祓ホン5️⃣と結婚して引退した$🐯の五悠(5️⃣の相方夏視点) 某有名なお笑いの大会で優勝してからはや幾年、それはもう忙しい日々を過ごし、今はピーク時程では無くともやはり毎日目まぐるしく生きている。
そんな中でお笑い芸人である宿命とも言える「ドッキリ」に、私はそれはもう何度も何度も引っかかって来た。
ある時は歌っている最中に床が抜け緩衝材と粉が敷いてある穴に落とされてみたり、一日がかりのロケの全てがドッキリだったり、エレベーターの中に鳥の玩具を仕込まれてみたり。
しかもその大半は相方である五条悟が仕掛け人であり、その演技の上手さのおかげで何度も引っかかり続けていた。
「というわけで今回は夏油さんに仕掛け人となって頂き、五条さんにドッキリを仕掛けてもらいます。五条さんの楽屋にカメラを仕掛けてますんで、様子を伺いながら夏油さんのタイミングで始めてください」
「うん、分かったよ。じゃあそろそろ悟が楽屋に入る時間だから、モニターの前に移動するね」
そう、今日はそんな相方に一矢報いる日がとうとう来たのだ。
今まで悟にドッキリが仕掛けられなかったわけでは無いのだけれど、嫌に勘の良い彼はその全てを見抜いてしまい、ドッキリとして成り立たずお蔵入りしている。
そして今回は楽屋ドッキリという事で、付き合いの長い私が仕掛け人として選ばれたわけだ。
悟は楽屋に入ると簡単に身支度を整えてから、ソファーに寝転がり出番まで寝こけているのが常だ。
寝ている時ならきっと上手くいくだろうし、居眠りする姿を何度も見てきた私なら、寝ているか横になっているだけかも見分けがつく。
誰も居ない楽屋をぼんやりと眺めていると、とうとう何も知らない悟がドアをガチャリと開けて入ってきた。
「ふふ……今日こそは君の叫び声、全国に響かせてもらうよ……」
いつも通りなら荷物を置いて、服を着替えソファーに横になる。それを合図に楽屋の電気を落とし、ラップ音や水を顔に垂らしてみたりとまぁ要するに疑似的な心霊体験をしてもらう算段だ。
何食わぬ顔で入ってきた悟は、ジャケットをハンガーに掛けると、鞄からスマホを取り出しどこかへ電話を掛け始めた。
あまり通話を好まない悟が自分から掛けるなんて珍しいな、とその様子を眺めていると、その表情はいつもの少し生意気そうなものから柔らかいものへと変わる。
『あ、悠仁? いま楽屋着いたんだけど、今日は僕一人だから寂しくってさぁ、電話しちゃった! うん、そう……うん。あ、今日の晩ご飯なーに? え、唐揚げ? やった、早く終わらせるね!』
どうやら奥さんに電話を掛けているようだ。
そう、私の相方五条悟は昨年、アイドルである虎杖悠仁と見事ゴールインを果たしたのだ。
二人の恋はまぁそれなりに揉めたり躓いたり、第三者の私から見てもままならないモノだった。
だからこそ二人が結婚まで漕ぎ着けた事は素直に嬉しかったし、あの捻くれ者と一緒になってくれた悠仁君にも感謝している。
因みに悠仁君は悟と結婚する際に芸能界から引退しており、今でも悟宛てのファンレターに混じって恨み言が送られる事がある(因みに恨み言に対しての返信は悟が直筆で対応している)。
『ゆーじ、今から何するの? え、買い物行くからそろそろ切るって? え~~……分かった、じゃあまたね? うん、愛してるよ』
チュ、なんてリップ音を残し通話を切る悟をモニター越しに見てしまった私は、一体どんな気持ちになればいいのだろう。
歴代の彼女達への塩対応を見て来た私にとっては、今の会話の方が充分にホラーだ。
スマホを机に置いた悟は、いつも持ち歩いている大きめのバックの中からランチバックを取り出した。
『今日のお弁当は何かな~? あ、三食弁当だ!』
嘘だろ。
思わず呟かずに居られないのは、悟は昔から楽屋で何かを食べる事を嫌がっていたからだ。
どんなに美味しそうなロケ弁もケータリングも「何が入ってるか分かんねぇし」と手を付けた事が無く、腹が減れば持参したチョコレートで満たすような男が、楽屋で愛妻弁当を広げている。
悟の近くに仕掛けられたカメラの映像を見れば、卵とそぼろ、桜でんぶがのった三食弁当と、彩りの良いおかずが入った二段の弁当箱が並んでいる。しかもフルーツのデザート付き。
それを嬉しそうに頬を緩めながら食しつつ、またスマホを手に取った悟はまたどこかへ電話を掛け始めた。
『あ、もしもし悠仁? 今お弁当食べてんの。うん、すっっごく美味しい! 僕が桜でんぶ食べてみたいって言ってたの覚えててくれてたの?』
どうやらさっき通話を終わらせたはずの悠仁君へまた電話を掛けているらしい。買い物に行くからと切られたんじゃなかったのか?
