お団子初めての本気三色団子を入れた重箱を片手に、旅人の壷を訪れる。
七国を巡る旅をする俺の友人は常に移動を繰り返し、現在どこの国にいるのか、気まぐれに届く手紙でしか予想が出来ない。
そんな彼に壷への通行証を貰い、気ままに会えるようになったのは割りと最近のこと。手作りの菓子や料理を手土産に旅の話を聞きに行くのは、立場上友人の少ない自分にとってとても楽しい時間だ。
「やあマル。お邪魔するよ」
「あ、トーマさん。いらっしゃいませ」
玄関前で日向ぼっこをしていた壺の精霊であるマルに挨拶をし、家主の居場所を聞く。
何しろこの壷とやらはとてつもなく広い。浮島がいくつも連なり、建物も中央に鎮座する母屋の他に別棟や蔵をそなえ、畑や田んぼも整備されていて、小さな村がひとつあるようなものだ。
「空さんは母屋の裏庭にいらっしゃいますよ。今日はお客様がお見えに…」
「あっ、トーマ!来てたのか!」
マルと話していると、建物の影から明るい声とともに旅人の相棒兼非常食のパイモンがひょっこり顔を出した。
「今日は何を持ってきてくれたんだ?へへっ」
手持ちの菓子箱にいち早く気づいたらしく、嬉しそうに周りを飛び回る。食欲旺盛で美味しいものが大好きな彼女は、いつも小さな体を目一杯使って手料理を褒めてくれる癒やしの存在だ。
「三色団子だよ。自信作さ」
「わぁ!トーマの料理はどれも美味しくて好きだ」
菓子箱の蓋を少しずらして中身を見せると、目をキラキラさせて食べるのが待ちきれないとヨダレを拭う仕草をしている。
早く空に渡しに行こうと、背中を小さな手でグイグイ押してくるので一緒に裏庭に向かうと、屋外のテーブルセットにお茶を用意している旅人の姿が見えた。
「おーい、空!元気にしてたかい?」
「トーマ!いらっしゃい!」
声をかけると嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
小柄な彼は笑うとますます幼く見えるが、モンドでは栄誉騎士、璃月では国を救った英雄、稲妻では神に抗った功労者と籍を置いている冒険者協会の中でも抜きん出た実力者だ。
実際に自分も目狩り令騒動の際には彼に窮地を救われたし、抵抗軍に参加した彼の活躍ぶりは稲積の民の間で語り草となっている。
小さな体にどれだけの期待を背負わされているのか、薄い肩を見るたびに心配になって、つい料理を作る量が増しているのは自覚していた。たくさんお食べ。
手合わせをしても大概自分が連敗をしているので、そんなに心配しなくても大丈夫なのだろうが、もう性分なのだと受け入れてもらっている。今日の手土産の団子も作りすぎた気がしないでもないが、嬉しそうに受け取ってくれた。
「相棒、お客さんかい?」
突然後ろから男の声がして、他に人がいると思っていなかった俺は驚いて肩を揺らした。
壺内は旅人のテリトリーであり、彼の許可なしには立ち入れない安全地帯だ。先日凡人を名乗る鍾離先生というおそろしく顔の整った美丈夫には会ったが、基本的に事前に日程の連絡を入れている俺は他の人と訪問のタイミングが被さることはない。
今日も伝えてあったはずだが、自分は日時を勘違いをしてしまっただろうかと一瞬考える。お嬢に出かける旨を話して休みを貰ったくらいだから、間違いは無いと思うのだが。そうすると、この声の主は急ぎの客か突発の訪問か。
