「雨彦さん。お金は払うから、僕の大掃除手伝ってくれませんかー?」
雨彦が同じユニットの最年少からそう頼まれたのが、つい半刻ほど前のこと。別に金は取らないからと、個人の仕事終わりが終わると社用のミニバンで想楽の家まで向かっていた。想楽が兄と住んでいるというその家には仕事の説明や契約についてご家族と話すというプロデューサーに同行した際に雨彦も一度だけ行ったことがあったが、仕事と関係ない場で来るのは初めてだった。
例年この時期は色々な掃除を目的とした仕事が建て込んでいたが、アイドルになってからは年の瀬に時間を工面する事もままならない状況だ。見かねた雨彦の叔母がこっちの事は気にしなくていいと活動に専念させてくれたものの、師走は忙しいとは上手く言ったものだ。年末から正月にかけて一気に放送される番組の収録などが立て込みオフの日は以前よりも少なかった。それに加えて想楽はまだ学生だ。この時期は課題に加えて試験などもあったのだろう。移動中のバスや車の中でノートと睨めっこをしている姿はここ二週間程で雨彦やクリスの中の日常風景と化していた。
おかげで、想楽は年末に合わせて家を掃除する余裕など無かったのだと雨彦は考えた。普段から切磋琢磨している意地っ張りなセンター様を労ることが出来る機会などそうそう無い。良い機会だ、と雨彦は頼み事を二つ返事で請け負ったのだ。
そうして車を走らせること約二十分。何となく見覚えのあるマンションが雨彦の目に入る。助手席に座る想楽の案内で来客用の駐車場に車を停めて、二人でミニバンを降りる。雨彦は後ろに積んである掃除用具を取り出すか悩んだが、必要なものだけ取りに来ればいいと一度部屋の様子を見に行くことにした。
こっちの方が近いから、と裏口を鍵を使って開ける想楽の後ろを雨彦が着いていく。階段をあがった二階の端に、その部屋はあった。
「人を招くには、整ってないけどー。どうぞー」
「そのために俺を呼んだんだろう?邪魔するぜ」
そう前置きしながら玄関に並べられたスリッパを履いて、廊下を進む。先に入っていった想楽に続いてリビングに入るも、目立った汚れは見当たらない。寧ろ、この年代の男性が二人で住んでいるにしては片付いている方では無いのだろうか、と雨彦は思った。
廊下に続く扉を閉める。二人きりになったこの部屋は、やけにしんと静まり返っている。もしかして、掃除して欲しいのは別の部屋なんじゃないか。そう聞こうとするも、やけに真剣な表情をした想楽がそれを拒んでいる。