『え? スーパー着いたから切るの? えぇ……うん、じゃあまたね? 愛してるよ』
相方の本日二度目の「愛してる」を聞いてしまった私は、内心動揺が止まらない。
二人の仲が良いのは分かって居たけれど、私の前ではこうして電話を掛けることも、弁当を食べる事もしなかったのに。
これ以上続けて良いのか迷いつつ、興味もあるのでモニターを眺めていれば、弁当を食べ終わったらしく空になった弁当箱を綺麗に包みなおし、鞄の中へと仕舞う。
腹ごしらえもした事だし、そろそろ居眠りタイムか、と思っていれば、またスマホを手に取った悟に内心「もう電話をかけないでくれ」と願う。
そしてその願いは届いたのか、スマホは通話ではなく音楽を流す為に使われ始めた。
「この曲は……悠仁君のアイドル時代のヒットソング……!」
そう、流れ始めた曲は、三人組のアイドルグループで悠仁くんが歌って踊ってしている曲だった。
どれだけ奥さんの事大好きなんだ……そう思っていると、椅子から立ち上がった悟は、あろうことかその場で悠仁君パートなのだろう歌詞を歌い始めた。
昔から歌は上手い方だったし、カラオケで悟が歌う所は何度も見てきたし、歌っている事自体に驚きはしない。
ただ驚かされるのは、一人の楽屋で彼がこんなにも盛り上がっている事だ。
もしこの場に誰かが入ってきたら、と思うも耳が良いので人の気配がすれば瞬時に平静を装う事なんて容易なんだろう。
そして一曲歌い終わると、またスマホを手に取り何処かに電話を掛け始める。いや、もうここまで来ると相手が誰かは分かっているのだけれど。
『ゆうじ~! 買い物終わった? え、まだスーパーなの? も~~早く帰らないと心配になるって言ってるじゃん! ちょっと、切らないでって!』
正直私ならこんな短時間で何度も掛けてこられたら無視をするだろうに、律儀に付き合ってあげる辺り優しい悠仁君らしいけれど。
けれど、流石にちょっと引く。
「あの、私から一つ提案があるんですけど」
「……ハイ」
一緒にモニターを眺めていたスタッフさんは、見てはいけない物を見たような顔をしながら、深刻そうな声を出す。
それはそうだろう、今回のドッキリの目玉にするはずの祓ったれ本舗の五条悟が、あんなに奥さんに執着しているだなんて、私だって知らなかったのだから。
クールなイメージが壊れるからと事務所NGでも出ればお蔵入りだろう。
「ホラードッキリはやめて、違う企画に変えましょう。例えば……」
急遽思いついた企画を提案してみれば、成程、といった顔をしたスタッフ達は慌ただしく準備を始め、私は再びモニターを眺める作業へと戻る。
そして悟にスケジュールを間違えていたと嘘をつくまでの数時間の間、悠仁君への電話は十数回に及んでいた。
「はい、という事で今季ドッキリSPぶっちぎりの優勝者は祓ったれ本舗、五条悟さんです! 拍手~~!」
金色のトロフィーを持ち謎の拍手や歓声を受ける悟は、ジトリとした目で私を睨んでいる。
ホラードッキリから趣旨を変え、数名の愛妻家と呼ばれる芸能人と知らぬ間に競わされていた挙句優勝を掻っ攫っていた事に不満があるのだろう。
確かに番組でプライベートをあまり明かす方では無いし、あの映像がカッコいいか否かと聞かれれば、後者だ。
