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    Jira.

    @_jira_u
    倉庫変わりに色々

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    Jira.

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    1月のイベント用に書いたものなので、「真冬」で御座います。
    (今日の大阪の気温30度超えるって書いてあった)

    冷凍庫の中で読んでる感じでお願いします。
    特に何も起きない、カフェバーの店長宇髄とフリーター我妻です。

    支部の方にも同じものをアップしました。
    読みやすいのはこっちかなと
    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=17702540

    はじまりの雪の日の話 昨晩はやけに冷えるとは思った。天気予報はあまり見ないが、それでも「大雪警報発令」の文字が端末に表示されてしまえば、気にするなと言う方がおかしい。
     案の定、朝目覚めてみればそこは一面の銀世界。マンションのこどもたちが住人専用の公園で遊んでいる声がする。
     生憎と、白い景色にはしゃげる年齢はとうにすぎた。いや、年齢は関係ない、はしゃげない理由の方が多くなってしまったのだ。
    「……こりゃ、今日は休みだな」
     は、と呟いた分だけ、まるで綿あめのような息が視界を覆った。

    「っつう訳で、一応店までは来れたから、俺このまま予約のお客様へ連絡するわ」
    『了解した。すまないな、任せてしまって』
    「いいって。お前ん家の方が遠いんだし」
    『ありがとう、ではよろしく頼む』
    「応よ」
     店までは問題なく到着し、冷えた店内の空調設備をオンにして温まるのを待つ。
     季節外れの大雪警報。朝には一面の銀世界だった雪は降り積もり、ここに到着するまでにも道路は凍り付き、高速道路は当たり前に通行止めになっていた。スタッドレスタイヤを購入しておいてよかった、と来週の雪山キャンプの予定を思う。
     都内の一等地。ハイブランドの本店や、古くからの老舗が立ち並び、大型百貨店がまるで城のようにそびえる場所。高度経済成長期には、一坪の土地代が世界一になったこともあるとか。
     大通りのメインストリートから一本入ってしまえば、そこには夜を羽ばたく美しい蝶たちが笑う館が連なる歓楽街。そしてその蝶たちを喜ばせるためのジュエリーショップやスイーツショップ、フラワーアレンジメントの店などが立ち並んでいる。
     とはいえ、ここ十数年ほどはファストファッションブランドの台頭で、この高級街も随分と馴染みやすくなった。とは、昔からある老舗のオーナーたちの話だ。ほんのりと皮肉が混ざっているのも、仕方ないと思う。
     しかしながら、それに「確かに」と頷けるほど、自分も古参ではない。
     たまたま、このビルのオーナーと仕事を通じて懇意にしてもらっていただけのこと。「半地下の店舗が撤退するから君なにか飲食店やらない?」と好々爺から持ち掛けられ、面白そうだと親友を巻き込んで開店した。
    「なぜ俺がオーナーなんだ!」と、ただでさえ大きな声を張り上げて意見されたが、「俺が店長に納まるだけでも容認しろよ」と黙らせた。
     飲食を片手間でやるつもりはないが、いざという時に身軽に動ける方がいいに決まっている。

