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    お箸で摘む程度

    @opw084

    キャプション頭に登場人物/CPを表記しています。
    恋愛解釈は一切していません。

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    お箸で摘む程度

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    元同室 押忍時空
    モブから見た元同室の短編集2。ウィルのファンの後輩「わたし」が、ウィルを観察する中で裏の顔を見つけてしまうお話。
    ※ウィル夢

    秘密のマドリガル 2 この道は右側から西日が差し込むから、まぶしいし、逆光だし、目が痛い。あそこの交差点で引っ掛かりませんようにと願ったら、バスはスムーズに左折した。ほっと息をついて、また、前方を盗み見る。
     万南生でぎゅうぎゅう詰めのバスのいちばん後ろの左隅に、わたしは身を縮こまらせている。積載量オーバーとしか思えない空間の、ちょうど真ん中あたりに立っている、ウィル先輩。

    (ああ、今日はラッキー……顔を拝める位置なんて)

     先輩を待って、二、三本バスを見送るくらいは当たり前。そのたびに忘れ物をするふりをして、そのたびに先頭に並ぶから、わたしの定位置は大体ここ。あとからやってくるウィル先輩の位置によって、後頭部が見えたり、後ろ姿が見えたり、何も見えなかったり、運がよければ顔が見える。今日は優先席の前に立ってくれたおかげで、その表情から上半身までばっちりだ。ありがとう、優先席とかいう文化と、優先席に座りはしないウィル先輩の人間性。


     わたしがウィル先輩に夢中になのは、入学して少ししたころ、屋上でその姿を見かけたときからだ。ベンチでお弁当を食べていたら、花壇にとつぜん長身の影が立ち上がって、思わず大声を出しそうなほど驚いたのを覚えている。それをなんとかこらえて、手で口を塞ぎながら見ていると、その花壇の花の株一つひとつに目を向けて、土を盛ったり、肥料を与えたりしているらしかった。その優しい手つき。慈愛のまなざし。最後にホースで水を撒く、飛沫のキラキラの中に彼の姿が、あまりにも“良”くって、わたしの鼓動は暴れたままだった。わたしはあわててお弁当を掻き込み、彼に見つからないように屋上を後にすると、その正体を探りにかかった。数日後の放課後に、それは判明した。部活動紹介を巡っていたら、姿があったのだ。園芸部の部長の、ウィル・スプラウト先輩。

     ところで、わたしは先輩と話したことがない。屋上で見かけたときも、部活動紹介でも、家が同じ方向だとわかってからも、先輩の視界にまともに入ったことすら無いはずだ。
     だって、わたし、遠くから見ていたいの。絶対にバレたくはない。恋に落ちても付き合うなんてもってのほか、認知はいらないの。ウィル先輩ってなんだか“尊い”って感じで、“好きな人”より“推し”なのよ。先輩はその後、六月の生徒会選挙に出馬して、みごと生徒会長に就任した。わたしの周りにも、ウィル先輩をかっこいいと言う声は後を絶たなくて、わたしはミーハーの彼らより多少はガチ勢だけれど、みんなで愛でていきたいの。今や万南の顔とも言える、優しくてかっこいい、品行方正で成績優秀な、わたしのじゃない、みんなのウィル先輩。


    (やっぱり、ここで降りるってことは、ブルーミング・スプラウトの息子に違いない。でも、わたしは行けないわ……誰か、行ってレポとか上げてくれないかしら)

     ウィル先輩は、わたしの最寄りの五つ前のバス停で降りる。そこから徒歩十分くらいのところに、彼の苗字と同じ名前の花屋があるのをわたしは発見した。家を突き止められたのは偶然わかりやすい自営業だったからで、サラリーマンの家庭だとしても特定したなんてことは、断じてない、はず。
     今日も懲りずに百万チャンネルを開く。狭いコミュニティなら地域の情報を探しやすい。先輩が家に着くのはいまから八分後、そのころブルーミング・スプラウトにこのコミュニティのユーザーがいれば、かっこいい息子さんの目撃情報が上がるかも。
     急いてタイムラインを更新したところで、時間も進まなければ、画面には無為な投稿が表示されるばかり。百万市の女子高生のトレンドは、最新スイーツ、楽なダイエット、誰かが飼ってるチンチラに、フェイスさま。暗がりに鮮烈なスポットライトを浴びて、憂い気な微笑みとともに皿を回す男の写真が表示される。

