マツツモリのナナツモリ 今、俺の理性が試されている。
一人暮らしの部屋に好きな子を誘った以上、シタゴコロが全くないとは言い切れない。
ただ、今はまだ時期じゃない。
だからゆっくり、彼女の気持ちが熟すのを待つツモリだった。
それなのに
試されているのか
煽られているのか
それとも単に無自覚なのか
いや、無自覚でこれなら恐ろしすぎる。
□ □ □
初めて部屋に誘ったのは、先月の終わり。
凍える季節でも寒くない場所で、ゆっくり話がしたいから、これはマジの本音。
適当な店で長時間粘るとイゴコチ悪くなるし、街中にいると感じる彼女をチラチラ見るふらちな視線を遮りたいし、あわよくば俺への興味を一歩前進…などと考えて、期待もゲンメツもしないよーに、と念押しして招待した。
ステキな部屋だね、なんてよくある誉め言葉だけど、彼女が言うと嬉しくてくすぐったい。
「あ、ねぇねぇ、実くんがやってるゲーム、私もやってみたいな。」
つけっぱなしのモニターを指差す。
ぐりぐり──
常時ログイン状態のモニターには、主の操作を待つ俺のアバターが退屈そうに伸びをしているのが映し出されている。
お仲間サンも数人ログインしているし、画面の左下のウィンドウで氷室君が声をかけてくれている。俺が応えればすぐ適当なクエストがはじまる。
彼女とおんなじ趣味ができるのはスナオに嬉しいし、新しいアカウントを作って彼女に似せたアバターを作って、と一瞬考えて止めた。
初心者向けのクエストやダンジョンだとしても最初は体力も魔力もないから、どうしたってお仲間サンの力が必要になる。
レベルカンストアーチャーの氷室君がいれば高難度のクエストでも問題なくクリアできるだろうけど、彼女が氷室君に守られてゲームするのは、正直俺が面白くナイ。
「美奈子先輩、僕の後ろに隠れてていいから」
「一紀くん、ありがとう」なんて、モニター越しで、しかもアバター同士とはいえ、どーして二人のデートを見守らなきゃならない、こっちがリアルデートなのに。
「んー、ぐりぐりは初心者にはちょいキビシメかなー。それより俺と一緒にこっちやりましょ」
どんなゲーム初心者だって知っている超有名なイタリアの配管工のヤツ
ちょうど今作では新しいキャラクターが追加されている。ピンク色の髪の小さくて可愛いキャラクター、ちょっと彼女に似てる。
このボタンで進む、これでジャンプ、こっちでダッシュなんて簡単な操作を教えて、二人で一緒に横スクロールの旅に出る。
彼女の進む道にいるお邪魔キャラを先回りで倒して、ボーナスアイテムは全て献上して、
完全なる、接待ゲーム
それなのに不思議に楽しい。
彼女が笑えばこちらも嬉しいから困る。
望んだ一歩前進とは少し毛色が違うけど。
「あー、楽しかったー、すっごく楽しかった。まだ頭の中で効果音流れてるよー。私、ゲーム下手過ぎて、実くんイヤじゃなかった?」
あー、もーマジでカーワイイ。
上目遣いホントにズルい。
「んなワケないでしょ。またすぐ次も誘うし。」
正直、仕事が入ってない時は毎週会いたい誘いたい。それくらい彼女にハマってる。
「ちょっとでも実くんの邪魔しないように練習しなきゃ、お年玉の残りまだあるし、うーん」
「持ち運び型ので良ければ、お貸ししますケド、俺2台あるし」
携帯用Liteにソフトを差しキャリングケースに入れる。ACアダプターがキャリングケースに入らないのが難点。
□ □ □
二度目の部屋デートはそれからすぐ実現した。
いや、誘うとき俺はきちんと別の場所を提案した、シタゴコロありありだと思われたら軽く死ぬ自信がある。
それなのに、彼女の方から、実くんのお部屋がいいな、と。語尾にハートマークがついてるようなオネダリで。
ダメかな?なんて上目遣いでマジカワイイからマジで心臓に悪い。
そして俺は今、今世紀最大級に試されている、煽られている?いや、多分本気で無自覚だ。
部屋でアウターを脱いだ時から、ヤバかった。
一人暮らしの男の部屋に来るのに、そのミニスカートマジか…。
これってもしかして俺が男として意識されてないってこと?……それは…サガる。
「えへ、デートだから、ちょっと頑張ってみました。えっとどうですか?実くんが好きそうなコーデだと思うんだけど…へん?外れ?」
