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    annojo_94

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    annojo_94

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    クリスマスな両片思いドラロナ
    前編だけ…

    サンタにだってサンタが来てもいいはずなんだ(前編)「持ち回りィ?」

     捻り上げたような声を出して、エプロン姿のドラ公は呆れ顔で俺を見た。

    「そう。で、今年は俺ンとこ。言わなかったっけ?」
    「初耳だね」

     文句を言いたげなドラ公に構わず、俺はショルダーホルスターに回転式拳銃リボルバー自動式拳銃オートマティックを収めた。
     スピードローダー。スペアマガジン。シースナイフ。捕縄。吸血鬼叩きと殺鬼剤。財布とスマートフォンと事務所の鍵。口寂しくなったとき用のシンマルメン、携帯灰皿、ガスライター。禁煙中だが念の為だ、念の為。VRC指定・死灰しかい用白布袋、ヨシ。オールセット。黒の革手袋を着け、馴染みの赤外套を羽織って気合を入れる。

     ドラ公は珍しく真っ昼間に──日光で死なないよう、俺に遮光カーテンを締め切らせて──起きてからというもの、ジョンと共にキッチンのぬし主だか虫だかと化していた。休むことなく、ひたすらにあらゆる品を作り上げていく。今はサーモンの洋風刺し身(トトカルチョだったと思う)を皿に盛り付けている。器用なもので、それは白の平皿にオレンジ色の花が咲きほころぶかのような光景だった。
     テーブルにはサラダや何かのパイ(タルトかもしれない)、焼きたてのピザ(多分マルガリータというヤツだ)などが所狭しと並んでいる。オーブンが今も動いているから、ここへ更に加わるらしい。もう置くスペースなんて茶碗一個ぶんも残っていないのに。
     ジョンのためにしても、俺のためにしても多すぎる。人や吸血鬼を呼んでクリスマスパーティーと洒落こむつもりだろうか。俺の城だぞ、せめて俺にヒトコト言えや。
     広くはないが間違っても狭くはない、広くはないだけの住居スペースは多種多様の香りで満たされていた。──空腹を誘うローストチキンの匂い。鶏の腹に白米やら強そうな米ワイルドライスを詰めるらしいソレは、ヤツの得意料理なのだという。ホワイトソースとチーズのまったりとした匂いはきっとグラタンのものだ。“香ばしい”にも多くの種類があるのだと実感する。

    「折角のクリスマスイブじゃないか。休みくらいとったらどうだ」

     視線を手元に落としたまま、ドラ公が俺をなじった。

    「折角の、だからだよ。誰かがやらなきゃいけねえ仕事だ」

     だったら、と俺は半笑いで続けた。

    「適任だろ、俺が。なんの予定も無いんだからさ」

     俺に想い人ドラルクはいても恋人はいない。
     兄貴や半田やカメ谷は仕事。ヒマリは学友と旅行。無為パ仲間のショット達には予定すら聞いていない。もし聞いて「今年は予定あるから無理」などと返されたら傷付く。これは防衛本能みたいなものだった。
     結果、予定はゼロ。とはいえ、仮に今日開かれるだろう事務所でのクリスマスパーティーに誘われたとしても──

    「俺なんかが一丁前に『イブは休みますゥ』なんて言ってみろ。爆ヌイ掲示板が罵詈雑言の展覧会だ」

     断る以外に選択肢はない。

    「はあ。世間体か。キミ、ホントそういうところ気にするねえ」
    「人気商売なんだよ。何度も言わせんな」

     玄関へ向かいつつ「結構苦労してんだぜ」と愚痴れば、チンドン屋も大変だねなどと返された。ヤツが飯を作っている最中でなければ間違いなくぶん殴っていたところだ。

    「まあ、なんでも構わんがね。さっさと終わらせたまえよ。サンタにそっぽを向かれるぞ、夜更しするような悪ガキは」
    「成人済みワーホリ男にサンタは来ねえの。来たのは魔女の手下みてえなオッサンだよ」
    「おい待てゴリ造、優美高妙な畏怖すべき小竜公に即刻訂正しろ」

