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    ゆだろ/ydr

    @o_ka_yu_09/ゆだろ
    五悠メインの虎右固定

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    ゆだろ/ydr

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    ※呪専パロ五悠

    呪いにより二人とも運命の赤い糸が見えるようになってしまったけれど、お互いに相手には見えていないと思い込んでいる両片思いな五悠です。

    空オレ3でネップリしていたお話の再掲となります。

    見えているなら早く言え!「っ馬鹿! 前に出過ぎだ! 退け!!」
    「ッ! ごめ……五条先輩、危ない!」

     悠仁が祓い損ねた呪霊を代わりに祓った瞬間、弾けた塊が飛び散り血液に似たものが辺りに飛び散った。
     そんなもの自分で全て避けられるというのに、悠仁はご丁寧に俺を庇い顔から爪先までドロドロにして、ヘラリと笑い、その姿に思わずため息が漏れてしまう。

    「お前……俺の心配しなくて良いからテメーの心配だけしてろって何回も言ってんだろ」
    「いや~~分かってんだけどつい……って先輩、汚れちゃうからいいって」

     悠仁の顔に付いた液体を手の甲で拭ってやれば、慌てたように驚く悠仁の頭をくしゃりと撫でる。

    「今更どこが汚れようと気になんねーよ。ほら、帰んぞ」
    「俺が気になるんだって……。こんなに汚れてたら晩飯食って帰れんね」
    「じゃあ俺の冷蔵庫のモンでなんか作れよ、食ってやってもいい」

     本当は悠仁の手作りが食べたい、なんて言えずいつものように捻くれた言葉ばかり投げてしまうのに、楽しそうに笑う悠仁がなんだか眩しく見える。

    「じゃあ夏油先輩も呼ぶ?」
    「それは要らん。材料二人分しかねーよ、多分。絶対」

     そう言えば、困ったような嬉しそうな顔をするのは何故なんだろう。
     聞きたいのに聞けないまま、今日も一日が過ぎていく。


     昔からあまり夢見が良いほうではなく、今日も何かに追われるような夢を見て目が覚める。
     外はまだ暗く、寝汗を置いていたタオルで拭い、水でも飲もうと布団から抜け出した時、自分の左手に違和感を感じ見てみれば、紐のようなものが結びついているのに気が付いた。
     それは微かに呪力を帯びていて、その呪力は昼間に悠仁と倒したやつと同じ様だった。
     自分が呪われるなんて、と思うも、きっと悠仁の顔を拭った時に呪霊の残りカスに触れてしまったのが原因だろう。
     とは言え気にするほど大した呪力でもなく、放っておけば数日ももたないような微かな物だ。
     とりあえず喉を潤すと、ベッドに座り糸をまじまじと眺めてみる。

    「なんか、運命の赤い糸みてぇ……」

     ぐるぐると結ばれたそれは、解こうとしても実際に触れるわけでは無くただそこにある。
     暗くても六眼のおかげでなんとなくそれが赤い色をしているのが分かり、ぼんやり眺めているとなんだかムクムクと好奇心が沸いてくる。

    「これ、誰かに繋がってんのか?」

     糸の先を目で追えば、ドアを貫通してどこかへと伸びているようで。
     どうせもう眠れそうにないのなら、行ける所まで辿ってみるか、と靴を履き寝間着のまま廊下へと出る。
     静かな廊下は明かり一つ着いてやしなくて、真っ暗なままノロノロと辿っていく。
     行先は分からないけれど、自分の中で「あいつの所だったら良いのに」と願う場所は一つしかなくて、むしろそこ以外ならこんな糸即焼き払ってしまうつもりだ。
     
     一歩、一歩と進むにつれて期待は膨らんでいき、ドキドキと高鳴る心臓が苦しくて思わずぎゅうと拳を握る。
     もう少し。
     もう少しであの部屋が、現れる。

     長く長く伸びていた糸はだんだんと短くなっていき、とある部屋の中へと繋がっていた。
     その部屋のドアの前に立つと、見覚えしかない部屋位置にグラリと眩暈がするようで、慌ててその場を立ち去った。


