薄橙の安らぎ 「ねぇこいと、一緒に湯船に浸からないかい?」
それは、自室に戻るなり、疲労困憊でだらしなくベッドに倒れ込む私への、ビリーからの提案だった。
「なんで急に…」
そう言いかけて、ビリーの提案の〝一緒に〟という文言が、脳内で反芻して飛び起きる。
「い…一緒に!?」
「そう、一緒に。恋人と一緒に風呂に入るのは、別に珍しい事じゃない…って小耳に挟んだんだ、だからどうかなって」
私を気遣って提案してくれた事が、声色の端々から、その表情から、いやという程伝わる。
元々私は湯船に浸かるのが好きだけれど、多忙さ故にシャワーで手早く済ませるようになったのを、ビリーももちろん知っていての提案だということもわかる。
…無碍に出来ない…
もごもごと口ごもっている間も、じっと返答を待ってくれている。
もちろん私だって一緒に入りたい。ただ明るいところで身体を見られる事が恥ずかしいのだ。
なら電気を消そう、でもそれだと足元が危ないし…なにか、なにか……
「あの…」
「うん?」
「電気を消して…その…キャンドルの明かりだけなら…」
苦肉の策で絞り出した私の言葉の中身まで察したか定かではないものの、ビリーはその提案に、にこりと肯定の笑顔を零した。
いつか使おう、そう思ってしまい込んでいたアロマキャンドル。
それを使うのが、まさか一人で…では無いなんて、これをここにしまった頃の私は、きっと予想だにしていないだろうな…そんなことを、淡いパステルカラーの、可愛らしい色で着飾ったキャンドルを手に考えて、一人顔を赤く染めた。
浴室に入った途端に蒸気を感じるなんて、いつぶりだろう。
呼ばれて浴室まで足を運ぶと、ビリーの調整で適温になった湯が、並々と湯船に満たされていた。
「ね、ビリーくん、火…」
「わかってるよ」
こいとは火が苦手だもんね、そう言って嫌な顔ひとつせずに、私が差し出したキャンドルに火を灯す。
小さな浴室がふわりと橙に包まれる。湯のせいか、香りはより柔らかく立ち上る。
「先に入っておいて、僕は後から入るから」
…私の最初の動揺は、どうやら全て見透かされていたらしい。私は大人しくその言葉に頷いた。
湯船に身体を浸すと、身体を包む湯にどっと疲れが溢れ出すようだった。
自分一人だったら、きっと面倒が勝ってしまうだろう。見かねたんだろうなぁ、申し訳ない…
「入るよ」
そんな風に考えていると、浴室の外から声が聞こえて、思わず目を逸らす。
全て見慣れている筈なのに、妙に恥ずかしいのは、いつもと状況が違うから、なのだろうか。
私と同じように、橙に薄く染めた身体を背後に滑り込ませ、同時に水面が踊る。そうして背中に触れたのは、触れ慣れた身体。回された腕は、いつも私を支えてくれる腕。肌と肌の間に挟まる湯の膜が、擽ったくもあり心地良い。
鼻腔を擽るのは、キャンドルの柔らかい香りと、いつもより柔らかく、仄かな愛しい香り。ゆらゆらと緩く揺れる火種は、まるで小さな暖炉のようで、気持ちが落ち着く。
全てを包まれているような、そんな気がして、子供のように小さく身体を丸めた。
「ビリーくん、ありがとね」
沈黙を破るように、そう告げられたアウトローは、
「いいよ、その代わり」
——後でご褒美ちょうだいね、マスター。
そう耳に口を寄せて悪戯に笑った。