お酒ご褒美桜恋人がぐっすりと寝ている。
そんなことを嬉しく思うのは、相手が君だからだ。
氷国スネージナヤの武人
暗部ファデュイの執行官
第十一位公子
優れた戦士であるタルタリヤは、警戒心がとても高い。整った容姿や人懐こい性格、よく回る口で人との距離をすぐ詰められる彼だが、プライベートな部分を知る人は実は少ない。
恋人であるオレですら、完全にオフになった彼の姿を見たのは、付き合い始めてだいぶ時間がたってからだった。
例えがアレだが、自分が世話をしている野良犬や野良猫に似ている。
普段の餌やりではお腹まで見せて甘えてくる関係になれたのに、体の不調があるときは姿すら見せない。こちらのことを自分を害する者では無いとわかっているのに、一定のラインを越えて踏み込ませてくれないのだ。
そのことに気がついたのは、始めて彼と肌を重ねたときだ。
彼を腕の中におさめ、満ち足りた気持ちで眠りについたはずなのに、翌朝目が覚めると姿が無かった。
昨日のことは幾度か見た自分の夢の続きだったのかと混乱したが、乱れた寝具と流しに置かれた二個の湯呑は現実だった。
何かやらかしてしまったのかと急いで彼に会いに行ったところ、着替えを持っていなかったから自分の宿に戻って寝たと言う。照れてはいたものの嫌がった素振りはなく、安心から思わず涙目になった。
「急にいなくなったから驚いたよ。嫌われたのかと思った」
「ご、ごめん。驚かせちゃったね」
「がっつきすぎたかとか色々考えちゃって、、、嫌とか駄目って言われても止まれなかったし、泣かせちゃったし」
「お、俺も気持ちよかったし、嫌いになるわけないだろ!」
真っ赤になりながらも気持ちを伝えてくれる彼は可愛らしく、好きだと言う気持ちはますます強くなった。
次は黙っていなくならないと約束をし、その日はお開きとなった。
二度目の逢瀬の時には、書き置きを置いて姿を消した。
確かに「黙って」いなくなってはいない。
オレはどちらかというと「いなくならない」の方に重きをおいていたのだが、彼の解釈はそっちだったか。
目が冷めてまた一人だったので、きれいに畳まれた布団を見て呆然としてしまった。枕元に置かれた小さなメモには着替えを取りに戻る旨と愛の言葉が書き連ねてあった。読む限り嫌われてはいないようだったので、後で服の着替えをオレの家に置いてもいいよと話をした。
三度目の逢瀬の時も、目が覚めるとまた姿が無かった。
三度目の正直にはならなかった。
着替えもあったし、畳まれた布団を見ながら今度は何だ?と首を傾げていると、玄関からただいまと声がした。慌てて飛び起きて行くと、愛用の弓片手に鴨を手にぶら下げた彼がいた。
「朝ごはん獲ってきたんだ」
「??あ、ありがと」
「丸々していていいやつが飛んでたんだ。血抜きも済んでるし、すぐ食べられるよ」
「ワァー、オイシソウダネ」
仕留めたばかりの鴨に思わず怯んだが、獲物を片手に褒めて褒めてと満面の笑みをうかべる彼は、とても可愛らしかったし鴨は美味しかった。
宿代のつもりだったようなので、気にしなくていいことと、食材は前日に準備してあるから朝から狩りに出なくて大丈夫と伝えた。
四度目の逢瀬の時にも、目が覚めると布団は畳まれていた。
今度はどこに行ったのかと考えていると、外から何かを振り回す風切り音と地面を踏みしめる足音が聞こえてきた。部屋の窓を開けると、庭先で彼が訓練用の双剣を素振りしている。
無駄がなく舞のようなその動きに思わず見とれていると、こちらに気がついたらしく、パッと表情を明るくして駆け寄ってきた。
「おはよう!」
「おはよう。早起きだね」
「昨日はトーマの栄養たっぷりの料理をたくさん食べたからね。調子がいいんだ」
