WHITE DAY 「ねね、小波ちゃん、ホワイトデーのお返し、何か欲しいものある?って聞いてもいい?」
突然行くんに振られたのは、いつもの喫茶店でおしゃべりの最中のこと。
「なっ、んで本多がこいつにお返しするんだよ」
「そりゃ、俺たちも貰いましたから、バレンタイン。あららら、リョウくん、もしかして自分だけ…とか思ってましたかー?自意識カジョーw」
テーブルの下で繋がれた手にぎゅっと力がこもる。
もしかしてヤキモチ?
ふふっ、可愛い。
「机の下の手をスグ離してくださーい」
「なんでだよ、いいだろ。俺と美奈子は……ったく、応援するって話じゃなかったのかよ」
「そそ、オレとミーくんは小波ちゃんの恋は応援してるよ、ただリョウくんの応援をするかって言うと、そこはやっぱり微妙だなー」
「なんでだよ、美奈子のと俺のは一緒だろ」
「なる…。これが彼氏面、マウントカザマうざ」
「うざいってなんだよ、大体なんでおまえらまで一緒にいるんだよ、今日は俺と美奈子のデートなんですけどー?」
4人でこうしていると高校時代そのままみたいで、先週卒業式だったことや、玲太くんに告白されたことなんてまるで夢だったみたい。
「玲太くんにチョコあげられたのも二人のおかげだもん。お礼の気持ちだからお返しなんて。」
「だー、違うよ。オレが君にホワイトデーのプレゼントあげたいんだよ」
「そんじゃ、そこは俺らのセンスってことで。期待しといて。」
テーブルの上のカップとグラスをひょいとトレイに乗せて、「んじゃ、お先」と去っていく実くんの後ろをぴょこぴょこと追いかけていた行くんがくるりと振り向き「小波ちゃん、また来週ねー」と叫ぶ。
店内の視線が一斉に注がれ、顔が熱くなる。
2人なのに、4人掛けのテーブルに、並んで座ってるの変かな、と向かい側の席に移ろうと腰を浮かすと、また繋がれた手に力が込められる。玲太くん?
「な、一応聞いておく。おまえ何か欲しいものとか、俺にして欲しいこととかあるか?」
「うーん、……タキシード?」
「へ?」
「タキシードを着た玲太くんが見たい。あのオークションの時みたいな」
「…ったく、なんだよそれ。却下。ダメでーす。」
「ええっ、いじわるだ。タキシード姿の玲太くんに紅茶淹れて欲しい~『お嬢様、お茶を』って、執事さんっぽく……ダメ?」
「わかったわかった。おまえそういう上目遣いのオネダリはずるいぞ。あれだろ、この間おまえが読んでた小説みたいな世界観のやつだろ?」
「ふふっ、やった!そう、『イケメン執事が彼氏になっちゃいました』あのお話良かったんだよねー、リョーって彼氏の名前までお揃いで。」
「へぇ、おまえの口から彼氏って単語が出るなんてな。合格だ。14日、俺のうちでいいか?」
□ □ □
待ち合わせ場所の玲太くんは、当たり前だけど普通の格好で、あれ?と思う間もなく
「おまえ、今、『あれ、玲太くん執事じゃない』って考えてるだろ?……ったく、脳内ダダ漏れだな。」と、額を小突かれる。
違うよーと、膨れてみせたけどわたしの考え、玲太くんにはお見通しみたい。
「ほら、手。執事はお茶の時間にな」差し出された手を取ると、きゅっと握られて、今は執事の時間じゃなく彼氏の時間なんだ、と実感する。
「な、ちょっとだけ寄り道いいか」
玲太くんのおうちへ向かう道よりもふたつ早い路地を曲がる。
「わぁ、すごい!3月でもキレイに咲くバラがあるんだね、夢みたいにステキなお庭~つるバラとクレマチスのトンネルなんてうっとりしちゃう」
「さすがに庭までは手が回んなかったから借景な。イングリッシュガーデンの雰囲気だけ味わって、あとはうちで用意してあるお茶飲もうな…ん?飲むのはおまえだけか。」
眉をしかめた玲太くんの顔を覗き込みながら、
「え?玲太くんも一緒に飲もうよ」とねだる。
「おまえなー、設定ブレブレだろ。執事はお嬢様のためにサーブするんじゃないのかよ」
「ふふっ、リョーくんは執事だけど彼氏だから」
小説のセリフを口にすると、少し照れたような表情のあと、小さな咳払いを一つ、繋いだ手を強く引かれた。
・ ・ ・
「じゃ、ちょっと着替えてくるから、待ってろ。……じゃなくて、お待ちくださいませ、お嬢様」
耳元で囁かれたあと、手の甲に口付けられる。
こっ、れはドキドキして大変かも~もしかしてわたしすごいことお願いしちゃった?
