Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    komaki_etc

    波箱
    https://wavebox.me/wave/at23fs1i3k1q0dfa/
    北村Pの漣タケ狂い

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 224

    komaki_etc

    ☆quiet follow

    性癖パネルトラップ4.失明/類

    #舞田類
    maita

    目が見えない類 手探りで冷蔵庫を探し、中からペットボトルを取り出す。ひんやりとした空気が身体を包み、ここだけ別世界に来たみたいだ、と思った。
     キャップを開けるまで中身はわからない。たぶん麦茶だろうか。口に含んでみるとやはり麦茶で、俺は喉を鳴らしてそれを飲み干す。カラカラに干からびていた身体がみるみる潤っていく。このペットボトルはどうしたらいいだろう? ゴミ袋がこの辺にあった気がする。適当に放っておくか。
    「ただいまー。るい、無事~?」
    「ウェルカムバック!」
     玄関の方からガチャガチャと音が聞こえ、ミスターやましたの声がした。スーパーの袋の音もする、何か買ってきたんだろう。
     俺は両手を広げておかえりのポーズをした。居間に入ってきたミスターの「なにそれ」という声にけらけら笑う。
    「調子はどう?」
    「まーったく」
     二週間前、風邪を引いた。風邪をひいてしまったのは仕方ない、人間だから、そんな時もある。幸運なことにライブや生収録の予定はなく、ボーカルレッスンとダンスレッスンを何回か休むだけで済んだ、のだが。三日三晩高熱を出し、汗だくで寝込み続け、あわや救急車といったところで目覚めると。
     世界が、真っ暗になっていた。
    「おじやでどう?」
    「ナイスアイデア! ミスターの料理ならなんでもデリシャスだよ」
     栄養をとって、よく寝ること。医者にはそう言われたけれど、そんなのいつもしていることだ。先の見えない未来は不安になるだけだから、俺はミスターやましたの家で過ごしている。俺以外の人間の匂いがするところ。
    「もう少ししたら、はざまさんも来るから」
    「やったあ」
    「その間に洗濯物……と言いたいところだけど、見えないとむずかしいよねえ」
    「んー、ディフィカルトだね、というかそもそも、いつも任せてたし」
    「そうだわ、見えてた頃から洗濯って俺が全部やってたわ」
     ははは、と笑い飛ばしてくれるけれども。きっと彼も、心配で一杯だと思う。プロデューサーちゃんも事務所のみんなもハラハラしているのは知っている。だけど俺たちの仲で、暗い話は似合わない。そのうち治るだろうって医者も言ってる。こういう時は深く悩まない方がいい、楽観的なのが俺のいいところだ。俺は台所まで行って、手伝う代わりに拍手を送る。フレ、フレ、ミスター。
    「お邪魔します。舞田君、調子はどうだ」
    「ケセラセラ~」
    「……まだ、か」
     ミスターはざまが到着した。ああ、いつものメンバーだ。彼らの表情はわからないけど、笑顔でいてくれたらいいなあ。俺はまた両手を前にだして、おかえりのポーズをする。
    「るい、なんなのそれ」
    「おかえりのポーズ」
    「ただいま。舞田君」
    「ここはざまさんの家じゃないし」
     ミスターはざまは俺の胸に飛び込んでくれて、あたたかなハグをしてくれた。この調子でミスターやましたのハグもいただきたいところだが、あいにくと料理中で応じてくれなかった。
    「今日のレッスンはどうだった?」
    「それが、先生も鼻かぜになっちゃったみたいでねえ。流行ってるねえ、風邪」
    「我々も気を付けよう」
     俺はミスターやましたのベッドに座って、ばんばんと弾んで笑う。るい、壊れちゃう、というミスターやましたの声と、トントンという包丁の音。生活の音って、幸福の音だ。目が見えなくても、そこにある幸せって、味わえる。
     だけれど。
    「ミスター」
    「どうした、舞田君」
    「ここに居る?」
    「ああ。いるとも」
     手を伸ばして空を掴むと、ミスターはざまが手を重ねてくれた。ぐつぐつ、鍋が煮える音もする。
    「どこにも、行かないでね」
    「行かないとも」
    「消えないでね」
    「消えない。我々は君を置いて行ったりしない」
     一蓮托生でしょ、というミスターやましたの声も重なって、俺はそっと目を閉じた。真っ暗な世界が更に真っ暗になっただけだけれど、このちっぽけな部屋の中で、三人分の呼吸が聞こえるというのは、なんとも心強かった。
    「明日になったら、世界って終わってるかな」
    「終わらない。そう簡単に、終わってはくれない」
    「終わらないからこそ、歩んでいくんだよ」
     この地球は、俺たちの事情なんて知らずに、今日も明日も回っていくのだ。隕石が命中する確率は低い。このまま、息を続けていくしかない。
    「……おじや、おいしいかな」
    「おいしく出来てるよお」
    「あーんを、した方がいいか」
    「はざまさん、るい別に一人で食べられますよ」
     うふふと笑ったら、ミスターたちも笑った気がした。見えなくても、口角は釣られるものだ。
     
     ねえ、ふたりとも。もしさ、俺が今後もずっと、目が見えなかったら。
     左眼と右眼、ひとつずつくれないかな。
     
     なんて、そんなこと。絶対に言わないからね。俺はまた拍手をする。フレ、フレ、俺。
     「ほい、お待たせ」
     「ワオ! おいしそうな匂い」
     ほかほかと、湯気が鼻をくすぐった。生きる喜びの香り。これを食べて栄養をつけて、夜はぐっすり眠ろう。また明日、元気に目覚めるために。
    「ねえミスター、やっぱりあーんして」
     二人の、やれやれという顔が見えた気がした。大好きな声。真っ暗な世界に灯った光。
     あつあつのおじやを頬張りながら、俺はにっこりと微笑んだ。誰にも届かなくても、微笑みたいと思った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💘💞💖😭👍
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works