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    mitsuhitomugi

    @mitsuhitomugi

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    mitsuhitomugi

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    10月4日のその後の真田明彦の話です。ちなみに死亡シーンはフェス以前のゲーム本編準拠です。

    #ペルソナ3
    persona3
    #真田明彦
    akihikoSanada

    10月5日、午前。 支えていた手を離れて、よろめきながら一歩、二歩。それから倒れた。最後に、これでいい、と言った。
     
     真田の目の前で、友人が死んだ。家族同然の仲だった。何十分か、あるいは数秒か、立ち尽くしたまま真田は動けなかった。
     山岸の啜り泣く声がする。順平の呼吸が震えている。当たり前だ。目の前で人が死んだのだ。コロマルのペタペタという足音と、アイギスの作動音が重なる。帰るのかと思ったが、どうやらもう動かなくなった荒垣の元へ歩み寄っているらしい。岳羽もリーダーも黙り込んだまま一言も喋らない。いや、何も言えないのだろう。肩に何かが触れる感覚で、美鶴が肩に手を置いたのだと気づいた。もう帰ろう、と言外にその目が訴える。真田はゆっくりと首を横に振った。
     天田の言葉にならない叫びと嗚咽が裏路地に響く。焼け落ちる孤児院を前にした幼き日の自分のそれとよく似ていると真田は思った。

     いつの間にか、周りには誰も居なくなっていた。影時間が明けている。警察に言わなくては、とだけ頭に浮かんで、携帯電話を手にした。事件や事故で命を落とした場合、警察による検死が必要だ。だから早く連絡しないと。思い通りに動かない手でボタンを押した。電話に出たのは黒沢巡査だった。
    「黒沢さん」
    「……真田か」
    「シンジが、」
     ここまで言って、声が詰まった。もういい、と言われた。
    「話はこっちに来てる。現場に向かった奴らももう間も無く到着するだろう」
    「そうですか」
     では、と通話を切ろうとしたところで、真田、と呼び止められた。
    「お前はもう帰れ」
     それから電話は切れた。通話時間を示す画面が消えると、待受画面に切り替わった。メールの受信が通知されている。美鶴からだった。
     警察にはもう連絡した。天田がまだ帰ってきていない。お前も早く帰ってこい。要件はそれだけだった。

     寮に帰って自室に戻り、腕章も召喚器も装着したままだったことに気が付いた。ホルスターの着いた白いベルトを外したら、血の痕が付着した。手袋に付いたままだったらしい。ベルトの白い革と手袋の黒い革に、液体と固体の中間くらいの血の赤色が混ざっている。もう二度と元の状態には戻らないのだろうか。そんなことを考えていたら、上手く力が入らなくて手袋を外すのに苦労した。
     服を脱いで自室に備え付けのシャワールームに入る。音がしていないと落ち着かなくて、ずっと湯を出しっ放しにした。身体に無数の水滴が当たって、そのまま流れ落ちる。それだけのことが何故だかひどく残酷で惨いことのように思えた。

     シャワーを終えて身体を拭き、寝間着に着替えてベッドに潜り込む。ここまでは難無く出来た。目を閉じると、途端に意識が現実から引き離される。
     風が窓を叩く音に紛れて、荒垣が力無く倒れた瞬間の音が聞こえる。脈絡も無く、体育の授業でペアになってストレッチをした時の光景が蘇る。口元から血を垂れ流して虚な目をしながら天田に語りかける荒垣が瞼の裏に現れる。下校中に突然体操着入れの巾着袋の紐が解けて困った顔をした荒垣がそこにいる。アキ、こいつを、と掠れた声が自分に向けられる。昼寝しているはずの荒垣を部活帰りに屋上まで迎えに行くと、あいつは呑気に野良猫と戯れている。血に塗れた革手袋が視界から離れない。
     数時間前、目の前で荒垣が死んだ。共に作戦に参加して大型シャドウを討伐するはずだった。血を流して死んだ。明日も当たり前に隣で戦っていると信じて疑わなかった。銃で撃たれて死んだ。今までも、そしてこれからも、ずっと自分の側にいるものだと思っていた。天田を守って死んだ。共に強くなろうと誓い合った仲だった。

