〜若葉松僕、松野チョロ松には前世の記憶がある。
僕は、と言うより、僕達は世にも珍しい六つ子だった。みんなの名前ももちろん覚えてるし、兄弟揃ってニートだった黒歴史もしっかり記憶にある。
今の僕は一人っ子で、それなりに普通の中流家庭に育った。両親は健在だけど、大学に入ったのを機に一人暮らしを始めて四年近くが経つ。来春の卒業前に就職も決まり、今は卒論に追われる日々も落ち着いた。男一人のアパートでも前世から少々潔癖症のきらいがある僕の部屋は、綺麗な方だった。料理もそこそこ、家事もそれなりにこなす。前世と同じなのはまだ彼女もおらず童貞である、と言う一番卒業したい事案なのだけれど。それはまあ、おいおい。
さて、そんな僕が前世で兄弟だったみんなを探そうと思い立ったのは、卒論を完成させた夜だった。
部屋で一人、テレビを見ながらビールを飲んでいたら、ふと浮かんだのがビールが好きだった長男、おそ松の顔。と言っても同じ顔なのだけれど。
僕が転生しているのなら、もしかしてみんなもそれぞれどこかで生まれ変わっているに違いない。酔った頭はそんな馬鹿な事を考え、そして推測するに至った。
前世の記憶なんて普通は持っていない。それどころか人間に生まれ変わるなんて保証はまずないし、そもそも転生自体あるのかも怪しい。それでも僕が、兄弟達も転生しているのではかと思ったのは、その記憶に何の違和感もなかったからだ。これはもしかして、みんなを探せと言う啓示なのではないかと。…うん、酔っていたのは認めるし、そんな馬鹿なと思われても仕方ない。そして、少し寂しくもあったのだろう。あの遠い遠い過去に六人で下らない事をして騒いでいた、あの賑やかさを恋しいと思ってしまったから。そしてこれが一番の理由なのだけれど、僕は転生前の顔と全く同じ顔で生まれていた。もう少しイケメンに生まれたかった、なんて思わなくもないけれど。名前も同じ、松野チョロ松だ。今時の親が我が子に付ける名前にしては、チョロ松は些かおかしくないだろうかと考え、もしかしたら兄弟達も全く同じ顔と名前で生まれ変わっているのではないかと思い至った。探して、万が一もし見付かって、それで向こうが覚えていなかったら接触するのはやめよう。そんな気楽な気持ちくらいでやらないと、潰れてしまうような気がした。
そうと決まれば誰から探そうか。
上手い事この時代の日本人に、出来ればこの近辺に生まれてくれてるといいんだけど。ブラジル人のおっさんとかになられてたらちょっと笑えない。
僕がよく行く範囲内にいないのは確実だと思う。先に挙げた条件、同じ顔と名前であるなら、友達や近所の人から耳に入ってもおかしくない。けれど今まで一度もそんな話は聞いた事がなかったから。
それならと、まずは隣町から始める事にした。隣町と言っても、アパートから大学に行くルートではまず通らず、遊びに行く事もない場所。初めて行くその駅に降り立った時、目に飛び込んで来たのがスタバァだった。
末の弟のトド松がバイトを始め、僕達が邪魔をした、あのスタバァ。まさかいる訳がないと思いながらも僕の足はその店に踏み込んでいた。
「いらっしゃいませー」
可愛らしい女の子の声が出迎えてくれる。ぐるりと見回した店内にやっぱりそれらしい姿はなくて、そんな簡単に見付かったら苦労しないよな、なんて苦笑いしながらカウンターに向かう。と。
「あれ?松野くん?」
「…え?あ、はい、松野ですけど…」
「え?あれ、ちょっと何か…」
「松野…え、松野、誰ですか?」
女の子は困惑した顔を僕に向け、思いもよらない名前を口にした。
「十四松くん、じゃなくて…?」
「十四松!?」
スタバァならてっきりトド松かと思っていたけれど、まさかここで十四松の名前が出てくるなんて。
「松野く…十四松くん、ここの系列の店で働いてる友達と付き合っていて…」
「え、十四松に彼女…?や、それよりその店教えて貰えませんか?そのお友達さんの名前も!」
「あ、はい…」
驚いた事に十四松の彼女の名前は、転生前に十四松が恋した、あの女の子と同じだった。
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女の子に教えられたまま向かったスタバァの別店舗は、その店から三つ先の駅で降りて10分程歩いた住宅街の中にあった。
この時間ならバイト入ってるはずです、と教えてくれた言葉に半分ドキドキしながら硝子張りの店内を覗く。
……いた。間違いない、あの子だ。
記憶にあるより少し変わっているけれど。三つ編みの髪は緩いウエーブのかかったセミロングで、後ろで一つに結んでいる。でも特徴的だったソバカスや、ふんわりした雰囲気は変わっていない。何より一度見ただけの記憶にある顔と同じだった。
「いらっしゃいませ…え?」
「あの、早苗さんですよね?十四松と付き合ってる」
「えっ…」
彼女は丸い目を更にパチパチさせながら頷いた。
「僕、松野チョロ松って言います」
「松野…チョロ松さん…。あの、もしかして十四松くんの身内の方ですか?」