〈相棒〉と旅人を呼ぶくらいなのだから、気安い友人関係の人なのだろうと当たりを付け、ひとまず挨拶しようと顔を向け
目があって
時間が止まった気がした。
背格好は自分と同じくらい。グレーを基調とした隊服のような服装に赤の垂れ布。腰には鮮やかに光る水色の神の目。癖毛なのかハネ気味な赤毛。おそらく同年代か少し下くらいであろう童顔気味の顔立ち。
口角を軽く上げ微笑む口元と裏腹に、こちらを見る目には不気味なまでの静けさがあった。
深い青
分厚い氷の下、光を通さない海のような
全てを吸い込む凪いだ瞳
底知れぬ深さのある瞳に見入って、思わず息を呑み押し黙ってしまった。そんな俺を彼もじっと見つめ、目をそらさないまま一歩一歩こちらに歩いてくる。
「そうだよ。もともとトーマと約束してたのに急に来るんだもん。昨日も突発で来た先生といい、君達自由すぎでしょ」
妙に見つめ合った状態になった俺たち二人を尻目に、旅人はお茶を注ぎながら不服そうな声を出した。
「え、先生昨日来てたの?呼んでくれれば手合わせに来たのに」
「いや、先生の手合わせは土地の形が変わるから。昨日も奥の浮島が…」
彼は旅人の方に声に反応しフイと顔を向けて話し始めたので、目線の外れた俺はやっと呼吸を思い出した。
妙に上がった心拍数に、少し頬が熱くなったのを感じる。
離島の顔役をこなし、国内外の色々な人と関わってきた自負はあったが、あんな目は初めて見た。目線をそらされてホッとしたのと同時に少し残念に思うのは何故なのだろうか。
「今日は俺と手合わせしようよ。ほら、そこの納屋から訓練用槍持ってきたし」
「いや、何勝手に持ってきてるの。俺今日は先生のせいで筋肉痛だからやらないよ。」
どうやら鍾離先生とも知り合いらしい彼は、旅人との手合わせを楽しみにここへ来たらしい。俺との手合わせのときにも使っている槍二本を許可なく以内持ち出し、家主ににべなく断られながらそこを何とかと手を合わせ食い下がる姿は、先程の静かに深く凪いだ瞳とは全く印象が異なり、幼く見える。
やいのやいのと会話が盛り上がる二人を眺めながら、あの目をもう一度見れないだろうかとぼんやり考えていると
「じゃあ君はどうだい?」
と急に彼がこちらを向いて、槍の持ち手を差し出してきた。
普段の自分なら絶対に乗らないであろう誘い。
どくりと鼓動が勝手に応えるように一つ音を刻み
思わず手を伸ばして受け取ってしまった。
持ちなれた重みを片手に、広い裏庭に彼と向かい合って立つ。
「がんばれトーマー」
「やっと昨日壊した地形を直したばっかりだから、神の目は使用禁止ね。あと酷い怪我したら、先生お手製のすっっごい苦い薬飲ませるから」
「お二人とも頑張って下さーい」
お待ちかねの団子をかじりながら応援の歓声を上げるパイモン、旅人とマルも茶器を片手に完全に観客状態だ。
感触を確かめるように槍をくるっと回して肩に乗せた彼は、ご機嫌な笑みを口元に浮かべている。こちらを見つめる目はやはり深い水底を感じさせ、俺を落ち着かない気持ちにさせた。
「まだ名乗っていなかったね。俺はタルタリヤだ。よろしく顔役君」
「トーマだ。よろしくたのむ」
俺を顔役と知っているということは、旅人から話を聞いたことがあるのだろう。
ん?
タル、タリヤ、、?
公子、ファトゥス十何位かの?