     ブーツを履き、腰を屈めてファスナーを引き上げる。俺の返事に気を損ねたらしい魔女の手下はギャアギャアと喚き立てた。
     年一回しか来ないサンタの爺さんよりも。旨い飯作ってくれて、一緒に馬鹿やってくれて、時々優しくしてくれる、そんな魔女の手下の方が俺は何倍も嬉しい。絶対面と向かって言わねえけど。

    「大体ワーカーホリックの自覚があるなら尚更休みを」
    「あーあー、分かった分かった。気が向いたらな」

     ドラルクの小言を背中に受けながら玄関ドアを通り抜け、メビヤツを呼ぶ。ビッ、という短い電子音が返事の代わりだ。パチリと大きな目を開け、キャスターを転がしながら俺の傍に来てくれる可愛い帽子掛け兼、守護者ガーディアン。大切に護ってもらっていた帽子を受け取り被れば、退治人ロナルドの完成だ。憧れの師、ヴァモネさんをイメージした赤帽子。これをかぶると気持ちが切り替わる。
     《豪胆であれ。人々を吸血鬼の脅威から守る象徴となれ》
     見習い時代にヴァモネさんから受けた訓辞を心の中で復唱する。

    「赤に白に黒ブーツ。まさにサンタルドくんってワケだ」

     ドアから顔を覗かせたドラ公は、薄笑いを浮かべて俺の格好を冷やかした。言い得て妙だな。これに死灰袋でも背負えば完璧だろう。

    「そりゃいいや。じゃ、行ってくるわ」
    「ヌッヌヌッヌイ!」

     ドラ公の肩に乗ったジョンが小さな手を振ってくれた。ジョンは癒やし。世界平和の礎。俺はデレデレと笑って手を振り返す。
     ドラルクも軽く手を振って、俺に言った。

    「なるべく早く帰ってこい。君、食べたがっていただろう。でっかい丸太を」

     いつだったか、そんなことを言った気がする。クリスマスケーキ予約のパンフレットに載っていた、丸太みたいなチョコレートケーキ。覚えていたのかという驚きと、作ってくれているという喜びが胸を満たした。
     そっか、俺もお呼ばれされていいんだ。そりゃそうか。ここ俺の事務所だもんな。あの沢山のご馳走は俺の為でもあるんだ──は、思い上がりが過ぎるか。だけど、嬉しいものは嬉しい。

    「おう。なるべく、な」

     ニヤつきそうな口元を、恥ずかしい顔を見られるのが嫌でさっと背を向ける。早く帰ろう。早く帰って、皆で──……。

     みんな、で。
     胸がゆっくりと押しつぶされたように痛んだ。

     事務所のドアを後ろ手で閉め、帽子を深くかぶり直した。
     俺は退治人だ。少なくとも今、この格好でいるうちは。弱音や泣き言とは無縁の笑みを、無理矢理でいいから常に浮かべろ。
     ──象徴となれ。もう一度深く胸に刻み込む。
     ドラルクが来てからというもの、どうも気が緩んでいけない。必死に作り上げたはずの化けの皮が、音を立てて剥がれ落ちていく。贅沢で、我儘で、欲張りな自分が顔を出してしまう。しっかりしろ、俺。これから退治しごとだろう。
     両手で頬を張る。痛みと外気の冷たさが、少しだけ目を覚まさせてくれた。





     口紐に腕を通して肩に担いだ死灰袋が鬱陶しい。
     素直に引き取りを頼めば良かった。VRCへ早足で向かいながら、先程の失敗を噛み締める。左手に持つ小さな紙箱が鉛のように重く感じた。