     宇髄天元。
     人気カフェ&バー〝モナ・リザ〟の店長である。
     
     この店は都心の一等地にあるにしては、格式ばった造りではない。
     半地下の階段を下ると、アンティーク調のドア。それを開くと、これまた古い映画に出てきそうな「からん」という鐘の音。
     収容人数は二十人。広く長いカウンター席は五席分。壁に飾ってある絵は店長の気分で変わるらしく、新進気鋭のイラストレーターから、何十万ドルもするような絵画まで様々だ。
     店は、木曜日から日曜日までの週四日、夕方五時から開いており、土日は昼間のカフェタイムにランチも出来る。
     最近口コミで広がったフレンチトーストが人気。
     客層は、女子会から帰宅途中のサラリーマンなど。それが深夜になるにつれ、近所で働くお兄さんやお姉さんが仕事帰りに愚痴と、飲み直しと、がっつりした食事を求めてやってくる。
    「煉獄さん脂っこいモノちょうだいー!」と吠える彼らに向かって「お茶漬けにしとけ」とお茶漬けを出すのは週末の風物詩だ。
     天元の居場所はカウンター。開店前に知り合いのバーに一か月間習いにいった腕は「お前なんでもできてムカつく」と高評価を受けた。
     出されるスイーツも天元のお手製で、とりわけ、パフェは芸術品だとよくSNS上で記事になっている。
     杏寿郎は実家の道場の手伝いをしたいし、天元はもうひとつの顔であるイラストレーターの仕事を続けたい。
     そんなふたりの意見が、上手い具合に合致した店である。

     そして今日は金曜日。
     本来ならば、昼過ぎに仕込みの為に杏寿郎が店内に入り、少し遅れて天元が。さらにはふたりのアルバイトが出勤するのだが、今日はちょっと違う。
     端末から流れてくるニュースは、都心を今なお襲い続ける大雪情報を伝え続け、それは収まるどころか今日一日降り続くらしい。少しずつだが、ダイヤも乱れている様子。
     家に出る前に、アルバイトの二人には「今日休め」と連絡を入れておいた。
     戸締りをしているので、あのまま家でごろごろとしていようと問題はない。
     今日、予約が入っていなければ。

     本日予約しているのは三組。
     ふたり組。ふたり組。そして三人組。
     店にある予約表がなれけば連絡がつかないため、こうして雪の中車を走らせたという訳だ。
     そしてたった今、二組と連絡が付いた。
     向こうも丁度キャンセルの連絡をしようとしていたらしく、『来週にでも予約し直します』とのこと。
     天災ばかりはどうしようもねえしな、と残り一か所へと連絡を試みる。
     しかし、
    「くっそ、また出ねぇ」
     綺麗な電子音。『ただいま、電話にでることが出来ません』がついに『おかけになった番号は、電波の届かないところにあるか』に代わってしまった。繋がらなくては困る。だって店休みだもん。
    「アガツマさまー」
     予約表の一番上、代表者の名前を呼びながら天元がカウンターの椅子に座ってそらを仰いだ。
     ここに泊まるつもりはないのだ。早く帰って風呂入って映画でも見ながらビール飲みたい。
     と、
     ――カラン。
     店の鐘が鳴った。
     表はclosedのはずだったが、と入口へと視線をやると、そこには黄色いゆきだるま。
     否、金髪が体中を真っ白にしてはっ、はっ、と荒い息を吐いていた。
     寒いのか、それとも走ってきたのか。鼻と耳が真っ赤で、それが余計に彼の血の抜けた白い肌と、鮮やかな金髪を目立たせていた。
     嗚呼――綺麗だな。
     じゃなくて。
    「すみません、本日は大雪のため店は休みなんです」
     す、と接客スイッチをぱパチンと入れて、天元がカウンター席からすいと立ち上がる。ここまでの高身長とは気づかなかったのか、目の前の金髪は一瞬ぽかんと口を開けて、そして慌てて弁明しだした。
    「あ! 違うんです! 俺、今日ここ予約してて! えっと、アガツマです。アガツマゼンイツ!」
    「……ああ、アガツマ様」
    「すみません、俺、バッテリー切れちゃって」
     天元が言わんとしようとしたことを理解したらしい。つまり「何度も連絡したんですよ」と。
    「大雪でここまで来るのに時間かかっちゃって。でもドタキャンだったらお店の人困るかなって思って」
    「なるほど」
     つまり、連絡しようにも充電切れで出来ず。店の番号を調べようにも、その検索ツールが使えず、なのでここまで「キャンセルします」という一言を言うために走ってきたと。
     見たところ、大学生か。随分と若いが、流石に高校生で金曜夜に予約は取らないだろう。
    「すみません、お休みなのに入り込んじゃって。じゃあ」
    「待て待て待て」
     くるり、と背を向けてドアノブへと手をかけたアガツマゼンイツに、天元が慌てて声をかける。
     まるで、どこぞのマッチ売りの少女状態の少年? 青年? を「はいじゃあまたのご予約をお待ちしております」と帰せるほど、腐っているつもりはない。
    「あ」
     天元の言葉に振り返った彼が、一瞬目を見開いて、そして気まずそうにもごもごと口を動かす。
    「すみません、キャンセル料ですよね……ごめんなさい、今日財布持ってきてなくて……日を改めて持ってきてもいいですか」
    「違う違う違う」
     なんでそこに行きつくんだ、と天元が慌てて彼の後ろからドアノブを握りしめ、そして閉じる。
    「アガツマさん、凍えてんじゃん。今日はもうこれ以上人もこないし、俺だけだから。よかったらあったかいもんでも飲んでいってよ」
     勿論お金はいらないから。と笑った顔に、彼は一瞬ぽかんと口を開け、そして首まで真っ赤に染まった顔で小さく「……ありがとうございます」と頷いた。

