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    鍾タル 妻子持ち公子とか死ネタとかいろいろある

    秘密の友だち 父は世界を股にかける冒険者だ。だから家にいる時間は少ないけれど、いつも腕から溢れるほどのお土産を抱えて帰ってきてくれる。
     みんな父が大好きで、一秒でも長く一緒にいたくて取り合いになることもしばしばあった。すったもんだした後は、暖炉を囲んでみんなで冒険の話に耳を傾けるのがお決まりとなっている。凶暴なドラゴンを倒した話、氷の女皇さまの命を受けて戦った話、意気投合した劇団と共に舞台を盛り上げた話、妖怪退治の捕物帖、島一つ分のおおきさの怪魚を釣り上げて村人たちと饗宴を開いた話、異世界からの旅人と共闘した話……。魅力的な物語は閉ざされた雪国の閉塞感をも忘れさせてくれた。
     そんなことだから我が家には父が持って帰ってきたお宝を収納するための倉庫がある。宝の数々は昔は父の部屋に収まっていたようだが、次第に入りきらなくなって後付で作られたものだ。兄弟はみんな宝物庫と呼んでいる。
     テイワット各地のお宝が鎮座している様はまるで博物館のようで私はワクワクした。みんなはその雰囲気に気圧されるのか、母が掃除のために扉を開ける時くらいしか足を踏み入れたがらないけれど。
    「あれ、なんか落ちてる」
     母を手伝っていたある日のこと、倉庫の床に落下物があった。いつもきちんと整理されている筈なので珍しい光景だ。扉には頑丈な鍵が掛かっているので泥棒が入ったなどとは考えつかず、私は無警戒にそれへと近づいた。前回誰かが出入りした時に落ちてしまったのだろうか……それを拾い上げ、あ、と声がこぼれる。
     神の目だった。
     金の枠に、トパーズによく似た色合いの石が嵌っている。父も神の目を持っているので話には聞いたことがあった。元素の種類によって色が違うということだから、きっと岩の神の目だと思う。
     どうしてこんな大切な物が倉庫にあるのか分からないが、ひとまず元の場所に戻すべきだろうとあたりを見回すと、璃月のお宝が仕舞われている棚のひとつが僅かに開いたままになっているのが目に入る。あそこから落ちたのだろう。
     戻そうと立ち上がり、ふと手が止まる。父に聞いた話では、持ち主を失った神の目は色を失ってしまうということだった。では、これは誰のものなのだろう。どうして倉庫に仕舞っておくのだろう。誰かのものを預かっているのだろうか。
     思えばこれについて父が語ったことはない。周りに鎮座する数々のお宝たちはそれぞれにエピソードがあって、いくらでも思い出すことができた。だが、神の目だなんて印象に残るものがあれば忘れるはずがないのに。
    「戻さないのか?」
    「え?!」
     神の目をぼんやり見つめていると男の声が掛けられた。驚いて取り落としそうになった神の目を握りしめる。聞いたことのない、落ち着きのある声色。誰かいるのか。慌ててあたりを見回しても、向こうの棚で母がものを整理する音しか聞こえない。
     いろんなお宝があるから喋る物があってもおかしくはないさ。そう納得させて、早鐘を打つ胸を押さえた手のひらにある硬い感触ではっとする。大切な神の目にはくっきりと手形がついてしまっていた。掃除を手伝っていた手はあんまり綺麗とは言い難かったせいだ。母の目を盗んで布を取りに行こうか逡巡するうちに、またも声は響いた。
    「そう驚かなくてもいい、俺はここに居るぞ」

     半泣きで倉庫から飛び出した私の話を聞いて兄弟総出で中を検めたが、神の目は見つからなかった。結局、私の勘違いということで笑って片付けられてしまい納得がいかなかったが、本当に何かがあったのなら、それこそ父に頼んで退治してもらうべきだ。
     その晩、寝間着に着替えている際に見覚えのあるものがポケットから転がり落ちた。コトンと音を立ててベッドのそばへと転がっていったものを、おそるおそる指先で摘んで拾い上げる。さっき見たものと寸分違わぬ、あいも変わらずキラキラと輝く岩の神の目だ。
     勝手に倉庫の物を持ち出してしまった罪悪感と、自分は持ち得ない神の目が手にある興奮とが恐怖を薄れさせていく。次第に、これは父が語るような夢の溢れる状況なのではないだろうかと思考が纏められていき、ならば自分もいずれはと憧れていた気持ちが溢れ出てくる。
    「ねぇ、さっき喋ったのは、君?」
     高揚感に頬があつくなるのを覚えながら私は掌の中のものへささやく。
    「叫んで走り出した際は驚いたが、ふむ、好奇心が旺盛なのは彼に似たようだな。その推測は正解だ」
     神の目は小さく絞りだした声に応えた。驚きと同時に、歓喜が胸を躍らせる。神の目って喋るんだ、とか、親父はこんなすごい秘密のお宝を隠していたんだ、とか、それを私が見つけたのだ、とか、とにかくいっぱいで。
    「もしかして君はおやじの友達なの」
    「友達か……そう呼ぶこともできるだろう。共に肩を並べた日が懐かしいな。彼は、父君は今どこに?」
    「おやじは冒険に出てるよ!」

