エロ本がバレた影山くん……やってしまった。
ベッドの下に顔を突っ込んだまま項垂れる。どうすればいい。これから国見になんて弁解すれば…と思っていると、国見がトイレから戻って来た。
俺は何事も無かったような顔で隣に座る。なるべく距離を詰めて。国見が部屋に入った瞬間立ち上がったはずだ。だから、俺がベッドに顔を突っ込んでいた事は知らないだろう。
国見はテーブルのお菓子を見つめている。俺は親の手作りクッキーをすすめた。美味そうに食べている間じっと国見の顔を見る。別に普通だ。怒っている感じではない。
「美味いか?」
「うん」
「こっちも食っていいぞ」
「それはいい」
「そうか…」
いつもなら、これからどうする、なんて話をして来るのに。今日は何も言わない。国見の右手が地面に付いている。人差し指と中指は、暇そうにリズムを取っていた。
俺がその指に触れようとする。途端に国見は立ち上がり、ベッドに移動してしまった。
「おい」
「なに」
「…いや、なんでもない」
明らかに俺を避けている。やっぱり…と体全体が火照ってくる。俺はちらっとベッドを見た。
国見がトイレに行っている間、ストローをベッドの下に落としてしまった。拾おうとするといつもあったはずのブツが無い。無意識のうちに引き出しに隠したのか?と開けてみると、無かったはずの教科書が綺麗に並べられていた。
やっぱり国見は怒っているんだろうか。無表情なのはいつもの事だ。今日は特に表情が読めない。
「…隣、いいか?」
「別にいいけど。影山、なんでそんなに汗かいてんの」
「お前暑くないのか」
「うん。あとジュースの水滴落ちてる」
「あっ、悪い…」
ダメだ。動揺が隠せない。絨毯に落ちた水滴を拭いて、恐る恐る国見の隣に座る。
…無かった事にする、というのも一つの手だ。話題に出さなければいい。国見だって、本当に見たかどうかなんて分からない。
アレは俺が別の場所に移動させたのかもしれない。あっ、そんな気もして来た。そうだ。そうしよう。何もなかった。俺はコップに手を伸ばす。…堂々としていればいい。
国見がジュースを飲む。国見の歯はストローを齧り、俺を見つめている瞳は、明らかに怒っていた。
「すみませんでした」
「…は?何に謝ってんの」
「国見にです」
「んな事は分かってますけど。じゃあ、なんで影山が謝る必要があんの」
俺は当然のように問い詰められている。国見は不機嫌そうにコップをテーブルに置く。それからもう一度ベッドに座って、俺の言葉を待っているようだった。
ベッドにあったはずのエロ本が無かったんだ。お前見たのか?なんて…普通に考えてハッキリ聞けるような内容じゃない。俺は口ごもる。
たけどこのまま黙っている方が不自然だ。国見の機嫌がもっと悪くなってしまう。俺は意を決し、小さく聞いてみる。
「俺の本、知りませんか」
国見はじっと俺を見つめている。どんな反応をされるんだろう。緊張のせいで、喉はカラカラに乾いていた。
「なんの本」
「…えっ」
「どこに置いてあった本?本ならいくらでもあったけど」
国見は部屋をきょろきょろ見回している。
「はっきり言えば?」
と催促までされてしまった。そりゃそうだよな。ここまで来たら言うしかない。
「いや、それは…ベッドの…ベッドの」
指差すと国見は分かりやすく笑った。楽しそうな笑みではない。呆れるような顔を浮かべて、ため息をついたのだ。俺はハッと息を止める。わかっていた。わかってはいたが…国見はめちゃくちゃ怒っている。
「ああ、アレな。ベッドの下に分かりやすく隠してあったエロ本か。メイドさんとにゃんにゃんセッ」
「待て」
思わず細い腕を握る。力が入ってしまって、国見が痛そうに振り払った。
「痛いんですけど」
「誤解だ」
「…なにが?まあ別に、影山がどんなシュミ持っててもいいし。気にしてないから。俺はまったく」
「待て国見。これは誤解だ。俺はやってない」
自分でも何を口走っているのか分からない。とにかく必死だった。
「何を?もういいって。大丈夫だから。女家庭教師モノとかおっぱい特集とか気にしてないから。全然。俺は全く気にしてないから」
気にしてないってやつがする顔かよ…と俺はがっくり肩を落とす。国見はもう話すつもりもないらしい。俺から視線を逸らして口を閉じる。
「それでも俺はやっていない」
「…うるさい。もういいから。お前の好きにすれば。引き出しの三番目に入れといたから」
国見は氷の溶けたジュースを持ち、ストローをぐるぐる回して、口に運んだ。
「国見」
「……」
「…マジで俺が買ったわけじゃねえからな。友達とそういう話になったんだ。クラスのやつ。そしたらエロ本くらい持ってろって言われて、ふざけて…借りたままだった」
「へえ」
これは信じてない顔だな。俺はムッとして続ける。
「使ってないです」
国見は何も言わずストローを齧る。
「ただ少し…中を見て、いや…見たけど、パッケージだけだぞ。まず家族がいるしDUDとか観れねえだろ。全く興奮とかしてねえからな。そんなのお前を脱がせた時の方が興」
「別に興味ないし、そんなこと。お前が一人の時どうしてようが俺には関係ないから」
そのセリフは聞き捨てならなかった。止めろ、と思うより前に自分の体は動いている。いつもの癖だ。気付いたらベッドに国見を押し倒していた。驚いた表情の国見が、手で俺を押しやろうとする。
両肩をがっしり捕まえて、シーツにくっ付ける。国見はもう抵抗しなかった。
「…ほんとに興味ないのかよ。俺のことなんてどうでもいいのか」
「ちょっと待って、なんで影山が怒ってんの」
「お前がそういうこと言うからだろ」
「影山ってほんと……無茶苦茶だな」
国見の口元は微かに笑っている。俺は少し冷静になって、両腕から手を離した。
「笑ってんのか?」
「影山っていつも影山なんだなって思って」
「…そうだな?」
意味が分からず首をかしげる。国見は俺のおでこに手のひらを乗せた。冷たくて気持ちいい。
「どうしたんだ?」
「ん、触りたくなっただけ」
国見は甘えるように言う。俺はむくむく増えていく下心を抑えながら、柔らかい頬を撫でた。国見は猫のように自分から顔を擦り付けて来る。
「かわいい」
抱きしめると、国見は俺の背中に手を回した。
「許してくれるのか?」
耳元で囁いてみる。許して貰えたら、夜飯まで時間あるし、このまま…と下心は訴えている。
充分に伝わっているらしい。国見は笑いながら俺の顔を見た。
「優しく抱いてくれたら、いいよ」
そんな台詞を聞いて頭がクラクラする。
「…そういうの止めろよ」
可愛くて仕方なくなる。どうしようもなくなる。俺はちゅっちゅっ、と唇をくっ付けては離す。それが嫌だったんだろうか。俺の後頭部を抑えながら、国見は強く唇を押し付けて来る。
そんな国見の肩を抱きながら、俺はそっと、エロ本の入っている枕元の引き出しを閉めた。