着替えを終えて、再びわたしの前に現れた玲太くんは、ブラックタキシードに、蝶ネクタイ……クラシカルなスタイルだけど、贔屓目なしでもイケメン過ぎる。
「では、お嬢様ティールームまでエスコートいたします。」
自分でお願いしたことなのに、早くも少しだけ後悔しかけている。
わたしの心臓…もたないかも。
開かれたドアから部屋を覗くと、その空間は映像や絵画でしか見たことがないような貴族のティーサロンだった。
部屋の真ん中のテーブルには、シワひとつない真っ白なテーブルクロスが敷かれ、色とりどりのお花が飾られている。
三段のアフタヌーンティースタンドに、伝統的なきゅうりのサンドイッチ、焼きたてのスコーンと添えられたクロテッドクリームとイチゴのジャム、小さめサイズのカラフルなケーキたち、ティーコージーから漂う優雅な紅茶の香り
全てが完璧過ぎて、まるで自分が本物のお嬢様になったような錯覚を起こす。
「……奈子、…美奈子……どうした?」
「あ。玲太くん、ボーッとしちゃってごめんなさい。なんか完璧を通り越し過ぎちゃって」
「なんだよ、それ。いきなり固まったまま動かないから、心配するだろ」
「タキシードで執事の玲太くんにお茶を用意してもらって、って軽いオネダリだったのに、こんな本格的にして貰えるなんて思ってなくて」
「期待は超えてこそ、だろ?……美奈子、好きだ、大好きだ。」
玲太くんの燃えるような瞳に、わたしが映る……。
二回目…?
ぎゅっと目を閉じる。
教会の続きみたいなキスを、期待したのに、玲太くんの唇が触れたのは、わたしの額だった。
「……お嬢様……、せっかくの紅茶が冷めてしまいますよ。さあ、こちらへ」
椅子を引かれ、膝にナプキンをかけてもらう。
着座するとテーブルの上の色とりどりのお花が、紅茶やお菓子の香りを邪魔しない種類のものであることに気付く。こんな細かいところにまで気を遣ってくれるなんて、スパダリが過ぎる。
隣に立つ玲太くんを見上げると、優しい瞳でわたしを見つめる。
「只今、お淹れいたしますね。本日はダージリンでご用意しておりますが、ご希望でしたら、アールグレイ、アッサムもございます。2杯目はミルクをお淹れしますが、最初はストレートでお楽しみください。」
玲太くんの紅茶を淹れる所作がキレイ、流れるような丁寧な動き
「アニメみたいに高い位置からサーブするんじゃないんだ、とお思いですか?」
また気持ちが見透かされる。
「あ、はい。」
「そこは、『ええ、そうね』とかじゃないのかよ、お嬢様」
普段の玲太くんが顔を出す。
「紅茶を抽出するのに、温度が高過ぎると風味が飛ぶから、高い位置からってのはあるけど、イギリス式で考えたらあまり行儀のいい作法じゃないからな。コンデンスミルクたっぷりのマレー式とかなら、高い位置から落として空気に触れさせて泡立てたりするらしいけど。お嬢様のご希望は、執事で紅茶ってことなんで敢えて英国風で」
「へー、玲太くん詳しいね」
「いや、普通に調べた。付け焼き刃の知識だよ。少しでもおまえの希望に添えるようにってさ。それより、食ってみろよ、トラディショナルなキューカンバーサンドイッチにスモークサーモン入れてみたんだ。ケーキはアナスタシアのだし、イチゴのジャムは市販のだけど、スコーンとクロテッドクリームは手作りしてみた。……じゃないな。お嬢様、よろしければお取り分けいたしましょうか?」
・ ・ ・
「いかがでしたか、お嬢様。ご満足いただけましたか?」
「うん!すっごく!サンドイッチもスコーンもクロテッドクリームもすっごく美味しくて、ケーキもマカロンも紅茶もあって、うっとりしてため息が出ちゃうくらい何とも言えない幸せな気分。『イケメン彼氏が執事になっちゃいました』小説の設定とは逆だけど。」
「付き合って最初のホワイトデーだからな、絶対外したくないって思ってたから、喜んで貰えて良かったよ。俺はさ、美奈子が楽しそうにしてんのが、一番嬉しいよ。……大好きだ。」
そう言いながら、玲太くんがわたしの首にかけてくれたのは、お誕生日に貰ったシーグラスのイヤリングと同じ色のネックレス……可愛い。
イケメンの彼氏がカッコよすぎな上に、優しくて何でもできて、そしてわたしに夢中で大好きってたくさん言ってくれてスパダリなんですが、どうしたらいいですか?
相談ツイートしたら、あっという間にムカつく女認定されて、拡散されて大炎上しそうなお悩みを抱えてクラクラしちゃう。
「玲太くん、本当にありがとう。プレゼントもアフタヌーンティーも執事も、すっごく嬉しくて幸せ、大好き❤️」
「まあ、おまえが望むなら、アーリーモーニングティー用意してもいいけど?」
「蟻?…蟻のお茶は、ちょっと…イヤかも?
行くんなら喜ぶかもだけど」
「はいはい、伝わらないと思ったよ」
「え?違うの?蟻じゃないの?」
「もー、いいでーす。そっちはまた今度ゆっくり誘いまーす。」
拗ねたような玲太くんの耳の後ろが真っ赤で、つられたようにわたしの顔も赤くなった。