     戻った自室の、すっかり冷えてしまったベッドに再び潜り込んで、枕に顔を埋め思い切り叫んでみる。
     出来る事ならば他人への迷惑も顧みず心のままに声を上げたい所だけど、そこまで常識外れではないと言い切れる。
     とりあえずジタバタと手足を動かし、ベッドに悲鳴を上げさせたのち、目を瞑りさっきの光景を思い出す。

    「……悠仁の部屋……だったよな?」

     思い返す、糸の繋がっていたその場所は、密かに想いを寄せている人物の寝ているであろう部屋の中へと続いていて、驚きと喜びで中を確認することもせず逃げてしまった。
     もし、今日悠仁に会って、その指に糸が結ばれていたのなら、それは何を意味するのだろうか。
     呪いに意味や理由を求めてはいけないと思うのに、物語のような運命が結ばれているのなら、と期待してしまう。
     もう一度なんとか眠り、朝がきたら確認してみようと決めて目を瞑れば、木々が風で揺れる音が騒がしかった。


     
     結局あのまま朝を迎え、寝不足のまま今日の授業を終えてしまった。
     一年は朝から任務に出ているらしく顔を合わせる事も出来ず、自分も今から近場で任務があるので向かわなければならなかった。
     小指の糸は相変わらず繋がったままで、先はどこか遠くに繋がっている。
     きっとこの糸の先に悠仁がいるのだと思えば、ソワソワろ落ち着かない気分になる。

    「悟、朝からずっとご機嫌だったけど何か良い事でもあったのかい?」
    「なんかずっと向こう側見てるし。何かあんの? 向こうに」
    「何でもねーし何もねーよ。気にすんなって」

     それより俺、腹一杯だから、と買ったばかりで封の開けていないチョコレート菓子を渡せば、二人はますます不可解な顔をして俺を見遣るも深くは追及してこない。
     腹が一杯というよりは胸が一杯なのだけれど、そんな事は大差ない。
     どうやらこの糸は俺にしか見えていないらしく、糸が二人の足元にあろうと邪魔そうにするでも、そもそも視界にすら入ってないようだった。
     じゃあ悠仁にも見えていないかもしれないけれど、その方が良いのかもしれない。
     だって、万が一見えていたとして、俺の小指と繋がっているのに気が付いたらどんな顔をするか分からない。
     けれど、けれど。
     早く会いてぇな、なんて考えながら席を立つと、さっさと任務を終わらせ悠仁の様子を見に行くべく歩き出した。


     悠仁を好きになったきっかけは何だっただろう。
     気が付いたらその頬に触れてみたいとか、笑って欲しいとか、一秒でもいいから長く隣に居て欲しいと願うようになっていて、それが恋だと気が付くのは自然な事だった。
     素直じゃない性格のせいで、アプローチしたくても上手くいかず困らせてばかりで未だに告白なんて出来やしない。
     けれど、一度だけ抱きしめてやった事がある。
     
     その日の悠仁はなんだか様子がおかしく、心ここにあらず、と言った様子だった。
     付き添いで任務に行った時も、いつもなら瞬殺出来ているであろう呪霊にすら怪我を負わされ、それをヘラリと笑いながら謝るのだ。
     悠仁は根明で、笑顔が多い。
     けれど、任務の時はいつだって真剣で、稽古にだって手を抜かないのを身をもって知っているからこその違和感に、自室に戻ろうとするのを思わず引き留めた。

    「お前さぁ、なんかあったんじゃねーの。らしくねぇって言うか……」
    「んー……寝不足なだけ」
    「嘘つけ、お前嘘つく時絶対俺の顔見ようとしねぇもん。何、俺には言えねーの……?」

     悠仁は俯いたまま俺の顔を見ようとはせず、少しの沈黙が続く。
     俺に関することなら聞くべきかもしれないけれど、話したくない事を無理に話させた所でなんの解決にもならないだろう。
     そう思い、小さな溜息をつき悠仁の頭をくしゃりと撫でる。