     ◆

    「へえ、アガツマって我が妻か。名前の善逸もかっけぇな」
    「ありがとうございます。俺のじいちゃんが付けてくれて、古臭いってよく言われるけど俺も気に入ってるんです」
     ほうどうぞ。と渡されたココアを両手で持ち、カウンターに腰かけて笑う。
     聞けば彼は専門学校の学生で、とうに成人しており、今回は友人の結婚式の二次会の下見だったらしい。確かに、少人数での貸し切りも行っている。
    「朝から大雪で、友達と連絡してキャンセルしようってことにはなったんですけど、途中でバッテリー切れちゃって」
    「あー寒いと持ちが悪くなるって言うしな」
    「お店の番号も全部端末の中だったので、もう行くしかないと思って」
     家からだと電車だけど、学校から走っていける距離で助かりました。と笑う。
    「ご馳走さまでした。お代は後日」
    「だからいいって。これは俺の奢り」
     わざわざ来てもらった気持ち、と笑うと、「うへへ、ありがとうございます」と笑う。
     綺麗だな、と思う。
     最初に見た瞬間から思っていたが、彼の色彩はとても美しかった。
     満月のような金色に、それよりも多彩な瞳は琥珀。血が通ってほんのりと色付いた肌色は、それでも充分に白かった。
    「じゃあまた。予約は友達と連絡とって取り直します」
    「お待ちしております」
     来た時よりも暖かそうに笑って、からん、と鐘の音と共に彼は出て行った。

    「俺も帰るか」
     これでこの店には用はない。早く帰ってビールに映画だ、と天元が立ち上がり、端末の画面を見る。
    「ん?」
     そこには緊急速報として、大雪の為都内すべての電車がストップしていることを伝えてきた。
    「マジか、全部止まってんのか」
     見れば積雪量は更に増えており、雪に慣れている筈の車ですらスリップ事故を起こしている。
     それをみて天元は理解した。
     今日、ビールも映画もお預けだと。
     つまり、家には帰れないだろうということ。
     いくら、車でスタッドレスタイヤを装着してるとはいえ、自分は素人。ここで無理やり自分で運転をして万一事故でも起こしたら洒落にならない。身体の頑丈さには自信があるが、それとこれとは話が違う。
    「しゃーねーか」
     マットレスはないが、ソファはあるし、大型のバスタオルとひざ掛けはある。何より食物はそれこそ売る程あるのだ。一晩くらいならば問題ないだろう。と、天元が端末でぽちぽちと交通情報やら大雪情報やらを検索。
     そこで気付く。
    「ん? あれ? あいつ……電車で帰るつってた?」
     電車で帰る? その電車が止まっている。
     タクシーで帰る? 財布は忘れてる。
     誰かに迎えに来てもらう? ……。
    「――クソが!」
     椅子に置いていたロングコートを片手で取り、天元が慌てて店から飛び出た。