     いつの間にか、カーテンの隙間から光が差し込んでいた。十月四日の影時間に囚われていようが過去の思い出に縛られていようが、そんなものはお構い無しに時間は流れ日は昇る。忌々しいくらいに爽やかな晴天だった。僅かにのぞく窓の向こうを無意味に睨みつけていると、携帯電話から音が鳴った。ゆっくりと手を伸ばして携帯電話を手に取り、画面を開く。待ち受け画面は午前八時三十分を示していた。普段ならとっくに早朝のロードワークも終えて登校している時間だ。メールが一件届いている。美鶴からだった。
    『今日、講堂で全校集会がある。荒垣の追悼式だ。来られるようなら来てほしい。勿論無理にとは言わない』
     簡素な文面だが、こちらを気遣っていることが伝わってくる。考え過ぎるきらいのある美鶴のことだから、きっと相当悩んだ末のこの文章なのだろう。特別課外活動部が始動したばかりの頃、荒垣にあんま考えすぎんな、と言われて余計美鶴が悩んだことがあった。
     携帯電話を閉じ、ゆるゆるとした動作でベッドから起き上がる。制服に着替え、普段通りに手袋を装着しようとした瞬間に動きが止まった。あの手袋には荒垣の血が付着している。可能ならば、直視したくはなかった。だが、今向き合うことを先延ばしにしたところで、洗い落とすにしろ処分するにしろ、いずれ何かしらの対処をしなければならない。どうしたものか、と少しだけ悩んで、真田はクローゼットを開けた。
    「……済まんな」
     血に濡れた手袋を机の上に放置したまま、予備の手袋を取り出して身に付ける。使い慣れたものよりも革が硬く、掌に上手く馴染まなかった。

     外に出て、学校までの道のりを行く。巌戸台駅まで向かう途中、何度もかつての荒垣の影を見た。ある時は小学生にもなる前で、ある時はつい最近の姿だった。ずっと記憶の奥底に押し込められて、忘れたことにも気付かないままだったはずの思い出が、どうして忘れていたのか不思議なくらい鮮明な光景と感覚を伴って真田の前に現れる。ふと、今年の夏に言われた言葉を思い出した。
    『普段のテメェは馬鹿みたいに前しか見てねぇ。昔の話なんかしねぇ』
     呆れたような声が頭の中に響く。あの日交わした会話が心に重くのしかかった。
    「……別にいいだろ、今日くらいは」
     俯いたまま、受け取る相手のいない言葉を真田はポツリと呟いた。

     何度も足を止めながら進んでいたら、いつの間にか巌戸台駅まで辿り着いていた。この場所も、痛いほどに荒垣との思い出が鮮烈に蘇る。この先の駅前商店街にあるたこ焼き屋で一緒に買い食いをして、熱くて二人揃って口の中を火傷した。慌てて自販機で冷たい飲み物を買った。確か荒垣は剛健美茶を買おうとしたら売り切れていて、仕方なしに別のを買っていた。あいつは運の悪い奴だった。こんなことを言えば、うるせえ、なんて不満げな声が返ってきただろうに。
     現実から目を逸らすように、意味もなく電光掲示板を見上げる。次にポートアイランド駅着の列車が来るのは九時三十三分。遅刻は逃れられない時刻だった。
    「お前はよくギリギリの時間に登校していたもんだが、これじゃ俺も人のことは言えないな」
     力無く笑うと、表情筋が引き攣ってそのまま泣き顔に変換されそうになる。慌てて口元を引き締めて歯を食いしばった。目尻に浮かんだ涙も強引に拭う。踵を返して、商店街の方へ向かって歩き出す。
    「今日はお前に付き合ってやるさ」
     誰に向けたものでもない独り言は雑踏にかき消された。

