愚痴みたいな惚気に巻き込まれたくはなかったモブ君 久々に実家へ帰省して、久々に彼氏と会って、久々に大喧嘩をした。
売り言葉に買い言葉、五年続いた俺の大恋愛は唐突に終わりを迎えた。
予約していた通りの時刻に着いた新幹線に乗り込んで、一人で暮らしている我が家に戻る車内で、ポロリと涙が零れた。
車内は明るくて、けれど窓の外は真っ暗で。柄にもなく物思いに耽っていれば、硝子越しに隣の席へ誰かが座るのに気が付いた。
正直、今は一人が良かったのにな、なんて身勝手に考えていれば、隣から声が聞こえる。
「こんばんは、お兄さん。泣いてるの? 僕で良ければ話、聞いてあげようか?」
「え、いや大丈夫……えっ!?」
声を掛けられて無視するわけにもいかず隣を見遣れば、サングラス越しでも分かるとびきりのイケメンが座っていた。
こんなイケメンに声を掛けられてラッキー!といつもの自分なら思っていただろう。
けれど素直にそう思えないのは、俺の何倍もイケメンがボロボロ泣いていたからだった。
いや、俺の話を聞いてやるっていうか自分の話を聞いて欲しいやつだな、うん。
なんだかめんどくさそうな気配がして、どうこの状況から脱しようかと考えていると、イケメンはポケットから取り出したハンカチで涙を拭う。
あ、虎柄なんだ、可愛い……いや、そんな事はどうでもいい。
「……僕さぁ、滅茶苦茶に可愛い恋人が居るんだよね。そりゃもう目に入れても痛くないし、死んでくれって言われたら死んであげられるくらい大好きなの」
「勝手に喋りだしちゃったよ……」
「いいから聞いて、硬いアイス買ってあげるから。それでね、今日はローカル番組の撮影があったから遠路はるばる福岡くんだりまで足を伸ばしたわけ。撮影も巻いて巻いて日帰りで帰れるように!」
あ、やっぱり芸能人なんだ。そりゃこんなにイケメンならそうだよな、なんて思いながらイケメンが自然と注文して買ってくれたアイスにスプーンを突き刺せば、一ミリも掬うことが出来ず諦める。
「やぁ~~っと帰れる! ってマネとか全員置いて駅まで走ってホームで連絡したら、『今日は帰ってこんと思ったから伏黒ん家に泊まりに来ちゃった! ゴメンね!』だって! 酷く無い!? 僕はあんなに頑張ったのに、よりによって他の男の家に居るとか!」
「はぁ……でも、元々は泊りがけの予定だったなら仕方ないんじゃ……」
「正論はいいんだよ、僕はただ悠仁に僕を優先して欲しかっただけなんだから」
あぁ、きっと「僕が帰るんだから君も帰ってきて!」とか言って喧嘩になったんだろう。いや知らんけど。
「だって、帰ったらおかえりって言って欲しいし、夜食にお茶漬け作って欲しいし、一緒にお風呂入って化粧水塗ってあげたかったんだもん……いや、悠仁は化粧水無くても肌綺麗なんだけど一応ね」
「そうなんだ……」
「そう! そんで結局今日は帰らないから! って通話切られちゃったんだよね……うん……ちょっとしつこく言っちゃったから、悠仁、怒っててさ」
しょんぼりとイケメンは俯いて、持っていたペットボトルのお茶をべコリと凹ませる。
なんだ、ただの惚気を聞いて欲しいだけなのかと思ったけど、この人も大切な人と喧嘩してたのか。
そう思えばなんだか真面目に聞いてやろうかな、なんて、自分の事を棚に上げて偉そうだろうか。
「喧嘩してそんなに泣いちゃうくらい、好きなんですね、その人のこと」
「うん、すっごい好き。悠仁はさ、いつでもニコニコ笑ってて、ちょっと適当なトコあるけど、僕に作ってくれる料理はいつも美味しくて温かくてさ。自分がどんなに忙しくても、他人を疎かにしないんだ」
「じゃあ、最初から日帰りの予定だったなら貴方を優先してくれてましたって。多分」
「そう……だね。そうなんだ、悠仁って周りを本当に大事にするから、今日は友達を優先する日だったんだよね。うん……分かってる」
結局はこの人の感情の問題なのだろうし、納得できたなら謝ればきっと仲直り出来るんだろう。
俺も、謝ればまた……
隣でスマホを取り出したイケメンが何かをポチポチ打ち始め、さっそく彼氏?にメッセージを送っているようで。
する事も無いので硬すぎるアイスに再挑戦すれば、今度は小指の先ほどの量を食べる事に成功した。
「あ、見て、謝ったらすぐに許してくれた! 明日は午前中に帰るから帰ったらいっぱいハグしてくれるって! な~~んだ悠仁も僕のこと大好きじゃんね? あーー安心したらお腹空いた、通りもん売ってるかな」
結局惚気られてしまった上に、さっきまでグズグズだった顔はあっという間に通常通りらしい顔に変わって、再びやってきた車内販売で土産物を三箱も買っていた。
その内の一つを雑に開き、その場で二つ三つと食べ始める姿を見て居れば、なんだか自分が彼氏と喧嘩をした事なんてどうでもいい事のように思えてくる。
「はいコレ、話聞いてくれたし一箱あげるね。もう一つは悠仁のだよ」
「え、いや、地元土産とか別に……まぁいいか、ありがとうございます」
「うん、じゃあもうちょっと悠仁の話聞いて欲しいんだけどさ、この前二人で家具を見に行った時なんだけど……」
喧嘩が解決したならそれで満足してくれると思ったけれど、そこからさらに一時間ほど二人の話を聞かされた俺には、きっと幸福が待っているはずだと確信した。
「それじゃ、聞いてくれてありがとね~~君も彼氏くんとお幸せに!」
「あはは……さよなら」
きっともう会うことも無いだろうイケメンは颯爽と夜の街に消えて行き、俺はスマホを取り出し数時間前に別れたばかりの「元恋人」に電話をかける。
イケメンに自分も彼氏を喧嘩をした事を話せば、すぐに連絡しなよ、と言われたのもあるし、他人の惚気を聞かされれば寂しくもなるもので。
「あ、もしもし……あのさ……」
「あ、これ、あの時の惚気イケメンだ」
「は!? お前が新幹線で長時間惚気られたイケメンって祓本の五条悟なん!?」
「はらほん……名前は聞いた事あるけど、俺ん家テレビないもん。あ、でも悠仁くんは知ってるわ。アイドルでしょ? え~~結婚したんだ……」
新幹線イケメン惚気事件と名付けられたあの日から丁度一年くらい経った今日、東京まで会いに来てくれた彼氏とぶらぶら歩いていると、巨大スクリーンにあの日のイケメンが映し出された。
どうやらかなり有名な芸人の片方だったらしく、婚約発表が速報になる程なのには驚いた。
お相手として紹介されているのは、アイドルグループリーダーの虎杖悠仁くんで、なるほど確かに「悠仁」だな、と頷いた。
「俺、この五条さんの事はあんま知らないけど、悠仁くんの得意料理と趣味は知ってるよ」
「はは……世の中何があるか分かんねぇな」
「そうだねぇ……」
あの日泣きじゃくっていた五条さんのおかげで俺も謝る決心がついて、今こうやって付き合って六年目を迎える事が出来たわけで、惚気はキツかったけれど感謝も少しだけしていたり。
けれどもう、この人の惚気の被害者が増えませんようにとも願わずにはいられなかった。