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    ariakenri

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    ariakenri

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    「きっと、ぜんぶ、夏のせい」「それも、だから、夏のせい」の二編を収録した『SUMMER HEART OVERDRIVE』という本につけていたおまけペーパーの再録です。刑部姫視点の話。リョイです。「それも、だから、夏のせい」(ルルハワの方の話)を読んでから見てもらえるとフフッとできるかも。発行から3年ほど経つのでさすがにいいかなと思い、載せておきます!

    #龍以
    dragonTo
    #帝都騎殺
    #再録
    re-recording

    なるほど、これが、夏のせい!


     思うに、同人誌作りにおいて、萌えの鮮度というやつはもっとも重要な要素のうちのひとつだ。
     自分の内側から燃えあがる情熱、どこかに吐き出さなければ溺れ死にかねないという強い幻覚。
     煮詰めた萌えの旨みもいいけれど、煮詰まりすぎては食卓にあがる前に腐ってしまう。
     萌えを萌えたままに昇華するにはタイミングを逃さないことが必要で、霞のように儚く消えてしまいそうな妄想のしっぽをいかにして捉えられるかに、全部がかかってると言っても過言じゃない。
     つい数時間前まで、話の辻褄を合わせようと何度もこねくりまわすうち、すっかりと萌えの鮮度を失って絶望感に浸っていたわたし――こと、刑部姫は、そういうわけで、唐突に降って湧いた新たな萌えの数々に頭を抱えながら、同時にめちゃくちゃに焦っている最中だった。
    「うう~~~~~、ヤバイ、ヤバイ、溢れちゃうよぉ、ちょっと待って、待って、もうちょっと堪えてわたし……!」
     ホテルのルームキーをもたもたと探りあてて、どうにかこうにかドアを開ける。
     慌てて部屋の中へと飛びこんだわたしは、転がるようにして辿りついた机の前でパソコンの電源を入れた。
     起動を待つ時間すら惜しくて、今にも漏れ出してそのまま消えていってしまいそうな萌えを、その辺に散らばっていた適当な紙へ勢いのままに描き移していく。
     ……すごかった。想像以上にすごい萌えを聞いてしまった。
     人斬りなんて物騒な肩書を掲げているけれど根は意外と素直で可愛らしいところのある岡田の以蔵くんと、華美ではないもののスーパーダーリンとして程いいスペックを備えた有能で優しげな坂本の龍馬さん。
     同郷の出身だっていう二人のやりとりは前々から美味しいなあ、ウフフ、なんて気になってはいたのだけど、それが……それが、まさかこうまでも完璧だったとは!
     さっきまでいた夜のヒミツ女子トーク会でお竜ちゃんが語ってくれた特異点帝都での出来事の数々を思い出しながら、わたしはシャーペンを紙に叩きつけるようにして描き殴る。
    「ううっ、今どき珍しい完璧なツンデレ属性と絆され展開ッ、そつのないスパダリムーブから漏れ出る末っ子的ジャイアン感ッ、憎み憎まれる関係から背中を預けあい、炎の中で笑った、ブロマンスゥゥゥゥゥゥ!」
     ほとんどわたしのために開かれたといってもいい会を途中で抜け出してきてしまったのは悪かったけれど、今、これを形にしなければ腐女子の名がすたるというものだ。
     生前のすれ違いからの?共同戦線?互いに置いて、置いて行かれて、また再会して?何それ何それ、それってつまり実質セックスでしょ……
    「うううううん、でも、どっちが受けかなあ……」
     悩む!どっちにもそれぞれ違った良さがある!
     ここまでの流れはいいとして、問題はこのあと、ベッドの上でどうなるかなんだけど、物腰柔らかい坂本さんが以蔵くんの激情を受け止めてくれるのか、いやでも同じ押しの強さでもこのまま以蔵くんが騎乗位といってうのもいいし、はたまた坂本さんが抑えていた感情をついに爆発させ普段とは違った強引さで押し倒すっていうのも熱い……。
    「りょうまっ、待て……待てぇゆうちゅうが……!」
     あ、そうそう、それ、そういう感じの切羽詰ったやつ!美味しい!