     本来ならば二時間目の授業を受けている時刻になっても、真田は何をするでもなくベンチに腰掛けていた。
    「仕方ないだろ、俺はサボりなんてやったことがないんだ。お前と違ってな」
     自分にしか聞こえないくらいの声で言い訳を吐き捨てる。通勤や通学の時間帯を過ぎ、目の前を行き交う人の数は少なくなっていた。ぼんやりと中空を見つめるだけの真田の視界に、突然ぬっと人影が入り込んだ。
    「学生さんかね?」
    「なっ……!?」
     そんな驚かんでも、といつの間にか隣に座っていた白髪頭の老人は悪戯が成功した子供のように笑っている。まさか人の気配にすら気付かないとは、ここまで自分は弱っていたのか。それともこの老人が只者ではないのか。真田は驚いた拍子に仰け反ってしまった体勢を整え、僅かに身構えた。
    「なにも睨むことないじゃろ。しかしその制服、月高かの?」
    「ええ、まあ」
    「ほ〜う。それならとっくに授業は始まっとるはず……。サボりとは、お主もなかなかのワルじゃのう」
    「友人に付き合ってるだけです」
     ついムッとして言い返すが、直後に我ながらおかしなことを言ったと後悔した。本当は友人なんて、と言いかけたが、構わずに老人は吸いかけのパイプを片手にケラケラと笑いながら話を続ける。
    「懐かしいのう。わしの息子、月高の先生だったんじゃ」
    「そうですか」
     適当に相槌を返す。高齢者の昔話には不慣れなせいで、対応の仕方がわからない。
    「あいつ、初めての担任だーって張り切っとってなー。生徒さんに相談されて自分の方が悩んだり……うちのばあさんは心配性じゃから、さらに婆さんが悩んじまってなぁ……」
    「へえ」
    「受け持ったクラスの子たちと柿の木を植えたりしてなぁ。桃栗三年柿八年っていうじゃろ。それでな、その木が……」
    「はあ」
     老人の緩慢な話ぶりに釣られて、つい相槌も適当になる。
    「でも、死んじゃったんじゃよ」
     老人の声の纏う雰囲気が一変し、息が詰まった。
     真田の方を見る老人の眼には、先程までは隠れていた深い悲しみと寂しさが宿っている。何と言えばいいのか分からないのは、相手が高齢者だからではないだろう。大切な人を失った傷が、共鳴でもしたかのように真田の胸の奥で疼く。
    「時に学生さんや、名前はなんていうんかの?」
    「真田です」
    「下の名前じゃよ、下の名前!ふぁみりーねーむじゃないわい!」
    「明彦……です」
    「そうかい。明彦ちゃんか」
     元の能天気そうな笑顔に戻った老人は、しみじみと噛み締めるように真田の名前を復唱した。ちゃん付けはやめてくれ、と心の中で訴える。
    「明彦ちゃんや」
    「あ、はい」
     どこからともなく取り出した菓子パンを真田の通学鞄の隙間に捩じ込みながら、老人はゆったりとした口調で言った。
    「明彦ちゃん。お友達のこと、ちゃーんと覚えておきなさい」
    「……!」
    「それじゃあ、達者でなぁ、明彦ちゃん」
     大袈裟に手を振りながら、ベンチに真田を一人残して老人はすぐ近くの古本屋へと消えていく。遠ざかる丸まった背中から目が離せなかった。
     老人の姿が見えなくなってから、鞄に捩じ込まれた菓子パンを取り出す。無理矢理突っ込んだせいで柔らかい生地は所々潰れていた。簡素な包装を剥がして齧り付いて、初めて空腹状態だったことに気がついた。ほんの数口であっという間にパンは無くなってしまい、水分を奪われた口内の乾きだけが感覚として残る。駅の方まで引き返し、自動販売機の前に立った。小銭を入れ、剛健美茶のボタンを押す。
     ガコン、という重い音と共にペットボトルが落ちてきた。買えてしまった、と思った。

