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    mitsuhitomugi

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    mitsuhitomugi

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    3月5日には間に合わなかったし言うほど3月5日に寄せた話でもない、後輩達の卒業を祝う美鶴の話です。

    #ペルソナ3
    persona3
    #桐条美鶴
    mitsuruKirijo

    スターチス その日中に終えねばならない粗方の仕事を片付け、ふうと息を吐く。するとふっと力が抜けて、こんなにも肩に力を入れていたのかと美鶴はようやく気が付いた。
     ここ暫くは公安と共同での非公式シャドウ制圧部署の設立及び始動に向けた各所への調整、交渉、加えて各地に出現したシャドウの対処など、やるべきことが隙間なく詰まっていて休む暇がほとんど無い。当然、仕事で手抜きなどするつもりは毛頭無いが、やはり疲労は相応に溜まってしまうものである。
     気分転換に紅茶でも淹れよう。そう思い立ち席を立った時、窓から差し込む夕陽が目に入った。時計を見やると、時刻はそろそろ18時になろうかという頃だった。
     ほんの少し前までは、この時間になるととっくに陽は落ち切っていた気がする。春というのはこうも知らぬ間に訪れているものだったか。大人になると時の流れが早くなる、とは聞いたことがあるものの、いざ実感すると何かに置いて行かれてしまったような寂しさがあった。それはきっと、1年前まで寮で共同生活をしていた仲間達を想う懐かしさと一体の感情なのだろうと美鶴は思う。
     ティーポットに茶葉を入れ、熱湯を注ぐ。蓋を被せ、アンティーク調の砂時計をひっくり返して充分に蒸らす。この砂時計は19歳の誕生日に山岸がくれたものだった。ゆかりと共にわざわざ桐条の屋敷を訪ねてきて、可愛らしいラッピングを施して手渡してくれた。ゆかりは「こういうのも先輩に似合うと思って」と言って、ファンシーなアクセサリーと桃色のリップティントをくれた。少々照れ臭かった。
    「あの2人も、もう卒業か……」
     淡いミント色の砂がサラサラと落ちるのを眺めながら、後輩達を思い浮かべる。彼女達だけではなく、共に戦った伊織やアイギスも、それから生徒会で共に過ごした小田桐達も。皆もうじき高校を卒業しそれぞれの道へ旅立ってゆく。それは喜ばしいことだが、忙しなくも充実したあの日々が遠ざかってしまうようで、やはりどこか胸が締まるような心地がした。
     砂が落ち切ったのを確認し、ポットの蓋を開ける。湯気とともにアールグレイの爽やかな香りがふわりと広がった。そっとティーカップに注ぐが、口にするにはまだ熱い。冷めるのを待つ間、ふと思い立って携帯電話を手に取った。電話帳の「さ」行から懐かしい名前を選択する。
     電話の相手は、コール音が4回ほど鳴った辺りで応答した。若干のノイズこそあるものの、問題なく聞こえる音質だった。
    「久しぶりだな、明彦」
    「お前が掛けてくるなんて珍しいじゃないか。どうした、美鶴」
     恐らくは美鶴の声色から緊急の用件ではないと察知したのだろう、返ってきた声は落ち着いたものだった。それに懐かしさと安心感を覚える。更なる力をつけるために武者修行に出るとは聞いていたが、すぐに電話に出られる辺り案外常識的な範疇での活動に留まっているのかもしれない。
    「なに、大したことじゃないさ。ゆかり達の卒業が近いだろう?都合が付くようなら、一緒に祝えたらと思ってな」
    「そうか……。もうそんな時期か」
     電話越しの明彦の声色は懐旧と驚きとが混ざったものだった。美鶴と同じく時の流れを実感しているのだろう。言葉に含まれた感情が自分と同じものだと思うと、自分は1人では無いのだと胸の締め付けが自然と緩むようだった。ふ、と向こうで微笑む声が聞こえる。
    「あっという間だな。あれからもう1年も経つのか。早いもんだ」
    「フフ、随分年寄り臭いことを言うじゃないか」
    「フン、抜かせ」
     軽い冗談を交わすだけで、まるで昔に戻ったような錯覚を覚える。明彦とは随分長い付き合いだが、変わらない距離感が心地良かった。
    「しかし卒業式か。俺達の時はとんだ問題児になっちまったがな」
    「そうだったな……」
     ちょうど1年前の、美鶴の代の卒業式の日を思い出す。あの日は自分達に取って、ただの卒業式以上の重く深い意味を持つ日になった。
     美鶴と明彦は、卒業生にも関わらず式を途中で放棄した。それも美鶴が答辞を読み上げている最中だった。自分達が式典を抜け出した後、きっと講堂はとんだ騒動になったことだろう。先生方や他の生徒達には悪いことをしたと思っているが、あの時仲間達と共に屋上へ駆け出したことに後悔は一切ない。そうしていなければ、きっと死ぬまで悔やんだだろうから。
    「それで、どうだ?こちらには戻って来れそうか?」
    「そうだな、――ッ!」
     突然、電話越しに激しい音が聞こえた。続いて人々の怒号。方言でも混ざっているのか聞き取り辛いが、恐らくは英語だ。何かが破壊される音と感情任せの大声が続けざまに響く。
    「明彦ッ!」
    「問題無い。ちょっと厄介事に巻き込まれただけだ。ただ、済まんがそっちには行けそうに無い」
     端的に手早く告げると、そのまま明彦との通話は切れた。あちらで何が起こったかなど知る由も無く、無情にもツー、ツーという電子音が鳴り響く。
    「あいつは一体どこで何をしているんだ……」
     思わず額に手をやる。明彦のことだ。半端な実力ではないから多少の揉め事に巻き込まれても無事で済むだろうが、どさくさに紛れて妙な奴に戦いを挑んだり、逆に挑まれて嬉々としてそれを受けたりしているかもしれない。昔からの悪癖だが、ここまで来るといよいよ病気の域だ。呆れて溜め息を吐き、気を休めるために程よく冷めた紅茶を口に流し込む。
     しかし、来られないなら仕方が無いが、天田なんかはきっと明彦が来れば喜んだだろうに。
     天田ももうすぐ卒業を控えた1人だ。初等科の卒業式はまだ少し先だが、4月からはいよいよ中学生になる。今までも良い顔はしていなかったが、あまり子供扱いをしては怒られてしまうだろうか。その成長を思うと、自然と顔が綻んだ。ああ、荒垣にも報告しなければ。共に卒業することは叶わなかったが、きっと後輩の門出を共に祝福してくれるだろう。同窓生2人の分まで自分が彼らを祝ってやるのだと、美鶴は静かに意気込んだ。
     ずっと胸の内に蟠っていた孤独感は、いつの間にかすっかり消え失せていた。

