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    さとすら

    @satoshirasura

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    さとすら

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    トマタルワンドロワンライ企画参加!
    お題[プレゼント、思い出、手紙]全部お借りしました✨
    🍅🐳の他に空くん、神里兄妹います。鍾離先生は存在だけちらちらしてます。
    🍅視点で🐳の手紙と香りについて。書きたいとこ全部書きました。一時間ではないです。

    #トマタル
    tomataru

    プレゼント思い出手紙聴覚、視覚、触覚、味覚、嗅覚
    人間の五感で一番記憶に残るのは嗅覚だと、どこで聞いたのだったか。

    お嬢から旅人へ手紙を届けるよう頼まれた。
    冒険者協会に預ければ済むものをわざわざ直接届けに行くよう言われたのは、数少ない心許せる友人の近況を少しでも詳しく知りたいというお嬢の可愛いわがままだ。
    立場上なかなか年頃の近い者と仲良くなる機会が少なかったお嬢が旅人と楽しそうに談笑する姿は大変に微笑ましく、こちらまで嬉しくなる。
    ただ、白鷺の姫君として神里家を支えるために奔走する中、どうしてもタイミングが合わず旅人が近くまで来ても会えないことが何度か続いた。仕方のないことだと少しだけ寂しそうにして諦めていたが、そこへ旅人の友人兼非常食のパイモンが手紙届けに来た。お嬢は会えなくても互いを思いやるやりとりがとても気に入ったようで、それ以来マメに文通をしている。
    今日もこだわりの可愛らしい封筒を預かってきた。またお祭りの季節が近くなってきて、その案内文も入っているのかいつもより少しだけ分厚い。

    旅人の仮住まいである塵歌壺に入ると、相変わらず浮世離れした景色と清らかさを感じる風に迎えられた。ここに来るのは自分も久しぶりだ。
    旅人の友人である鍾離先生や相棒を名乗るタルタリヤは、割と遠慮なく宿としてここを使わせてもらっているようで、時折酒盛りをするから来いと声をかけてくれることがある。浴びるように飲む彼らに対して、下戸の俺はもっぱら旅人と飯を一緒に食べるだけだが。稲妻にいるオレと璃月にいる彼らと各国を巡る旅人と、距離を関係なくさせるこの空間は本当に便利だ。

    ただここ最近はオレも神里家の家司としてやることが多く、なかなか誘いに乗れずにいた。また今度よろしくの気持ちをこめて、今日はお嬢の手紙ついでに旅人へ菓子、酒飲みの彼らに稲妻の地酒を持ってきた。

    さて家主はどこにいるだろうか。
    広々とした空間に浮く浮島にはいくつかの建物があるので、まずは母屋から訪ねてみるか。

    「やあマル。お邪魔するよ。」
    「あ、トーマさん!いらっしゃいませ」

    入り口にいる精霊に声をかけて談笑していると、奥から来訪に気がついたパイモンが勢いよく飛んできて、その後ろをパタパタと軽い足音とともに旅人が駆けてきた。
    来るたびに差し入れを持ってくるので、食べることが大好きなこの小さな相棒はいつもオレを大歓迎をしてくれる。挨拶もそこそこに、緩んだ顔で俺の手元をチラチラと気にしているのが可愛らしい。

    「久しぶりだね。元気にしてたかい?」
    「うん。変わりなく。トーマこそ最近忙しかったみたいだね。酒盛りに来てくれないって鍾離先生とタルタリヤが寂しそうにしてたよ」

    酒に強くほぼ酔わないのに酔ったふりをする大人ニ名の相手を一人でしたのが面倒だったのか、旅人は少し顔をしかめていた。あの二人は気に入った人間への距離間がとても近くなるから、オレがいなかった分集中的に絡みぬいたのだろう。

    「あはは。ごめんごめん。お嬢と若の仕事が立て込んでいてさ、次は参加できると思うよ。はいこれお嬢からの手紙とおチビちゃんへのお土産」
    「おおー!今回も美味しそうだ!ありがとうトーマ!」
    「あっ、こらパイモンそんなにたくさん一人で食べないでよ。また夕ご飯入らなくなっても知らないからね。ん?今回の手紙分厚いね?、、、何かあったの?」

    いつもより分厚い封筒とオレの普段どおりの態度と少し疲れ気味の顔色から、旅人はまた何かちょっとした面倒事かとオレの目を真っ直ぐ見てくる。
    こういうところがあの二人に好かれるのだろうなと思う。