     依頼は簡単な下等吸血鬼退治だ。賃貸住宅の敷地内、ゴミ捨て場に箱ごと放置された吸血野菜が飛行型の下等吸血鬼を呼び寄せ、金切り声を上げながら飛び回っているというものだった。殺鬼剤で粗方地に落とし、一匹一匹丁寧に踏み潰した。今俺がサンタクロースよろしく担いでいる袋の中身はその死灰だ。夢も希望もへったくれもない灰色は子どもが見たらたちまち咽び泣くことだろう。
     つい、格好つけてしまった。依頼者の男女はいわゆる恋人同士のようだった。クリスマスイブという特別な日の、二人の時間を邪魔するのが気まずくて申し訳なくて。ロナ戦のロナルド様なら気障な台詞を残してさっとその場を後にするはずだと思ってしまった。思うまでは良かった。
     そこそこに失敗した。
     大恥までいかずとも小恥はかいた。却って気を遣わせてしまう始末だ。「良かったらどうぞ。ネットで話題の、有名店のクッキーなんですよ」とクリスマスらしさ全開なデザインの包装紙に包まれた箱まで渡されてしまって、ほぼ半泣きで逃げるように立ち去った。
     連絡漏れに気付いたのはその後、暫く経ってからだ。別に今連絡したっていい。だがそれだと説明が面倒くさい。吸血鬼の死灰は退治後現場にて即連絡が鉄則なのだ。現場から離れた場所で回収となれば根掘り葉掘り事情を聞かれるだろう。
     正直、嘘は得意じゃない。
     嘘を吐きたくない、ではない。どちらかといえば面子の為に嘘はよく吐くのだが大体バレる。
     なんか……こう……うまい具合に悪質高等ヘンタイ吸血鬼が出てきてくれないだろうか。そうすれば、急を要していたためこちらの退治を優先して連絡が遅れたのだと嘘を吐ける。

     ──嘘。嘘、嘘、嘘。

     俺が憧れていた退治人像は、こんなものじゃなかった。つまらない嘘で塗り固めるようなものでは。
     兄貴みたいに高潔で、ヴァモネさんみたいに豪胆で。《ロナ戦のロナルド様》のように実直な退治人。それが理想だった。だけど現実はこのザマだ。
     昔はよく、こうして自己嫌悪で苦しんでいた気がする。失敗する度に誰かと比べて落ち込んだ。タバコの煙を肺に落とし込んで事務所に帰ったら、空腹も覚えないまま泥のように眠った。悪夢を見る日も少なくなかった。
     でも今は、俺が何かしくじれば即座に煽って馬鹿にしてくるヤツがいる。だから落ち込むよりも腹が立って、有耶無耶になる。ソイツは煙で簡単に死ぬ雑魚だから、自然とタバコの本数も減った。事務所に帰れば旨い飯が待っていて、俺はやんちゃ盛りの子どもかってくらい毎日腹が空いて仕方なくて。ジョンは丸くて可愛くて。悪夢は未だに見る日もあるが、そういう時は。そういう時のドラルクは、優しい。
     会いたい。できれば今すぐにでも。
     優しくしてくれなくていいから、ヘマを馬鹿にしてくれるだけでいいから、会いたい。声が聞きたい。
     足は止めずに、ポケットからスマートフォンを取り出してロック画面と睨み合った。一度だけ掛けてみようか。出ないならそれで終わり。諦めがつく、はずだ。もし出たら? 「どうした」って聞かれたら? 何を話そう。
     打ち馴れた六桁のパスコードを入れた直後、狙っていたかのようなタイミングでRINEの通知音が鳴った。メッセージはドラルクからだった。

    『早く帰ってこないと、全部食べられてしまうぞ』

     添付された写真には、この世の幸福を全て得たと言わんばかりの笑みで“切り分けられた丸太”──切り株を頬張るヒナイチとジョンが写っている。あれほど張り切って用意していたのは、ヒナイチとの約束があったからだろうか。烏滸おこがましくも、つきつきと胸が痛んだ。

    『それと事務所入り口。半田君がトラップを仕掛けたから精々気をつけておけ』

     事務所入り口のドア上に緑の悪魔を設置する半田。何故か水濡れしているショット、チキンを両手に持つサテツ。ワイングラス片手に笑顔のターチャンとマリア。チャーシューみたいに赤のリボンで巻かれたへんな。次々と送られてくる写真はどれもこれも楽しげで、今にも賑やかな声が聞こえてきそうだった。ドラルクが事務所に押し掛けて来る前までは、あり得なかった光景だ。
     アイツが来てから、俺の事務所は溜まり場になった。監視目的だとか、クッキーが目当てだとか、暇だから遊びに来ただとか。
     独りぼっちで寂しかった事務所は今や見る影もない。