神里家でも要注意人物として先日話題に出たばかりのファデュイ上層部の名前に、バッと顔を上げて旅人を見やる。璃月騒動の渦中の人物であった公子が、何故壺に手合わせをしにやってくる仲になっているのか。
旅人は急に俺が目を合わせてきた理由がわかっていないのか、丸い目をキョトンとさせながら団子にかじりついている。
味の感想を求めてるとでも思ったのか
「美味しいよ!緑のところはヨモギが混ざってるのかな?」
などと暢気なものだ。
明らかに動揺を見せた俺とマイペースに団子を味わう旅人との対比に耐えられなかったのか、タルタリヤが吹き出して笑った。
「ーっっ!ははっ、なんて顔をしてるんだ。
心配しなくても今日の俺はオフだからね。ただの空の友人のタルタリヤさ。」
ほら、ぼーっと突っ立ってないで始めようという声に応え、息を一つついてから呼吸を整え槍を構える。
執行官の名を持つ彼の力がどれほどのものかはわからないが、少なくともその均整のとれた体つきからして、油断できる相手でないのは間違いない。どの角度から来ても対応できるよう、重心は低く体の向きは少し斜めにし彼を見据える。
こちらの構えを見て
「へぇ、なかなか楽しめそうだ」
と笑みを深くした一瞬後
ガキィッ
互いの槍が嫌な音を立てて軋み、深い青が目の前にあった。
来るとわかっていても反射速度ギリギリの速く重い一撃。
続けて放たれる二撃三撃といなし、四撃目で距離を取る。
構え直した直後また素早く打ち合い、懐へ潜り込もうとする彼を迎え撃つ。
構え、弾き、仕掛ける
空気を切る音、地面を踏みしめる音、弾きあう音がリズミカルに響き、さっきまで静かだった裏庭が一気に騒がしくなった。
「やるじゃないか!」
楽しげに、当初より上ずった声色を出すタルタリヤ。顔が近づくたび、戦闘への興奮からか目の色が濃くなっていくのがわかる。
より深くなった瞳は真夜中の海を思わせた。
一体どれほどの時間を打ち合ったのか、首筋を汗が伝う。
俺が集中力を欠いた瞬間を彼は見逃さず、既に何箇所か擦り傷が出来ている。対して彼は息が上がって来てはいるものの、まだ無傷である。
しなやかに動く体からはありとあらゆる角度の攻撃が繰り出され、パターンを読ませない。実践で鍛えられていることがわかる強さだ。これはどうだ?まだいけるだろうと言わんばかりに攻撃を緩めない手、こちらを見つめる興奮に染まった瞳、上気した頬と相まって凄まじい色気を放っている。
思わず唾を飲み込み、顎の汗を拭った。
「アァ、楽しいなぁ。もっと本気の君を見てみたい」
誘われるような言葉とともに再び放たれる速く重い一撃。
同じ武器、同じぐらいの背格好でどこからそんな力が出せるのか、きっと体の使い方が異常に上手いのだろう。それでも防戦一方になるのは悔しくて、時間経過とともにほんの少しだけ増えてきた隙をこちらも狙っていく。
脚元を払い、体が斜めになったところに突きを入れる。最小限の動きで避けられるのは予想の範囲内、そこへ自身の槍に蹴りを入れ、軌道と速度に変化をつけて叩き込む。
「、、、ッ」
さすがに予想外だったのか、直撃は避けたもののタルタリヤの頬に朱色の一筋がついた。
初めての有効打に喜んだのも束の間、蹴りの姿勢で崩れた俺の体幹を見逃す彼ではない。こちらが立て直す間もなく、これまで以上のスピードを乗せた槍が鳩尾を狙って来た。
何とかギリギリ柄で受けたものの正面からの力をいなせず、後方にふっ飛ばされ膝をついてしまう。
今日一番に崩れた姿勢にまずいと思いながら、衝撃にしびれる手で槍を握り直し彼を見上げると
「ははっ、、ははぁ!」
嬉しくてたまらないというように笑っていた。
逆光で顔はよく見えないが、暗闇をたたえた双眼が熱を持ってこちらを向いているのがわかる。その姿と声にゾッと背中が粟立った。早く立たねばという気持ちと裏腹に、息が詰まり目が離せない。
「なんて今日は素晴らしい日だ」
両手を広げたポーズを取る彼から、紫色の光が周りに広がった。
バチバチと音がする。
雷元素だ。
腰にあった神の目は確かに水色だったのに、一体どういうことだ。