    「そろそろまた祭りが近づいてきてるから、そのお知らせだと思うよ。オレ達の方はだんだん落ち着いてきてるから大丈夫さ。お嬢も楽しみにしていたし、タイミングが会えば稲妻に遊びにおいで」
    「そっか、お祭りか。うん、行けたら行きたいな。この前の酒盛りでも話題に出てたよ。タルタリヤが絶対トーマに会いに行くって意気込んでた」

    お熱いことでとニヤリと笑って旅人が言う。
    わざと浮かべられた意地の悪い笑みに、思わず俺の頬が引きつった。

    オレとタルタリヤはいわゆるお付き合いというものをしている恋人同士だ。
    彼はファデュイの執行官で、オレは社奉行神里家の家司。少しバランスが崩れただけで敵対する可能性すらある立場同士、秘められた関係であるように努めているが、聡い旅人の前ではすぐバレた。

    ジト目で見ながら大丈夫なのかと問われた時は心臓が止まるかと思ったし、顔色の悪くなったオレの横でタルタリヤはさすが俺の相棒と爆笑していた。
    後日壺内では隠さなくなったタルタリヤに誘われてうっかり盛り上がりかけたところに旅人が出くわし、場所を考えろと大の大人が正座で反省させられたのは苦い思い出だ。自分より見た目小さな子に本気で説教をくらうと、心に来ると学んだ。

    それ以来、旅人は時たまオレをからかうときにオレ達の関係をネタにしてくる。そんなに一人で酔っぱらいもどき達の相手をしたのか嫌だったのだろうか。
    「のろけ話を延々としていたからね。鍾離先生も面白がってあれこれ聞き出してたし、トーマ本人よりトーマに詳しくなれそうだったよ」
    すみません。今度言い聞かせておくから。
    あと、あれこれの内容がとても気になる。

    「一人台所にいるときご機嫌に鼻歌歌ってるって」
    「うっ、、!」
    「狸寝入りしてると、そっとおでこにキスしてくるのが可愛いって」
    「ぅぅっ、、!」
    「ご飯作ったの美味しいって食べてるとすごい嬉しそうな顔するんだけど、唇舐めたり拭ったりしてるとちょっと熱っぽい目で見てきて、でも目が合うとスッとそらされ、、
    「もももう勘弁してくれ!」

    全て事実なだけに何も否定できないのだが、旅人に淡々と言われるとめちゃくちゃ恥ずかしいし、なにより本人にも色々とバレていた。バレていたなら普通に直接言ってほしかった。
    「だってトーマ言ったらやってくれなくなりそうだし」
    オレの脳内でタルタリヤはそう言ってニコニコ笑っているが、第三者からバラされるオレの身にもなってくれ。心臓は変な鼓動を刻んでいるし、顔色は赤くなったり青くなったりとても忙しい。
    これ以上は危険だと警鐘を鳴らす心に従って、オレの体は勝手に出口の方へズリズリと後退りした。

    旅人はそんなオレの姿を見て気が済んだらしく、いつもの表情に戻ると、ちょっと待っててと言って部屋の隅の棚から小箱と封筒を持ってきた。

    「これタルタリヤから預かったやつ。今度トーマが来たら渡しておいてって言われてたんだ」
    「え、あ、うん。ありがとう」
    「箱の中身は手紙読んでってさ。じゃ俺これから冒険者協会にちょっと顔だしてくるから。帰るときマルに声かけていってね」
    「あ、出かけるところだったのかい。悪かったね」
    「ううん、でもそこまで急ぎの用じゃないから。みんなにもよろしく言っておいて」

    どうぞごゆっくりと言って旅人はパイモンを連れて塵歌壺から出掛けていった。
    誰もいなくなった母屋の窓の外で、ゆるく吹く風に木の葉が揺れる音だけがする。この広くて狭い世界に一人残されると、どこかに迷い込んでしまったような、帰れなくなるんじゃないかという不安が少しだけ顔を出す。
    先程かいた汗が背中を冷やすのを感じながら、持ってきた酒飲み達用の土産を早く置きに行こうと、よく使わせてもらっている離れの建物へ足を向けた。