    「ん、話したくねぇならいいや。今日はちゃんと寝ろよ」
    「えっ先輩、帰るん……?」
    「俺が居たら落ち着かねーだろ? あ、怒ってねーから。また明日な」

     そう言って自分の部屋へ戻ろうとした時、悠仁に制服の裾を掴まれ、振り返ると泣きそうな顔で俺を見ていて。

    「嫌な夢、見たんだ。俺が、先輩を殺しちゃう、夢」
    「……うん」
    「先輩が俺に殺されるわけないって分かってんのに、冷たい身体が妙にリアルで、怖くって……」
    「ゆーじ、抱きしめても良い?」

     俺の言葉に悠仁は驚いたような、苦しそうな顔をしながら、コクンと頭を振って。
     安心してほしくて、笑って欲しくて、小さく震える身体をぎゅうと抱きしめた。

    「……あったけーだろ?」
    「うん、うん……あったかい……」

     背中を、頭を撫でてやれば、自然と目が合い、呼吸を奪い合うように近づいた唇が自然と重なった。
     それはほんの一瞬のことで、けれど永遠に忘れられないような、優しいキスだった。

     すぐに離れたそれに、意味があったのかは分からない。
     
    「ありがと、すげー安心した」
    「なら良かった。じゃー今度こそ、また明日な」
    「うん、おやすみなさい」

     ひら、と手を振る悠仁に背を向け自室に帰るも、その日は俺が一睡も出来なかった。


     その日の事を、俺も悠仁も口に出したことは、無い。
     

     
     たいして強くも無いが数の多い任務は酷く疲れる。
     力を込め過ぎれば周囲に被害が及びすぎるし、かと言って手を抜けばあの程度も倒せないのかと嫌味を言われる始末だ。

     心底イライラしながら高専に戻ると、赤い糸が微かに揺れて、一方を示している。
     それは自販機のある場所に向かっているようで、そこに行けば会えるかもしれないとふらりと向かっていた。

    「あ、先輩! 今任務帰り?」
    「……おう。お前も?」
    「うん、三人で行ってたんだけど、二人は疲れたって部屋に戻ってったよ」

     やっぱり居たその姿はなんだかボロボロで、けれどその姿を見るとさっきまでの苛々がどこかへ行ってしまうようだった。
     三人で飯食おうって話してたのにな~~!とぼやく悠仁の左手の小指には、やっぱり赤い糸が結ばれていて、さっきまで長かったそれはたったの一メートルくらいの長さに変わっていた。
     悠仁は、これが見えているのだろうか?
     それが気になって仕方ないけれど、悠仁なら会った瞬間にこの話をするのではなかろうかと考える。
     もし悠仁にはこれが見えていないとしたら、「俺達を結んでる赤い糸、見える?」なんて聞いてしまった日には恥ずかしさで死んでしまいそうで、出かかった言葉を飲み込んだ。

    「じゃあ今日も一緒に飯食おうぜ。簡単なもんで良ければ作ってやる」
    「まじ?? 自分のぶんだけ作るのも面倒だからカップ麺でも食おうかなって思ってたんだよね。ごちになりまーす!」

     そう言ってコーラを手に俺の横にぴったりと引っ付く悠仁は無邪気なもので、俺の気持ちなんて知ったこっちゃない。
     けれど、その明るさに救われているのは確かで。
     悠仁の左手の小指に自分の左手の小指を絡ませれば、この糸はどうなるのだろうと考えるも、指を絡ませるには今一歩距離が足りないのだった。



     赤い糸が見えるようになって三日が過ぎた日の夕方、一人教室で携帯を弄っている時、小指の赤色が微かに薄くなっていることに気が付いた。
     もともとたいした影響も無い、弱々しい呪いだ。今日で解呪されるのだろう。
     特別何が起きたわけでもなかったけれど、なんだか繋がりが消えてしまうような、少しの虚しさを感じる。