混乱する頭ははしゃいだ声を上げる彼を見上げるばかりで、ちっとも体を動かしてくれない。
あぁ、、これはまずい。
「はい、そこまで」
少年の声とともに轟音。
突如として現れた黄色い光をたたえる巨大な岩が目の前を塞ぎ、タルタリヤの姿を隠した。もうもうと上がる土煙と帰ってきた呼吸に、やっと動いた体が咳き込む。
「あー!もう相棒!何するんだ!」
「元素使うの禁止って言っただろ!」
岩の向こうから言い争うタルタリヤと旅人の声がする。
「こんなに楽しいのに、少しぐらいいいだろ!」
「だーめ!そう言って先生とこの前浮島一個液状化でぐちゃぐちゃにしたの誰だ!」
どうやら家主の物理的ストップが入ったらしい。
立ち上がろうとした姿勢のままだったが、膝は笑っているし手は痺れているし、どっと疲れ地面に座り込んだ。
どれぐらいの時間手合わせをしていたのだろうか。
壺内の季節感のよくわからない雲を見上げ、長く息を吐く。
眩しさに目を細め穏やかに吹く風に首筋の汗が段々と冷たくなるのを感じながら座り込んでいると、頭の上に影がさした。
「おーい、立てるかいトーマ」
旅人との話を切り上げたらしいタルタリヤが、顔を覗き込んで手を差し出してきていた。
もうあちらは落ち着きを取り戻したようで、先程までの濃く深い色の瞳から、最初に見た静かな海に戻っていた。凪いだ水面には疲れ切って座り込んだ自分が映っている。そんなところにも彼との実力差を感じ、悔しい気持ちがじわりと湧いてくる。
「あぁ大丈夫。ありがとう」
手を握ると力強くぐっと引っ張りあげられた。
顔が近くなり、落ち着いたはずの鼓動がまたどくりと一つ鳴る。妙な居心地の悪さから目をそらすと、後ろに回り込んだタルタリヤがパイモンがしたようにグイグイ背中を押して歩くよう促してくるので、団子を食べ終えたらしい観客達の方へと向かって行った。
「トーマお疲れ様。二人共お団子取っておいたから、そこの井戸で手洗ってきなよ。今お茶入れ直すから」
旅人が労りの言葉をかけつつ、背中にひっつき虫になってるタルタリヤをチラリと見て苦笑する。あーあ、懐かれちゃってまぁとその目は雄弁に語っていた。
「あ、団子俺の分もあるの?やった。」
拾ってあった二人分の槍をテーブルセットの横に置くと、甘味が待ちきれないのか、ほら行こうと俺の腕を掴んで井戸の方へと引っ張っていく。
さっきからこの人距離が近くないか?
落ち着いたはずの心臓が主張をしてくる。
畑の脇にある井戸で水を汲み、顔と手を洗うと擦り傷にピリッと染みた。
その感覚に先程の彼から放たれた雷元素と動けなかった自分を思い出し、不甲斐なさから顔をしかめていると、視界の端を小さく光るものが通り過ぎた。よく見ると自分の周りに珊瑚宮のように小さな水の泡がキラキラと光りながらいくつも漂っている。
泡の軌道を目で追うと、その中心には鼻歌を歌っているタルタリヤがいた。
「ご機嫌だね」
思わず口からこぼれる。
言われた側の彼も何のことかわからなかったのか、キョトンとした顔でこちらを見る。小さな泡を指先でつつき無意識かい?と聞くと、やっと理解したのか少し頬を染めた。
「あっ、、あー、無意識だね。余程さっきの手合わせが楽しかったみたいだ」
他人事のように言って彼がさっと手を払う仕草をすると、泡は消えてしまった。きれいだったのに勿体ない。照れ隠しか、早く戻って団子を食べようとまた背中を押してくるので素直に従った。
団子を食べながら、先程の手合わせ総評を彼から聞かされた。
楽しんでいただけではなく、こちらの動きをよく観察していたらしい。幹部とはいえ、普段は部下の訓練に付き合ったりすることもあるらしく、彼の教え方はとてもわかりやすかった。
敵対するかもしれない立場の人間にそんなことをしていいのかと念の為聞いては見たが、強者が増えるのは大歓迎だと気にしてはいないようだ。
「最終的には俺が勝つから」
その一言は余計。