    (まったく。こんな男のどこがいいんだか)

     フェイスさまというのは、現実でもSNSでも話題の、イケメン高校生DJだ。西地区のクラブに出演しているそうだが、高校生がそんなところに出入りしていいはずもなく、つまりは、不良の文化。不良のスター。そんなものにわたしは、これっぽっちも興味が無い。
     わたしは、ウィル先輩みたいな男が好きなんだ、男に限らず、下品でワルいものは肌が受け付けない。ウィル先輩のことを生真面目で垢抜けないと言う人が居るけれど、それが良いんじゃない。こんなふうに胸元をはだけてスカした男の、一体どこがいいんだか。
     そんなふうに悪態をついていたら、そろそろウィル先輩がバスを降りてから十分が経とうとしていて、わたしは慌てて検索窓を叩いた。ブルーミング・スプラウト、南地区の花屋、と次々サーチしたけれど、ネットサーフィンはこの日も結局徒労に終わった。



     ある週末、わたしは外出の帰りに好きなミステリ本の最新刊を買い求め、帰りの電車で夢中になって読んでいた。時刻は午後五時過ぎ、ビル街を抜けた窓から強い西日が射し込んでくる。思わず顔を上げて景色を確認しようとすると、向かい合った列の進行方向側の端に、見覚えがありすぎるほどにある、金髪の男性が座っているのが目に入った。

    (う、ウィル先輩……!?)

     まさか、休日に遭遇できるなんて! 心臓が暴れ出す。電車の最寄り駅は同じはず、あと数分だ。ほんのわずかな時間だけれど、まさか休日の姿を見られるとは思わずに、わたしは本に目を落とすふりをしながら、先輩の姿をくまなく観察した。
     髪のセットは普段と同じ。服装はブラウンのピーコートで、中にはブラウスの襟が見える。セーターか何かを着ているようだけれど、残念ながら形や柄はわからない。下はベージュ色のチノパンツで、普段のローファーとはひと味違う編み上げの革靴、膝には温かみのあるグリーンのマフラーがきちんと畳まれて鎮座している。
     良い、良い。ウィル先輩の私服! 予想を裏切らない、上品でシンプルなコーディネート。暖色がベースの出で立ちは新鮮で、けれどとても良く似合っている。コートを脱いだら明るめの色だろう。どうにかして見てみたい。
     最寄り駅のホームに電車が滑り込む。ああ、至福の時間もこれでおしまい。それでも最後までウィル先輩の姿を視界に収めていたくて、視界の片隅で伺っても、彼は座ったままで微動だにしなかった。
    ここで降りるんじゃないのか。一体、どこへ行くんだろう。

    「……」

     どうしよう。どうしよう。ドアはもう閉まってしまう。わたしは家に帰る予定で、わたしはウィル先輩に恋していても、決してストーカーなんかじゃない。認知はいらないの。みんなの彼を眺めていたいの。普段のあれはたまたま帰り道が一緒だから致し方ないことで、行き先も違うのにみずから後をつけるなんてことは、信条に反する。
     一瞬の逡巡、それでも、わたしは立ち上がることをしなかった。中途半端な前傾姿勢のまま、電車はふたたび速度を上げていき、わたしたちの家からどんどん遠ざかっていった。

     百万市をぐるりと回る環状線。外回りのこの電車は、南地区から西地区へとゆるいカーブを描いていく。繁華街から工場エリアを抜け、ふたたび繫華街へ。南地区じゃないなら、ウィル先輩に似合うのは自然の多い東地区じゃないか、でも、こちら回りに乗っているのならせめて北地区か……。治安の悪いとされるエリアの付近、視界の左端だけに集中して思考を巡らせていたら、不意にウィル先輩が立ち上がった。慌ててわたしも腰を上げる。窓の外は薄暗く、ホームの外にはギラギラと目にうるさいネオン街が広がっていた。本当に、ここで降りるの?光の中に、上品なウィル先輩のコートが溶け込んでゆく。目立たないよう、見逃さないよう、わたしは後を追ってゆく。
     夕焼けを丸無視した街灯の下には、いかにもな恰好の人々、観光客の群れ、着崩した制服の甲高い声。背中を丸めて歩いていたら、調子の良い男に話しかけられる。そんなものに構っているひまはない。背後で響く笑い声に不快感を覚えていると、ウィル先輩は大通りから逸れて小路へと入った。地図を見ながらどこかへ向かっているらしいけれど、果たして合っているんだろうか。ネオンの色もなんだかいかがわしく、とてもじゃないけれどウィル先輩の行っていい場所ではない。何か、悪いことに巻き込まれてはいないかしら。黒服の男が通り過ぎていく。色んなはらはらを抱えながら尾行を続けていくと、小さなビルを回り込んだ向こうで、ウィル先輩の声が発された。