    「……消えちまう前にもう一回見てくるか」

     最後に悠仁と自分が、赤い糸なんてロマンチック過ぎるものに結ばれている所でも目に焼き付けとくかと立ち上がる。
     微かに感じる呪力を頼りに向かえば、誰にも使われていない空き教室に辿り着き、少し訝しみながらもドアを開けば、驚いたような顔と目が合った。

    「……お前、何やってんの?」
    「え? あー……昼寝してたらこんな時間になってたんだよね」
    「ちげーよ、それ、何切ろうとしてんだって言ってんだよ」

     教室の真ん中に立つ悠仁は夕日を浴びて表情がよく見えない。
     けれどその手には確かに鋏が握られ、もう片方の手は俺と繋がった赤い糸を持っていて。

     お前もこれ、見えてたのかとか、なんで俺に言わねーんだとか色々言いたいことはあるけれど、今はただ、心と呼ばれるどこかが痛くて苦しかった。




    ◆◇◆◇




     小学生の頃、クラスメイトはよく誰が誰を好きらしいとか、そんな話で盛り上がっていた。
     俺は所謂「恋バナ」で盛り上がる周囲を他所に、今日の晩飯は肉だといいなぁとか、今日はじいちゃん何時に帰るんだっけとか、いまいち興味を持てなかったのを覚えている。
     別に恋愛をくだらないと感じていたわけでは無いけれど、自分が誰かを好きになるとか、彼女に夢中になるとか、そういった想像が出来なかったのだ。

     そうしてこの歳になるまで恋愛というものとは程遠い生活を送っていた所で唯一の肉親であるじいちゃんを失くした上、宿儺の器と成り死刑の宣告までされてしまった。
     こうなるともはや恋愛どころでは無いし、むしろ恋をするより先に人生が終了しそうだと自嘲していた時に出会ったのが五条先輩だった。

     先輩は強くてカッコ良くて最強で、俺の死刑執行人で。
     もし俺の中の宿儺が暴れ出した時は、必ず俺ごと殺してくれると約束してくれた。
     自分の中に在る宿儺の邪悪さとか凶暴性は俺が一番分かっていて、もしこれを抑えきれなくなった時の事を考えれば、それだけで冷や汗をかくような恐ろしさがあった。
     俺は世界中の人間を救えるようなヒーローにはなれないけれど、世界征服を企む悪党に成ることは出来る。
     それを自分が望んでいなくても、だ。

     何度も夢を見た。

     抑えきれなかった宿儺が俺の身体を使い、俺の周囲で笑ってくれる人達を弄び貪り笑う夢を。
     宿儺は楽しそうにゲラゲラと笑い、自分は宿儺の内側で泣き叫びながらそれを黙って見る事しか出来ず、最後に残った一人が恨めしそうに俺を見ながら言うのだ。

    「どうして」

     と。

     その夢を見て飛び起きた日は、二度寝なんて出来るはずも無くそのまま朝を迎えて、寝不足と不安感に苛まれながら一日を過ごすハメとなるのだ。
     勿論座学は眠気に耐えるのに必死で内容なんて頭に入らなければ、任務だって釘崎に怒鳴られることがザラで。
     どうにかしなければと思うのに、頭の中でそんな俺をせせら笑う宿儺が煩かった。

     いつもの様に夢見の悪かったある日の朝、自販機で買った水を飲み干していれば後ろから声を掛けられて、振り返れば五条先輩がそこに居た。

    「なんかお前、顔色悪いな。硝子に診てもらえば?」
     
     そう言って熱を測るように額に触れた大きな手に、さっきまであった不安感が一気に引いていくのに気が付き驚いた。
     だって、あんなに悩んでいたのに、だ。
     
    「大丈夫……うん、今大丈夫になったけど……先輩が嫌じゃ無かったらもうちょっと一緒に居てもらえんかな?」
    「お、おう……仕方ねぇな」

     そう言って手を引かれベンチに座らせられると、その横に先輩が座り、肩に頭を預けて良いと言ってくれた。
     ありがたくそれに従って、指を飲み込んで以来得られることの無かった安心感にウトウトと眠気が襲い、ちらりと先輩を盗み見れば、なんだか頬が赤い気がするのは何故だろう。
     結局そのまま寝てしまったせいで授業には遅刻してしまい、同じ様に遅刻した先輩に謝れば「気にすんな」と笑い、またいつでも肩を貸してくれると言ってくれた。