     
     菓子パンを食べたせいで胃が刺激されたのか、空腹感が急激に存在感を増していた。どんな心持ちで過ごそうが腹は減るものだ。食べ盛りの男子高校生となれば尚更。駅の時計を見やると、時刻はちょうど昼食時に差し掛かっていた。僅かな決心を胸に、行き先を頭の中で確定させる。
     再び商店街へ向かい、螺旋階段を登って二階へ向かう。馴染みの暖簾の前で立ち止まり、軽く深呼吸をした。
    「さて、行くか」
     独り言とも、誰かに話しかけたとも取れる曖昧な言葉を合図に、引き戸を慣れた手付きで開く。いらっしゃい、と店主の威勢の良い声に迎えられた。
    「特製一つ」
    「あいよ!特製一丁!」
     カウンター席に座ると同時に注文をする。こいつと同じのを、と言うことはもう二度とできない。その実感が、左側に一つ空けた席の余白を広く感じさせた。
     真田は左利きで、荒垣は右利きだった。それにも関わらず昔から真田は右側、荒垣は左側に座ると決まっていて、どんなに肘がぶつかって喧嘩になっても変わらなかった。その内二人とも互いを上手く躱す術を身につけて、隣にいることが気にならなくなった。
    「はい、特製お待ち!」
     カウンター越しに渡された丼を受け取る。手袋越しに伝わる熱で火傷しそうな錯覚を覚えた。麺を箸で掴んで口元に運ぶ。魚介の出汁が効いたスープと絡んだ、すっかり食べ慣れた味だった。
     時間帯のせいだろうが、店内は相当な数の客で賑わっている。しかし皆周りに気を配る余裕などないのだろうか、誰一人として制服姿の真田を咎める者はいなかった。各々の立てる音に紛れて、ブラウン管からニュースを読み上げるアナウンサーの声が途切れ途切れに聞こえてくる。
    「続いて、東京都港区で起きた事件です。昨夜未明……」
     全国区の番組のはずだが、随分と身近な場所の報道をしていた。軽く耳をすましてみると、どうやら辰巳ポートアイランド駅付近で暴力騒ぎがあり、痛ましいことに高校生一名が犠牲になったらしい。被害者の名前も年齢も、聞かずともすぐに分かった。
     影時間中の事件はそれらしい形に改竄されて人々に認識される。二年前、天田の母親は自宅にトラックが衝突して死亡したことになった。あの日の天田の母の死に様も、その事件の「犯人」も、そしてたった今流れている事件の犠牲者の顔も、知っているのはこの場で真田ただ一人だ。
    『お友達のこと、ちゃーんと覚えておきなさい』
     老人に言われた言葉を反芻する。真実を知る者として、荒垣の生きた証と託したもの、その決意を無駄にはできない。遺された者として、自分にはやらねばならないことがある。生きて、為さねばならないのだ。アキ、こいつを頼む。はっきりと、最期に言われた言葉と光景が真田の中で蘇った。
     己を鼓舞するように胸の奥で決意が小さく芽吹き、それに押されるかのように、衝動的に目の前の麺に食らいつく。手袋がまだ手に馴染んでいないせいか、箸を上手く扱えない。湯気のせいで視界が悪い。構わずに思い切り麺を啜った。メシとプロテインを並べて喰う野郎に言われたくねぇぜ、とどこからか声がする。なぜだか上手く食べられない。
     左側の肘を避ける必要はもうなかった。
     
     やがて丼は空になり、手を合わせて小さくごちそうさま、と呟いた。その時にはもうニュース番組は終わっていた。
     勘定を済ませて店の外に出る。陽の光が瞳を刺すように降ってきて軽く痛みを覚えた。
    「分かってるさ。……今、行くから」
     俯いたまま、まだ硬い革手袋に包まれた拳を強く握る。やがて決意を固めたことを示すように顔を上げると、真田は学校へ向かって歩き出した。
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    mitsuhitomugi

    DONE3月5日には間に合わなかったし言うほど3月5日に寄せた話でもない、後輩達の卒業を祝う美鶴の話です。
    スターチス その日中に終えねばならない粗方の仕事を片付け、ふうと息を吐く。するとふっと力が抜けて、こんなにも肩に力を入れていたのかと美鶴はようやく気が付いた。
     ここ暫くは公安と共同での非公式シャドウ制圧部署の設立及び始動に向けた各所への調整、交渉、加えて各地に出現したシャドウの対処など、やるべきことが隙間なく詰まっていて休む暇がほとんど無い。当然、仕事で手抜きなどするつもりは毛頭無いが、やはり疲労は相応に溜まってしまうものである。
     気分転換に紅茶でも淹れよう。そう思い立ち席を立った時、窓から差し込む夕陽が目に入った。時計を見やると、時刻はそろそろ18時になろうかという頃だった。
     ほんの少し前までは、この時間になるととっくに陽は落ち切っていた気がする。春というのはこうも知らぬ間に訪れているものだったか。大人になると時の流れが早くなる、とは聞いたことがあるものの、いざ実感すると何かに置いて行かれてしまったような寂しさがあった。それはきっと、1年前まで寮で共同生活をしていた仲間達を想う懐かしさと一体の感情なのだろうと美鶴は思う。
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