〜終幕・前編〜夏休みの告白「ふあー…おはよう、早苗ちゃん」
「おはようございます、チョロ松お義兄さん。ご飯出来てますよ」
「ありがとう。新婚さんなのに毎朝僕達のご飯まで作らせてごめんね」
「いえいえ!私、お義兄さん達には本当に感謝してるんです。これくらいしか出来ませんけど」
「有り難いけど、大変ならうちには料理人いるから無理しないで良いんだからね?」
僕達が一緒に暮らすようになって一年と二ヶ月。十四松と彼女は一ヶ月前の彼女の二十歳の誕生日に結婚し、トド松はまだ実家住みではあるけれど志望の大学に受かったと嬉しそうに報告してくれた。彼女――早苗ちゃんは毎日僕達の食事と弁当を作ってくれて、しかも他の家事までやってくれている。成人した男ばかり五人分の家事なんて大変だろうに、文句一つ言わない本当に良い子だ。
「十四松は?もう行ったの?」
「はい、今日は早番なんです」
「そっか、頑張ってるね十四松。頂きます」
「はい、どうぞ」
「…ん、美味しい!味噌汁の出汁、変わった?」
「良かった!一松お義兄さんが教えてくれたんです。煮干での美味しいお出汁の取り方」
「へえ、一松が。…うん、でも本当に美味しいよ」
へへ、と嬉しそうに笑う。良かった、本当に。前世で離れ離れだった分、今世では幸せでいて欲しいから。
「…おはよ」
「あ、一松おはよ。カラ松は?」
「まだ寝てる、帰って来たの明け方だったから。撮影おしたんだって」
「大変だねえ、俳優も」
一松は相変わらずレストランで仕事をしながら、家賃や光熱費の心配がなくなったのもあって貯金を始めたらしい。この間キッチンチーフになったんだと、将来は自分の店が持ちたいんだと、少し前に恥ずかしそうに打ち明けてくれた。
「あ、出汁やってみたんだ」
「はい!十四松くんにもチョロ松お義兄さんにも大好評でした、ありがとうございます」
「それなら良かった、料理は一手間で味がガラッと変わるから」
「はい。私、お料理もまだまだですし、また教えて下さいね」
「え…あ、うん、ぼくで良いなら…」
何か、良いなあ。微笑ましい。一松お手製の胡瓜の糠漬けを齧りながら台所に立つ二人の背中を眺めていると、すんごい寝癖を付けた頭が見えた。
「ふああああああねっみいいいい」
「あれ、兄さん早いね。おはよう」
「はよー…いやー今日さ、朝から予定あるの忘れてて。今何時ぃ?」
「七時過ぎだけど」
「あー、まだ間に合うか。ちょっとシャワー浴びてくる、今日車で送ってやるよ」
「え、何で?」
「用事、そっちの方だから。こっから会社まで一時間掛かんないだろ?」
「うん、そんなには」
「じゃあ八時前に出れば良いか。一松はどするー?送ってこーか?」
「ぼくは10時からだから大丈夫」
「そっか。んじゃちょっと風呂ー…」
おっさん臭くボリボリと腹を掻きながら兄さんの背中が見えなくなる。不思議だよね。今は兄弟でも何でもないのに、いくら記憶があるとは言え昔のままの関係でいられるなんて。
僕はみんなで暮らすに当たって、今の両親に全てを話した。最初は不思議そうな顔をしていたけれど、何となく分かっていたらしい。僕自身は覚えてないけれど、まだ本当に幼い頃、いないはずの兄弟を探して泣いていたんだと聞かされた。だからもしかしてって思ってたって。それに何より母さんは、俳優松野カラ松のファンだった…衝撃の事実。少し前に会わせたら大興奮してて、本当にただのファンでしかなかった。そのお陰もあって、すんなり僕の話も信じてもらえたんだけど。
「ご馳走様、早苗ちゃん。食器浸けといて良い?」
「あ、すみません。これ、お弁当です」
「いつもありがとう、助かるよ」
緑色のハンカチに包まれたお弁当を受け取り、鞄にしまって洗面所へ。歯磨きして髪整えたら、いつでも出られるけれど。
「あ!チョロ松兄さんおはよ!」
「あれ、トド松おはよ。早いね」
「んふふ、嬉しい報告があって!みんなはー?」
洗面所から出たらトド松が玄関から入ってきた所だった。鍵は渡してあるから来ても別に不思議はないんだけど、こんな早くからなんて珍しい。
「十四松はもう仕事、カラ松はまだ寝てる。一松と早苗ちゃんは台所で、おそ松兄さんは風呂。どうしたの?」
「あのね、ボク、家出ても良いって!みんなと一緒に暮らせるよ!」
「えっ、本当に?」
「うん!アツシ先生も口添えしてくれて。今すぐは無理だけど、夏休みくらいに引越して来ようかなって思ってる。良いかな」
「当たり前だろ、ここはお前の家でもあるんだから」
「ありがとう、チョロ松兄さん!」
一松兄さんと義姉さんにも報告してくるね!と駆けて行くトド松を見送り、洗面所に戻ると風呂から上がったおそ松兄さんが体を拭きながら笑ってた。
「聞こえた?」
「聞こえた。…やっとだな。やっと、六つ子集合だ」
「今は六つ子でも兄弟でもないけど…でもやっぱり嬉しいね」
「ああ、へへ…やっぱりオレ達は全員揃ってないとな!」
