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    @shinoooonxxx

    こちらにはpixivから移動させた松のお話が置いてあります。気になったら覗いて見てください😊

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    保留組は社会人シリーズ4。今回はちゃんとお仕事してる十四松のお話。未完。

    おしごと十四松十四松は主に経理担当という事もあり、事務所の留守を任されている事が多い。なので名刺を渡したり渡されたりという機会も少ない。それでもチョロ松が作ってくれた名刺はやはり嬉しいもので、カラ松もチョロ松も出払った事務所でニコニコとその小さな紙片を眺めていた。

    Projkt Kiefer。三人で考えた会社の名前だ。
    Projktは企画、Kieferは松。両方ともドイツ語で、読み方はプロイェクト・キーファー。
    役職名はtotal accountant、総合的な経理担当者とでも訳せばいいだろうか。
    松野十四松と、日本語と英語で書かれた自分の名前が嬉しくて眺めていると、不意に机の上の電話が鳴った。


    「お電話ありがとうございます。Projkt Kiefer、松野です」


    留守を任されるという事は当然電話応対も多くなる訳で、チョロ松から徹底的に対応の仕方を教わった。その成果もあり、きちんとした言葉遣いも対応ももうお手の物だ。


    「はい、はい…では15時にお待ちしております」


    カラ松への仕事の依頼は自分一人では判断出来ない。それでもまず話を聞く事は出来る。最初の対応も十四松の仕事の一部になっていた。
    電話を切ると立ち上がって隣の部屋に入る。ここは資料室として使用しており、カラ松が翻訳した本なんかも並べてある。備え付けのクローゼットを開き中から掃除用具を取り出す。玄関に一番近い部屋を応接室にしていて、来客はそこで出迎える。直接事務所に訪ねてくる客は少ないせいか余り使用されないが、たまにこうしてある来客のために掃除するのも十四松の仕事だ。


    「…よし!おそーじ完了!」


    掃除の仕方もチョロ松から教わった。
    今日は兄二人とも帰りは夕方になる。それまで事務所の全てを十四松が管理しなくてはならない。
    綺麗になった応接室の暖房を入れて部屋を暖めると今度はキッチンに向かう。15時まで一時間ほど、コーヒー豆の在庫を確認した後食料をストックしてある棚を覗く。コーヒーも茶菓子用のクッキーもちゃんとある事に安心し、机に戻ると引き出しから小型のボイスレコーダーを取り出した。依頼との聞き違いがあってはならないと自費で購入した物で、これもあまり使う機会はないがこんな時は役に立つ。ラフに着ていたシャツのボタンをきちんと嵌め、ネクタイを結ぶ。三人揃いで買った、それぞれのイメージカラーのラインが入った濃紺のものだ。来客がある時しか着けないそれを締め直し、準備万端整えて十四松は来客を待った。


    「初めまして、T企画の佐藤と申します」
    「松野です、わざわざお越し頂いてすみません。お掛け下さい」


    時間きっちりに現れた来客を応接室に通し、コーヒーとクッキーを出してから互いに挨拶を済ませる。真面目な顔で名刺交換する十四松を見たら、おそ松やトド松は絶句するかも知れない。


    「それで、本日はどのようなご用件でしょう」


    依頼内容はフランスで出版されている児童文学の翻訳。入門編とは言えドイツ語医学書の翻訳も抱えているカラ松には厳しいと思ったが、十四松が勝手に断る訳にもいかないので2、3日中に返事をすると言う話で纏まった。
    客が帰った後、使ったカップや皿を片付け、レコーダーに録音した内容を聞き、受け取った資料を見ながらパソコンにデータを打ち込む。一通りの仕事が終わると英会話と表示されたファイルを開き、カラ松が作ってくれたテスト問題を始めた。ビジネス英会話に必須の穴埋め問題だ。最初こそ分からずに辞書をひいたりネットで検索したりしていたが、今では大概の文法や語句を埋めていけるようになっていた。時々は3人で英語しか使わない会話をしたりする。そのお陰で十四松もチョロ松も、ぐんぐんと英語を身に付けていく事が出来た。時々かかってくる英語の電話にもスムーズに対応出来る程になっている。


    「ただいまー」
    「チョロ松にーさんおかえりなさーい。あれ、カラ松にーさんは?」
    「本屋寄ってくるって。何かあった?」
    「うん、依頼あった!フランス語の児童文学翻訳」
    「翻訳かあ」
    「数日中に返事しますって言っておいたよ。にーさん、コーヒー飲む?」
    「うん、貰おうかな」

    上着を脱ぎネクタイを緩めながらデスクに座りパソコンの電源を入れたチョロ松に、ちょっと待っててと言い残してキッチンに入る。ちらりと見たパソコンの画面には、十四松と同じくカラ松からの課題。