     
     その日は夢見が悪かった上に、朝から五条先輩に引率されながらの任務だった。
     いつもなら簡単に倒せるような呪霊にも遅れをとり、先輩に怒鳴られたり、助けられたりと散々だった。
     夢見が悪くとも普段はここまで支障が出ることは無かったはずなのに、こうなってしまった理由は、いつもと少し夢の内容が違ったからで。
     様子がおかしい俺を心配してくれる先輩の顔を見る事すら怖くなって、寝不足なだけだと嘘をついてしまった。

     下手な嘘を見抜くのくらい、先輩には簡単なことだと分かっていた。
     なのに、思わずついてしまった嘘を後悔したのは、見抜いた先輩が、寂しそうに笑っていたからだった。
     
     あぁ、こんなにも俺の事を心配して、声を掛け、思ってくれている人に、自分はなんて愚かなのだろうと泣きたくなった。

     けれど先輩は俺を責めることはせず、ただ頭を撫でてくれた。
     その手の優しさに、胸が苦しくなって、息の仕方が分からなくなる。

    「ん、話したくねぇならいいや。今日はちゃんと寝ろよ」
    「えっ先輩、帰るん……?」
    「俺が居たら落ち着かねーだろ? あ、怒ってねーから。また明日な」

     そう言って自分の部屋へ戻ろうとする。
     本当は、帰ってなんて欲しく無くて。
     傍に居て、もっと頭を撫でて、話を聞いて欲しくって。
     先輩の制服を思わず掴んでしまい、それに驚いた顔をして振り返ると先輩と目が合った瞬間、気が付いてしまった。

     あぁ俺は、この人に殺されたいのだと。
     
     死にたいだとか、生きていくのが辛いだとか、そういった意味ではなく、ただこの人に殺してもらえるのなら、どんな最後だろうと笑っていられるのだろうと。

     
    「嫌な夢、見たんだ。俺が、先輩を殺しちゃう、夢」
    「……うん」
    「先輩が俺に殺されるわけないって分かってんのに、冷たい身体が妙にリアルで、怖くって……」

     今までに見たどんな夢よりも恐ろしく生々しいその夢は、生暖かい血液が冷えていく様や鉄臭さまで感じられる程で。
     あぁこの人を殺してしまったら、一体誰が俺を殺してくれるのか、なんて身勝手に嘆く自分が憎くて情けなくて。
     宿儺が俺を弱らせるために見せている夢だと分かっているからこそ、この呪いの邪悪さや醜さは絶対外に出してはいけない物だと思い知る。

    「ゆーじ、抱きしめても良い?」

     ぐるぐると良くも無い頭で思考を巡らせ、震える身体を自分の手で抱きしめていれば、掛けられた言葉に反射的に頷いてしまった。
     こんなに甘えてばかりで良いのだろうか、そう思うのに、自分より大きな身体にぎゅうと抱きしめられれば酷く安心して、もっともっとと自らもその身体を抱きしめる。

    「……あったけーだろ?」
    「うん、うん……あったかい……」

     耳元で囁かれた声色は、今まで聞いたどんな声よりも優しく、脳から溶けるように甘く、涙が零れる程に温かく。
     あの綺麗な瞳を見てみたくなって、胸板に埋めていた頭を上げれば、空のように青い瞳と目が合った。
     なんだかその瞳から目が離せず、だんだんと近づいてくる鼻先と、先輩から吐き出される呼吸を感じる頃には、柔らかな唇が触れ合っていた。
     あぁ、先輩とキスをしてるんだと気が付いた時には唇は離れていて。
     もっとしていたかったと思うのに、壊れそうなほどに高鳴る心臓に気付かれるのは恥かしくって、キスと同時に離れた身体を引き留めることは出来なかった。

