作戦×作戦=? 「なあ、……それまだかかるのか?」
美奈子の座席の前の席の椅子を引き、後ろ向きに腰かける。
「あ、玲太くん。もうちょっとかなぁ、何かあった?」
お気に入りだというオレンジ色のシャープペンシルをくるりと回し、ニコニコしながらボケる。……ったく。
「何か、って。あーりーますけどー? 今日一緒に帰ろうって約束してただろ?」
「あ!」思いっきり忘れてた、という表情のあと、「そだ、そうだったよね、ごめんね」と慌てはじめる。
「別に、そんな慌てなくても、いいって。ちゃんと待ってるから。」
なるべく急いで書くねと、日誌に視線を落とす。
窓から入る風がカーテンを揺らし、美奈子の柔らかな髪も揺らす。
まつ毛…長いな、頬が…桜色…唇も……
爪もほんのり桜色で、美奈子を彩るすべてが俺の鼓動を早くさせる。
「玲太くん、そ、んなに見つめられると、その、恥ずかしいと言うか…」
「悪い…」
桜色の頬が、薔薇色に色づくから、いつものように軽口でかわせなかった。
「日誌、まだかかりそうなのか。もう俺が書いてやろうか?」
気持ちの態勢をようやく整えて、言う。
「ううん、いいよ。ちゃんと自分で書く。しっかり毎時間のことを書くとね、御影先生お返事くれるんだよ、それがね、ちょっと嬉しくて」
全開の笑顔に胸が締め付けられる。
「御影、先生ね……俺はお返事なんか貰ったことないですけど?」
心の中に芽生えた黒いどろりとした感情をもて余す。
「それはそうだよー、だって玲太くんが当番の時の日誌……」
パラパラと過去の頁をたぐる。
「ほら、1時間目:現国、欠課なし、2時間目:数学、欠課2名、3時間目:生物、欠課なし、内容とか全然書いてないもん、これじゃあ、御影先生もお返事の書きようがなくない?」
確かに、美奈子や他の生徒の頁はこれでもかというくらい細かく丁寧に文字やイラストで埋め尽くされている。
それに対する返事もしっかり書かれていて、普通にいい先生なんだよな、と思う、ただ素直にそれを認めることが出来ないのは──。
「ねぇ、玲太くん、5時間目って何があったっけ?」
「なんだよ、寝てたのか? 古典だっただろ、枕草子、春はあけぼのってやっただろ」
お調子者のクラスメートが、人差し指を左右に振りながら「あけぼの~」と叫んで授業が大幅に脱線したことを思い出す。
「寝ては、いなかったよ、ただなんか授業に身が入らなかったって言うか」
美奈子の頬が赤く染まる。
まさか?と一瞬思い、まさかな、と思い直す。
まさかあいつの、あのお調子者のクラスメートのことで赤くなってるわけじゃないよな?
「颯砂くんがね…」
「颯砂がどーしたんだよ」
赤い顔と、颯砂の関連性をちゃんと聞くまでは、不機嫌になるな、と自分を戒める。
「お昼休みに颯砂くんが、玲太くんを探しに来て」
「ああ、悪い。いなかったから。」
「うん、玲太くんがいなかったからね、二人で腕相撲したんだけど…」
漫画なら椅子からひっくり返るところだ。
なんだ、なんて? 美奈子は今なんて言った?
俺を探しに来た颯砂?
俺がいなかったから?
なんで、そこで腕相撲?
なんで、赤い?
軽く二十個くらい疑問が浮かぶ
颯砂がなんの用事で来たのかとか、そんな疑問はどうでもいいけど、
今一番問題なのは、腕相撲と赤い顔
七ツ森みたいに「なんて?」と聞けたなら
本多みたいに「なになに?どーしてそうなったの?」と聞けたなら
「腕相撲ね、颯砂くんには、すぐ、多分一秒くらいで負けちゃったんだけど」
「そりゃ、まあ、おまえが颯砂に腕相撲で勝ったかもとは最初から思っていませんけど」
赤い顔
なぜ赤い
一番聞きたいのは
勝敗じゃない
「玲太くん、私と、腕相撲…しませんか?」
は?
腕相撲マニア?
最近の流行りが腕相撲なのか?
「おまえ…さすがに俺だっておまえには負けないよ」
颯砂には勝てなくても俺ならと思われているのか?
「ん…」
机の上に右手を差し出す。
美奈子の右手が俺の手を掴む。
や、…わらか…ふわふわ…
白い指、手首、細っ…
やばい……近い……
んっ、と眉間にシワを寄せ、力を込めている。
可愛くて死にそうだ。
もうずっとこのままでいたい。
だけど、そろそろ勝負を決めないと変か、変だろうな、変なんだろうけど。
………………
「だーーー、やっぱりリョウくんワザとずっと勝負つかないようにしてるよ」
「玲太は分かりやすいよな」
「なる……。ムッツリカザマ、ダーホンの作戦通り」
「うんうん、小波ちゃんの願いが叶って良かったよねー。」
「玲太くんと手を繋ぎたいの、だもんなー、オレ完璧に当て馬なんだけど」
「ウマ並み、颯砂……ヤバ、ツボる…」
「おまえら、特に本多、覗き見中にデカイ声出すなって、しっかしこのままだと俺に日誌はずっと届かないな」
………………
──下校時刻になりました、
学園内に残っている生徒の皆さんはすみやかに下校してください──
下校時刻を告げるアナウンスが流れ、仕方なく腕に力を込める。
当然勝負はすぐついて、姑息な作戦がバレてはいないかとそっと美奈子を盗み見る。
「玲太くん手が大きいね。ゴツゴツじゃなくスラッとしてるのに、指が長くて節が張ってて、男の人なんだなぁって思った」
こいつ、……わざと煽ってるだろ。
「ああ、もう日誌途中でいいだろ?帰るぞ」
バタバタと片付けをして、カバンと日誌を持ち、教室を後にする。
美奈子の手を掴んで。