…たく、人の気も知らないでどっかんどっかん爆弾落としてくれちゃって。抱き締めたい衝動を抑えるこっちの身にもなって欲しい。
男として意識されていないワケじゃなくてマジで良かった。俺のためのコーデ。
「ヘンくない。カワイイ、そーゆーのスキ、似合いすぎて目のやり場にちょっと困ってマス」
ようやくひねり出したカタコトの誉め言葉に、ふわっと色付くから、ホントにたちが悪い。ハニカミをプラスするのは反則。
モニターにHDMIケーブルを繋ぎ並んで座る。
ああ、もう…ミニスカート!柔らかそうな白い太ももに目が吸い寄せられるし。ニットは膨らみがあらわで困る。こんなことを考えているのがバレませんようにと思いつつ、少しは俺の気持ちも分かって欲しいと願う。
街中で向けられるふらちな視線なんかより、眼鏡の奥の俺の視線の方がずっとヤバい。
だけど、服装で煽られるのなんかまだまだ序の口で、可愛いレベルのものだったと思う、この後俺は本格的にツラい立場にたたされる。
「やっ、実くん、や、怖いっ…」
「実くん…お願いっ、もっと、ゆっくり、一緒がイイの」
「あ、…ダメ、私、ダメかも……、ダメになっちゃう…」
彼女が口にする言葉が、どうしてもそれを連想する言葉で、どんなヤバいプレイだよ、と心の中で頭を抱える、変な表現だけど。
チラリと盗み見ると彼女は真剣そのものでゲームに集中している。煽っている自覚は皆無の様子。
特徴的な効果音を立ててワープ土管に吸い込まれると、ランダムにステージが変わる。
砦ステージでは、恐怖のテーマが流れる。
「やっ、実くん、や、怖いっ…」
海ステージで、流れに逆らうためボタン連打してると、
「実くん…お願いっ、もっと、ゆっくり、一緒がイイの」
最強ステージにワープした時なんて、敵のシンボルエンカウントが多い上に飛び道具を使うから仕方ないけど、
「あ、…ダメ、私、ダメかも……、ダメになっちゃう…」
なんて口にする。もー俺がダメになる。
更に強制横スクロールのステージでは床が勝手に動く、画面の端に押し付けられたらアウトで、その場に立ち止まってはいられない。
「イッちゃう、あーん、勝手にっ、イッちゃう、実くん、どーしよ、私っ…」
カタカナに聞こえるのはヒトエに俺に変なスイッチ入ってるせい?
上下左右、画面の至るところからロケットが飛び出すステージでは、
「あ、後ろからっ、やっ、いっぱい、ヤダヤダ、こんな、の、もうムリィ…」
こっちも無理、マジで無理
これだけの煽りに耐えた俺は正直すごいと思う。
煽っているツモリはないのかもだけど、セリフが全部犯罪級、どうしたってそういう方向に脳内変換される。
半ば強制的に「おわりっ」と告げる。
これ以上はもう持たないから。
俺のアタマが沸騰して彼女に無体なマネをしないように、物理的に距離を取る。
少なくとも彼女が俺とのそーゆーことを意識するまでは待つツモリだから。
「暗くなってきたし今日はそろそろ帰りますか。送っていくから」
立ち上がりかけた俺に、再度彼女の攻撃がクリティカルヒット
「実くん、今日ずっとおっきいままだったね」
なっ、違っ…バレ、いや、違うし
なってない…よな、大丈夫だ。
「一回も敵に当たらないとずっと大きいままなんだよね、実くんすごい」
なる……。キャラクターの話……。
も、ヤダ。このおジョーさん、どこまで俺を玩ぶの。マジでこれでワザとじゃないんですよね?
「私、思ったんだけど」
今度は何を思いついちゃったのか聞くのが怖い。
とりあえず今日はもう俺のHP残りわずかだから、気を使って欲しい。ゴリゴリ削られてる。
「私ね、1人プレイよりも実くんと2人プレイのほうが好き、2人でする方が楽しい。あ、でもね、この間一紀くんに、このゲームの話したら、今度一緒に3人プレイしよう、って言ってた。3人プレイも楽しいかな?実くん?おーい、実くん、どうしたの?」
3人プレイ…とりあえず氷室君を許さない。
完全にヤツアタリだけど。
「……何でもないッス。はあ…帰りましょ」
そして帰り道は恒例のお触りに耐える、マジで地獄、いや天国、……いや、やっぱり地獄。
……我慢地獄。