     交通手段も金銭も、連絡手段も絶たれて。
     一体どうやって、どこに「帰る」と言うのだろう。



    「おい! 不死川弟!」
    「あれ、宇髄さんじゃないっすか」
     店を飛び出て飛び出た先。まず目に止まった人物へと声をかける。
     不死川玄弥。暖かそうなロングコートにマフラー。足元にはミニヒーター。顔馴染みの、客引きの黒服だ。
     足をたんたんと動かし、そして黒い手袋に覆われた両手をすりすりと合わせながら寒さに耐えていた玄弥が、声に振り返りにこりと笑う。
     見た目の鋭さに反して、大型犬のような人懐っこさを、天元は気に入っている
    「あのさ、ここ、金髪通らなかったか⁉」
    「金髪?」
    「そう金髪! ちっこくて……金髪の!」
    「お前からすれば大抵の人間がそこに入るだろがァ」
    「不死川兄!」
    「名前で呼べェ。……玄弥、今日はもう店じまいだ」
     玄弥の背後からぬ、と伸びてきた腕が彼の肩へと置かれて、呆れたように笑う。
     客引きの黒服が玄弥ならば、ホールの取りまとめは彼の実兄である彼、不死川実弥。人懐こい大型犬が玄弥ならば、常に人に唸っている小型犬は実弥だと天元は思っている。
    「お前んとこも閉めるのか」
    「まァな、どうせ今日は帰れねぇし。近場のホテル用意したんで、そこにお嬢たち送っていくんだよ。……で、お前はこの雪ん中人探しか」
    「いや、さっきまで一緒にいたんだけどさ、ちっこくて、金髪で」
    「お前この雪ん中オンナに逃げられたのか」
    「いや、女じゃなくて男だ」
    「節操ねぇな」
    「今回はそうじゃなくてさ」
     節操がない事は否定できない。
     かくかくしかじかで説明すると、見た目に反して面倒見がいい実弥の琴線に触れたらしい。
    「ちと待ってろ」
     そう言って胸元のトランシーバーから伸びるマイクを片手でオンにする。
    「あー、俺だ。人ひとり探してる。金髪金目。男。身長百六十半ば。黒のハーフコートにデニムパンツ。足元はハイカットのスニーカー。一見大学生風の、こなれてねぇ男だ。誰か見たか?」
     声は、この周波数を持つ全員の耳へと届く。つまり、店内にいるスタッフだけではなく、玄弥のように外で作業をしている者、そして。
    『――待って、俺それ見たかも。可愛い女の子?』
    『――ばか、男つってただろ』
    『――この雪の中?』
    『――金髪、金目? 男?』
    『――十分くらい前に駅に向かて歩いてた』
    『――可愛い子だよね。俺も見た』
    「東、駅に向かって歩いてたってェよ」
    「ありがとな!」
    「おー」
     玄弥の報告を聞いた天元が、雪にずぼ、ずぼ、と足を差し入れながら走っていく。
     この周波数は、オーナーからは外では使わぬようにくれぐれもと言われている。
     つまり、他店同士のトランシーバーが繋がってしまうのだ。うっかり繋げたまま内密な話でもしてしまえば、この界隈、一瞬後には路地裏の猫まで知る羽目になる。
     しかしながら、時折こうして彼らのお遊び程度の連携で使われたりもする。
    『――実弥ちゃん今度奢ってな』
    『――お前んとこの、うちに引き抜きさせて』
    『――それより、オトモダチの宇髄を客としてつれてきてくれ』
    『『『『――それだ!』』』』
    「うるせェ」
     実弥のつっこみに、数店舗の声があははと笑い、そしてジジ、と電子音を残していなくなった。
     そらをみあげると、降り落ちる雪であっという間に視界が白く濁った。