ニコニコしながら一戦どうだい?と訓練用槍を差し出してくるので、胸をお借りしますとトレーニングに付き合うことにした。
それにしても、彼はいつ寝ているのだろうか、寝顔を見られるのが苦手なのか。準備運動をしながらつらつらとそんなことを考える。
体をほぐすオレの横で「昨日のあれが美味しかった」とか「今度はあれを作ってほしい」とかご機嫌な様子を見る限り、とても好かれているとは思うのだが、寝起きを見せてもいいと思う段階まではいけていないのだろうか。
いっそもう直接聞いてみようか。いや、でもそれで距離を詰め過ぎだと引かれたらどうしよう。一緒に寝てもくれなくなるかもしれない。それなら現状維持のままで、、、でも好いてくれてることには間違いないみたいだし。
堂々巡りになりそうな脳内会議を無理やり切り上げ、探りを入れてみることにする。なんとなく聞いてみただけという風に装って、なるべく平常心で。落ち着けオレ。
「タルタリヤは早起きだよね。今日はいつ頃起きたんだい?」
「たしか夜明けくらいだったかな。稲妻の朝って空気が冷たすぎないから、訓練するのに動きやすくていいよね。俺の故郷とは全然違う」
故郷の話が出ると家族のことを思い出すのか、タルタリヤはいっとう嬉しそうな顔をする。
ひとまず夜明けまでは布団にいたのか。ある程度寝ていてくれてよかった。体が資本なのに、オレといることで彼が睡眠不足になって体調を崩しては申し訳ない。
「タルタリヤは眠りは浅い方なのかい?起きたの全然わからなかったよ」
「ん?あ、あー、、。その、えっとトーマと一緒に寝るの好きだよ?暖かくて気持ちいいし、頭撫でられてると眠くなっちゃうし、布団いい匂いするし、寝てるトーマ可愛いし、、」
「そ、そうかい」
しまった。
これは質問の意図がバレた感じがする。
「あ、そうだ知ってる?トーマって俺がほっぺに触ると、寝ながら嬉しそうに笑うんだ。手のひらに擦り寄るし、最初起きてるのかと思ったくらい。手を繋ぐと握り返してくるし、隣に寝るとすぐ抱きしめようとしてくるし」
「えっ、オレそんな反応してるの」
可愛過ぎるから俺以外にやっちゃ駄目だからねと頬を染める彼の方が可愛いと声を大にして言いたいが、そもそもオレもそんなことされても起きないなんて、深く眠り過ぎだ。
触られても起きないとはどれだけ彼を気に入ってるのか。無意識の範囲のことを指摘されると、なんだかとても照れくさい。
そして寝てる間に色々やられてたのか。全く知らなかった。
「そういうのは起きてるときやってくれないかな、、、」
もういっそバレたなら意図が伝われと、ジト目で見ながら言ってみる。
普段は俺から触れることが多いから、彼からの触れ合いは貴重だ。どうせなら意識のあるときに満喫したい。
「ははっ、そうだな。俺に参ったって言わせたら、ご褒美にやってあげるよ」
「ご褒美のハードル高くないかい?」
手合わせの結果は、わかってはいたが惨敗だった。
五度目の逢瀬の時は酒の力を借りることにした。
オレだって可愛い君の寝顔を見たいんだ。
これはオレが立てた戦略ではなく、若からの進言だ。もんもんとした気持ちを抱えながら、いつもどおりに家司の仕事をこなしていたのだが、若はお見通しだった。
あの笑顔で詰め寄られ、さっさと悩み事を吐いてしまいなさいと根掘り葉掘り聞き出された。真っ赤になりながら打ち明けると、翌日終末番から酒瓶が届いた。
添えられた手紙には「上手く使いなさい」と一言だけ。
使うのが怖いが、使わないのはもっと怖い気がする。
ごめんタルタリヤと心の中で謝りながら夕食に一献つけた。
酒が飲めないオレに合わせて彼もいつもは飲んでいないので、どの程度飲めるかわからないが、暗部に所属しているくらいだから一通りその類の訓練は受けているのだろう。なかなかなペースで飲んでも少し頬が桜色になったくらいで、あまり反応は変わり映えしなかった。
