平常運転「美奈子…、今度の日曜日、商店街に俺の買い物付き合ってくれないか」
「うん、いいよ。」なんのためらいもない様子の返答にひとまずホッとする。
何回デートを繰り返しても、声をかける瞬間は少し緊張するな。
断られることはないとは思うけど、この場所はイヤじゃないかとか、他に用事があったりしないかとか、色々考える。
「玲太くんのお買い物に付き合うのって珍しいね。何を買うの?」
「ああ、パソコンがちょっとさ、調子悪くて買い替えようかと思って…る、んだ…」
「えっ? パソコンとかなら、本多くんと一緒の方が良くない? 本多くん多分そっち系も詳しそう、あ、本多くんはホント何でも詳しいけど」
俺の言葉が終わらないうちに、首を振りながら胸の前で小さく手を振る。
──本多の名前何回口に出すつもりだよ──
軽いイラつきを隠しながら、美奈子の白い華奢な手首をつかんで動きを制する。
「スペックとか付属品のサイズとかはさ、調べてるし大丈夫。せっかく日曜に出掛けるのにわざわざ本多と行く意味が分かりませーん。一緒に出掛けるなら、俺はおまえがいいよ」
「だからさ、付き合ってくれよ」少し熱を込めて言えば、
「じゃあ、せめて荷物持ち、がんばるね」 と、絶妙にズレる。
とりあえず日曜の約束は出来たし、いいか。
「じゃ、お願いしまーす」とおどけたところで始業ベルが鳴り、俺も席へつく。
ふと斜め前の美奈子を見ると、隣の席の女子につつかれ、顔を真っ赤にしている。
さすがに教室で誘ったのはやり過ぎか?
でも、まぁ牽制ってことで。
文化祭でローズクィーンに選ばれてから、美奈子の周りが妙にそわそわしている、隙あらば誘おうとする奴らが、機会をうかがっている空気だ。
多分本人は全く気づいてないけど。
□ □ □
商店街は大売り出し期間中で、抽選券を沢山貰った俺たちは福引きの大行列に並んだ。
「うわぁ~景品がすっごい豪華だよ、何か当たるかなぁ~玲太くん抽選券沢山貰ったし、きっと当たるよ、楽しみ~」その嬉しそうな顔を見てるだけで、俺はご馳走様だ。
うん、やっぱり誘って大正解。
「俺はいいよ、おまえ引いてみれば」
「ええ~、そんなの責任重大過ぎるよ」軽く頬を膨らませ唇を尖らせる。表情くるくる変わりすぎ。
「はいはーい、別に責任感じなくてもいーでーす。残念賞のポケットティッシュだよ、だから気負わずに引けよ」
当たりが出るたびに聞こえる鐘の音と、歓声、おめでとうございます~という声に触発され、テンションが上がる。
「2等は任天堂リングフィットアドベンチャーだって。玲太くんと一緒に遊びたい、あ、ホットサンドメーカーとかもあるよ」
「3等の特選A5ランク国産和牛セットってのも良くないか、すき焼きにしたらうまそうだ」
「よぉ~し、お肉ね、玲太くんのお願いなら頑張っちゃう!お肉、当てるぞぉ~」
腕まくりの素振りで福引きに挑む。
カラカラ乾いた音と一瞬の静寂のあと、今までで一番大きな鐘の音、沸き上がる歓声。
呆然とする美奈子の肩口から覗き込むと、山ほどの白い玉と、青い玉が沢山と赤い玉が少し、そして金色の玉……え?