     なりふり構わず筆を進めるわたしの耳に、ふと飛びこんできたそれに頷きながら、紙の上の坂本さんの胸ぐらを掴みあげた以蔵くんにキスをさせる。
     おお、我ながらいい表情、これはぐっと来る。以蔵くんとしては勢いで思わずしてしまっただけで、先のことはあんまり考えてなかったっていうのもウブでオツいかもしれな……――――りょうま?
    「んんん?」
     わたしはがむしゃらに動かし続けていた手をぴたりと止めた。
     え、なあに?今、すごーく気になる声ですご――――く気になる名前が聞こえた気がするんですけど。……いやだな、妄想に夢中になりすぎて幻聴でも現れたんだろうか。
     近づきすぎた紙から顔をあげたわたしは何度か目を瞬いて、それからカーテンが閉められたままの窓の向こうへ視線を向ける。
     気のせいでなければ、外から聞こえたような気がしたのだ、今の声は。
    「や、かましい……ッ、つきあっとられん……!」
     また聞こえた。今度こそ間違いなかった。少し遠いけれど……あれは以蔵くんの声だ。
     そう気がついてわたしはにわかに慌てる。
    「え、ちょっと……え?え?」
     待って、確かに隣はお竜ちゃんたちの部屋だけど、何?何の話?以蔵くん、龍馬さんに何をされようとしてるんです……
     腐女子の勘に何やらぴんと来るものがあって、わたしは弾けるように椅子を押しのけると、わたわたと窓際へと張りついた。
     カーテン越しのガラスにぴたりを耳をあて、息を殺し、気配を窺う。こう見えたって一応アサシンの端くれだ。いやまあわたしのアサシンクラスって主に引きこもり属性だとか、そういうやつから来てるってわかってるけど、ちゃんとやろうと思えばできないことはない。たぶん。
    「いかんよ、大人しゅうしちょって……悪いようにはせんき、にゃあ?」
     ……さ、坂本さんの声だああああああああ。
     えええ、嘘ォ、お竜ちゃんからの情報でほんと仲睦まじいなあ、なんて妄想を膨らませてはいたけど、まさかまさか、本当の本当にソウイウ関係だったの
     わたしは初めてアサシンクラスで現界させられたわが身のことを心の底から感謝した。控えめに忍ばされてはいるけれど、その普段聞いたこともない以蔵くんと同じ訛り言葉は、だからこそ坂本さんのもので間違いはずだった。
     その上で、これ、これは、なんちゅう……なんっっっちゅう声だ……!人をたらそうとするときの坂本龍馬の本気を聞いた気がして、わたしは思わずはわわと口を震えさせる。
     誤解のひとつも生みようがない。はっきりと相手を口説き落とそうとするそれだった。
     誰にでも穏やかに爽やかに接している印象のある坂本さんからはずいぶんギャップのある猫撫で声。これでもかってくらい甘くてそれでいて匂い立つような雄の色気があって、ひええええ、ヤバイ、こんなの聞かされて以蔵くん秒で腰砕けになっちゃわない?大丈夫?息してる
     わたしはばくばくと高鳴った心臓が今にも口から飛び出そうになるのを飲みこむ。
    「っ、なに……ッあ、ぁ」
    「以蔵さん、わかるがか?ここ、わしが触る前から尖っちゅうよ」
    「や……ッ、待っ、ァ、それ、変じゃ……」
     ふええ、すごいことになってきたよ、坂本さん、案外いうなあ……。
     いやわかる、わかりますよ。
     わたしは以蔵さんじゃないけど、立派な歴戦の腐女子だ。だから見えなくったって坂本さんそれがどこのことを差しているかくらい当然わかる。
     この展開で触る前から尖っている場所といったらひとつしかない。乳首だ。つまり今このガラスのちょっと向こう側で、以蔵くんは坂本さんに乳首をいじられているってことだ。
    「以蔵さん、えいがか?ちょっと触っちゃるだけでこがぁふとうなりゆうよ……色もようよう赤う変わって、やらしいのう、まっこと愛いちや」
     細かい実況で羞恥心を煽っていくつもりらしいプレイスタイルのおかげで補完は実にたやすい。
     どうやら以蔵くんの乳首は開発済みらしいと知って、わたしは小さくガッツポーズを決めた。
     ここまでくればさっきまでわたしを悩ませていた大問題はほぼ解決したも同然だ。
     一応、攻めの乳首開発っていうニッチな性癖も界隈にはなくもないけど、ストレートに考えるならほぼ間違いないだろう。
     わたしは興奮に爆発してしまいそうなのを堪え、心の中に握った赤マーカー太字でデカデカとメモを取った。
     ――岡田以蔵↓受け。