    『こんな日にも仕事の君を、労いたいそうだ』
    『君を待っている』

     俺の返信を待つことなく、メッセージは続けて二つ送られてきた。

     ──アイツは吸血鬼だ。享楽主義で、暇が嫌いで、タンバリンの音にふらふらと誘き寄せられるような男だ。
     だからアイツはシンヨコを気に入った。だから皆はドラルクを気に入った。
     今のシンヨコはヒトと吸血鬼が、常人と変態が隔たりなく笑い合える魔都だ。今夜のクリスマスパーティーはある意味で理想といえる。退治人が、吸対が、吸血鬼が、ダンピールが、仲睦まじく過ごす時間。
     ドラルクはさぞご満悦なことだろう。そしてその理想郷に俺を招いてくれている。招いてやってもいいと、思われている。
     嬉しいはずだろ、ロナルド。充分だろ、それで。なら喜べよ。なに奥歯なんか噛み締めて、画面睨みつけてやがる。「あとパトロールだけ」だって「もうすぐ帰る」って、そう返せばいいだけの話だろ。
     白い息が霧散する。つんと鼻の奥が痛むのは寒さのせいだ。

     返信できずにいると、RINEにもう一枚写真が届いた。世界で一番愛らしい丸、ジョンのアップだった。ふわふわの腹毛まで鮮明に写っている。可愛い。ジョンは可愛くて、丸くて、だけど。
     だけど俺は、ドラルクと二人きりが良かった。
     退治から帰って、いつもより遅い時間。日付も変わり二十五日のクリスマスを迎えた、メビヤツもジョンもキンデメも眠った後の静かな時間。特別な会話はいらない。でっかい丸太のケーキも、チキンも残っていなくていいから、二人きりのクリスマスを過ごしてみたかった。

    「馬鹿か、俺は」

     馬鹿だ。馬鹿で、女々しくて、最低だ。
     アイツが聞いたら呆れるだろうな。『どうしてジョンを差し置いて若造なんかと』なんて溜め息を吐くだろう。考えなくとも分かることだ。
     やめろ、泣くな。大のオトナだろ。男だろ。──退治人だろ。
     すれ違う人達に顔を見られないようにと帽子のつばを下に引いた。

    「象徴となれ」

     祈るように、縋るように呟く。
     そのとき、どちゃっと何かが落ちる音が耳に飛び込んだ。俺は、はっとして顔を上げた。音の発生源を振り返る青年、立ち止まる女性……その奥に、真冬の冷たい地面に倒れた幼い男の子の姿が見えた。まさか吸血鬼の仕業か。スマートフォンを仕舞い、駆け寄る。
     俺が辿り着くより早く、わああん、と子どもの大きな泣き声が辺りの空気を震わせた。

    「大丈夫ですかっ」

     俺は、心配そうに子どもの様子を伺う数人の間に割って入った。男の子の隣でしゃがみ込む、父親と思しき若年の男性に声を掛ける。
     続けてさっと周囲を見渡してみたが、吸血鬼の姿は見当たらなかった。まだ油断ならないが、ひとまず安心して良いだろう。
     手袋に涙を吸わせてしゃくり上げる男の子の背をさすりながら、父親が俺を見上げて言った。

    「足がもつれてしまったようで……」

     昔の自分みたいだ、と俺は思った。
     ガキの頃は家でも外でも走り回っては転けて泣いていた。兄貴はそんな俺を泣きやませるのが上手かった。泣きやんだら必ず「強い子じゃな」と笑って褒めてくれた。
     俺も兄貴みたいになれないかな。なにか、この子を喜ばせてあげられるものはないだろうか。この子にしてあげられることは。渡してあげられるものは──……。
     視線を彷徨わせていると、男の子が持っている紙箱に気付いた。クリスマス仕様の綺麗な包装紙に包まれた箱は、転けた拍子にか潰れて無残な姿になってしまっていた。包装紙は赤と緑のストライプに星を散りばめたデザインで、ところどころに店のロゴが印刷されている。
     ──一緒だ。俺は自分の手元を見遣った。
     どんな偶然か、その箱は依頼人から貰ったクッキーと全く同じものだった。