    「にーさん」
    「ん?」
    「働くって楽しいね!」
    「…うん、そうだね」


    満面の笑みを浮かべた十四松に、チョロ松もにっこりと笑い返した。


    -----


    医療翻訳は翻訳業界で最も難しい分野だと言われている、と教えられた。
    専門用語が多い上に英語は勿論ドイツ語やラテン語も使用され、かつ医療の知識が少なからず必要となる。医療の世界は日進月歩とよく言われるが、新薬の研究や論文を始め、新しい医療技術や症状などが本当に早いサイクルで発表されたりする。何より一番大事なのは、人命を預かるーいや、左右すると言っても過言ではない分野だからこそ、誤訳は絶対に許されない。
    医療翻訳専門の翻訳家もいるくらいベテランに託される事が殆どだと言うその仕事を、若手のカラ松が依頼されるのは非常に珍しいケースらしい。


    「とは言っても流石に本格的な医術書じゃないぞ」
    「そうなの?」


    休憩、と伸びをしながら部屋から出て来たカラ松にコーヒーを淹れたチョロ松も、自分のカップを持って机に戻る。ひと口啜って息を吐くその顔には、目の下に薄らとクマが出来ていた。


    「俺がやってるのは医者を目指す学生向けの入門書みたいなものだ。まだそんなに複雑な専門用語も出て来ないし、言語も英語が殆どだからな」
    「そうなんだ…色んな種類があるんだね」
    「ああ。流石に医療知識もない駆け出しのペーペーに、そんなデカい翻訳は回せないさ。俺が一文字でも間違えたら命を落とす人が出るかも知れない。勿論どの翻訳でも正確さが一番だけど、医療は別格だ」


    命を預かる分野で、プロとしてスタートを切ったばかりのカラ松がミスをしたら取り返しのつかない信用失墜になる可能性も充分あるし、何より、とコーヒーを啜りながらチラリと少し疲れた顔を盗み見る。
    人一倍心優しいこの兄の事だ、万が一でもそんな事になれば誰に糾弾されなくても自分から筆を置いてしまうだろう。やりたいと言っていた仕事で頑張っている兄に、そんな思いはさせたくないと思う。サポートしか出来ないけれど、その分きちんと役に立ちたい。
    そんな決意をひっそりチョロ松がした直後、玄関の扉が開閉する音が聞こえた。


    「ただいまー!」
    「おかえり十四松、どこに行ってたんだ?」


    事務所に戻って来た十四松の手には、明らかに弁当が入っていそうなビニール袋が二つ握られていた。


    「んとね、二つ先の通りに唐揚げ屋さんがオープンしたんだー。お弁当もあるって言うから三人分と、塩麹と醤油と柚子胡椒の唐揚げも買ってきた!」


    時計を見ると12時を少し過ぎたところで、十四松が袋から取り出して並べる弁当は温かそうで何とも言えないいい匂いが漂う。


    「ご飯大盛りー!」
    「こりゃ美味そうだな」
    「ほんとだ、まだ揚げたてだね」
    「カラ松にーさんもチョロ松にーさんも忙しそうだし、おれ唐揚げはまだ上手く作れないから…でも好きなもんいっぱい食べて頑張ってもらおーと思って。試食したけどすんげー美味かったよ!」
    「へえ、楽しみだ。ありがとうな、十四松」


    大きな手に頭を撫でられて、へへっと笑う十四松は嬉しそうだ。兄弟の中で一番の料理上手はカラ松で、作った事がなくてもレシピを見れば大概出来てしまう。チョロ松も料理は上手い方で基本的な家庭料理は割と何でもこなす。十四松は三人で暮らすようになってから始めたせいか、簡単なものなら作れるようになったが揚げ物はまだ苦手らしい。


    「お茶淹れたから食べようか、冷めないうちに」
    「そうだな。頂きます」
    「「頂きます」」


    三人で手を合わせ、挨拶をして食べ始める。
    早速好物の唐揚げをひと噛みしたカラ松は、ふにゃりと相好を崩した。


    「あ、美味しいもの食べてる時の顔だ!」
    「すっごく美味いぞ、十四松お手柄だ」
    「やったー!」


    イタい演技をやめたカラ松の表情は前にも増して豊かになった。美味しいものを食べている時のカラ松の顔は、見てる方が嬉しくなる。チョロ松も十四松もそのカラ松の笑顔に満足しながら唐揚げを口に運んだ。


    「ふー、美味かった。ご馳走さま。これでまた午後もひと頑張り出来る」
    「夕飯は僕が作るよ、何がいい?」


    湯呑みと空いた弁当のパックを片付けながら、キッチンからチョロ松が声を掛ける。仕事部屋に戻ろうとしていたカラ松は少し考えた後、肉じゃが、とリクエスト。


    「分かった」
    「よし、じゃあ肉じゃが楽しみに午後もひと頑張りしてこよう」


    仕事部屋に戻るカラ松の表情に今は疲れの色は見えなくて、チョロ松と十四松は顔を見合わせてほっと息を吐いた。




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