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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    元同室 押忍時空
    モブから見た元同室の短編集1。押忍時空の元同室って、うちの優等生/不良が他校の不良/優等生とつるんでる……? な謎の関係性に見えるかもしれない、というコンセプトで書いていきます。

    秘密のマドリガル 1 不愉快なんだよなぁ。もうかれこれ十分はこの状態だ。
     彼女の好きなドーナツショップの、限定フレーバーを求めて、行列に並んでいる。それは別にいい、ぼーっとするのは嫌いじゃないし、心を無にするのは得意な性分だ。そんなんだから勉強はちっともできず、むさくるしい男子校の光学園なんかに通うはめになったんだが。
     そんな俺が、イライラしている。よっぽどのことだ。理由は明らかで、さっきから遠巻きに、数え切れないほどの女子たちがチラチラ目線を向けてくるからだ。俺に、ではない、俺の目の前の男に。モテたいだの俺を見ろだの、そんなことは間違っても思わないが、こんな衆目にさらされちゃぼーっとするのも気が引けて、早く列が進みやしないかと眉根を寄せる。目の前の男の遊ばせた黒い髪が邪魔だ。
     やっとのことで、目の前の男がショーケースの正面に立った。店員の目にハートが浮かぶのがはっきり見えて、舌打ちをしたくなる。男は気だるげに数個のドーナツを指定しながら、スマートフォンを覗いて、ショーケースの向こうに話しかけた。

    「ねえ、ちょっといい」
    「ひゃい! な、なんでしょう!?」
    「この、限定のピーカンナッツ・キャラメルショコラって、もう無いの?」

     そうだ、ちょっと前に俺もそれに気づいて、思わず天を仰いだんだ。ほとんどそれ狙いで来たようなモンなのに、空になったその棚は、一向に補充される様子がない。けれど、目の前のコイツも品切れの憂い目に遭うなら、ちょっとは俺の心も晴れるか――と思った瞬間、ショーケース越しのハートの目は、彼を見据えて力強く燃えた。

    「いえ、ご用意します!」
    「え、いいの?」
    「はい、もちろん! いくつでも!」
    「そう? じゃ、それ二つ」

     唖然とする間に、彼は脇によけられて、俺の注文の番が来た。なんだ、言えば出てくるってことか。教えてくれてありがとな。

    「あー、俺もピーカンナッツ・キャラメルショコラを……」
    「そちらの商品は売り切れでございます」



    「それは、絶対フェイスくんだって! イエローウエストにそんな人、フェイスくんしかいない、絶対」

     ストロベリー・クリームチーズのドーナツを頬張りながら、彼女は息巻く。俺はうっそりとコーヒーを啜った。

    「そーかよ。知らねぇんだよな、そいつ」
    「もう、なんで知らないの。せっかく光学園に通ってるんだから、ちょっとは情報集めてきてよね」

     コイツ、俺と付き合ってるんじゃないのかよ。前々から話には聞いていたフェイスくんとかいうヤツは、芸能人でもなんでもないのに、イエローウエスト近郊でとんでもない人気を集めているイケメン、らしい。それも、光学園に通っている、らしい。噂は彼女をはじめ、学校でも聞いたことが無くはないが、都市伝説みたいなモンかと思っていた。けれど、目の前のアイツがそうだったとしたら、あの目立ちっぷりは噂通りと言えるだろう。顔を確認しなかったのが悔やまれる。……悔やまれる?

    「んもう、役立たず。で、どうだった? かっこよかった? 一人でいたの? まさか、女の子といたんじゃ!」
    「うるせ、そんなに見てねえよ。けど、なんか男友達っぽいのと一緒だった」
    「男友達?」

     限定フレーバーを断られた俺はスムーズに渡し口に流されて、結局、ヤツと同じくらいのタイミングで商品が手渡された。店員は隣にばっかり夢中で、俺の方など見もしない。ツバでも吐き掛けてやろうかなと思いながらレジに背を向け、女子の垣根を肩身狭くすり抜けようとすると、その波を堂々と抜け出してヤツの方へと歩いていく影があった。ちょうどすれ違ったそいつは男で、思わず振り返ると、気安い雰囲気でヤツに話しかけている。

    「そいつもケーキかなんかの箱っぽいの持ってたな。甘党の男とか……」
    「そんなことはどうでもいい! フェイスくん、男とはほとんどつるまないのに、誰だろう。どんな人だった? 光学園の人かな」
    「知らねえよ。金髪で俺より背が高くて、けど、光学園の生徒じゃなさそうだな。もっと、なんつうか、イイ子ちゃんっぽい感じの男だった」

     彼女はドーナツを食べ終えた指を、口に含んで行儀悪く舐める。それをぼーっと眺める俺より、ヤツのことを考える彼女の目はよっぽど真剣だ。

    「イイ子ちゃん……? ますます分からない。クラブ仲間でもないってこと? 一体誰なの……?」

     俺は箱の中からチョコレート味のドーナツを取り出して、穴を割らない程度にちぎり、口に運んだ。真っ黒いそれは胸焼けしそうなほどに甘くて、ここにキャラメルまで合わさったらたまったもんじゃないと、俺はぬるくなったコーヒーで口の中を洗い流した。


    【秘密のマドリガル つづく】
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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