    『まさにサンタルドくんってワケだ』

     ふと、ドラルクの言葉を思い出す。そうだ、この手がある。
     ああ、きっとこれは今日この夜までいい子にしていたご褒美に違いない。俺がじゃない。この男の子がだ。
     俺はしゃがみ込んで、男の子と目線を合わせた。出来るだけ優しく、怖がらせないよう笑顔で。兄貴が俺にしてくれたように。男の子の父親はやや訝しげな顔をしていたが、ふと気付いたように目を丸くした。

    「あっ。あの。もしかして貴方は、退治人のロナ──」

     俺はそれを遮って、内緒と伝えるべく唇の前で人差し指を立てた。この子に、退治人と気付かれない方が好都合だからだ。
     父親が無言で頷くのを見届けてから、俺はしゃがみ込んで男の子と改めて向かい合った。

    「ボク、大丈夫か。痛かったな」

     男の子の、泣きはらして赤くなった目が俺を見た。

    「だれ」
    「えーっと……お兄さんはな、見習いサンタやってるんだ」
    「へんな服」

     疑いの視線が上下満遍なくちくちくと刺さった。無理があったかと口角を引き攣らせていると、男の子は俺が担ぐ白い袋に気付いてぱちぱちと瞬きを繰り返した。「そうかも」と舌っ足らずな声が溢れる。
     俺はほっと安堵の白い息を吐き、ボリューム感あるもこもこの手袋をつけてなお小さな手に掴まれた紙箱を指差した。

    「それ、潰れちゃったのか」

     男の子は悲しそうに、力無くこくんと頷いた。

    「ねえ。一つ、聞いてもいいかな?」

     俺の問いかけに、男の子はうんともすんとも言わずじっと真っ直ぐに見詰め返してきた。勝手にイエスと捉えて、続ける。

    「ボク。毎日、ちゃんといい子にしていたかい」

     男の子はしっかりと頷いてみせた。先ほどと打って変わって、自信に満ち溢れた頷きだった。それから「えっとね」と前置きをして、嫌いなお風呂に毎日入ったこと、歯磨きも頑張ったこと、苦手なトマトも一生懸命食べたことなど、沢山教えてくれた。
     俺は一つ一つを「すごい」「カッコイイ」と大袈裟なほどベタ褒めして「じゃあ、これをあげよう」と紙の小箱を差し出した。男の子の躊躇いがちな視線が、俺の顔と箱を往復する。

    「いいの?」
    「いいよ」
    「ありがと、サンタさん!」

     しょぼくれた俺に味わわれずに噛み砕かれるくらいなら、こうして子どもに喜んでもらった方が本望だろう。俺がクッキーならそう思うね。
     ぱっと明るい笑みを浮かべた男の子を見て、先程までの鬱積が晴れていく。単純な男だとドラ公に言われたのはいつだったか。
     男の子の父親が「すみません」と頭を下げようとするので、やんわりと制した。「助けられたのは俺の方です」と言いかけたが不審がられるだけだろうと思いとどまる。代わりに「アレは決して変な代物ではないので」とクッキー箱の経緯を説明していると、無邪気な笑顔の男の子が「ねえねえ」と俺の外套の裾を掴んだ。