     翌日、どうにかして時間を捻出した美鶴は、ポートアイランド駅の花屋にやって来た。ここ最近は車での移動が多かったから、駅に足を運ぶのも随分久しぶりな気がする。桐条グループの伝手を使えば高価なプレゼントなどいくらでも手に入るが、美鶴は自分で選ぶことにこそ意義があると思った。きっとその方が彼らは喜んでくれる。そんな信頼が確かにあった。
     彼らの旅立ちを彩るに相応しい花を見定めるべく店中のショーケースを眺めていると、大切な人を想って贈り物を選ぶ楽しさに心が潤っていくようだった。店の奥の方の盆栽が目に留まり、胸の高鳴りを覚えたが、いやいや、と首を横に振る。それはあくまで美鶴の趣味で、今見るべきはそこではない。
     目を逸らした先で、ふとビビッドなピンク色の花弁が目に入った。あれはきっとゆかりに似合う、と直感的に思う。ゆかりにはピンクを中心とした少し派手なくらいの花束が良い。明るくて華やかで、それでいて芯が強く、美鶴には眩しいくらいの彼女にはそれが良いのだ。
     ゆかりの姿を思い浮かべると、不思議とイメージが湧いてきた。贈る相手1人1人を想えば、自ずと選ぶべきものが見えてくるようで、それからの選択は早かった。
     伊織には元気の良い雰囲気のものだろうか。黄色にオレンジ、赤なんかを混ぜるのも良いかもしれない。彼自身にあまり花との親和性は感じられないが、きっと大切にしてくれるはずだという確信があった。
     山岸には柔らかい色合いの花が良いだろう。穏やかで心優しい彼女には、上品で可憐な花束が相応しい。何より、植物に詳しい山岸ならば、どんな花を贈っても丁寧に扱ってくれるだろう。
     アイギスは少し難しかった。心を得て、大きく成長したアイギスには何が似合うだろうか。逡巡した末に、スイートピーを手に取った。花言葉は「門出」、そして「優しい思い出」。蝶の羽ばたく姿にも似たそれは、アイギスにぴったりだと思った。
    「天田の分……はまだ早いか。卒業式より先に枯れてしまっては意味が無いな」
     やや小ぶりなオレンジ色の花に手が伸びたところで、はたと気が付いて手を止めた。天田に贈る分はまた日を改めて選ぼう。その頃には今日よりも春の花が豊富に揃っているだろうか。そう思いながら店員を呼び止めようとしたところで、視界の端で青い花が小さく揺れた。
    「っと、済まない。君を欠かすわけにはいかないな」
     迷わず、瑞々しい青が特徴的な花を1輪手に取った。この花の周りにはきっと色とりどりの花があるべきだ。それも大きいもの、小さいもの、実に多様な花々が良い。彼の周りはそうだったから。そうして、その中心で彼は静かに笑っているのだ。もう会うことの叶わない懐かしい顔を想い、美鶴は少しだけ泣きそうな顔で笑った。