    「お邪魔します」
    無人なのはわかっているが、気分的に声をかけてから中に入った。
    いつも宴会が開かれている部屋も、今日はとても静かだ。明り取りの窓から差し込んだ光に、扉を開けたことで舞ったホコリがキラキラと光っていた。母屋と違って、こちらの離れの建物は鍾離先生が色々と持ち込んでいるからか、お香や漢方薬のような匂いが少しする。
    この前ついに一部屋を所蔵品の棚で埋めたらしく、もう一部屋使わせてもらえないかと旅人と交渉していた。甘やかしちゃ駄目だぞというパイモンに代価として提示したものが、何か歴史的価値がとんでもないものだったようで、気がついた旅人とタルタリヤに止められていた。お宝と知って目を輝かせるパイモンと、何が行けないんだとわかってない顔をした先生と、そんなもの出さないでと慌てる二人と非常に賑やかで、思い出しただけでオレの口角が少し上がった。

    各自持ち込んだ多種多彩な瓶の隣に少しだけ奮発した土産の酒を置き、瓶の並びを揃えておく。
    目についた横の食器棚の中も整頓し、洗われた布巾類を仕舞う。長椅子に置かれたクッション類を軽くはたいて形を整え、少しずれた敷物を直す。窓枠のほこりをハタキで落とし、床を箒で掃き清める。机の上を拭こうと井戸へ水を取りに行ったところで、ついつい人の家なのに掃除をしてしまっていることに気がついた。
    まあ、ほぼこの離れは酒盛り組が宴会と宿泊に占領しているような状態で、ここまでやったのだからとそのまま進めて一通り終わらせた。

    スッキリした部屋に満足し背伸びをする。
    稲妻に帰ったらお嬢に手紙を届けた報告に行かなければならないのだが、旅人がいるものだと思って半日の休暇を取ってきていた。あまり早くに戻ると四方八方からちゃんと休めと言われてしまうので、少し時間を潰さなければ。
    自分の家に帰ってもいいのだが、久しぶりに来たこの部屋からなんとなく離れがたく、少しのんびりしていくことにした。

    長椅子に腰掛け、先程受け取った小箱と封筒を取り出す。
    筆まめなタルタリヤから手紙を貰うことはよくあった。
    どこに行ったらきれいだった、何を食べたら美味しかった、故郷にこんなお土産を送ったらとても喜ばれた、相棒と手合わせをしたら強くなっていて楽しかった、先生と美味しい店を見つけた、君のご飯が食べたい、俺がいなくて寂しくないかい。綴られる言葉は暖かく、読むと彼との距離を近く感じられるから好きだ。今まで貰った手紙は全て大切に保管してある。

    最近会えていないが、怪我なく元気にしているだろうか。オレの都合とはいえ会えなくて寂しいと思っていたが、彼はどうだっただろうか。案外子供っぽいところもあるから、拗ねたりしているのだろうか。タルタリヤには悪いが、拗ねた顔も可愛いんだよな。

    顔を思い浮かべながら、封筒を開けて手紙を取り出す。
    相変わらず読めるが走り書きに近い筆致だ。勢いよく書いている感じが、より彼の気持ちを流れ出るままに表しているような気がする。いつもは便箋を埋め尽くすように書かれていることが多いが、今回の手紙は珍しく箇条書きだ。
    どうやら小箱の中身の解説らしい。特に飾り気の無いシンプルな箱の蓋を開けると、手のひらに収まるくらいの青色の小瓶が入っていた。蓋にも本体にも細かな装飾が施されていて、一見して高そうなものだとわかる。

    「飲用ではないから飲まないように」
    「一滴手首に垂らして両手首で擦って、首筋に塗る」
    「終わったら二枚目を読んで」

    割れないよう小さな枕に埋められた瓶を取り出すと、中身は液体のようで青の中に空気の泡と揺らめきが見えた。ひやりとしたガラスの感触と深い海を模したような色は、タルタリヤの瞳を思わせる。
    一歩間違えば敵対する可能性のある相手からの贈り物(液体)となれば毒を疑うべきだろうが、そんな無粋なものを使うくらいなら彼は双剣で自らオレの首を狩りに来るだろう。愛の囁きの中で、俺以外に殺されないでと物騒なことを言われたこともあるが、彼の中の最大の愛情表現らしい。

    しかし、彼の基準値はオレには高すぎる時があるから、そう簡単に油断はできない。以前に彼が故郷の料理を作ってくれたときに、隠し味に入れた酒で下戸のオレは昏倒した。本人は加熱して酒精は飛ばしたと言っていたが、火酒を瓶半分も入れたら隠すどころではない。各種薬物や毒物に慣らす訓練を受けてきた執行官と、あくまで一般人であるオレでは耐えられる範囲にだいぶ差がある。
    今回使うのは一滴だけのようだから、いくら強くてもそこまでの影響は出ないだろう。人体の急所である首に塗るのが少し気になるところではあるが。