     ◆

    「我妻!」
    「ひっ⁉」

     天元が大股で彼が目撃されたという自動販売機へと辿り着くと、そこには傘子地蔵のような金色。店に着た時のおうに、金色の髪に白いかんむりがかかっていた。
     天元の声にびく! と肩を震わせて振り返り「あ」と驚いたように見上げる。
    「え、え? お兄さんどうしたの」
    「どうしたのって」
     真っ白な息を吐きながら首を傾げた姿に、雪に濡れるのも構わず天元がその場にしゃがみ込む。
    「え、え! 大丈夫⁉」
    「……」
     具合でも悪いの! と声をかける善逸に答えず、天元がその場に立ち上がる。
     善逸を担いで。
    「は⁉」
    「お前キンキンじゃねえか。店戻るぞ」
    「え、えぇ⁉ いいですよ、そんな――「行くアテは」
    「えっと……友達の、家に……」
    「どこ」
    「……」
     思わず口ごもってしまう程度の距離。
    「はい我妻善逸さん、ごあんなーい」
     一発アウトだった。



    「ほれ、ホットワイン。あとヒーターここ出しとくから」
    「……すみません」

     あの後、「おろしてください! 自分で歩けます!」ともだもだと訴える善逸を無視して、店まで歩いて帰った天元。戻るということは、来た道を進むという事で。
    「あれ! さっきのインカムの子ってそれかぁ!」
    「可愛い顔してんじゃん」
    「おにーさんたちが見つけてあげたんだよー」
    「こんどうちの店においでー」
    「おー見つかったかァ」
    「良かったですね!」
     行く先々で、夜のお店のお兄さんたちがにこやかに手を振ってくれたのだ。
    「恥ずかしい!」
    「自業自得だろ」
     ほれ、と差し出されたワインを片手にソファに深く腰掛ける。さらに店に常備してあるブランケットでぐるぐる巻きに。さらにさらに、足元用のミニヒーターで四方を固められた善逸が、ぽう、と林檎のように頬を染めて唸った。
    「あぁあぁ……すみません、見ず知らずの方にこんなにご迷惑をおかけしてしまって……」
    「気にすんな。雪じゃどうにもなんねぇよ」
     カウンターで作ったホットワインを自分も飲みつつ天元が呆れたように呟く。一番の迷惑は外で野垂れ死にされることだ、とは流石に言わないが。
    「我妻サンさ、もう今日はここ泊っていこうぜ」
     俺も家に帰れねぇから。笑う天元に、善逸はひゃ、と背筋を伸ばす。
     誰がどうみても緊張している。それも少々悪い意味で。
    「……別に襲ったりしねぇよ?」
    「あ、いや、そういうんじゃなくて」
     それはわかってます! 貴方のような美人が俺なんかを相手にする訳ないですから! と手の平をこちらに向けて言い張る。
     善逸は、ここまで綺麗な男の人を、生まれて初めて見た。
    「そうじゃなくて……俺、他人が同じ空間にずっといるの、緊張しちゃって……」
     随分と言葉を選んではくれているが、つまりは縄張り意識がとても強いということ。数時間の食事ならば耐えられるが、一晩共にいるのは精神的に耐えられない、とそういう事だろう。
    「……なので、申し出はありがたいんですけど……」
    「分かった」
    「はい」
    「つまりはよ、」
     ありがとうございました、と再び腰を上げた善逸の両肩をがし、と握りしめ、そして再びソファへと押し込む。ここは我が城。今日は休み。
    「うち、二次会用にプロジェクターあっから」
     寝なきゃいいんだろ? と笑った顔はどこか幼くて。
     同時に、惚れ惚れするほど綺麗だった。

