外堀から埋めるトーマと俺は付き合ってはいるが、一緒に住んでいるわけではない。学部もバイト先も違うので、顔を合わせるのも毎日ではない。それでもトーマの存在を身近に感じることが増えてきた。
俺の家にあるトーマの私物は、ざっと見まわしただけでもかなりある。
着替に寝間着、食器類に歯ブラシ、ベッドに転がっているのは雰囲気が似てるからとゲーセンで取った犬のぬいぐるみ。冷蔵庫には大きめのジャム瓶に、ノンアルコール飲料と言う名のただのジュース、タッパーの中身はトーマが作り置きしていった常備菜だ。
俺には使いこなせない調味料やスパイスの小瓶も気がつけば増えていたし、フライパンも大きいのを先日追加した。
買い物に行けば「これトーマがこの前好きって言ってたな」とついついカゴに入れるし、美味しそうなデザートは一緒に食べたいからと同じものを二個買う。
スマホには明日鶏胸肉使うから買っておいてとメッセージが来ていたので、了解の返事とともにそっと好物のリクエストを送る。最近は食費も計算して少しだけ貰うようになった。
柔軟剤や洗剤は特売を適当に買っていたけれど、トーマのおすすめだという無添加のやつに変えたので、タオルやシーツの肌触りが良くなったし、服からもかぎなれたいい匂いがする。
シャンプーも髪の長いトーマ用にいつも使っているらしいシリーズを揃えたら、俺までそれで洗われるようになったし、ボディソープも同様だ。
うちの地域のゴミの回収日や出し方も俺以上に把握しているし、気難しいはずの大家さんの御婦人とも知らぬ間に談笑する仲になっていた。
先日合鍵を忘れたときには大家さんの部屋に上がり込んで一緒にお茶を飲んでいたし、トーマ君トーマ君と呼ばれてお菓子を与えられたりして孫扱いされている。今度秘伝の煮物のレシピを教えてもらうとか言っていた。
「もうあとベッドだけあれば、トーマうちに住めるんじゃない?一緒に住む?」
宅飲みで気持ちよくほろ酔いになったときに、冗談半分で言ってみた。
トーマに作ってもらったおつまみを食べながら飲む一杯は最高に美味しい。今日は胡麻和えと厚焼き玉子で、少し甘めの味付けがとても俺好み。
きれいに形の整った玉子焼きを口に放り込みながらトーマを見ると、こちらを見ながらニッコリと微笑んでいた。おや、もっと真っ赤になって「何言ってるの!?」とか言って慌てふためくかと思ったのに、意外な反応だ。
トーマは手に持っていたノンアルコール飲料をテーブルに置くと、膝でにじり寄ってきて隣に座り直し、俺の手を両手で握って笑みを深くした。
「そうだね。君と一緒に住めたらすごく嬉しい」
その手は先程まで缶を握っていたとは思えないほど熱くて、間近に見る笑顔が眩しくて、言い出しておいて妙にドキドキしてしまった俺はパッと目をそらしてしまった。
「会いたいときに会えるし、毎日一番に顔を見られるし、終電で何時に帰らなきゃとか考えなくてもいいし、家事も二人ですればすぐ終わるし、家賃も割り勘できるし一緒に住むのとてもいいと思うよ」
「う、うん。俺も毎日会えたら嬉しいって思うよ。それにトーマのご飯毎日食べられるのもいいな」
「ふふっ。毎日俺の味噌汁のんでくれる?」
「味噌汁?トーマのお味噌汁美味しいから毎日でもいけると思うけど、和食じゃない日も欲しいかな」
トーマ和食そんなに好きだっけ?と首を傾げていると、握ったままだった手を引っ張られ抱きしめられた。近寄るとわかるお揃いの柔軟剤のいい匂いと、その奥にあるトーマの匂いが俺を落ち着かない気分にさせる。
「もちろん和食以外も作るさ。好きなやつなんでも作ってあげる。オレの料理で君の身体が出来るかと思うと、わくわくするね」
「、、、?そ、そういうもの?」
「うん。そういうもの。ここの部屋の更新って来月だったよね?俺の家よりスーパーとか駅とか近くていいなーって思ってたんだ。二人で住むには少し狭いけどね、大家さんにこの前もうすこし広めのところ空いたから二人でどうってお誘いされてて、、、」
抱きしめた俺を膝の上に乗せて、幼子をあやすようにユラユラしながら話すトーマはとても楽しそうだ。
トーマの体温と匂いと程よい揺れに、気持ちよさとドキドキのないまぜになった俺は、アルコールがほろ酔いどころじゃなく回った気がする。際どいところを撫でる指先と耳元で響く声、首筋に感じる吐息に意識が向いて、イマイチ声は聞こえて入るけど言葉として理解が出来ていない。
「ーーーでね。ーーーーーどうかな?」
ほっぺやおでこに口付けしながら上機嫌で何かをペラペラと話しながらこっちを見てくるトーマには、今日もわんこの耳としっぽの幻覚が見える。おーよしよし可愛いね。ぽやんとした意識のままうんうんと適当に相槌を打ちながら頭を撫でると、トーマの笑顔がますます輝いたものになった。
「じゃ、早速明日から準備するね」
「う、うん?」
話の内容が半分も理解できていなかったけれど、トーマは俺に不利益になるようなことは絶対しないしいいかとそのままにしておいたら、翌月には今の俺の部屋の二つ隣のファミリータイプの部屋で二人暮らしが始まった。
今日からはずっと一緒だねと俺の元の部屋から段ボールを運び出すトーマは、凄く嬉しそうだ。俺いつから手のひらの上だったんだろ。