     
     落ち着きを取り戻した頃に先輩は部屋に帰ってしまい、自分のベッドの上で寝転がると天井を見詰めながら、唇に触れてみた。
     少しカサついたそこに触れた物の事を思えば、叫び出したくなるほどに恥ずかしく、けれど同じくらい嬉しくて。
     
    「これが恋、なんかな」

     声に出してみれば余計に自覚するその感情がくすぐったい。
     恋なんて無縁だと、そう思っていたというのに。
     
     自覚してしまえばもう、知らなかった頃を思い出せない程に、恋しいと思うのだ。




     
     先輩に恋をして、どれ位が経っただろう。
     もう何年も経ったかのように思うのに、まるであの日は昨日のことの様だった。

     あの日のキスにお互い触れることは無く、ただ前よりも少し近い位置で先輩と接するようになったと思う。
     友達以上恋人未満、そんな関係が一番近いだろう、何かを得ることも無いけれど失うこともない距離が心地良くて、ずっとこのままで居たいなんて贅沢を願ってしまう。

     その日も五条先輩引率のもと任務について、数体の呪霊の相手をしていた。
     思いのほか自分との相性の悪い呪霊相手に後れをとりつつ、なんとか食いついていると、一瞬の隙をつき呪霊の反撃を受けそうになってしまった。
     けれど先輩のフォローにより怪我を負うことは無く、ただ無駄に返り血を浴びてしまい大いに叱られてしまった。
     ドロドロのままでは夕食に寄るつもりだった店にも入れず、先輩の部屋で二人で食べようと決まると先輩は嬉しそうにしてくれる。
     皆で、じゃなく二人を選んでくれることが俺も嬉しくて、側にある手を繋ぎたくなるのを我慢すれば、先輩はなんだか不思議そうな顔をしていた。


     二人で俺が作った夕食を食べ、流行りのドラマを観たのちに解散し、今日は早々に寝てしまおうと風呂はシャワーで済ましベッドへと潜り込んだ。
     そうしていつものように一瞬で眠ってしまったはずなのに、何時間か経ったであろう頃、なんだか寝苦しくて目が覚めてしまった。

    「……喉乾いたな」

     起き上がるのも怠いけれど、喉の渇きに気が付いてしまえば途端に潤したくなり立ち上がる。
     勘で部屋を歩き冷蔵庫に辿り着くと、水のボトルを取る為ドアを開く。
     庫内の明るさに目が痛くなるも、目についたそれに手を伸ばした時、違和感に気が付き慌てて部屋の電気を付けに走った。

    「え、なんこれ……赤い、糸?」

     左手の小指に結ばれた糸は、長く長く伸びて部屋の外まで続いているようだった。
     取ってしまおうとするも、触っている感覚はあるのに解こうとしても解けることはなく、数十分色々と試してみるも現状は変わらなかった。
     もしこの糸が実体化しているとしたら、誰かがこれに足を引っかけたら大変だと思うも、いざ足で踏みつけてみればまるで感覚が無い。

    「やっぱこれ、呪いなんかなぁ……」

     呪いだとしても、目的が不明すぎやしないだろうか?
     とりあえず糸の先を確認してみるかとドアを開ければ、他の寮生も寝ているらしく真っ暗な廊下は物音一つしない。
     足音を立てないよう気を付けながら、月明りを頼りに糸の伸びる方へと向かえば、不思議な事に歩く分だけ縮んでいるようだった。
     
     そうして暫く歩き辿り着いた部屋の前で立ち止ると、思わずその場に蹲り小さく息を吐いた。
     
    「ここ、五条先輩の部屋じゃん……」

     何度も通った部屋の位置を、間違えるはずが無い。
     赤い糸は俺の指から部屋のドアを突き抜けていて、中にいる先輩の指に結ばれているのだろうか?
     確認して対処しないと、と思うのに、なんだかそれを惜しく思ってしまう。
     だって、ただの赤い糸も先輩の小指と結ばれているのなら、それはまるで、運命のようじゃないかと。