     ◆

    「いっちょあがり」

     壁の時計へと視線をあげれば、そろそろ新聞配達のバイク音が聞こえてもよさそうな時刻。ニュースは夜通し大雪情報を伝えてきたが、どうやら峠は越えたらしい。
     昼前には道路も元のコンクリートをむき出しにするのだろう。
    「随分と頑張ってたな」
     白壁へと投影したプロジェクターで映画を流し続けること、十時間程か。
     まかない用のベーコンでパスタを作り、業者からもらったサンプルで片っ端からカクテルを作った。ポップコーンなどのお菓子は休憩所のおやつだ。
     テーブルと椅子を移動させ、即席の映画館を作って上映会。
     最初こそ、ソファの端っこでがちがちに緊張していた善逸も、天元の「うっわ」「なぁ、今の見た?」などと家でテレビ番組を見ているかのような声出し鑑賞会に、徐々に和らいでいったらしく。
     三本目にはふたりで「「ッあーーーーッ!!」」と壁に向かって叫んでいた。
     アルコールも手伝ってか、饒舌に喋り始めた彼はアルバイトで生計を立てているのだという。一人暮らしらしく、何度も年齢は確認したので、成人済だということは知っていたはずなのに、白い頬を紅くそめてふにゃふにゃと喋る様子は随分と幼く、一晩のうちに何度かドキリとさせられた。
     そんな善逸は、四本目の途中にはこくん、と船を漕ぎ始め、五本目のエンディングロール時にはすうすうと小さな寝息を立てていた。
     雪の中走ってきた距離は、聞いて思わず絶句するほど遠く、冗談ではなく一歩間違えば遭難していただろう。そりゃ、疲れるよな、と彼の瞼へとさらりと流れた前髪をそうっと指で寄せる。
    「……ん」
     むにゃむにゃと夢を食みはするものの、起きる気配がない善逸に、天元はいつか見た野良猫を重ねて薄く笑った。

    「……あがつまぜんいつ」

     ひとつ、言い訳が通るのならば、その日天元は徹夜だったのだ。
     前日まで在宅仕事をこなしており、仮眠程度でしか睡眠をとっていなかった。
     加え、この大雪騒動。
     疲れていたのだと思う。
     脳みそが、本当に。

    「――ん、んゅ」

     その日、善逸は不思議な夢を見た。
     まず、猫にぺろりと唇を舐められる。猫の舌ってざりざりしてると思ってたのに、この猫は柔らかいなあと思っていると、猫は太い舌で自分の唇をぺろぺろと優しく舐める。
    「ふふ」とくすぐったくて笑みが零れた隙間から、猫が暖かいきしめんを口の中へとつっこんだ。
     きしめんは生きているらしく、口の中をぐねぐねと動き回った。
     これでは噛めないと思って歯を立てようとすると、きしめんは更に奥へと入り込もうと動き回った。
     最初苦しかったそれが、あまりに分厚く、そして熱を持っていたので、だんだんと口の中が気持ちよくなってしまって。
     唾液が止まらず、自分の口の中で「……じゅッ」という重い水音がしたと同時に、きしめんはなくなった。
     さいごに、猫が口のまわりとぺろぺろと舐めて、さらには唇をちうちうと吸い上げて。
     そして。

    「――朝だぜ」

     昨晩一緒に映画を見た美人が、笑って起こしてくれた。
    「!」
    「おはようさん、よく眠れたか?」
    「! あ、え? あ。は……おはよう、ございます」
     いつもの布団じゃないし、いつもの天井じゃないし、いつもの空気じゃない。
     ぼやっとした頭をふるふると降れば、それは覚醒に変わった。
    「あ! 俺、途中で寝ちゃって!」
    「いいって。俺も寝たし」
     べつに耐久してた訳でもねぇし、と笑った天元が、「コーヒー、甘め」とカップを手渡してくれた。
     どうやら店の機械で豆から挽いてくれたらしい、空間がとても柔らかなコーヒーの香りに包まれていた。
    「ありがとうございます」
    「応」
    「雪、止んでたら、俺帰りますね」
    「応」
     こくりと口に含むと、とても気持ちの良いコーヒーの香りが体内に溢れた。
     はじめての経験だったが、悪くはなかったと思う。