「あー、はい、まあそんなとこで…あの、十四松、連絡取れますか?」
「十四松くん、今仕事で…あの、私、今日会う事になってるんです。良かったらチョロ松さんも一緒に行きませんか?」
「え、いいの?」
「はい」
にっこり笑う彼女は幸せそうだ。十四松といい恋愛出来てるのかなってちょっと嬉しくなった。
「私も十四松くんも、あと一時間くらいで終わるので…待ってて貰っても大丈夫ですか?」
「あ、もちろん!」
取り敢えず飲み物を買って窓際の席に座った。こんな簡単に一人目が見付かるなんてラッキーでしかないけれど、これはたまたま運が良かっただけ。他の兄弟達はどこにいるのか、生まれ変わっているのかすら分からないんだから。でも十四松がいるって事は、それだけで俄然希望が湧いてきた。きっと他の四人もこの、今の時代に生きてるに違いない。そう小さな確信が出来た。
「すみません、お待たせしました」
考えていたらいつの間にか一時間経っていたみたいで、私服に着替えた彼女が隣に立って笑っている。
「あ、いえ!僕こそ忙してしまって」
「大丈夫ですよ。早く行きましょ、十四松くんも仕事終わったからって連絡ありましたし。きっとビックリしますよ!」
待ち合わせは十四松のアパートに近い駅らしい。
みちみち話しながら十四松の事を尋ねると、どうやら今年高校を出て、すぐに就職したとか。三才の時に両親と死別したらしいと聞いた、それからは施設で育ったと。まだ家庭に恵まれていた分、僕の方が寂しくなかったのかなって少ししんみりしてしまったところで、待ち合わせの駅に着いた。
「そろそろかなー…」
時計を見ると同時に、改札口の方から駆けてくる姿が視界に入った。
「早苗ちゃん、お疲れ!」
「十四松くんもお疲れ様。…あのね、」
「…え」
十四松は、彼女の隣に立っていた僕に目を移してぽかんと目と口を開いた。
ああ、変わっていない。あの頃の十四松そのままの表情。
「じゅう、し」
「っ…チョロ松にーさああああん…!!!」
見開いた目からぼろぼろ大粒の涙を落として抱き着いて来た十四松を、しっかり抱き締めた。
泣いたまま離れない十四松をどうにか引き剥がし、案内されるままアパートへ向かう。徒歩八分、なかなかの好立地だ。小さくて古いアパートだけど、一人で住むには充分なんだと、目元を赤くしたままの十四松が笑った。
「私、ご飯作ってくるね。チョロ松さんも食べて行きますよね?」
「いいの?」
「もちろん、美味しいの作りますから期待して下さい」
彼女が台所に消え、僕と十四松は和室の畳に向かい合って座った。部屋は一つだけど綺麗に片付いてる。きっと彼女が面倒見てくれてるんだろうな。
「にーさん…」
「十四松、お前覚えてたの?僕の事」
「はっきりとは覚えてなかったんだ、でもずっと胸がモヤモヤしてた。おれ、何か大事な事忘れてるって、ずっと。でもさっきにーさんの顔見て全部思い出したよ」
「みんなの事も?」
「うん。おそ松にーさん、カラ松にーさん、一松にーさん、それからトド松…。おれ、ずっと忘れてた…」
「仕方ないよ、前世の記憶なんか普通はないもんだし」
「でもチョロ松にーさんは覚えてたんでしょ?」
「何でだかね。僕にみんなを探し出せって事なのかな、ってこないだ思って。すぐにお前に会えたのは運が良かった。…元気そうだね」
僕の記憶にある限り、十四松は前世では彼女と再会出来なかった。探したけれど見付からなかったんだ、と寂しそうに呟いた顔を思い出す。でも良かったな、また会えた。今度こそ幸せになって欲しい。
「チョロ松にーさんは、今何してるの?」
「大学行ってるよ、今年卒業なんだ。就職も決まったし、もうニートじゃないよ」
「わはー!おれも!今ね、ちゃんと仕事してるんだ。バット作る工場なんだけどね、昼休み野球やるの!そんでね、お金貯めて…早苗ちゃん、お嫁さんにもらう…」
恥ずかしそうに打ち明けてくれた十四松を思わず撫でた。ちらりと台所に向けたその目は、まだ内緒ね!って言ってるようで微笑ましい。
「結婚式には僕も呼んでくれる?」
「…!当たり前だよにーさん!絶対来てくれなきゃダメ!」
ああ、良かった。最初に会えた兄弟が幸せで。それだけでもう、この兄弟探しを始めて良かったと思えた。
「お待たせしましたー!今日はご馳走!」
この子もいい子だ。突然現れた僕に、十四松と同じ顔をした僕に、何も詮索せずこうして笑ってくれている。
きっとこの子なら、この子となら、十四松はずっと笑っていられるに違いない。
「早苗ちゃん、十四松の事、よろしくお願いします」
「えっ…」
「馬鹿だけど凄く優しくて、自慢の弟なんだ」
「わっ、私こそ…よろしくお願いします!」
「…!おれもー!おれも、よろしくオナシャス!」
それから二人に勧められるまま料理に箸を伸ばし、泊まっていかないの!?と驚く十四松に頷いて僕は部屋に帰った。彼女は部屋に残り十四松が駅まで送ってくれて、話の流れで恥ずかしそうにもう童貞じゃない、と聞かされたので取り敢えず一発頭を叩いておいた。