モラトリアム人間　モノクロの世界。鉛筆だけを使った絵のように僕の心は白と黒しかない。
——一番か、そうじゃないか。
　それ以外は無意味なのだと、太陽がどの方向から登るのかを知る前から、親にそう教わっていた。
　だから、絵を描く時くらいその二色以外も使うと決めたんだ。
　目に見える世界はこんなにも眩しくて、楽しそうで、希望に満ち溢れてるんだと自分に言い聞かせるように。はっきりとしていなくてもいい。何色なのか分からない色も愛おしいものなんだと。
　真っ白のキャンパスに、鮮やかな色を重ねる。
　空みたいにどこまでも広がる青。
　どこか危険な意味を持つ黄色。
　そして、燃え上がるような情熱的な——赤。

　【モラトリアム人間】

　多くの人が立ち止まっているスクランブル交差点の前。
　スマホに視線を落とす人たちの一部に僕はなっていた。衣装の帽子とは違う帽子を深く被り、信号が変わるのを待つ。
　耳を聳てなくてもたくさんの他人が作りだす音が耳に入ってきて、バッグからイヤホンを取り出した。人混みは苦手だ。誰も自分たちのことしか興味がないくせに、無意識のうちに他人のテリトリーを侵害してくる。僕に関心がないなら、放置してくれたらいいのに……。しかし、世間はそうもいかないらしい。
　世界から自分を切り離すために、そっとイヤホンを耳にはめようとした瞬間。
——あ……。
　巨大なスクリーンから聞こえてきた聞きなれた歌声に、思わず顔を上げる。
　そのメロディは波紋のように広がって、たくさんの人を釘付けにしていった。本人の性格を表すような心の中まで差し込む強く鋭い声。
「眉見君のソロ曲、めちゃくちゃ楽しみー！　早く買いたい」
「わかるー！　クラスファーストの曲、全部いいよね」
　背後から若い女性の声が聞こえてきて、慌てて元から深く被っていた帽子をより深く被り直す。
　僕がアイドルになってから一年が経った。
　一つの学校の会長という職に就いて間もない頃は、まさか自分がアイドルをやることになるなんて一ミリも想像していなかったのに、人というものは恐ろしいもので、今はその環境に慣れてしまっている。
　そしてユニットの売り出し方としては、有名生徒会長を集めたアイドルユニットのはずだったのに、現役生徒会長は天峰君一人だけだ。
　もう眉見君は高校生じゃない。
　彼は誰がどう見ても完璧な成人で、一人の足で地面に立っている。
　反対に僕はまだ未成年のまま。出会った頃と同じ高校に通っている。
　アイドルとしてデビューしたタイミングは同じでも、誕生した年は違っていた。
——僕も一年早く生まれてきたかったな。
　埋まらない一年。子供と大人の狭間。
　僕は置いて行かれたような寂しさの錘を抱え、溺れそうになってしまっている。