    「んじゃこれ」
    「はい?」
     端末のバッテリーも充電を終え、中にモバイル通貨が残っていることを確認し、都内の電車の運て再開をきちんとニュースで見て。
     ありがとうございました、と頭を下げた善逸の前に、天元が何かを差し出した。
     見ると、真っ黒のカードのようなもの。店のショップカードかか何かかと、それを片手で受け取れば、すべすべとした高級感溢れる黒の中に、さらに漆黒で文字が印字してあった。
     そこにかかれていたのは『宇髄天元』の漢字と、同じ意味の英語。ただそれだけ。
     善逸には馴染みはないが、これは名刺というもので、名刺とは本来己の役職や立場を名前と共に書かれているが殆どである。が、これは小さく「マネージャー」とあるだけで、本当に名前しか書かれていなかった。しかも黒紙に黒文字だ。
     相手に分かりやすく伝えよう、なんて微塵も感じられない自己主張が強いデザイン。
     それをくるりと裏返すと、これまた派手な色。黒紙に、金色だった。
     中央に店の名前、そして住所。電話番号。お洒落だ。
    「店のショップカード?」
    「いや、これは業者の展示会とかで配る個人名刺」
    「これ、英語のとこ、UZUI TENGENになってるよ?」
     姓名が逆なのでは? と首を傾げて見上げると、返ってきたのは不敵な笑み。
    「俺の名前は宇髄天元なんでな」
     つまりはそっちが合わせろと、そういうことらしい。名刺のサイズは欧米サイズのくせに、名前の表記は日本読み。この人意外と面倒くさそうだな! と善逸は思った。思ったし、後々わかることだが、それは正解だ。
    「ちと待ってろ」
     そう言ってレジカウンターの下をごそごそと探り、手に取ったのは油性ペン。なぜか当たり前にゴールドだった。
     一度は善逸に渡したそれをひょいと取り上げ、名刺の裏にさらさらと書かれたのは十一桁の数字。誰がどうみても彼個人へのプライベートナンバーだ。
    「店じゃなくてここに直接連絡くれよ」
     ほれ、と突き返された黒い紙を一瞬戸惑うような表情で見つめた善逸が、はたと何かに気付いてにっこりと笑う。
    「なるほど! 今回雪でキャンセルになったから!」
    「あ?」
    「ありがとうございます。連絡します!」
    「絶対そこに連絡しろよ、もし出れなくても留守電に残せ。速攻折り返すから」
    「はい!」
     両手で小さな紙を握りしめ、善逸がぺこりと頭を下げて店を出て行った。
     キャンセルになったお客様へのサービス。と思い込んで遠慮なく受け取ったその名刺が、業者の間では印籠のように効力を発揮し、あまつさえ、三台の端末を持つ天元の、最もプライベートな番号だとは、思いもよらないだろう。
     あの小さな黒紙に書かれた番号を巡って、女同士の血で血を洗うような争いが勃発したことは、一度や二度ではない。
    「宇髄天元個人に必ず繋がる番号」というのは、それだけで価値があるのだ。
     そして、一体どうしてその番号が書かれた紙が、たった一晩を過ごしただけの青年に渡されたのかは。
     いわゆる――御察し、という訳で。


     この日より、たっぷり時間をかけにかけて半年後。
     ようやく晴れて「正式にお付き合い」をすることになるのだが。
     そしてそれに要した年月と並々ならぬ努力は、「宇髄天元」を知る者から見れば、永久に近しく、涙無しには語れぬものなのだとか。
     そして、さらにそこから三ヶ月後。
     出会った日からほぼ一年をかけて。彼はようやく、恋人の手料理を食べることが出来るのだが。

     それはまた、――別の話だ。



    (終)

    20220529
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