     結局ドアをノックすることすら出来ずに部屋に戻り、布団を被り無理矢理眠ってしまった。


     起きたら本当に先輩と結ばれているのか確認しようと思っていたけれど、朝から任務が入りそれは叶わなかった。
     三人でなんとかこなせる任務にヘトヘトになって高専へ戻ると、夕食の約束をしていた二人は疲れたと言って部屋に戻ってしまい、仕方ないので炭酸飲料でも買うかと自販機へと向かった。
     その間もずっと糸はズルズル伸びていて、きっとあの先に先輩が居るのだと思うとなんだかたまらない気分になるのを強すぎる炭酸で流し込む。
     少しの間ベンチに座り身体を休め、そろそろ部屋に向かおうと立ち上がった時、近付いてくる聞き覚えのある足音に潤したばかりの喉が渇いていく感覚がする。
     
     そうして予想通り現れた姿を見ると、嬉しくて、けれどなんだかソワソワと落ち着かない。
     五条先輩が近づいてくるたびに糸はしゅるしゅると短くなっていき、俺の前で立ち止れば、その長さは一メートル程の長さになっていて。
     不自然にならない様、そろりと小指を見れば、自分と同じように結ばれているそれが、嬉しかった。

    「あ、先輩! 今任務帰り?」
    「……おう。お前も?」
    「うん、三人で行ってたんだけど、二人は疲れたって部屋に戻ってったよ」

     なんて言って糸の話を切り出そう、そう考えた時、この糸は先輩にも見えているのだろうか? と気付いてしまった。
     もし見えて無かったとしたら、「俺と先輩の指に赤い糸が結んである」なんて言うのは、まるで無理にこの恋心を押し付けようとしている気分になってしまう。
     それに、見えているとしたら先輩の方から何も言ってこないということは無いだろう。

    「じゃあ今日も一緒に飯食おうぜ。簡単なもんで良ければ作ってやる」
    「まじ?? 自分のぶんだけ作るのも面倒だからカップ麺でも食おうかなって思ってたんだよね。ごちになりまーす!」

     
     そうしていつも通りを装いながら食事をすれば、やっぱり先輩は糸について何も言ってはくれなくて、これは自分にしか見えていないのだと確信に変わった。



     先輩と赤い糸で繋がっていることが嬉しかったのは、最初の一日だけだった。
     二日目には喜びは不安に変わった。
     三日目に、不安は諦めへと変わってしまった。
     だって、自分があの人の運命であっていいのだろうかと。
     もしいつかの日に俺達が結ばれたとして、それは先輩にとっての幸福に繋がるのだろうかと。
     自分はいつの日か先輩に殺してもらわなければいけないというのに、そんなやつと運命の赤い糸で結ばれてしまうなんて、皮肉でしかない。

     せめてこの糸が赤色じゃなければ良かったのかもしれない。
     友情とか、信頼とか、もっと違う意味を見出す事ができていたのなら、素直に喜ぶことが出来たのに。

     恋がこんなにも苦しいものだなんて、知らなかった。

     ただ喜べばいいものも喜ぶことが出来なくて、我が儘に求める事が出来なくなるほどに、五条悟という人の幸せを願ってしまった。
     先輩の隣で笑うのは、もっと。

     もっと、身も心も綺麗な人じゃあないと。

     そう考えた瞬間、カラン、と足元に何かが落ちた事に気が付き、それを拾い上げた。
     
    「ハサミ……?」

     手に持ったそれはズシリと重く、酷く冷たく無機質だ。
     そう言えば自分はどこに居るのだろうと辺りを見渡せば、どうやら使われていない空き教室の様で、夕日が差し込み部屋は真っ赤に燃えるようだった。
     手にしたハサミを自分の小指に結んである糸に近付けると、開いた刃の間に糸を垂らす。

     これを切ってしまえば、きっと先輩は幸せになれる。
     何故か思い込んだそれを否定できなくて、ハサミに力を込めようとした瞬間、今一番聞きたくないはずの声が聞こえ、ビクリと肩が震えた。

