ワルイコト「……腹減った」
良い子も悪い子も眠る深夜二時過ぎ、成長期の男子高生な身体は夕食にカレーを三杯食い苺大福を二つ食べた位じゃ朝まではもたないのだ。
悠仁の部屋とはいえ恋人なんだし冷蔵庫漁るくらい許されるだろ、なんて考えながら寝ている悠仁を起こさないよう気を付けながらベッドを抜け出すと、玄関近くにある腰くらいしか高さの無い冷蔵庫の戸を開く。
中には料理の出来る悠仁らしく、野菜や肉のパックに調味料、飲みかけのペットボトル。
「お、なんか良さげなもん発見」
それは真っ白で小さなケーキの箱で、開けてみれば真っ赤な苺の載ったショートケーキが二つ綺麗に並んでいた。
空腹時にそんなものを見れば涎が沸いてくる始末で、起きたら同じ店で同じものを買えばいいだろう、と行儀悪く手づかみでフィルムを剥がし噛り付いてしまった。
ほんのり洋酒の香りがするスポンジと、甘すぎない生クリーム。
苺は大きくて甘く、ほどよい酸味がクリームに合い、気が付けば二つ目に手を出していた。
「あーー……美味かった。歯磨き……もういいか、寝よ」
満足な胃袋を撫でながら再び温かい布団に潜れば、目覚めた時と同じ様に腕の中に恋人を抱え、目を瞑った。
「先輩! 五条先輩! ねぇって、起きてよ」
「ん……何、まだアラーム鳴ってねぇだろ」
「コレ! なんで食べちゃったの!?」
「……腹減ったから。同じの買ってやっからさぁ、怒んなって」
どうやら目が覚めた時、俺から甘い香りがしたのに気が付き冷蔵庫を開けたらしい。
悠仁は珍しく怒っていて、空になった箱をぐしゃりと握りつぶした。
「普通、勝手に人の冷蔵庫ん中にあるケーキは食わんでしょ」
「ん~~でもホラ、俺は悪い子だから? 夜中にワルイコトしたくなっちゃうんだよね~~」
「……ふぅん。じゃあ俺は良い子だから、悪い子は自分の部屋戻ってくれん?」
「は~~……ケーキの一つ二つくらいでウザ……帰るわ」
俯いて表情を見せない悠仁に少し苛立つも、素直に謝る事の出来ない自分が悪い事は理解している。
けれど、どうせ明日にでもなれば向こうから話しかけてくるだろう、なんて愚かにも甘い考えを持っていたのだ、この時は。
「オイ、ゆーじ! 昼飯食おうぜ」
「俺は良い子だから悪い子とは飯食わん。行こうぜ伏黒」
「なぁ、この前出来たクレープ屋の苺チョコバナナ食いたい、放課後行こうぜ」
「行かん、俺は良い子だから買い食いはしないし」
「……悠仁、今日の夜部屋行っても良い?」
「駄目、良い子だから早寝早起きするし」
良い子、良い子良い子良い子良い子!!
