願いではない想い ルールル ルルル ルールル ルルル
ルールー ルールー ルールルー
ルールル ルルル ルールル ルルル
ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ
ラーラー ラーラー ラー
ラララ ラーラーラーラー ラーララー
ラーラーラー ラー
お馴染みのテーマソングが流れる。
わたくし、今日のお客様を本当に楽しみにしておりました、はばたき市の若様こと風真玲太さんにおいでいただきました。
どうぞおはいり下さい。
(あのー日、君のことーを知ってからー)
重厚感のある真っ白な扉が開き、そこから玲太くんが笑顔で現れる。
ああ、…張り付けたみたいな営業スマイル
無理して笑ってくれてるんだろうなぁ
すっごくすっごくイヤがっていたもんなぁ
スタジオの端で見つめるわたしに気付いて、表情はそのままで、大丈夫と視線だけで告げる。
ううう、玲太くんごめんなさいっ…。
□ □ □
「ンもうっ!ちょっとアナタ!一体なんてことしてくれちゃったのよっ!」
「す、すみません、オーナー」
「GORO先生、すみません、違うんです、店長じゃなくて、わたしが、わたしがちゃんと確認しなかったから。本当に申し訳ございません。」
わたしと店長の下げた頭をギロリと睨む。
どうしよう…GORO先生、すっごく怒ってる…
普段優しいから威圧感ないけど、やっぱり男の人なんだ、背の高い大人の男の人に怒鳴られて足が竦む。
「この子のミスは、私のミスです。責任は私が取ります…この子のことはどうか許してあげてください。」
「ち、違います。店長は悪くないんです、わたしが、わたしがちゃんと確認しなかったから、本当にすみません…どう謝ったらいいかも分からないけど、ごめんなさい、GORO先生」
じわっ…視界が歪む。泣くな、泣くなんて、泣いてごまかすなんて最低だ、……涙出ないで。
ぎゅっと唇を噛む。
「アーン、もうっ!二人してそんな死にかけの狢(ムジナ)みたいな顔しないでちょーだい」
「オーナー」
「GORO先生」
「とにかくダブルブッキングでもなんでも、先方に迷惑をかけるわけにはいかないのよ、ン、どうしようかしら」
目を閉じたGORO先生とわたし達の間に、玲太くんが割って入ってくれる。
「オーナーすみません、俺からもお詫びします」
「風真くん?」
「玲太くん…」
「アルバイトの分際でしゃしゃり出てすみません、ただこいつの教育担当は俺が任されていました、だから…すみません。」
「ア・ナ・タ……」
GORO先生が玲太くんを見つめる。
見つめるというよりは凝視している。
アゴをクイッと持ち上げ、右側、左側
肩を撫で、胸を擦る。腕も腹筋も撫で回す。
背中側に周り、肩甲骨から広背筋、腰のラインからお尻までスルスルと触る。
「ちょっ、と…あの…」
「黙ってっ!」
事務室の金属ラックが共鳴するほどの大きな声
わたし達の動きが止まる。
「うん、いいわ、いいじゃない、ン、ちょっと目を閉じてもらえるかしら?」
言われるまま玲太くんが目を閉じる。
頬を撫で、鼻筋と唇にも触れる。一体…
「風真…玲太…、……一鶴のところの…うちの姪っ子たちの同級生。ねぇ、店長、この子が話題のシモンのカリスマ店員なの?」
「あ、はい、そうです、風真くんはうちの、カリスマイケメン店員って人気もあって、目利きもその鑑定眼の確かさから…」
「あら?いいわ。いいじゃない、それなら…」
店長の言葉を遮って、GORO先生が告げたアイデアはわたし達を唖然とさせた。
「な、嫌ですよ。オーナーの代わりって、なんで俺が」
「アン、その怒った顔も素敵だわ。」
「カリスマだなんだ持ち上げられても、所詮はただの普通の高校生です。」
「普通の高校生がカリスマイケメン店員って肩書きだけでTVに出るってのがまた斬新ざんしょ?」