    液漏れしないように固く締まっている口を開けると、蓋の内側には液体を取れるように棒が付いていた。ゆっくり引き抜くと先端にジワリと溜まっていく水滴は無色透明で、見た目はただの水のようにも見える。
    手首に垂らすと、常温のはずなのにひやりとした感触がした。揮発性が高いのだろうか。蓋を戻してから、手紙の通り両手首に馴染ませて首元に当てる。

    ふわりと動いた空気とともに、知った香りが一気に広がった。

    これは何だったかと思考が追いつく前に勝手にオレの体は反応し、頬がカッと音を立てるような勢いで紅潮する。
    一拍遅れてこれは彼の匂いだと頭が答えを出してきた。普段隣に立ったときに香るものと同じだが、濃度が桁違いになる彼を腕の中に閉じ込めたときのやつ。ゼロ距離になるよう背中と腰に手を回して引き寄せ耳元に顔を寄せると、普段より体温が高めになった彼から立ち上るやつだ。

    彼の香りというだけなら片思いをしていた頃ならまだしも、付き合ってしばらくたった今では耐性がついてきているので、動揺して真っ赤になるほどではない。
    こんなにも反応したのは、前回この香りをかいだときの記憶が鮮明に蘇って来たからだ。


    ※※※

    前回オレが塵歌壺での酒盛りに参加したとき、鍾離先生は往生堂の用事で不在だった。旅人も翌日の用事が早いから先に休むと言って前半のみ参加だったので、タルタリヤと二人きりの飲み会となった。オレは酒は飲んでないから飲み会と言うよりは食事会か。

    恋人同士が久しぶりに会って夜に二人だけでいたら、まあそういうことになるわけで、廊下のすぐ先に借りている互いの部屋まで戻るのすら惜しいほどだった。
    素面のオレの理性が、またここで事を始めて万が一家主に見られた場合、また正座での説教になると騒ぎ立てるので、ギリギリのところでタルタリヤの部屋になだれ込んだ。

    言い訳なのだが、戦士として自己自己管理を徹底している彼と違い、つい働きすぎてしまうことの多いオレは、その日は体力が限界に近い状態だった。疲れの一定のレベルを突破してしまったことと、彼に久しぶり会えた嬉しさとで余計それを感じにくくなっていて、普段なら耐えられる彼の口付けに混ざる酒精に負けた。
    組み敷いたタルタリヤの潤んだ瞳と上気した頰、乱れた前髪と前をくつろげられた衣服、しっとりと汗ばみ手のひらに吸い付くような肌、熱の混じった声の記憶を最後にオレの意識は途切れた。

    サラサラとした敷き布の感覚と窓の側で鳴く鳥の声に薄目を開けると、外はもう明るい時間のようだった。寝過ごしたかと上掛けを跳ね除け上半身を急いで起こすと、自分の部屋では無かった。
    「あ、起きた?お早う」
    混乱するオレの横から聞こえた声に目を向けると、着替ている途中のタルタリヤがいた。ブーツはまだ履いていないものの、いつものシャツと上着を羽織り、金具をパチパチと止めている。その白い首筋に目立つ赤い小さな斑点を見て、昨夜の失態を思い出した。

    せっかく互いに時間が合って甘やかな時間を過ごせるところだったのに何たることだ。完全に置いてきぼりで消化不良になったであろう彼に合わせる顔がなく、やっと絞り出した声でおはようと返す。
    どう言って謝っても足りない気がして、ぐるぐる回って喉から出てこない言葉に頭を抱えた。慌てる程まとまらない思考に顔を青くしてうめいていると、着替え終わったらしい彼が寝台に座ったままのオレに跨ってきて肩をトンと押した。
    意識を心に向けていた体は対して抵抗もなくボフッ音を立てて水平に逆戻りし、昨夜とは逆の位置で腹の上の彼を見上げることになった。

    窓から差し込む朝の光に照らされて、彼の柔らかい茶色の髪の毛先がオレと同じ黄金色に染まる。頬には産毛がひかり、桃色に染まった頬は本物の果実のようだ。唇を舐める舌先の鮮やかな赤に目が離せなくなっていると、その唾液で艶の増した口元が三日月の形に変わった。
    目線をほんの少し上に上げると、長いまつげに縁取られた深海の青がドロリとした熱をはらんでこちらを見ている。朝に似つかわしくないその色に思わず頬が引きつると、楽しそうに目が細められた。