話しかけてもうわの空、どこかに誘えば却下され、部屋にすら入れて貰えない。
しかもその理由が、「良い子の俺は悪い子の先輩とはつるみません」とのことだ。
どんだけ根に持ってんだ。なんて思いながら同じケーキ屋を探し同じケーキを買って持って行っても門前払いで、傑と硝子に渡せば二人は興味無さそうに箱を眺めていた。
「悟、ちゃんと悠仁に謝ったのかい? 君が何かしたんだろ?」
「当たり前だろ、謝っ……た……ハズ……ん?」
「五条が素直に謝るわけないじゃん。あーあ、とうとうフラれるのか……お疲れ様、虎杖。正しい選択だ」
「はぁ!? 別れるハズねーじゃん! たかがケーキ二つ勝手に食べた位で!」
ケーキ二つ……と二人は呟いて、傑は大きな溜息を付く。
「別れる気が無いならちゃんと謝って、二人で話す事だね」
「……わかった」
んな事で俺達が別れるなんて有り得ねーのに。
そう言い聞かせながら、スマホを取り出しメッセージを送ってやることにした。
「……おかしい」
いつもなら遅くとも一時間後には来ていた返事が、今日に限っていつまでも返って来ない。
しかも既読は付いてるのに、だ。
もしかしたら返信する前に寝落ちたのかもしれない、と思うと居てもたってもいられず走りだし、悠仁の部屋へと向かっていた。
あっという間に到着した部屋の前に立ち、一つ深呼吸をする。
通い慣れている部屋なのに、なんだかそのドアが冷たいものに見えて、ノックする手が少し震えるのが情けない。
意を決してコンコン、とノックしてみるもいつまで経っても返事は無く、もう一度戸を叩く。
「悠仁、居るんだろ? 開けるからな!」
夜は任務帰りの俺が来るかもしれないから、と悠仁は俺の為に部屋の鍵を掛けない癖がある。
それなのに。
「……クソッ……開かねー……」
こんな薄い木の扉一枚なのに、分厚いコンクリートで阻まれているかのように感じる。
なんで、そんなに大事なケーキだったのか?
せめて顔を合わせて謝る機会くらいくれたって良いのに、伺いのメッセージは無視、戸は開かない。
あぁ、これってもしかして、俺、フラれるんだろうか?
「あれ、五条先輩?」
「……ゆーじ……?」
「え!? ちょ、先輩! 泣いてんの!? なんで!?」
「……俺、わかれない! 別れねー、からっ!」
慌てたような悠仁が駆け寄ってきて、その身体を思い切り抱きしめる。
逃げさせやしない、絶対、逃がさない!
「ケーキたべて、ごめん、謝る、から……わがれたくない……! 俺も、良い子になる、から」
「いや、別れるとかせんから、とりあえず部屋入ろ? 伏黒後ろで殺気立ってっから」
よく見れば悠仁の後ろに恵みが居て、けれどそんな事どうでもよくて、馬鹿力により剥がされた腕を、今度はぎゅうと繋がれ部屋へ入る。
道中ちらりと見た恵の顔は、今まで見た中で一番呆れた顔をしていた。
「要するに先輩は、既読スルーと部屋に鍵かかってて勘違いしたってことね」
「……だってお前、ずっと避けてたじゃん」
「そりゃあ怒ってたかんね。あのケーキ、せっかく記念日にって釘崎オススメの店で買ったのにさぁ」
「……記念日……あ」
「わかった? 今日、付き合って半年記念日なんよ。起きたら一緒に食おうと思ってたら勝手に食べてるし、謝らんし忘れてるしさぁ」
そりゃ無視くらいしたくもなるじゃん?
そう言って少し寂しそうに笑う悠仁に、なんて自分は馬鹿なんだろうと自分で自分を殴ってやりたくなる。
「ゴメン……本当に、ごめん。俺、馬鹿だ」
「んーん、まぁ半年とか中途半端だし。でも、なんか祝いたくなったんよね。俺、先輩の事大好きだし……でもやりすぎちゃったね、ゴメン」
「既読無視も部屋の鍵も、任務だったからだろ。全部俺が悪いし、お前が謝るとこ一つもねーじゃん」
むしろこの罪悪感をどう拭えばいいのか分からないくらいで。
俺はどうしたら自分を許せるのか悠仁に聞いてみれば、すぐに悠仁はなんだか恥かしそうに頬を掻き、俺の上着をクイ、と引っ張った。
「じゃあ仲直りに、俺とワルイコト、しよ?」
「……それ、俺にとってはイイコトなんだけど……」
そう言って悠仁をベッドに押し倒し、キスを始めれば薄い壁の向こうからまた殺気を感じた気がして。
それじゃあと八十キロオーバーの身体を横抱きにして、行きは足の重たかった道程を軽々走り部屋へと戻ったのだった。