「普通の高校生の俺が出て番組になるとは思えません」
「なるかならないかは、徹子ちゃんの手腕次第、アナタが気にすることはないわ、彼女にはちゃーんと連絡しておくから。とーにーかーくよろしくしてちょーだい。アナタが出てくれるなら、店長と、それからそこの可愛い子ちゃんのミスは不問にするわ。じゃあね、アデュー」
まるで台風のようだった。
わたし達三人はお互い顔を見合わせたまま一言も発することが出来ずにいた。
玲太くんの手がわたしの頭を撫でる。
流れることはなく目の端にたまったままの涙を親指で拭う。
ふーっと大きなため息のあと、わたしの手をとり、店長の方へ向き直る。
「店長、詳細共有して貰ってもいいですか」
玲太くんの手が大丈夫だから、と言ってくれてるみたいで、さっきは流れなかった涙が溢れてきた。
繋がれた手にぎゅっと力がこもる。
一緒にアルバイトをするようになってから小さなミスはいくつかあって、その度に呆れた顔をされたりもしたけど、結局いつも玲太くんに助けて貰っている。こんな大きなミス…もう少しちゃんとしないと……。
状況の説明のあと店長が玲太くんの肩を軽く叩く。
「小波さん、落ち着いたらお店に戻ってくれてもいいし、今日はもう帰ってくれても大丈夫だから」
カチャリとドアが閉まる音がして、店長が事務室から出ていってしまったあと、わたし達は事務室で二人だけになった。
「ごめんね、玲太くん」
「……ったく、おまえだから仕方ない。」
「ううう、本当にごめんなさい」
「ああ、んじゃ一つ貸しにしとく。」
「うんっ!うん、ありがとう玲太くん、わたしにできることなら何でもする!何でも言って」
「おまえ…そういうこと簡単に言うなって」
結局、その日わたしはアルバイトに戻ることは出来なくて、終わりの時間まで、そのまま事務室で玲太くんの帰りを待っていた。
家まで送ってくれた玲太くんはいつも通り優しくて、
「とにかく心配しなくてもいいから、今日はもう風呂入って寝ちまえよ。眠れなかったらLINEでも電話でもしてくれて構わないから。」
頭を撫でられるとまた泣きそうになる。
甘えたいのか、すがりたいのか、この感情がなんなのか分からないまま、玲太くんの服をぎゅっと掴む。
「ったく……わかった。もう少しここにいるよ。」
□ □ □
色とりどりのお花で飾られた豪華絢爛なセットに見惚れてしまう。
「どうぞ、こちらにお座りになって」
促されるままソファーに座る玲太くんは普段の彼の顔のままなのに、その大人びた表情が違う人みたいでドキドキしちゃう。
「風真さんは、あの世界的デザイナーの花椿吾郎先生の、あたくしもお友達なんですけどね、そのGORO先生プロデュースの雑貨屋シモンのカリスマイケメン店員さんなんですって?」
「カリスマでもイケメンでもなく、ただの普通の高校生で、シモンのアルバイトです。たまたま誉めていただく機会があって、恐れ多いです。ただ、アルバイトと言っても店員なので、その方にお似合いの商品を、顕在ニーズだけじゃなく、潜在ニーズも含めて、お探しするお手伝いが出来たらいいな、とはいつも考えています。」
「あらまぁ、素晴らしいのね。それにあーた、アレもやられるんですってね?」
「アレとは?」
「あの、アレよ、なんて言ったかしら?アレ」
言葉に詰まりそうな瞬間、わたしの隣で膝をついていたスタッフさんが画用紙をめくる。絶妙なタイミングだ。
──オークションです
そのADさんのカンペを見て会話が続く。
「ああ、あのオークション?って言うのかしら?ハンマープライスです、っての」
「はい、ですが、それもたまたまです、たまたまチャリティーだったから高校生の俺、…僕にお声をかけていただいて、得難い経験だったなと思っています。」
「ふふふっ、あーた、たまたま、たまたまって何回もたまたまってお言いになるのね」