確かに彼は強かった。手合わせが終わってから思うと、こちらの応えられるギリギリのラインで攻めてきていたし、そこを超えられると次のライン、また次のラインと段階を踏んで着実にレベルが上がるよう仕向けていた。
途中楽しさが上回って暴走しかけたが、上気した顔で舞うように戦う彼の姿は脳裏にすっかり焼き付いてしまった。全面的に負けておいてなんだが、またこちらを見つめるあの瞳を見られるのなら手合わせくらい快く応じたいと思う。
互いに擦り傷のある顔で団子を食べ終えお茶を飲んでいると、お腹が膨れて昼寝し始めたパイモンを母屋に連れて行った旅人が小瓶を持って帰ってきた。
「先生が、この前来たときに措いていった軟膏だけど、擦り傷に効くよ。塗る?」
「へぇ、鍾離先生そんなのも作れるのか。」
凡人とはいったい何だっけと思いながら旅人から小瓶を受け取ろうとすると、横からタルタリヤの手が出てきて抑え込まれた。だから顔が近いって。
「待った。空、それの副作用は?」
「え?うーん、特には無かったよ、、あ、寝て起きたら雷元素を共鳴してあったはずが、岩元素になってたくらいかな」
「何でそんな薬勧めようと思った??」
いや、でも傷の治りはばっちりだと主張する旅人に、ホントにわかってる?気をつけてよねと彼は呆れた声音を出した。
手合わせを強請る姿は幼く見えていたのに、マイペースを発揮した旅人を諌める姿は年上に見える。どうも掴みにくいタルタリヤという人物に、今日ここに来てからずっと振り回されているように感じる。
「トーマも簡単に変な薬使おうとしないで疑いなよ」
またこちらを向いた目線に鼓動が鳴く。
一体自分の心臓は何をそんなに訴えたいのか。
彼の目に見入るのも何回目だ。いい加減本人にも変に思われるだろう。高鳴る鼓動を表に出さないようにしながら、受け答えをするが、どうも落ち着かない。
団子を食べ終えると、そろそろ仕事に戻るとタルタリヤは壷を去った。旅人と俺と両方に手合わせの約束をちゃっかり取り付けていくのはさすがの手筈だ。
俺も汗をかいてしまったし、今日は失礼するよと言うと、風呂新しく作ったのあるけど入る?と家主。知らぬ間に温泉まで壺の中に開拓をしていたらしい。頑張りましたと横でマルが胸を張っている。
温泉は好きだし、どんなものか気になりはしたが、着替えもなくそこまで甘えるわけにはいかないと遠慮をすると、タルタリヤが勝手に置いていっている服があるという。またもや主張を始めた心臓に、当人はもう不在なのに何でだと突っ込みを入れたくなる。
背格好も同じくらいだし着られるんじゃないと言う旅人に丁重に断りを入れ、肉体的精神的に疲れを感じながら俺も稲妻の自身の家に戻った。
出かける前に壺へ旅人に会いに行くと言ったら、外せない用事のあったお嬢が大層羨ましがっていたので、汗を流してから神里のお屋敷に顔を出しに向かう。
程なくして用事の済んだお嬢が帰ってきたので、旅人は元気そうだったと伝えた。大切な友人の息災を喜び、またお手紙を書きますとにこにこするお嬢はたいへん可愛らしい
「ところでトーマ。何か変わったことがありましたか?」
お嬢の笑顔に癒やされていたら、急に核心をつかれ思わず口元が引きつった。お嬢はもともと勘がとてもいいし、人の変化に敏感だ。
隠しても余計に心配させてしまうのは経験上わかっていたので、ファデュイというところだけ伏せ、とある人に見つめられると落ち着かなくなること、瞳に見入ってしまって鼓動が高鳴ることを伝えた。
伝えながら思ったが、これでは恋「それは恋ではないですか???」頬を染めてお嬢が言う。年頃のお嬢は自身にはその類の経験は少ないものの、恋愛への興味は津々だ。照れくさくなったのか、扇子を広げ口元に当てながらあらあらあらぁーと嬉しそうに笑っている。
真っ赤になったお嬢につられ、オレの顔も一気に赤くなった。
いやいやいや、待て待て相手はあの公子タルタリヤだぞ?
でもそこはお嬢には言えない。
「お赤飯を炊きましょうか」
待ってお嬢色々と待って。
気持ちの整理がとても追いつかない。
次の手合わせの約束をしてしまった自分を恨めしく思いながら、赤くなった頬と口元を手で覆った。