはこんな穏やかな顔を意識的に作ってみせているのかもしれない。だがこんなにも無防備な姿を知っているのは絶対に俺だけであって欲しい。
     俺が考え込んでいる間にも酔っ払いはくすくすと笑いをこぼして、鼻先を首筋に擦り付けてくる。あの意地っ張りで頑固なアーネスト・ヘミングウェイが!想像すらしたことのない甘え方に動揺して身体が硬直してしまった。しかしながら感情はまた別の話なので、素直に嬉しくて口元がニヤけるのを抑えられない。
    「ずいぶん楽しそうだな?」
     ついいつもの調子で話しかけてしまう。即座に顔を上げたアーネストにまた驚かされるが、その目を見てすぐにまだまだ饗宴は続きそうだと理解した。赤い頬の上で蕩けたグリーンが爛々と輝いている。突然、遠慮ない力強さで俺の頬を両手で挟み、指で眉や鼻筋、唇などの形を好き勝手に確かめ始めた。乱雑だが乱暴ではないその動きに多少痛みを覚えつつも、アーネストのなすがままにしておく。そうしてさらには気紛れに、顔のあちこちへと肉厚な唇を落ちてくるものだから俺の機嫌は右肩上がりも良いとこだった。もう一度しっかりと味わった相手の口内はやはり熱くて、不思議なことについさっきまで物足りなかった酒の味が甘露のように感じられて舌先がピリピリと刺激される。ただしやはり性なので隙をみては軽口をたたくのをやめられなかった。
    「どうかな?俺の目と鼻と口はきちんとあるべきところに収まってるかい?」
     自分でも呆れてしまう程に浮かれた声だ。ふざけて問いかけても不機嫌に眉根を寄せることもない相手の姿が珍しく、またほんの少し物足りない気もした。
    「ばかなまぬけづらだ」
    「そりゃないだろ、意地悪め」
     つい先ほど本当に間抜け面を晒したばかりではあったが、お返しとばかりに軽く耳を引っ張って抗議すればアーネストは肩を震わせて笑いを噛み殺そうとした。それも結局は失敗に終わり、俺の胸の上で笑い転げている。男としては全く羨ましい限りの体格の良さであるアーネストに全身を委ねられると、ベッドも俺自身も軋んでしまいそうではあったがそこは沽券に関わるのでなんとか堪えた。
    「おまえはばかだな」
    「いいさ、アーネストがそんなに気に入ったなら俺の名前の頭に付けたって構わない。偉大なる“ばか・スコット・フィッツジェラルド”」
    「ばかめ」
     今夜はすっかりそこに居座ることに決めたらしい笑みを口元に浮かべ、凍らせた度数の高い酒のようにとろみがかった瞳がぼんやりと俺を見つめている。ふと思い立って、普段は面と向かって口にするのを許してもらえない愛の言葉を吹き込んでみた。今宵の魔法は本当に強力らしく、言葉を理解したアーネストから罵声や拳が飛んでくることはない。代わりに小さく頷いたまま、伏せた頭と赤くなった左耳が答えのようだった。俺の胸にもう片方の耳を当てて心音を確かめるようにじっとしているアーネストの頭を見下ろしていると、遠い昔に同じ光景を目にしたような気がしてくる。しばらく経ってから下敷きになった体勢のまま、右手でゆっくりと白い髪や顎髭をくすぐってやるとアーネストの呼吸が深く長いものに変わっていった。
    「寝るのか?」
    「…………」
     返事はなかった。やや苦しい状態を強いられてはいるが、俺に不満は全くない。それどころか大満足、このまま目を瞑って眠るのが惜しいくらいであった。寛ぎきって弛緩したアーネストの温もりと表情を何度も確かめて記憶に焼き付けておく。ついでに奇跡的に相手からもたらされたキスの感触も。
     だが明日のためにも少しは休息をとらなくてはいけない。目が覚めたら早速、この素晴らしい『とっておきの酒』は一体どこの店で買占められるのか突き止めなければ、と固い決心をして俺は胸の上の男を抱き締めなおした。


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