    「あ!――」

     続いて、誰か別の男の声。話している内容までは聞き取れない。が、知り合いと待ち合わせていたらしいことは明確だ。やっぱり、ここが目的地なのね。一体、彼はなんのために、こんなところに来たんだろう。生徒会長の裏の顔。心臓が暴れている。
     わたしから彼らのいる通りを覗くのに、ちょうど良く非常階段の陰があった。わたしは息を潜めて、恐る恐るビルの角から顔を出した。

    「それじゃ、こっち。今日はスペシャルゲストが来るって言ってあるから」
    「え! 俺、何もできないけど……」
    「アハ、冗談。まあリラックスして、楽しんでよ」

     薄暗い路地裏に、追い続けたウィル先輩の後ろ姿。それに並び立つのは、黒髪にショッキングピンクのヘッドフォンの男、ちらりと見えるその横顔は。

    (えっ……、フェイス、さま……?)

     画面越しに目に入る、いけ好かない美貌。それが、ウィル先輩と並んで、SNSの姿とも違う和やかな雰囲気、そして、ふたりは連れ立って隣の建物の地下へと続く階段を降りて行く。
     わたしは思わず陰から飛び出して、建物の前に走った。階段の付近には店名も看板も無く、覗き込めば、踊り場の折り返しの先から、地を揺らすようなダンスミュージックが響いてくる。

     ウィル先輩は、お休みの日、こんなところに。それも、あんな不良めいた、SNSのカリスマと親し気に。それを知っても、幻滅するどころか、わたしの中でウィル先輩への興味はどんどん膨らんでゆく。一体、彼はどんな人なんだろう。あのフェイスさまと、どんな関係性なんだろう

     わたしは踵を返して、元来た道を戻っていった。どんなはしゃぎ声にも、軽薄なナンパ男にも、嫌だとすら思わなかった。そんなことに回す気を、わたしは持ち合わせていない。
     内回りの電車に乗り込んで、思考に取り憑かれたままのわたしは、無意識のままに本を開く。物語の中では、探偵の追尾が捜査の進展に実を結んでいて、わたしはますます頭の中で彼らの妄想を繰り広げるのだった。


    【秘密のマドリガル つづく】
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    お箸で摘む程度

    TRAINING研究部
    感覚からヴィクターを想起してみるノヴァのお話。
    move movement poetry 自動じゃないドアを開ける力すら、もうおれには残っていないかもなぁ、なんて思ったけれど、身体ごと押すドアの冷たさが白衣を伝わってくるころ、ガコン、と鉄製の板は動いた。密閉式のそれも空気が通り抜けてしまいさえすれば、空間をつなげて、屋上は午後の陽のなかに明るい。ちょっと気後れするような風景の中に、おれは入ってゆく。出てゆく、の方が正しいのかもしれない。太陽を一体、いつぶりに見ただろう。外の空気を、風を、いつぶりに感じただろう。
     屋上は地平よりもはるか高く、どんなに鋭い音も秒速三四〇メートルを駆ける間に広がり散っていってしまう。地上の喧噪がうそみたいに、のどかだった。夏の盛りをすぎて、きっとそのときよりも生きやすくなっただろう花が、やさしい風に揺れている。いろんな色だなぁ。そんな感想しか持てない自分に苦笑いが漏れた。まあ、分かるよ、維管束で根から吸い上げた水を葉に運んでは光合成をおこなう様子だとか、クロロフィルやカロテノイド、ベタレインが可視光を反射する様子だとか、そういうのをレントゲン写真みたく目の前の現実に重ね合わせて。でも、そういうことじゃなくて、こんなにも忙しいときに、おれがこんなところに来たのは、今はいないいつかのヴィクの姿を、不意に思い出したからだった。
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