アームロックに立ち寄った一行は、旅の休息も兼ねて自由時間を作ることにした。ディアスが昼寝をする場所を探して街の奥の方へ歩いていると、やまとやの店前の立て看板とにらめっこしているレナを見つけた。
「……何を百面相してる、レナ」
声をかけると、レナの顔がぱっと輝いた。
「あっ、ディアス。ちょうどよかったわ」
何がちょうど良かったのか全くわからないが、何となく獲物として発見された小動物の気分になる。
「ここのお店ね、メニューにショートケーキがあるみたいなの。でも他のケーキや飲み物もおいしそうで……。色々食べてみたいけど、一人じゃ難しいなぁって思って」
「それで俺に付き合えということか……」
「……ダメ?」
レナがしょぼくれた顔でディアスのマントの端を掴む。これではまるでダメとは言わせぬ頼み方ではないのか、とディアスは思った。
「……頼みすぎるなよ」
レナの頭を軽くポンと叩いて、ディアスは先に歩いて店のドアを開けた。小腹は空いているので、確かにちょうどいい。
「ご注文は何になさいますか?」
「えーっと、ショートケーキと、チョコレートパフェと……ねぇディアス、チーズケーキも頼んでもいい?」
「……好きにしろ」
心底うれしそうにレナはメニューの品名を店員に向けて指差している。次のページをめくると飲み物の一覧が見えた。
「喉も乾いたし、何か飲もうかな? ディアスは?」
「余ったら手伝ってやる」
「ありがとう……! じゃあ、この“胸のときめき”をください」
「……お前、どんな飲み物なのか知っているのか?」
レナは首を横に振るが楽しそうだ。
「わからないけど……ときめきっていう名前が素敵じゃない?」
なるほど、こんな幼馴染のような夢見がちな女子が、名前だけで積極的に頼むのだと、ディアスは宣伝方法に少し感心した。店員がメニューを下げて、厨房の奥に声をかける。
「ハースラワン入りま〜す」
全ての注文が通じたのを見届けて、レナは頬を緩ませる。
「ふふ、ここにディアスと来れるなんて思わなかった。昔はよく、うちに来てお母さんの料理、こうして一緒に食べてたわよね」
「……さあな、覚えていない」
「私もセシルも、嫌いな食べ物があって残そうとした時、ディアスが言ってたのよ?」
───『ほら、せっかく作ってくれたおばさんに悪いだろ。おいしいよ、食べてごらん』
そう言って、今のように向かいの席に座っていたレナと妹に、直接口に運んでやったら、二人とも一生懸命食べていた。
「頑張って飲み込んだ後、ディアスがたくさん褒めてくれて、頭撫でてくれて……。私、うれしかったなぁ」
「そのうち大きくなってきたら、いつまでも子供扱いするなと言って怒ってきたのにか?」
「もう、やっぱり覚えてるんじゃない!」
レナの膨れっ面が収まった頃、店員が注文したものを運んできた。
「お待たせしました、まずケーキ三点お持ちしました。もう一度参りますね」
「わぁ……! 見てみてディアス、どれも綺麗でおいしそう!」
この一日で最も瞳をキラキラさせて、レナは手を組んで喜んでいる。ディアスはレナの一番手前にショートケーキを置き直した。
「失礼しま〜す、続いてこちらご注文の胸のときめきです」
テーブル中央に置いた飲み物を一目見て、ディアスは言葉を失う。
「………これって」
ストローが二本、泡が浮かんだジュースの中に入っている。二本は複雑に絡ませられ離れなくなっている。レナは、二本が中央部でハートを形作っている所を人差し指でつついた。
「…………これを俺に……飲めと………」
「……あ、あのねディアス」
レナが頬を染め、顔色を窺うように小さい声で言う。
「私、これ恋愛小説で読んだことがあって、ずっと憧れだったの……。一緒に飲んでくれない?」
「………」
外堀を埋められている。こんなことを言われたら了解するほかにないだろう。とてつもない抵抗感はあったが、ディアスは渋々頷いた。
「うれしい……ありがとう」
レナがニコニコしながらストローに口をつける。仕方ない。ディアスもレナに倣う。ハートの部分が一回転しているので意外と吸うのに力がいる。レナが一生懸命吸っているが口まで届かない。ディアスはグラスを斜めに傾けてやる。前髪同士が触れる。
「んっ……。わぁ、爽やかでおいしい……!」
正直なことをいうと、色々な感情が入り混じり味なんてディアスにはわからなかった。レナが満足しているなら良しとする。
「レナ、時間がなくなる、早く食べろ」
「そうね。えーと、チョコレートパフェが溶けるから早く食べなきゃ……でもショートケーキも先に食べたいし……どうしよう……」
「俺がパフェを先に食べる。お前は好きなものを食べたらいい」
「うん……」
レナは返事をしたものの歯切れが悪い。チョコパフェを口に運ぶディアスをじっと見ている。もしや、と思いディアスは問う。
「………少し欲しいのか?」
「うん……ちょっとだけ…」
恥ずかしそうに両手を頬に当てる。ディアスはスプーンを追加でもらえるよう、店員を呼ぼうと手を上げるその前に、レナの口があーんと開いたのが見えた。
「…………レナ……お前それは……」
「あっ、ごめんなさい! 子供の頃の話してたら昔の癖を思い出しちゃって……」
レナが我に返り、慌てて口を手で押さえる。
「…………いい、ついでだ、そのまま口を開けていろ」
レナは顔を真っ赤にしていたが、じゃあ、と小声で言うと遠慮がちに再び開けた。
「ふぁ……」
レナの恥じらった表情と声が、違う方向へ妄想を掻き立てられてしまう。ディアスは脳裏を打ち消すように素早くスプーンを捩じ込んた。
「……こっちもおいしい!」
「…………」
能天気な声に力が抜けていく。
「あの……良かったらディアスもこっち食べて?」
ショートケーキが一口分刺さったフォークを、こちらの方に向けてくるのを見て、ディアスは頭を抱えた。
「……レナ……お前は……」
「私ね、一回くらいは逆に食べさせてみたいなって、実は思ってたの。お願い、ダメ?」
小さい頃に甘やかしたツケが今自分に回ってきている。当時の自分を今ほど責め立てたことはないだろう。
「………もうやらんぞ」
ディアスはぐい、とフォークを持ったレナの手首ごと掴み、そのままケーキを自分の口へ運んだ。呆気にとられていたレナが、やがてふふっと穏やかに笑う。
「ねぇディアス、私今すっごく楽しい」
「俺には苦痛でしかないがな……」
大きなため息をついた後、ディアスは頬杖をついて窓の外の景色を見ていた。
一部始終を遠くから見ていた店員が、キッチンに向かい声をかける。
「店長〜、あれで付き合ってなかったらおかしくないですか?」
「おかしいねぇ……」
二人には聞こえない声量で。
店は客の出入りが少ない、暖かい日の午後のことだった。