当たりまえの特別に(耀玲)耀が通知に急かされるようにしてスマホに目を向けるとLIMEに玲からのメッセージが届いていた。
『耀さん、いま忙しいですか?すこしだけ会えませんか?』
約束なんてしていない。けれども耀はその連絡がくるのを分かっていたかのように厚労省の屋上で紫煙を燻らしていた。
『屋上にいるよ』と返事をすれば、瞬時にして『いま行きます!』と可愛らしい犬のスタンプが返される。それを見た耀は口元を緩めて、煙草を吸殻入れへと捩じこんだ。
ほどなくして息をきらした玲が、片手にちいさな紙袋を持って現れた。
「耀さん、お忙しいところすみません。バレンタインのチョコを届けにきました!」
「わざわざ、ありがとさん」
そう言って渡された紙袋の中には、まえに玲と一緒に食べたことのある抹茶のチョコが入っていた。
顔には出ていなかったが、玲は耀がそのチョコを気に入っていたことに気がつき、それを覚えていてくれたのだろう。
耀が玲にみせる感情がやわらかくなったのか、それとも玲が耀の感情を汲みとるのが上手くなったのかは分からない。けれどもお互い言葉がなくとも分かりあえるのが『当たり前』になるような関係は、二人で過ごす中でゆっくりと育まれてきたもので、耀はそれを大切に思っていた。
「抹茶チョコにしてくれたんだ?」
「えっと、今年こそは手作りにしようと思ってたんですけど、ここのところ仕事が立て込んでしまいまして……市販品になっちゃってすみません」
そう言って玲は365日の内の1日しかない特別な日だったのに、と項垂れる。
けれども耀には貰ったものが市販品ということよりも市販品を選ぶまでの過程だけで充分『愛してる』の気持ちは伝わっていた。だからこそ、こんな時だけ気持ちを汲みとって貰えないことが耀にはすこしだけ面白くない。
「……玲、今日は早く帰れそう?」
「え?あ、はい。ずっと忙しかったので、今日は定時であがるように言われています」
「そしたら今日は俺の家においで?玲にたっぷりと俺の気持ちを伝えてあげよう」
お互いが『当たり前』という状況を作るには、時を一緒に重ねていかないと出来るものではなくて、それはとても特別なことなのだと。それを言葉ではないもので伝えたい。
「365日のうちの1日を特別にしたげる」
顔を朱に染めた玲の耳元へ、そう言葉を吹き込んだのだった。