     会計を済ませて、沢山の花束を抱えて店を出た。
     駅前広場をいくらか歩いたところで漸く気が付いたが、こんなにも多くの花束を持っていては目立ってしまう。もしもこの姿をゆかり達に見られてしまったら台無しだ。それに、このまま歩いて帰っては風で散ってしまわないだろうか。次から次へと懸念が浮かび、帰り道のことを考慮していなかった自分の甘さを恥じる。美鶴は仕方無しに迎えの車を頼んだ。
     ちょうど家の者との通話を終えたタイミングで、1件のメールを受信した。送信元には明彦の名。内容は昨日の電話の件で、卒業祝いに行けないことを詫びるものだった。あいつはああ見えて律儀なところがある。しかし、それと共に「まだ力が満足できるレベルに至っていないからもう暫くは日本に帰らない」との旨も記されていた。全くあいつは、と思わず声が漏れる。
     そしてメール文の1番下の行には、「あいつにもよろしく伝えておいてくれ」とあった。明彦の言う「あいつ」は何パターンかあるが、ここでは「彼」のことだろう。
     君も困った先輩を持ったものだな、と独り言を装って声を掛ければ、腕に抱いた花束の青い1輪が静かに風に揺れた。
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    mitsuhitomugi

    DONE3月5日には間に合わなかったし言うほど3月5日に寄せた話でもない、後輩達の卒業を祝う美鶴の話です。
    スターチス その日中に終えねばならない粗方の仕事を片付け、ふうと息を吐く。するとふっと力が抜けて、こんなにも肩に力を入れていたのかと美鶴はようやく気が付いた。
     ここ暫くは公安と共同での非公式シャドウ制圧部署の設立及び始動に向けた各所への調整、交渉、加えて各地に出現したシャドウの対処など、やるべきことが隙間なく詰まっていて休む暇がほとんど無い。当然、仕事で手抜きなどするつもりは毛頭無いが、やはり疲労は相応に溜まってしまうものである。
     気分転換に紅茶でも淹れよう。そう思い立ち席を立った時、窓から差し込む夕陽が目に入った。時計を見やると、時刻はそろそろ18時になろうかという頃だった。
     ほんの少し前までは、この時間になるととっくに陽は落ち切っていた気がする。春というのはこうも知らぬ間に訪れているものだったか。大人になると時の流れが早くなる、とは聞いたことがあるものの、いざ実感すると何かに置いて行かれてしまったような寂しさがあった。それはきっと、1年前まで寮で共同生活をしていた仲間達を想う懐かしさと一体の感情なのだろうと美鶴は思う。
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