「優勝の五条さん、一言どうぞ!」
司会者は満面の笑みで悟にマイクを向け、悟はニッコリと作り笑いを貼り付けカメラへと向き直す。
あぁあの顔は、何かが吹っ切れた時の顔だ。
「いや~~驚きですね! 僕なんてまだまだ奥さんへの愛情を伝えきれて無いと思っていたので優勝だなんて!」
その言葉に会場が少しザワついたのは、彼の悠仁君への行動が中々に凄かったというか、付き合いたてのカップルでももっと控えめだろ、と言いたくなるものだったからだ。
「皆さんにもしっかり見られちゃったわけだし、これからはもっとオープンに奥さんへの愛情を叫ばせてもらおうと思います。なぁ傑!」
「え、あぁ……うん、うん?」
「相方の迷惑にならないようにって通話とか控えてたんだけどね、この企画は傑から言い出したらしいので、相方の前でも堂々とさせてもらおうかなと」
隣に立つ悟は再び私を見遣ると、今度は本心からニッコリと微笑んだ。
「あ、今日はお弁当サンドイッチなんだ」
「そ。あ、傑にもって持たされたけど傑にはロケ弁あるから要らないよね?」
「いやいや、要るよ。なんで? 私にって持たされたならちゃんと渡さないと」
「……僕の悠仁なのに……あ、悠仁に電話しよ~」
あの日以来、本当に遠慮の無くなった悟は私の前でも愛妻弁当を広げるし、通話(一日五回まで)もするし、歌も歌うようになった。
通話や歌は本当に私の迷惑にならないようにと気遣ってくれていたらしい。
弁当は何故私の前で食べなかったのかと聞けば、「だってなんか見せびらかすの勿体無いし、僕だけが知ってる特別感というか? あと、一口くれとか言われてもあげられないし」との事だった。
あの番組が放送されたあと、しばらくSNSのトレンドに「愛妻家」や「はらほん五条」、「悠仁くんが心配」が並び続けたのを、エゴサーチという概念をの無い悟は知らずに生きている。
流石に一日に十数回も電話掛けてたら離婚されちゃうよ、と言えば一日五回までと決意していて、その件を悠仁君から大いに感謝され、菓子折りを貰ったのは私の中の伝説となっている。
「おや、私のお弁当はおにぎりと焼き魚がメインなんだ。悪いねぇ、違うもの作るの大変だっただろうに……」
「え! 僕も悠仁のおにぎり食べたいんだけど!?」
「じゃあサンドイッチと交換しようか?」
そう聞けば、それは違ったらしくムス、とした顔で食事を再開したのを見届けて、頂きます、と割りばしを手に取り焼き魚の身をほぐす。
ラップの巻かれたおにぎりに噛り付けば、いい塩梅の塩味に、昆布の甘味がよく合っている。
「ん、美味しい」
「あったりまえじゃん。悠仁が作ったんだから」
そう言って満面の笑みを向ける悟を、近くにあったスマホで撮ると、お礼のメッセージと共に写真も添付する。
『悟さん、すっげーいい笑顔! 今日は悟さんリクエストの鍋なんだけど、傑さんもどう?』
すぐに返ってきた返事に『勿論! じゃあ蟹でも持っていくね』と返すと、甘い卵焼きを口にすれば、あっという間に完食してしまうのを寂しく思う。
けれど数時間後にも相方の胃袋を掴んでやまないこの料理が食べられるのなら、本日六回目の通話は見逃してあげる事にしよう。