    「……お前、何やってんの?」
    「え? あー……昼寝してたらこんな時間になってたんだよね」

     何をしているのか、と聞かれた所で、自分にしか見えていないものを切ろうとしていました、なんて言えるはずもなく、また嘘をついてしまった。

    「ちげーよ、それ、何切ろうとしてんだって言ってんだよ」

     その言葉に、一つの可能性を見出してしまい、背中に汗が伝うのが気持ち悪い。

    「何って……なんも……」
    「なんもじゃねーだろ、コレ、お前にも見えてんじゃねーの?」

     そう言って先輩は自分に繋がっている糸を持ち上げ、ひらひらと揺らしてみせる。
     いつから、とか、見えてるなら何で何も言ってくれんかったん? とか色々な言葉が頭を過るも、先輩の表情は硬く、怒りに満ちているようで何を言うことも出来なかった。

    「見えてる……よ。赤い糸でしょ? なんか運命みたいじゃーん、なんて、ね」
    「あぁ、俺もそう思ってた。けど、お前はコレ、切りてーんだろ?」

     俺と運命なんて、嫌だった?
     そう言って自嘲するかのように口端を上げた先輩に、驚いて息が出来なくなってしまう。
     
     切りたいはず何て、無い。
     本当はずっとずっと繋がっていたいと思っているし、先輩もそう思ってくれればどんなに嬉しいだろうと思っていた。
     
     先輩が好き。
     好きで好きで堪らないから、手放してあげないと、と思い込んでいた。

    「切りたく何て無いよ……ずっとずっとこのままが良いって思ってた。けど、怖かったんだ」

     ボロ、と涙が一筋零れてしまえば、次から次へと溢れてしまい、拭う事は諦めた。
     そんな俺に近付いた先輩に、握りしめていたハサミを取り上げられて。
     冷たいハサミは先輩の手に収まった瞬間、消えてしまった。

    「……それは、俺がお前を好きかどうかって事?」
    「それもある、けど、それ以上に、いつか先輩が後悔するんじゃないかって、怖かったんだ」

     もし先輩が俺を好きだと言ってくれたとして、いつかその言葉を後悔したら、と思った瞬間、怖くて怖くて堪らなくなった。
     好きな人と結ばれない事よりも、この恋を否定されるのが辛かった。

     だったら自ら壊してしまおうと思った。
     思えば突然現れたあのハサミは、俺にこの恋を自ら殺させる為に現れたのではなかろうか。
     そうだとしたら、やっぱりこの糸は間違いなく呪いなのだろう。

    「お前さぁ、勝手に一人で盛り上がって、俺の感情を決めつけてんじゃねーよ」

     頬に触れた指が、涙を拭ってくれる。
     その指は優しく頬を撫でたかと思うと、顎を掬い上を向かされたと思った瞬間、またいつかの柔らかな唇が落ちてくる。
     今度は一度目より長く、深いそれは、呼吸すらも許されないほどに荒々しくて気持ちが良い。
     
     ようやっと離されたと思えば、きつくきつく抱きしめられて、少し苦しい。
     けれどその手を離して欲しいと言えないのは、先輩の肩が少し揺れていたからで。

    「後悔なんてするはずねーけど、させない位、俺を愛してよ」

     弱々しく呟かれた言葉に、胸が苦しくなって、同じくらい嬉しくて。
     拭ってもらったばかりの涙が再び溢れてしまうのがおかしかった。


     いつの間にか薄暗くなった教室の隅で、先輩の胸を背もたれに二人で座り込み、他愛の無い話をした。
     その中で、俺が先輩を好きなこと、先輩が俺を好きなことをきちんと伝えあって、これからは恋人同士になろうと約束をした。

     けれど先輩は呪いのせいとは言え俺が糸を切ろうとしていた事を根に持っていて、少し拗ねているようで。
     耳元で呟かれた恨み言に、「それはお互い様でしょ」と笑えば不満なのか耳朶に噛みつかれたのが少し痛い。
     糸の無くなってしまった小指を絡ませながら、今度先輩の好きな甘いものを沢山作ってあげるから許して欲しいと言えば渋々頷き、許してくれたのだった。




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