風邪ひきカラ松ご飯――ぱちり。
カラ松が目を覚ました時、家の中は静かだった。人の気配がない、という事は兄弟全員出掛けたのだろう。
ごほっ、とひとつ咳を吐いてから枕元に置いておいたスマホを取り上げる。午後1時20分。
「さすがにはら、へったな…」
声はまだ掠れているものの、喉の痛みはだいぶ治まった。一応と体温を測ると37.7℃。寝る前に測った時より2℃程低くなっているし、頭もハッキリしている。
――カラ松は昨日から熱を出していた。滅多に風邪などひかないと思われているらしいが、カラ松だって人間だ。ウイルス感染すれば風邪もひくしインフルエンザにもなる。今回はただの風邪で済んだが、熱が高かったせいで隔離部屋で一人寝だった。故に兄弟達が出掛けたのにも気付かなかったのだけど。
のそりと起き出し二階へ上がる。案の定布団は畳まれ誰の姿もない。引き出しから着替えを出し、階下へ降りて洗面所へ。汗をかいて気持ち悪いが流石にシャワーは無理だろうと判断し、濡れタオルで身体を拭い、顔を洗って着替える。それだけで随分さっぱりとした。足元のふらつきもない、強いて言えば空腹で少し気持ち悪いくらいだ。
そのまま台所へ行く。昨夜は食欲もなく、薬を飲むためだけに小さな汁椀にシチューを少し。落ち着いてきた今は腹の虫が食事を要求する。
「…………うーん」
かぱっと開いた炊飯ジャーは綺麗に釜が洗われている。シチューは当然のように残っているはずもなく、冷蔵庫にはそれなりに食材があるが油っこいものはまだ受け付けない。少し考えたあと、牛乳とトマト、とろけるチーズを手にシンクへ。鍋に生米を三合と水をいれ、顆粒コンソメを加えて火にかける。くつくつと小さな気泡が立ってきたら牛乳を加え、湯剥きしたトマトをサイコロ切りにして鍋に投入。そのまま暫く煮込み、米がふっくら炊けてきたらとろけるチーズを乗せ…たところで玄関から声がした。
「ただいまー」
「おかえり、チョロ松」
台所からひょっと顔を出すと、すぐ下の弟が驚いた顔で駆け寄って来た。
「何してんの、寝てなきゃダメじゃん!熱は!?」
「だいぶ下がった、37.7。腹が減ったんだが何もなくてな、作ってた」
「は?何もない?」
「ああ。冷や飯もなかったから」
「え?僕、残ったシチューでドリア作っといたんだけど、温めて食べるようにって」
「……ドリア?なかったぞ」
「誰だよ食べたの…で、何作ってんの?いい匂い」
並んで台所に入ったチョロ松がくんくんと鼻を鳴らす。
「チーズとトマトのミルクリゾットだ。多めに作ったし一緒に食うか?」
「わ、マジで?じゃあちょっと着替えて手洗ってくるから。もう仕上げ?」
「ああ、チーズもいい具合に溶けてる。もう食えるぞ」
「分かった、じゃあカラ松は布団に戻ってて。あとは僕がやるから」
「ん、頼む」
動いたせいか少し顔が赤いカラ松を布団に押し込み、急いで着替えと手洗いを済ませると炊き上がった鍋、スポーツドリンク、薬を持って隔離部屋へ。
テーブルに載せた鍋から蓋を取るとふわりと柔らかい湯気と、甘い香りが漂った。
「うわ美味しそ」
心持ち多めに取り皿に分けてカラ松の前に置く。自分の分は適量に、コップにスポーツドリンクも注いで手を合わせる。
「「頂きます」」
同時に言って、スプーンを口に。もぐり、咀嚼したチョロ松は熱さに目を瞬かせながらそれでも。
「んんっ、あっち…でもすっごく美味しい!」
「そうか、口に合って良かった」
嬉しそうにリゾットを頬張るカラ松は兄弟一の料理上手だ。美味そうに食べてくれるのが一番嬉しい、と言ってよく料理を振舞ってくれる。
「美味しいもん食べられて僕はラッキーだけど、体調悪い時くらい無理すんなよ。連絡くれれば早く帰って来て何か作ったのに」
「……腹が減り過ぎてそこまで思い付かなかった」
「全く。でも食欲出て良かった、食べたら薬飲んで少し寝てなよ。片付けは僕がやるから」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらうよ」
二人して満腹になり、ご馳走様と手を合わせても鍋にはまだリゾットが残っていた。
「随分作ったね」
「いけるかと思ったが無理だったな。誰か腹減りが帰って来たら食わせてやってくれ」
「そうする。ほら、薬飲んで寝て。夕飯には起こすから」
「ああ、頼む」
息を吐いて布団に転がったカラ松を確認し、鍋を台所に。そこへ一松と十四松が帰って来た。
「おかえり」
「ただいマッスル……いー匂い!」
「カラ松特製のミルクリゾット、二人とも食べる?美味しいよ」
「食べマッスル!一松にーさんも!」
「…………食う」
「温めてくるから待ってて」
リゾットを温め直していると玄関から末っ子の声。これは三人分だな、と取り皿と鍋を持って居間に行く。
案の定弟達が美味しそうに嬉しそうに食べるのを眺め、食べ終わった食器を洗った所で長男が帰宅した。
「え、何、カラ松のリゾット?お兄ちゃん食べてないよー!」
「もうないよ、また今度カラ松に」
「えー!朝のドリアも美味かったけどリゾットー!!」
「……あれ食ったのお前か!カラ松に置いといたのに!」
「すげえ美味かったんだもん!」
「知るか、病気の弟の飯横取りするような奴にカラ松ご飯は食べさせないからな!」
「チョロちゃんヒドイ!」
美味かったとの言葉は嬉しいが、病人の食事を横取りするクズは許さんとばかりにチョロ松の態度は素っ気ない。グズグズと泣き真似まで始めた長男を足蹴にして、夕飯はカラ松の胃に優しいものを作ってやろうと決めた。