     それから神の目は秘密の友だちになった。兄弟たちには内緒でこっそりとお話をする。学校や遊びに行くときにもポケットに忍ばせて連れ回した。
     ずっと眠っていたというのに彼は何でも知っていた。曰く、彼は璃月の産まれらしい。彼の目が嵌っている枠の形状が父とは違うのはそのためだという。落ち着きのある声で語られる話は、父の冒険譚とは違いウンチクと呼んだほうがいいのだろうけど、負けないくらい面白くてずっと聞いていられた。狭い世界しか知らない自分にとっては最高の相棒だったし、博識な彼を「先生」と呼び慕うようになるにも時間はかからなかった。

     けれど、父が帰ってくるまでには倉庫に彼を返さなければならないだろう。それがとっても嫌で、おそらく初めての反抗期を迎えたのがこの瞬間だったように思う。
    「もうすぐ父君が帰ってくる頃なのだろう。そろそろ倉庫へ俺を戻したほうが良い」
    「でも、先生……」
     神の目はやっぱり私よりもずっと大人で、困ったように笑いながらも諭すように何度も私へ忠告してくれていた。そんな問答を繰り返し、明日にでも父が帰ってくるというところで私はやっと倉庫の扉を開いた。
     家族の目を盗んで忍び込んだ室内は初めて一人で足を踏み入れる。何度も来たことのある場所のはずなのに、しんと静まり返り見知らぬ空気が漂ってよそよそしい顔をしている。普段兄弟たちが進んで足を運ばないことはある。思わずごくりと唾を飲み込み、縋るように神の目を握りしめた。
     目的の棚の場所はよく知っていた。大した距離ではないはずなのに重い足取りでは酷く遠く思えて、視線が何度も他の棚の上に積もった薄い埃へとうろつく。それでも地域ごとにラベリングされた棚はやがて璃月のエリアへと移っていった。
     ようやっと辿り着いた棚は、改めて見ると小さな一つのチェストだったことに気付く。表面には美しい塗りとスネージナヤでは馴染みのない文様が施されている。おそらく璃月のものだろうが、これ自体が他のお宝と遜色ない品でもあった。容積としてはひと一人分の荷物がきちんと収まる大きさだろうか。
     引き出しは縦に三つ並んでいて、私は一番上から手にかけた。開いた瞬間にふわりと嗅ぎ慣れない香の匂いが漂う。とても品の良い芳香。思わずうっとりとして、意識がぼんやりとしかけたが慌てて引き出しの中を覗き込んだ。
     仕舞われていたのは、恐ろしい怪物のトロフィーでも豪華な宝石でもなくて、服だった。形だけを見れば男性物のスーツかコートのようだが、これもまた繊細な刺繍と縫製で仕立てられている。しかし、この段は服に場所を取られて神の目を仕舞うような余裕は無さそうだ。
     次の段、こちらには雑多な品が入っていた。髪飾りからブローチにはじまり、果ては箸なんてものもある。どれも宝飾品のようだった。
    「ここだ……」
     丁寧に物の置き場が決められていて、一箇所だけぽつんともぬけの殻となっている場所があった。手に馴染んだ相棒を空白と見比べる。大きさはぴったりと一致していた。
     ここに収めれば私と相棒の冒険は終わるんだ。それがなんとも名残惜しくて、表面についた手形を拭うふりをしては戻しそこねる。神の目はそんな姿を静かに見守ってくれていた。だから別れに頭がいっぱいだった私は近付いてくる影に気付きもしなかった。
    「可愛いおちびちゃんの姿が見えないと思ったら、こんなところで何をしているのかな」
    「うわああッ」
    「おっと」
     背後から掛けられた声に神の目を取り落とした……のを、大きな掌が覆うようにして私の手ごとキャッチする。重ねられた堅い掌が誰のものかなど間違えようもなかった。バクバクと脈打つ胸を隠しながら振り返った。
    「おやじ!」
     異国の匂いと潮風と、それから薄まった香水。風と日光に晒されて少しごわつきのある自分と同じ赤茶の髪。家族でお揃いの瞳は海みたいに深い色で眼差しを投げかける。兄弟たちとよく似た顔立ちは笑いじわがくっきりと浮かんでいて、肌は数々の冒険で年季の入った樹皮のように分厚く、それでいて優しくわたしたちを包んでくれる。大好きな父がそこに居た。
     父の視線は私から棚へと動く。一緒に視線を動かして私は観念した。開きっぱなしの引き出しと、掌からはみだした神の目は覆しようのない悪事の証拠として依然そこにあったからだ。あーとか、うーとか、弁明の言葉を紡ごうとしてうまくできない私に、父は何か納得したように頷いた。
    「危険や真新しいものに心動かされたんだね。父さんも同じくらいの頃にはナイフを持って森へ冒険しに行ったんだ」
    「……怒らないの?」
    「父さんの息子なんだから、その情熱は到底押さえきれるようなものじゃない、そうだろう?」
     けれど行き先くらいは母さんにちゃんと伝えるんだぞ、そう悪戯を共有した友人のように笑いかける父の表情に、罪悪感は薄められていく。強張っていた指先から体が温かくなってきて、私はようやっと神の目を父の掌へと明け渡した。
    「これおやじの友達のなんでしょ。大事なもの、勝手に持ち出してごめんなさい」
    「……」
    「おやじ?」
     ころん、と転がった神の目は父の掌の上では随分小さく見えた。受け止めたはいいものの、おそらく神の目を見つめているだろう父は急に静かになって、違和感に私は顔を上げられずにいる。いつもの優しい雰囲気ではなくて、胸が詰まってしまいそうな緊張感。私はただ成り行きを見守ることしかできず、やがて神の目が棚へと戻されるまで言葉を紡げずに居た。
    「神の目にも傷はないし、よく磨かれている。きちんと扱ってくれていたってよく分かる」
    「う、うん」
    「友達か。友達と言ってしまえば、友達にもなるんだろうけど……ああ、これも仕舞わないとね」
     ごそごそと探るような物音の後、片方だけの耳飾りが宝飾品の中に丁寧に並べられる。白い房の垂れ下がった、これまた璃月のものらしい。
     これらは、一体なんなのだろう。私はぼんやりと棚を見つめた。コートに、アクセサリーに、宝飾品たちだって、よく見れば傾向に一貫性があるように感じる。棚の一式は、こうしてみるとまるで一人の人間を形作るものが集まっているではないかと思えてならなってきて、次第に見知らぬはずの人物の輪郭が浮かび上がってくるようだ。
    「気になるかい? この棚にあるのはとある凡人の遺品さ。とても博識で、一緒に食事をしているだけであっという間に時間を忘れてしまうような楽しい話をたくさん知っている、寂しがりやさんの」
    「え……」
     懐かしむように棚の中身を一つ一つ撫でる様子に、私はなんと言葉を続けて良いのか、いよいよわからなくなってしまった。遺品? 遺品だって? じゃあ、あの神の目は……?