     さらに少し考えてから心のメモに文字を書き足す。
      ――岡田以蔵↓受け。乳首の色、赤。開発済。
    「ばぁ、たれ、そがぁな、こと……ン、んぅ、っン!」
    「以蔵さんは、こがぁなときばっかり嘘つきじゃのう……」
    「ッ……ひア!あう、ァ、ああ」
     以蔵くんはなんだか抵抗めいたことをしきりに口にしているけど、その声を聞く限りではもうてんで嫌がってなんかいないことは丸わかりだ。はっきり言ってとろとろのめろめろ。完全にされるがまま、待ちの体勢。
     一言坂本さんがしゃべるたびに、以蔵くんにクリティカルが決まっていくのが手に取るようにわかる。
    「以蔵さん、ほんに良さそうじゃ……触っちゅうだけでこがぁに跳ねて、にゃあこれ、やっぱりいつもより感じちゅうろ……?」
    「ふ、ぁ、なに……ッア」
     またひとつ以蔵くん特攻が通った。
     以蔵くんはなんだかもうぼろぼろと星を零してるって感じだし、坂本さんはそれを集めてはまた仕掛けてるし、なんかもう、すごい。腐女子、語彙力を失うしかない。
     こんな誰に気づかれるともしれない外なんかでよくやるな、みたいな普通の感想は、圧倒的な萌えの前にはまったくの無力だった。
     坂本さんはそういうリスクを冒すようなタイプには見えないけど……まあ、夏だし、ちょっとみんな気が狂っているのかもしれないし、お祭りだし、たぶんそんな感じなのだ。やったー、夏、夏万歳!ありがとうルルハワ!
     わたしは心のマーカーを青に変えてしっかりと書きつける。
     坂本龍馬↓攻め。声が宝具。以蔵特攻、倍率一〇〇%、必中、魅了付与、防御力ダウン、スター発生率アップ、クリティカルアップ……駄目だ書ききれない、覚えきれない。
    「か、紙だ、紙がいる……」
     一瞬でもその場を離れるのは惜しいけど、かといってこのまま興奮のあまり忘れてしまうことがあったら悔やんでも悔やみきれない。
     萌えは鮮度が命なのだ。
     儚く消える妄想のしっぽ……今や現実にそれは存在する。だからこそそのリアリティを逃がすわけにはいかなかった。こんなに完全で完璧な取材対象をみすみす失うわけにはいかないのだ。
     わたしはいまだかつてない俊敏さで机と窓を往復して、ネタ出し用のノートとペンを持ち出すと、もう一度窓に張りついた。
     ふつふつとやる気がみなぎって、今ならなんだって描ける気がする、そういう無敵感を感じながら白紙のページを開く。
    「えい子じゃのう、頑張って、もっとようなろうにゃあ……?」
     とにかくスピードが勝負、細かいところはあとでもう一回お竜ちゃんを捕まえて補完しよう。
     わたしが直接聞いていたって知られるのはよくないから、そこは伏せるとして……あ、その前にきよひーにはしばらくお竜ちゃんと引き留めといてって言っておかないと。せっかくのシチュエーション、絶対終わりまで聞き届けたい!
     猛然と回転し始めた脳みそに任せてわたしは筆を走らせる。



     ――数日後に開催されるサバ☆フェス当日、絶妙に十八禁の既定をかいくぐった坂本龍馬×岡田以蔵の分厚い薄い本が発行され、それを知った以蔵の阿鼻叫喚が響き渡ることになるのだが、それはまた別のお話。



    【END】
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    なるほど、これが、夏のせい!


     思うに、同人誌作りにおいて、萌えの鮮度というやつはもっとも重要な要素のうちのひとつだ。
     自分の内側から燃えあがる情熱、どこかに吐き出さなければ溺れ死にかねないという強い幻覚。
     煮詰めた萌えの旨みもいいけれど、煮詰まりすぎては食卓にあがる前に腐ってしまう。
     萌えを萌えたままに昇華するにはタイミングを逃さないことが必要で、霞のように儚く消えてしまいそうな妄想のしっぽをいかにして捉えられるかに、全部がかかってると言っても過言じゃない。
     つい数時間前まで、話の辻褄を合わせようと何度もこねくりまわすうち、すっかりと萌えの鮮度を失って絶望感に浸っていたわたし――こと、刑部姫は、そういうわけで、唐突に降って湧いた新たな萌えの数々に頭を抱えながら、同時にめちゃくちゃに焦っている最中だった。
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