「あ、いえ、たまたまです」
「ふふふっ、またたまたまって仰って」
──たまたまから一旦離れて、違う話題でお願いします。
「ところであーた、お蕎麦がお好きなんですって?」
「はい、麺類の中では日本蕎麦が一番好きです」
「あら、そうなの。それに、…ふふふっ、お相撲がお好きなんですってね」
「はい、もっぱら見る専門ですが」
「それはそうでしょうね、ずいぶんスリムでいらっしゃるし、あーたお若いのに、こう言ったらなんだけど、古くさい趣味ですのね。」
「そうですね、あとは落語なんかも好きです。幼い頃に親の都合で日本を離れることになったのですが、どうしても日本を忘れるわけにはいかない事情があって必死に日本文化にしがみついていた、という側面は否定できない気がしています。」
玲太くんの熱っぽい視線がわたしを貫く。
え? わたしのせい? わたしは別にお相撲も落語も詳しくないけど? お蕎麦は普通に好きだけど別に大好物って訳でもないし。
──テープ交換になります。一旦CM入りキッカケでお願いします
「あら、一旦CMです、お話まだまだお伺いします」
きらびやかな照明が落とされ、最低限の明かりになる。スタジオ内の緊張が一瞬和らぐ。
玲太くんは数人のスタッフさんに囲まれ、衣装やマイクの位置、メイクの手直しされている。なんだか…ちょっと、…なんか…テレビ局の人って…キレイな人多すぎな気がする……。
「貴女がマリィさん?」
突然話し掛けられて、返事の声が上ずる。
「はひぃ、っ…」
「可愛らしいお嬢さん、みちるちゃんやひかるちゃんから聞いていた通り」
徹子さんが柔らかく微笑む…みちるとひかる?
「テープ交換OKです。徹子さん着席後、30秒で本番スタートです、では徹子さんセットに入ります。」
再び照明がつき、スタジオ内に緊張が走る。
「本日は、はばたき市の若様、雑貨屋シモンのカリスマイケメン店員の風真玲太さんをお客様にお迎えしています。」
「風真です。よろしくお願いいたします。」
「CMの前に、お若いのに古風なものがお好きって伺いましたけど」
「はい、そうですね、好きです」
「あれはね、わたくしのお友達の花椿吾郎さん、世界的デザイナーのGORO先生の姪っ子さんで、あーたの同級生……花椿ツインズと言ったら皆さまにも伝わるのかしら? 彼女達から『徹子のおばさま、今度風真くんがゲストに来るんですってね』『ひかる達、風真くんのことなら、いろいろ知ってるからあとでメールするね』って、伺いましたのよ」
「なっ!あいつら」
突然立ち上がった玲太くんに驚きもせず
「あら、面白い。このお話をしたらきっと風真くんは立ち上がると思います、って連絡を貰っていた通り、ふふふっ、お立ち上がりになるのね。」
──風真くん、座って
カンペをチラッと見たあと、わたしを軽く見つめて、困った顔で軽く頬を掻く。
「それでね、面白い話を伺ったのだけれども、あーた時々土手トーークってのなさるんですって?」
「はっ?」
「お心当たりない?『土手トーーク』映像出る? 出ます? あ、出るみたい、一緒にご確認お願いします」
スタジオの大型モニターに映し出されたのは、みちるとひかる?
「風真くん、徹子の部屋初出演おめでとう」
「正直、ひかる達よりも風真くんが先だなんて納得いかないんだけど…徹子のおばさまー、今度ひかる達のことも呼んでね~。」
「ふふふっ、是非いらしてください~」
大型モニターに向かって手を振る。
「さて、今日は風真くんにお詫びとお願いがあるんだけど、お話してもいいかしら?」
みちるの言葉に、玲太くんが苦々しく笑う。
「ここで、この場で、やめてくれって言ってどうにかなるのかよ」
「どうにもならないよー、えへっ、ごめんね」
玲太くんの発言をまるで知っていたかのようなタイミングで手を合わせるひかる
大型モニターには、玲太くんとわたし?