「そうだね。て言うか、そろそろ支度してよ。僕、遅刻とか嫌だからね」
「へーい」
ついでに鏡でネクタイをチェックして鞄を置いたままの居間に戻ると、トド松から聞いたんだろう、嬉しそうな顔をした家族がいる。
ああ、みんながこんな笑顔になれるなら、早く夏休みにならないかな。
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そして、忙しくも楽しい日々は過ぎて世間は夏休み。
今日はようやくトド松が家に引越して来る日曜日だ。カラ松と一松も休みをもらい(一松は快く休みをもらえたらしいけど、カラ松はスケジュール調整が大変だったとマネージャーにボヤかれたとか)、珍しく全員が家に揃ってる。
「あ、来た!」
「おーい!みんなー!」
荷物を積んだアツシの車の助手席からトド松が身を乗り出して手を振っている。
「へへっ、来たよ!」
「トド松ー!」
「わっ、十四松兄さん苦しいってばあ!」
車から降りたトド松に十四松が駆け寄って抱き締める。その後から降りてきたアツシは苦笑いだ。
「悪いねアツシ、休みなのに手伝わせて」
「良いよ、他ならぬトドくんの事だし。荷物も大した事なかったしさ」
「あ、それでも結構あるね。カラ松、手伝って!兄さんも!」
「おう」
「はいよー」
兄さんとカラ松、僕とアツシの四人でトド松の荷物を家の中へ。当の本人は十四松と楽しそうにふざけてる。
「こーら、トド松。自分の荷物運びなさい」
「あ、はーい。ごめん兄さん達!ありがと!」
「おれも手伝う!」
「あれ、一松は?」
「早苗ちゃんと一緒にお昼ご飯の支度してくれてる!今日はお昼もご馳走だって!」
「ふふ、張り切ってるねえ一松」
あまり口には出さなかったけど、一松も今日をめちゃくちゃ楽しみにしていたらしい。トド松は何が好きかな、なんて相談されたとカラ松がだらしない顔で惚気て来たから。て言うか、それは惚気なの?
「一松兄さん!義姉さん!」
「あ、トド松お帰り」
「お帰りなさい、トド松くん」
「…ふふ、んー!お帰りだって!お帰り!」
「…どうしたの、トド松」
「嬉しいなって。いらっしゃい、じゃなくてお帰りって」
「ああ。これから毎日でしょ。それよりみんな呼んできて、お昼出来たよって」
「はーい!」
階段を駆け上がるトド松と擦れ違いに居間へ入ると、二人がかりの力作料理が所狭しとテーブルの上に並んでいた。
「あ、チョロ松兄さん」
「凄いね、何か手伝おうか?」
「じゃあ箸お願い。後は大体出来たから」
「ん、分かった」
箸と、一応小皿も余分に並べていると、階段から賑やかな声と足音が聞こえてきた。
「うわ!!!ご馳走!!!」
「これは凄いな…」
「どうぞ座って下さい」
「あ、早苗ちゃん、おれやるよ!」
「ありがとう十四松くん」
早苗ちゃんが持ってきた煮物の大皿を十四松が受け取り、テーブルに置く。アツシは何だか楽しそうな顔でその様子を眺めている。
「本当に俺までご馳走になっちゃって良いの?」
「こんだけ人数いたら一人二人増えたって変わらないって。それに手伝ってもらったし、お前の出張費計算するの綺麗に忘れてたし」
「はあ?ちょ、月曜日最優先でやってよ!」
「冗談だって。ま、何だかんだアツシには感謝してるからさ。遠慮しないで良いよ。ね、一松」
「うん、て言うか残したらトド松と会わせないから」
「ええ!一松くんまで!」
「箸あるー?」
「じゃあ乾杯すっぞ乾杯!」
「はいはいはい!はいはい!いーすか?いーすか?」
みんなのグラスにそれぞれ飲み物が注がれ、兄さんが乾杯の音頭を取ろうとした時、突然十四松が手を挙げた。
「おう、どーしたあ?十四松」
「あの、ですね!赤ちゃん、出来たっす…」
「……え?」
「赤ちゃん…?」
「え、本当に!?」
「来年の五月、産まれる予定…」
たはー、って顔を赤くして嬉しそうに報告する十四松の横で、早苗ちゃんも真っ赤になりながら笑っている。
「うわあ!おめでとう十四松兄さん!義姉さん!」
「おめでとう十四松、早苗ちゃんも」
「良かったな、おめでとう。これからあんまり無理しないで俺達に頼ってくれよな」
「十四松がついに父ちゃんか!おめでとう!」
「ありがと、にーさん達!トド松も!」
「良かったね、十四松。早苗ちゃんの事、大事にしてあげなよ」
「もちろん!二人ともおれの宝物!」
「よし!そんじゃ、トド松の引越しと十四松夫婦の懐妊を祝って!かんぱーい!!」
「かんぱーい!」
賑やかな声があちこちから聞こえる。止まらない笑い声に、楽しそうに弾む会話。ああ、僕はこの光景を見たくて仕方なかったみたいだ。
「…良い兄弟だね」
「だろー。最高の兄弟だよ」
「羨ましいね」
「まあ、アツシもそうなんじゃない?トド松とずっと一緒にいるつもりなら、僕達とも兄弟みたいなもんでしょ」
「…そっか」
なんて、嬉しそうに笑う顔に僕まで嬉しくなった。