    「トーマが疲れてるのわかってたのに、強い酒を飲んだ状態でキスしたの悪かったと思ってるよ。体の疲れは取れたかい?」
    謝っているしこちらを労っている言葉なのに圧を感じるのはオレか後ろめたく思っているだからだろうか。自己管理の鬼からすると、オレの体力配分の下手さは非常にいただけないのだろう。
    「こここ、こっちこそごめん!なんて言ったらいいか。その。やっと、やっと君に会えたのに。手紙だけじゃなく会えるってすごく楽しみにしていたし、楽しみにしていてくれているのも知っていたのに」
    半身を起こしながら必死に探した言葉を並べるが、情けなさから目の奥が熱くなりツンとする。浮かんできそうな涙をなんとか押し留めようと奥歯に力を入れて奮闘していると、伸びてきた腕に頭を抱きしめられた。

    顔に当たるひやりとした金属金具の感触とともに伝わってくる彼の香りは、つけたてなのかいつもより強く感じる。爽やかに鼻先を撫でる柑橘の香りの奥にとろりした甘さがいて、その更に奥には重たい気配が冷たさをはらみながら潜んでいる。

    しどろもどろになりながら話す俺の言葉か、情けなく眉を下げる表情に満足したのか
    「うん」
    タルタリヤはそれだけ言うと、俺の解かれた後頭部の髪に指を通しながら頭頂部にキスをした。彼がしばらくパラパラと指から溢れる感覚を楽しむ間、オレは大人しく彼の匂いに包まれていた。

    しばらくそのままで時間を過ごしていたが、
    「名残惜しいけど、俺そろそろ行かないと」
    そう言って彼はオレの肩を掴んで引き剥がした。急に離れた体温と薄くなる香りに寂しさを感じるが、互いに組織の肩書を持つ身。何かと忙しく、そうは引き止めるわけにもいかない。

    「わかった。ごめんね」
    「ごめんはもうさっき受け取ったよ」
    「う、うん。、、、好きだよ」

    それが聞きたかったのだと先程の色気ある笑みとは違う心底嬉しそうな笑みを浮かべた彼は、もう一度だけとオレに抱きつくとパッと離れ身軽な動作で寝台から降り、残りの身支度を手早く終えた。

    ああ、行ってしまう。次に会えるのはいつになるだろうか。
    また手紙を書くよと言いながら廊下に半歩踏み出した彼の腕を掴み、強引に部屋に引き戻すとそのまま唇を奪った。普段のオレならしないであろう行動にさすがのタルタリヤも驚いたようで、ぼやける距離にある目が大きい。何か言おうとして、唇が開いた隙間に舌を捩じ込む。びくりと反応した腰を抱え、ドア脇の壁に押し付けた。彼の口の中の気持ちいい部分を刺激すると、かっと頬を染めた彼から立ち上る香りが抱きしめただけのときより一層強くなる。

    わざとちゅっと音を立てて唇と彼の体を離すと、もう一度「好きだよ」と彼の目を見つめて言う。昨晩伝えそこねた熱量のほんの数分の一でもいいから伝われと強く願った。


    ※※※

    いつもより濃い彼の香り
    奪った甘く潤む唇
    抱きしめた肌の熱さ
    水のベールをまとった深い青
    オレの名を呼ぶ声

    嗅覚への刺激をきっかけに、五感全てが彼の存在を思い出せと主張する。感覚機能をフルに使った記憶の呼び起こしは非常にリアルで、オレの体を一瞬であの日のあの時まで引き戻した。
    タルタリヤから送られた小瓶の中身はなんてことはない、彼が普段身につけている香水だった。首筋と手首に塗りつけた香りはオレの体温を元手にますます強く立ち上がり、あの時と同じ強さでオレを包む。

    離れて行かないで。止めるわけにはいかない。君が欲しい。どう伝えていいかわからない。立場が違う。いつまで一緒にいられるだろう。
    ぐるぐるとオレの中に渦巻く彼を欲する気持ちも蘇ったが、あいにく今ここには俺一人しかいない。行き場のなくなった気持ちにぐうと喉を鳴らして耐えるしかなく、頭を抱えようとすると顔の近くに来た手首から更に強く主張される悪循環だ。