目の部分に黒い線が入っているけど、多分そうだ。
「これは『土手トーーク』甘酸っぱくてきゅんきゅんする場面を集めて編集した動画なの」
「でね、風真くんの部分だけお顔公開しちゃってもいいかなぁってお願いしたくって」
「ここで、俺がテレビに出ている状況で、動画出されて、顔を公開しないって言って意味あんのかよ、あ、一つ確認だけど、公開は俺だけだな?」
「もっちろん、じゃあ行っくよ~、5・4・3・2・1…」
その言葉のあと玲太くんの目の部分の黒い線がパッと消えた。
そして映像が動き出す。
「なあ、今日の俺、何か違うところないか?」
わたしの手が玲太くんの前髪に触れる。
映像にあわせて歌が流れる。
(10年後も 100年経っても この愛を誓うよ…)
素敵な歌…でもちょっと恥ずかしい…
ほんの数分の動画だったけれど、体感では数十分、それ以上の感覚だった。恥ずかし過ぎる。
「皆さまに『土手トーーク』ご覧いただきました。それで、風真さん、あーた、この時はどんなお考えだったの? ちょっと前髪お切りになった位でお相手の方に気が付いて貰えるとでも思ってらしたの? お付き合いもなさっていないのに?」
「その時点でいわゆる付き合っているかいないかは関係ないです、その先の未来を共に歩むというのは、俺にとって、もはや願いではないので」
「願いではないと仰いますと」
「既定路線、簡単に言えば運命ということです、この先は徹子さんや、テレビの向こうの方にお話する内容ではなく、直接彼女にお話すべきだと思うのですが──」
玲太くんの、情熱の炎を宿したみたいな燃えるような瞳がわたしを捉える。
どうしよう、動けない
恥ずかしいのに、目もそらせない
「おいっ、風真くんいい表情、5カメ寄りで」
「いつもおまえの視線の先にいるのは俺でありたい、そのおまえの瞳に映る俺がいつも笑顔でいられるように、俺の瞳に映るおまえがいつも笑顔でいられるように、お互いがお互いの些細な変化に気付き、慈しみ、助け合い、求めあいながら、一生一緒に暮らしていきたい、そう思っている。」
一生一緒にって、それって……
「大変情熱的でいらっしゃるけど、それはプロポーズという認識でいいのかしら、流行りの公開プロポーズのような?」
徹子さんがいつもより更に早口で捲し立てる。
「いえ、プロポーズはもっとちゃんと一生の思い出になるように、時期も場所もしっかりと考えたいと思っています。」
違っ…違ったんだ、プロポーズじゃなかったんだ、勘違いしちゃって恥ずかしい…
一瞬も瞳をそらさずに玲太くんが言葉を続ける。
「とりあえず近いうちに…卒業までには、付き合って欲しいって告白するつもりだから、覚えておいて欲しい。」
ち、近いうちに告白するつもりって、つもりって、それってもう……
「近いうちに告白って、あーた、それはもう告白なんではなくて?」
「解釈は皆さんにお任せします。ただ、この言葉の意味はたった一人にだけちゃんと伝わればいいので。」
ルールル ルルル ルールル ルルル
ルールー ルールー ルールルー
テーマソングが薄く流れ出す。
その音楽の上に被せるように、徹子さんの早口のクロージングトークが続く。
「ここでもうお時間なんですって、残念。風真さん、本日は貴重なお話本当にありがとうございました。他にもお伺いしたい『土手トーーク』や『校内での会話』や『デート会話』がたくさんありますので是非また近々いらしてくださいませね。皆さまからのリクエストもお待ちしております。」
ルールル ルルル ルールル ルルル
ルールールールー ルルッルー
ラーララ ラララ ラーララ ラララ
ラーラー ラーラー ラー
ラララ ラーラーラーラー ラーララー
ラーラーラー ラー