「おめでとうございます~!特等~はばたき温泉一泊二日ペア宿泊券~!出ました、大当たり~」景気のいい声が街中に響く。
ビニール袋いっぱいのポケットティッシュと、沢山のペットボトル、いちごとりんごのコンフィチュールのセット3つを手にまだ呆然としている美奈子から荷物を奪い、手を引き、とりあえず公園のベンチに避難する。
そのままそこにいたら、「若様、将来のお姫様とご旅行ですか?」なんて言われて大変なことになる。
・ ・ ・
「まいったな、おまえ、強運過ぎ」
「うん、びっくりした、あ、あと荷物持ちするって言ったのに、結局玲太くんに持って貰っちゃってごめんね。お肉も当てられなかったし。」
また絶妙にズレてる。
「そこかよ。肉も荷物も別にいいよ。」
「ほら、おまえの戦利品。あったかい方が良かったら、そこの自販で買ってくるけど?」
袋からペットボトルを取り出し、ふたを開けてから手渡し、自分の分も取り出す。
あの量のペットボトルとコンフィチュール6瓶はさすがに結構重かったと思いつつ、左手で右腕を軽くさすると、その様子に気づいた美奈子が自分の手も添えてくれる。
「ごめんね。重かったよね。」美奈子に擦られるといつもなんだか少し変な気分になる。
・ ・ ・
遊んでいた親子連れが去ると、俺たち以外には誰もいなくなった。
夕方の公園は、昼間の喧騒が嘘みたいに静かで、辺りはオレンジ色に包まれていた。
別にライトが当たっている訳でもないのに、美奈子だけがキラキラ光っているように見えて、なぁ、と呼ぶ声が少し上ずった。
「なぁ、おまえ、温泉誰を誘うの?」
「え? 玲太くんの抽選券だし、玲太くんが誰かを誘うんでしょ?」
「でも当てたのは、おまえだろ」
「う~ん、でもお買い物したのは玲太くんだしなぁ」
何度かのやり取りのあと、
「花椿とか誘ったらいいんじゃないか」と言った。
さすがに、二人っきりで、泊まりとなったら俺の理性が衝動の向こう側から戻ってきたり、行ったり来たりで大変だ。なに言ってるんだ、俺。
「ペア宿泊券だから、みちるちゃんかひかるちゃんどっちかしか誘えないし。あ、玲太くんが本多くん誘うとかどう?」
「却下。……本多と温泉なんか行ったら、成分がどうの効能がどうの、そもそも温泉の歴史は~、とか。一晩中大変だろ、余計に疲れそうだ」
そのあと美奈子が口にした言葉を、俺は生涯忘れない自信がある。俺史上一番破壊力のある台詞。
「玲太くん……私、玲太くんとがいいな。玲太くんと一緒に行きたい。……玲太くんはイヤ?」
嫌な訳ない、
俺もそう思ってた、
一緒に行こう、
どの言葉もピンと来なくて
「だな」とだけ言った。
声がかすれないか心配したけど、大丈夫で、一安心したところで、急に腕を組まれたから、変な声が出てしまった。……不覚。
□ □ □
はばたき山のふもとにある老舗の温泉旅館は、数年前に新館をリニューアルオープンしたとかで趣のある歴史と利便性が調和してて、とても雰囲気が良かった。
家族連れも楽しめるような巨大迷路、老夫婦に人気だという庭園散策、欲張って両方を堪能し、山の幸満載の豪華料理を味わい、お互いの露天風呂の景色の素晴らしさを競うように伝えたり、土産物コーナーを覗いたり、俺は多分ずっと笑っていた。
部屋に戻るまでは。
きっちりと敷かれた布団を見て頭の芯がくらくらした。──今日、ここで。
「そう言えばね、玲太くんと一緒に観たいTVがあったんだ、観てもいい?」
緊張してんのは俺だけなのか。
美奈子は驚くほど平常運転だった。
・ ・ ・
「玲太くん……寝ちゃった?」
「いや……」ふいに声をかけられ胸が踊る。
……おまえも、俺と同じ気持ちなのか?
「さっきのTV、ちょっと怖かったね…なんだか夢見ちゃいそうで怖い」
全然、同じ気持ちではなかったらしい。
でもそれが美奈子らしいといえば、らしい。
布団の端を少し持ち上げ呼び寄せる。
「ほら、来いよ。怖かったら一緒に寝てやる。」
どうして俺はしなくてもいい苦労を自らわざわざ背負い込むんだ、と思わないでもない。
多分、そういう運命なんだ。
嬉しそうに俺の布団にもぐりこんでくる美奈子に修学旅行の時みたいだな、と囁いてから髪をなでる。背中を数回叩くと、すぐに規則的な寝息が聞こえてきた。
昼間の巨大迷路と庭園散策で疲れていたのかもしれないが、あっという間に眠られたことに、男としてのプライドがちょっと傷付いた。
いつか、「そういうこと」を意識させられるんだろうか、一生無理な気がする。
額にかかる一筋の髪を寄せ、これくらいはいいよな、と口づける。
「う……ん、……りょー…たく…ん、……すき…」
身体中の血が沸騰しそうだ。
(玲太くん、好き?)
俺の夢、見てるのか? 好きって。
好きな女の子が同じ布団の中にいて、俺の夢を見てる……。
なんか、もう、どうしよう、どうしてくれよう、どうしたらいい。
あわてふためく俺の耳が、次にとらえた言葉は、
「りょーたくん、すき焼き、美味しいね」
今度はしっかり聞こえた。
俺の夢、というよりは、俺とすき焼きを食べてる夢だったらしい。
まいった、やっぱりおまえはどこまでも平常運転かよ。
とりあえず来月、肉買ってやる───