パイオニア鉄平は悩んでいた。ようやく再生した食材をどう見せるか。相手は次郎、幼少期に生息地へ連れられたが絶滅した食材だった。
次郎に連れられた後もその土地には何度も赴いていた。だが、その度に荒れ果てた土地が目に入り、訪れる頻度は自然と少なくなる。
それなのに、久々に再び訪れたとき、わずかに芽が出ていた。種が根付いていたのだ。
気付いたのは、これは鉄平が知っている種だということ。見覚えがある。昔、次郎とここに来た際に見せてもらったことがある。そのときに次郎の手からたまたまこぼれ落ちた種だったのだろう。または、服に付いていたのかもしれない。
この種は、他の場所では今まで見たことがない。
だから、この土地で咲かせることを試した。水や肥料を与えて対照実験もしたが、失敗。土地自体が荒れ果て、水と肥料を与えたとしてもその栄養を保つ力がなかった。
何より、再生屋は全体数が少ない。ひっきりなしに来る依頼に追われ、世話は途中までしかできない。これは正式な依頼ではなく鉄平が勝手にやっていることだから、依頼を優先するのは当然だ。鉄平は、優れた再生屋である。師匠の与作の手伝い、美食屋だけでなくIGOからの依頼もある。
なにかヒントを貰おうとしたが「こんな種は見たことがねえ」と、与作は葉巻樹を吸いながら言った。
その種が、根を生やし、芽を出していた。
「これは…先駆種か?」
先駆種とは、荒れ果てた時に真っ先に根を生やす植物。パイオニア種とも呼ばれている。荒れ果てた土地を、自らの力で少しずつ豊かな土地に変えていく。土地そのものを回復させ、他の動植物が生活できるように環境を整える、まさしくパイオニアだ。
先駆種は、人の手だけでは育たない。
動植物の生活、生産者や消費者、捕食者がいなければ成り立たないのだ。
生態系のバランスはただ一種絶滅しただけでいとも簡単に崩れてしまう。ピラミッドが崩れるのだ。気候の影響だけならまだ適応することができたが、ノッキングマスター次郎という偉大な美食屋が捕獲した食材に興味が出ない美食屋は少ない。乱獲だ。
全体の数を減らすだけならまだ良かった。不幸なことにその一種だけを乱獲したため、生態系のバランスが崩れ、戻れなくなってしまった。
それなのに、芽が出ていた。
先駆種は成長が早い反面、寿命が短い。年に一度が2年に、3年に一度となっていればこの芽は見つけられなかったかもしれない。鉄平が年に一度は必ずここに来ていたからこそ発見できた。
そして、鉄平が毎年訪れては水と肥料を与えていたことが鍵となる。この土地は地の底で栄養を蓄えていた。無駄だとしかいえない行為だと思っていた。だが、鉄平の努力が蓄積した結果、ようやく芽を出した。
他でもない人間が、この種絶滅に追いやり、土地を枯渇させた。生命の営みを、この世から絶ってしまった。だが、再生させたのもまた人間だ。長く紡がれてきた命の営みを、鉄平はこの手で再生させた。
まだ完全とはいえないが、最低限の手入れだけで生態系のバランスは整ってくるだろう。乾燥し荒れ果てた土地だが、確実に根を張っている。岩肌にもコケのようなものがうっすらと見える。ここはもう大丈夫だ。
誰よりも先に次郎に見せたかった。この土地を愛した次郎に。
遠くから見ればわからない。場所を指差し、よく目を凝らしてみると、次郎はすぐに気付いた。
「ジジイ、そんなに泣くなよ」
「違うわい鉄平。嬉し泣きじゃ。…ありがとうな」
「ああ。他にも再生するからさ、長生きしろよ」
少しずつ、命が芽吹いている。芽についた雫は確かに輝いていた。