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    kari

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    kari

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    書きたいところだけを詰め込んだフィヘミ。
    趣味に走りきったのでご注意ください。

    空箱※ギャ視点
    ※絶筆がある世界の続き
    ※ヘミの退行表現
    ※図書館及び司書が不穏
    ※GGの箱庭化






     
     夜更け過ぎに気配がして、私は目を覚ます。といっても宵っ張りな存在である己のことだから、ベッドに入るのはほとんどポーズのようなものだ。そしてわざわざそんなことをするのには当然理由がある。
    「…………」
     小さく微かな呼び声が聞こえてくる。溜息を吐き、私は毛布をはいでベッドから足をおろした。
     奥まった部屋の扉に鍵を挿しこめてひねる。カチリと音が響くたび、私は時計の針音を思い出した。決して巻き戻らない時計の針を。調度品が床に散らばり、荒れ果てた部屋の隅で震える生き物は毎夜と全く同じ姿だ。大きな身体を丸め、乱した白い髪を抱えたまま何度も何度も聞き慣れた名前を呼ぶ。呼び声の悲痛さは細い糸の如く頼りなく連なった。暗い夜の連続は私の心を徐々に重苦しくさせる。それでも手放せないのだ。私にはこの世界以外に行く場所などなく、そして生みの親であり兄弟であるスコットがこの狂った幻想を求むならそれ以上の理由など探す価値もないのだから。
    「さぁ、立ってベッドに戻ってください。今夜はなんです?」
     以前急に明かりを点けて暴れられた苦い経験があるので、まずは側に寄って静かに声をかけた。すると呪文のような呟きは消え、暗闇に緑の目が2つ浮かぶ。心乱されたはずの人間にしては不思議なほどに澄んだ瞳だ。
    「ミスター・ヘミングウェイ」
     そう呼びかけてもいつかと同じ応えは返ってこない。かつて傷ついたライオンであった男は、今や自分の名もわからぬ空の器だった。
     
     
     その男を背負って駈け込んできた時、スコット自身もかなりの重傷を負っていた。そして彼の背に圧し掛かる大きな身体はすでにすっかり冷たくなっていたのだった。急いで怪我の手当をしようとする私の手を振り払い、スコットはヘミングウェイを寝室に運べと叫んだ。常にない兄弟の切迫した様子に気圧され、すでに息のない者をベッドへと横たえさせる。状況を訊ねるよりも先に君の治療を許してくれと懇願した私の必死な目を見て、魂が抜け落ちてしまったかのように放心したままスコットはやっと頷いてくれた。おざなりな手当を終え、ヘミングウェイが眠るベッドの側で立ち尽くす兄弟の背に私は何も話しかけられない。何があったのか、何故そのような怪我を負ったのか、そしてその男は生きているのか。確かめるべきことは山ほどあっても、スコットは一言たりとも言葉を投げ掛けられることを望んでいなかった。どれだけの間2人で佇んでいただろう。ついにヘミングウェイの目蓋がうっすらと持ち上がり、隣のスコットが息を呑んだことが伝わる。焦点の合わぬその瞳がゆるゆると我々を捉えたその時、小さく堅牢で穏やかな囚獄の戸が開いた音を確かに私は聞いた。
     

     「アーネストをしばらくここに置いてくれないか」
     かろうじて癒えた傷を抱えて1人図書館に戻ったスコットが、再び屋敷を訪れてそう告げる。血の気の失せたその顔は怪我ばかりが原因とはとても思えなくて、私は身を切られるような心地だった。肩を支えてふらつく身体を手近な椅子へと導く。憔悴しきった様子で頭を抱えた兄弟の独り言は、あの夜創られた牢獄に閂をかけて私達の世界を閉ざしてしまう最初のきっかけになった。
    「……“きちんと手順を踏めばもう一度会える”だって?じゃあ、ここにいるアーネストはどうなる、例え同じ魂であったとしてもソイツは俺の知ってる奴じゃない」
     その日以来、スコットが『グレート・ギャツビー』に潜書する回数は格段に多くなった。そしてその全ての時間をヘミングウェイと共に過ごしている。
    「スコット、スコット、……どこに行っていたんだ、また俺を置いていくつもりだったのか、お前など勝手にすればいい。フィッツジェラルド、その名は俺にとって……俺はお前とはちがう、痛い、寂しい、ここはどこだ?」
    「アーネスト、落ち着け。な?俺はどこにも行かないし、お前は何も心配しなくていい。ここは完璧に安全な場所だ」
     静かな部屋の隅で控える私の耳には、慣れた様子で宥める声が届く。自分が本の中から出られないことをこんなにも歯痒く思ったことはない。あの図書館がもはや以前のような状態でない事は、悔しいことに部外者の私にすらわかるほどだった。疲労の色を濃く残したまま帰ってくるスコットは、どんな取引を持ちかけたのか詳しくは教えてはくれないがどうやら欠けた文豪の穴埋めをしているらしい。そして傷も治さずにここへやってくる。
    「今じゃ補修し始めると何時間も拘束されちまう。なら、俺は俺のオアシスに癒されたい」
     やつれていても未だ輝きを失わぬ瞳を細めて笑う。片腕に欠けた男を抱えながら、貴方は私にも手を伸ばした。促されるままに近づき、その指先でなぞられた頬に微かな冷気を感じれば数日前にヘミングウェイにつけられた傷が治ったことを知る。この物語の中ではスコットは神に等しい存在だった。独善的で慈悲深く痛ましい我々の神様。
     やがて清廉なミニチュアガーデンに音楽のようなリズムが流れ出す。初めのうちは、スコットが歌を歌っているのだと思った。ぼんやりとした私の視線の先には、やはり呆と空を見つめるヘミングウェイを腕に納めるスコットいる。穏やかな声がゆったりとしたリズムで流れていき、しばらく耳にしてからようやくそれが物語だと気付いた。屋敷に並べられた大量の書物の中にあった文章と全く同じものだったから。彼は注いでいるのだ。彼が愛した魂を彼の愛する者へと、それが当然と何も疑わずに。ぐずぐずとむずかりだした存在に頬を寄せ、目元を何度も拭ってやっている。
    「コイツは俺を恨んでいるだろうな。勇敢な死を望んでいた男には残酷過ぎる仕打ちだ」
     それでも君は自虐的な台詞とは裏腹に、腕の中の存在に向けて充たされた顔を見せる。華やかさとどん底の両方の世界を生きた作家として、最後まで失われなかった強靭な精神がこれほどまでに僕を誇らしく絶望させた。僕は、私は、どうしたってこの物語の語り手に相応しくなどなれない。
     
     赤子のように泣き喚く者は一体誰なのか?男らしい気品と、勇ましい信条を掲げたアーネスト・ヘミングウェイ?本当に?例え器が同じ形をしていたとて、ひび割れた箇所から魂は零れ落ちてしまっている。それでもまだ器は以前の役目を果たしていると言えるだろうか?
     
     そんな愚かな問いなど、今この場で捨ててしまおう。愛を語って艶めくスコットの唇の美しさ以上に、信じたるものなどありはしない。それだけがこの閉ざされた場所での私と貴方と、おそらくかの男にとっての真実だった。





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