と思っていたのだが、見えないだけで効いていたらしい。
布団を敷くなり、珍しく彼から仕掛けられた。力は向こうのほうがあるので、あっという間に唇を奪われ翻弄された。
「ねぇ、早く頂戴」
オレの腹に跨って座り、壮絶な色気を載せた顔で言われた記憶を境に世界が暗転した。
気がついたら夜は開けていた。
一瞬で朝になった気がして何が起きたかわからなかったが、頭が飲んだ翌日のように鈍く痛む。どうやら彼の呼気から酒の効果がこちらにも来たようだ。
なんてものをくれたんですかと心の中の若に文句を言いながら、タルタリヤにも謝らないとと体を起こした。
いつもどおり彼の布団は畳まれている。
さぁ今日はどこに行ったかと彼を探しに動き出そうとしたら、立ち居がれないことに気がついた。
そういえば布団の中が暖かい。
まさかと思い布団をめくると、寝間着の腰あたりをがっちり掴んで丸くなっている彼がいた。急に冷えた空気にさらされたからか、唸りながらもぞもぞと動いて顔を上げた。
「うーん、、」
「ご、ごめんタルタリヤ!オレっ、」
「、、、トーマのばか」
寝起きか酒のせいか照れかわからないが、耳を赤くした彼が睨んできた。
「ほんとうにごめん。変なもの飲ませちゃって」
「はぁ、何か混ざってるってわかってて量飲んだ俺も悪いけどさ。なんでトーマまで効いてるんだ。せっかく会えたのに、昨日何もできなかったじゃないか」
「ごもっともです、、」
しゅんとして小さくなっていると、寝間着の襟元を掴んで引き寄せられた。
「その分今からよろしく。時間あるだろう?」
その後残りの酒瓶は封印された。
六度目の逢瀬はその数日後だった。
その日の夕方には稲妻を出立するらしく、花見に行こうと誘われた。
この前のお詫びにお弁当のおかずを全部オレの好きなやつにしてと可愛いおねだりをされたので、重箱いっぱいに彼の好物を詰めた。
彼もくつろげるようにと、町外れの穴場の桜へ案内をした。そんなに大きな木ではないか、ここはめったに人の来ないお気に入りの場所である。
「トーマこれも食べて!おいしいよ!」
「喜んでもらえてよかった。こんなのでお詫びになるのかい?」
「ははっ、十分さ。あ、こっちのもおいしい」
桜の舞い散る中、嬉しそうに弁当を食べながらはしゃぐ彼は、今日もとても可愛い。
明日からはしばらく遠い地の任務が続くらしく、しばらくの別れになるそうだ。彼は強いからそんなに心配しなくて大丈夫だろうが、離れるのはやはり寂しい。
弁当を食べ終えお茶を飲み、満足気にごちそうさまと手を合わせた彼に手招きをされたので、近づくとおもむろに膝に寝転がられた。
「わぁ!」
「ふふっ、隙あり。やっぱり硬いな」
「そりゃ、男の膝枕だからね。痛くないかい?」
「大丈夫。ほら、トーマきれいだよ」
ちょうど木の真下にいたので、彼が指差す方を見上げると視界の全てが桜で埋まった。
「そうだね。きれいだ」
しばらく見上げて首が痛くなってきたので視線を戻すと、膝上の彼の瞼は閉じていた。
「っ、、寝るのかい?」
「ん、1時間くらいしたら起こして」
そういうと彼は静かになってしまった。
しばらくすると乗った頭がぐっと重さを増した。本格的に寝たらしい。
初めて見る彼の寝姿に身動きが出来ず固まった。これは起こす頃には足が完全に痺れていそうだな。飲み食いした食器類をまとめたりしたいが、穏やかな寝顔を見ていると、まぁ後にしようかと思う。
はらはらと舞い散る桜が彼の上に降り積もる。
前髪についた花びらを取ると、掠めた指先に反応してか彼の口元がにんまりとしていた。
おやすみなさい。よい夢を。
今度はこの顔を朝に見せてね。