    なんてものをくれたんだ。
    手紙の横に置いた小瓶は、真っ赤になったオレの頬なんて知ったことではないと言わんばかりに、涼し気な海の色を静かに机に反射させている。そうだ手紙の二枚目があったんだった。塗り終わったら読めと書いてあったやつが。

    重ねてあった一枚目をよけ、二枚目を手に取る。
    一瞬何も書いてないのかと思ったが、用紙を持つ指のそばに一文だけ書かれていた。

    「会いたい」

    いつもより勢いが弱めの筆致で書かれているその一言に、オレの鼓動がドクリと音を立てた。そのまま座っていた長椅子に体を横倒しにする。

    「、、、あー」
    耳元で鼓動がうるさい。
    オレいつか遠隔で彼に殺される気がする。行き場のない気持ちが増えたぞどうしてくれるんだ。顔をうめたクッションを力無くポスポスと叩くが、あいにくタルタリヤがよく腰掛ける辺りの物のため、こちらからも薄っすらと彼の香りがして慌てて体を起こした。

    だめだ。一回手を洗おう。
    早足で離れの裏庭にある井戸に行って先程掃除に使ったのと同じように水を汲むと、両手をドボンと桶に漬けた。冷たい水が火照った肌にとても気持ちがいい。手ぬぐいをぬらし、首筋も拭う。
    もう香水は染み込んでしまったようで取り切れないが、多少薄くできたのでやっと深呼吸が出きる。

    なんだかどっと疲れた。
    もう帰ろうかと屋内に戻り、出しっぱなしだった手紙を曲げないよう元通りに封筒に仕舞う。香水瓶も中身が漏れないよう口がきちんと閉じたか確認して、割れないよう小箱に戻した。手紙は持ち帰るが、この扱いに困る小瓶は、ひとまず借りているオレの部屋に置いておこうか。


    片付けを終えて母屋にいるマルに声をかけ、人目につかぬように神里の屋敷のそばに戻してもらう。かぎ慣れた涼し気な森の香りに包まれると帰ってきたという感覚がする。

    門をくぐり旅人へ手紙を届けた旨を報告しにお嬢のところへ向かおうとすると、珍しく庭先に若がいた。今日は若も出掛けるとおっしゃっていたから、タイミング的にはその帰りだろうか。

    「ただ今戻りました」
    「お帰りなさい。旅人さんたちは息災でしたか?」
    「ええ、変わりないと言っていました」
    「、、、」
    「若?」
    「〈神里流水囿〉」

    若が急に黙ったと思ったら、ニコリと微笑み突然大量の水元素を打ち込まれた。不意打ちで何も防御できず、一瞬で頭から足先までずぶ濡れになる。勢いのあまり鼻や口にも入ってしまい、むせるオレを近くにいた同僚たちも何事だと見やる。

    「わ、若何を!げほっ!」
    「おや、通り雨ですかね?」

    きれいなほほえみを浮かべた若は飄々と嘯く。
    そこへお嬢が通りかかり、全身ずぶ濡れのオレを見て慌てて駆け寄ってきた。

    「おかえりなさいトーマ、って随分と濡れているではないですか!」
    「げほっ、ただ今戻りましたお嬢、」
    「風邪を引いてしまいます。私への報告は後で結構ですから、早くお風呂と着替えをしてください」
    「いや、そのこれは、、」
    「そうですよ。この陽気とはいっても濡れたままではいけませんからね。湯船にゆっくり浸かってください」
    「ぇぇ、、」

    慌てるお嬢と意味深に微笑んだままの若に押されて家臣用の風呂に明るいうちから放り込まれる。幸い懐に入れていた手紙は濡れずに無事だった。
    風呂の間にまた若は出かけたようで、お嬢にだけ旅人達の様子を報告をする。お祭りに一緒に行けるよう私も仕事を片付けておきますと意気込むお嬢は大変に可愛らしい。オレも今回の祭りは少しでも時間が作れるよう、上手く立ち回らないとならない。

    自分の部屋の文箱に彼からの手紙を以前に貰ったものとまとめて仕舞う。旅人に絶対祭りに行くと言っていたなら、タルタリヤはどんなに忙しくても本当に来るだろう。約束は守る人だ。
    それにあんな可愛らしい手紙でお誘いをされてしまったら、俺に断るすべはない。
    風呂で落ちたはずの彼の香りがまたふわりとした気がした。

    俺も会いたいよ。
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