     それから私が宝物庫の扉を開いたのは、父が亡くなった後だった。
     父は冒険者としても、一般人としても大往生の年齢で孫にまで囲まれる中で逝った。晩年まで冒険に忙しかった父が、自宅で息を引き取るとは誰も予想していなかったに違いない。
     父の死後、集められた品々は残りの家族で分配する運びとなって、久方ぶりに覗いた宝物庫は大人の目線でも壮観で、私は懐かしさに胸が一杯になる。ひとつひとつに父との思い出が詰まっている。
     きっとお宝は兄弟で取り合いになるだろうなあ、なんて苦笑しながら、ふと、あの時の棚が無くなっていることに気がついた。棚のあったスペースは他の荷物が詰められて、まるごと、はじめから存在しなかったかのように塗り潰されていた。全ての棚を洗いざらい調べて、管理を任せていた母たちに尋ねても、そんなものは知らないという。あの頃に比べて管理はずっと厳重になっていたので、彼らが嘘をついているとは考えにくい。
     慌ただしくしている間に、父の墓を尋ねる人もまた沢山訪れた。
     その日はたまたま私の手が空いていたので案内をしたところ、人物は墓の前でくずおれた。落ち着くのを待って話を聞くに、かつては父の部下だったらしい。亡くなる少し前まで度々旅に同行していたというので、よほど信頼が置かれていたのだろう。
    「そういえば、父は一体何を求めて冒険していたんだろう」
     夜には家へと招いて、炎水を舐めながら家族の知らない一面をたくさん聞いた。程々に酔いが回ったせいか、そこでふと、今まで気に留めなかったことがぽろりとこぼれ出た。口にしてから自分で驚いたくらいだ。
    「昔の友人の遺品を探していると言っていました。最後の旅で、やっと全部そろったと嬉しそうにしていたのを、よく覚えています」
     友人の遺品。
     私の頭の中に浮かんだのは、いつかの神の目だった。まさか父はあの友人に連れて行かれてしまったのだろうか……馬鹿な考えが過る。けれど、まあ、あの人ならいいのかなって。かつて相棒として一緒に過ごした彼を思い返し、私は二人分の死を悼んで酒を呷った。



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