ノスクラ誕生日小話「誕生日?この前ヨシダさんたちに知らないと伝えたら決めてもらってな」
「今度一緒にパーティをしてもらうことになったんだがよければお前もどうだ?」
真夏のはずの新横浜の空が急激に曇り、真っ暗になったかとおもうと轟々と吹雪が吹き荒れ始めた。
ドラルクはまたあのバカ師匠になにか機嫌を損ねることがあったなと首を竦め、一駅先にあるスーパーの特売を諦め帰ることにした。
寒さで死んでは元も子もない。師匠の屋敷はかなり遠いはずなのに、影響がシンヨコにまで及ぶとなると相当の地雷があったはずだ。
父絡みか、それとも。
「クラージィさんか…」
バカ師匠など放っておいてもいいがこっちにまで影響が来るのは御免被る。後でクラージィさんにラインしておこう。決意を固め、足元が雪で埋まらないうちに踵を返した。
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1月21日。
あれから半年経ってもノースディンの機嫌は治っていなかった。結局誕生パーティには参加せず、急遽選んだプレゼントだけ送って済ませた。クラージィからのラインも既読スルーしてしまい、今更こちらから送るに送れない状態になっていた。あちらからも高等吸血鬼は忙しいだろうと返事は期待されていないはずだ。
新横浜からノースディンの屋敷は遠く、自ら行動しない限りクラージィに偶然出会うことはありえない。弟子の様子見にかこつけて尋ねることはできるが、弱みに漬け込まれるのがわかっているのでそれもできない。クラージィには自分の誕生日が今日だとも知らせていないのでなにかが起こることもありえない。ドラウスはミラが数ヶ月ぶりに休みがとれたということで数日前にどでかいプレゼントを贈って来たあと、旅行に出掛けている。
ノースディンは完全に自分が詰んでいる状態に頭を抱えた。
「少し考えればわかっていたことだろうに…」
真冬の今、ただでさえ寒いこの時期に窓の外ではあのときより酷い吹雪が吹き荒れている。屋敷の中すら冷え切っているだろうが気になどしていられなかった。
「私が先に出会っていれば…いや」
先には出会っているのだ。厳密に言えば最初に出会ったのは弟子だがクラージィに新たな生を与えたのは自分だ。つまり彼をこの世にもう一度誕生させたのは自分である。それに関してはクラージィも礼を言っていた。間違いではない。
「なのに、どうして…」
血を与え、救ったのは自分。だが、本質的に救おうとしたのではなく。「昼に生きていてはいけない」存在だと思ったから血を与えたのだ。
結果、彼は現代まで蘇ることはなく、今この世界で昼の子とともに生を謳歌している。
いつも自分は一歩踏み出すのが遅すぎるのだ。
使い魔にも弟子にも散々揶揄されているがそんな簡単に行けば苦労はしない。
使い魔は馬鹿弟子と違って美しく聡明で忠実な使い魔だが、言うときは主人より辛辣にものを言う。屋敷が寒くなるのを察して暖炉のある部屋にさっさとひっこんでしまったので当分は出てこないだろう。最近は目が合うとこれみよがしにため息混じりにニャーと鳴かれるのでそのほうが助かるくらいだ。いたたまれない。この寒さで喜んでいるのは雪の塊の使い魔くらいだ。彼は特にこちらを慰めようとも諭そうともせず、むしろ寒さにご機嫌な様子で窓のそばでゆらゆらと揺れていた。
本日8回目のため息をつこうとしたその時、
バタバタと足音が聞こえたかと思うと、扉がバン!と音を立てて開いた。
「邪魔するぞノースディン!」
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「は???なに おま クラージィ?? ちょ いや どうやって入っ」
「お前の使い魔が入れてくれたぞ。助かった」
おおよそ高等吸血鬼にふさわしくない反応をしてしまったがここにいるべきでない存在が前触れもなく目の前に突然現れたのだから当然である。そして不義理な使い魔に悪態をつこうとするより先に眼の前の男から爆弾発言が飛び出した。
「早速だが誕生日を祝ってもらいに来た!」
「!???????????は???」
「ミキサンが言うには転化した吸血鬼は親吸血鬼に誕生日を与えてもらう伝統があるということでまだだと言ったらすぐ行けと言われ」
「は?」
そんな伝統はない。
「ミキサンが言うには最近ドラルクから聞いたと聞いてな そんな伝統があるなら 言ってくれたらよかったのになあ いやまあ私が元人間だから気を使ってくれたのかもしれないが ともかくそういうものがあるなら日本では ゴウニハイッテハゴウニシタガエというコトワザもあるらしいので」
「いや待て」
ないが。
「やはり私の第二の生を与えてくれたお前に祝ってもらいたくてな!」
眼の前の男は無邪気に笑っている。
このモジャモジャ能天気頭が。あの頃の苦悩に満ちた顔が嘘のように。
「…馬鹿者が」
「お前はお前の友人と祝えばいいだろう」
「私に気を使う必要などない」
「私にお前を祝う理由など 無い…」
そんな権利は、私にはないのだ。
「ノースディン」
顔をあげると男は柔らかい笑みを浮かべ、まっすぐこちらを見ている。
「そんなに気負わないでくれ」
ただ、友人たちと話して思ったのだ。
私が人間だったとき、私は生まれた日など知らず、祝うことなどまずなかった。だが今の世界ではこの世に生を受けた日を友人や家族と祝福する素晴らしい日だと聞いている。
私に新しい生を与えてくれたのはお前だ。そして新しい生を受けた日を正確に知っているのもお前だけだ。
なら、お前に祝ってほしいと願うのは当然だろう。
眼の前の男はあの時と何も変わらない。
あの頃の美しい魂のまま、穏やかに語り続ける。
「お前は私にとって、家族だと思っている」
「お前に迷惑でなければ、だが」
「…お前は…」
「友人たちとともに過ごせばそれでいいだろう…」
お前は、人間だったのだから。
「私にとってはお前も友人たちも、等しくこの世に生きる愛しいものたちだ」
美しい魂の男は語り続ける。
「だが、私の人生を変えたお前は、やはり特別だと思う ノースディン」
「…………」
吹雪が止み、部屋の温度がやわらいだのを感じたクラージィが口を開く。
「そういえば今日はお前の誕生日らしいな!ちょうどいいから一緒に祝おう。なんでもっと早く教えてくれなかったんだ」
「…なんでそれを」
「ドラルクから聞いた」
「あの馬鹿弟子…」
「いい子だな あの頃と変わらず」
あのクソ弟子にそんな殊勝な心がけがあるものか!相談されていただろうクラージィに助言するならもっと早い時点で言えば良かったはずだ。
半年も黙っていたのは絶対に自分の様子を見て楽しむためだ。
自分が逃げ帰って半年も行動できなかったことは棚に上げ、心の中で罵る。どちらかというとクラージィの人間の友人たちが主になってお膳立てしたのだろう。
「……友人たち、か」
クラージィが転化した日、2月11日まで一ヶ月もないが、今度は自分から祝いに行くことに決めた。その時に彼らも誘ってやるか、二人だけの特別な日にするかはまだ決めかねているが。
いつの間にか入ってきた使い魔たちがクラージィにワイングラスの場所を教えたらしい。いそいそとブラッドワインをセッティングするクラージィを眺めながら、馴染みの高級店のヌーバーイーツの注文を済ませる。今年から「彼ら」にお中元くらいは礼儀として贈ろうと決め、ノースディンはスマホのサイトを開いた。