    「サンタさん、トナカイは?」

     男の子はきょろきょろと周りを見回して、サンタクロースを信じる子どもなら当然の疑問を口にした。

    「ええと。その。俺はまだ見習いだから、貰えないんだ」

     無垢な夢を壊すわけにはいかない。どうか。この嘘だけはどうか、バレませんように。

    「ソリも?」
    「そうだよ。歩いて配ってる」
    「かわいそう」
    「そっか……」

     同情されてしまったが、誤魔化せたなら良しとしよう。

    「もう痛くないか? 大丈夫?」
    「うん」
    「それは良かった。後で、お兄さんのお師匠が……」

     父親をちら、と見る。彼が照れくさそうに小さく頷いたことを確認して、男の子の真っ直ぐな眼差しと向かい合う。

    「サンタさんがプレゼント、持っていくから。今日は夜更ししないで早く寝るんだぞ」
    「うんっ!」
    「よーし、いい返事だ」

     にっと笑って、すっくと立ち上がれば男の子は小さな手のひらを俺に伸ばした。ハイタッチがしたいのだろうと察し、身を屈めてぱちりと手のひらを合わせる。

    「いい夜を!」
    「おじさん、頑張ってねー!」
    「おじ……いや。うん、頑張るよ!」

     父親は何度も何度も頭を下げながら、子どもの小さな手を優しく引いた。二つの紙箱を持った手を一生懸命に振る男の子が俺から興味を失ってこちらを見なくなるまで、俺は手を振り返した。

     ……多分、自分は何かを貰うより何かを渡すほうが性にあっている。今日、俺がアイツに贈ってやれるものは友人達との賑やかな時間だ。パーティーに邪魔が入らないよう、俺が皆の分まで働かなければ。

    「さて。頑張んねーと」

     この格好でいる内は、泣き言とは無縁の退治人だ。個人の悩みは後回し。大丈夫。平気だ。俺は強い。そうだろう、ロナルド。

     パトロールに戻ろうと振り返る。十数人程の老若男女が俺を見ていた。見られていた。あからさまにスマートフォンの背面カメラを向ける女性の姿も見える。撮られていたかもしれない。だが魔都シンヨコにおいて退治人はフリー素材のようなものだ。仕方ないことと割り切るしかない。

    「きゅ、吸血鬼だ!」

     大きな悲鳴が夜空に響いた。途端ざわつきだした人混みの合間を縫って、声の方へ急いで向かう。雑踏の中心で、色とりどりのオーナメントにて飾り付けられたモミの木──の、着ぐるみがうごめいている。丸くり貫かれた穴から顔を出す、間抜けな格好のソイツと目が合った。吸血鬼。吸血鬼とは、いったい。

    「来たな退治人っ。貴様もモミの木にしてや──」

     なにがモミの木だ馬鹿馬鹿しい。
     麻酔弾を眉間に一発撃ち込んだ。怯んだところへ駆け寄る。右足で地面を蹴り、左足で強く踏み込む。身体を捻り、腰の回転を意識して体重を乗せた右ストレートを顔面に一発。吸血鬼は無抵抗のまま仰向けに倒れ、物言わぬ倒木と化した。伐採完了。VRCの玄関でも彩ってろ。
     着ぐるみごと捕縄で縛り上げながらVRCへコールを掛け、回収を依頼する。これで死灰袋お荷物ともおさらばだと愁眉を開くも束の間、通話終了後間髪入れず着信音が鳴り出した。
     画面に表示されているのは《新横浜退治人組合》の文字だった。救援要請に違いない。ある程度の人数を確保しているとはいえ、緊急の退治が重なり一時的な人手不足に陥ることも間々ある。出れば内容は予想通り、小型吸血鬼の退治依頼だった。マスターから簡単な状況説明を受ける。

    「ロナルドさん、今動けますか? 難しいようでしたら救援を、マリアさん達に」
    「いえ、俺一人で構いません。縄打った奴引き渡して、直ぐ向かいます」
    「分かりました。くれぐれも無理のないように」
    「肝に銘じます」
    「空念仏でないことを祈りますよ」

     通話を終えると、開きっぱなしのRINE画面が再表示された。

    『別件入った』
    『日付跨ぐ』
    『どっか泊まって明日帰る』

     短いメッセージを三つ続けてドラルクに送り付ける。既読の文字はすぐに付いたが、ドラルクからの返信より先にマスターから依頼先の住所が届いた。
     遠目にVRCの作業員達を見つけ、端末を仕舞う。ホテル探しは後だ。

     ──帰りが遅くなる、とは送れなかった。

     俺なんて待たなくていい。楽しみたいだけ楽しんで、笑い疲れたなら休めばいい。眠いと思ったら眠ればいい。
     それに。なによりも俺が、いつも通りでいられる自信が無い。
     帰る先が消灯後の暗い事務所では、必要以上に落ち込む気がした。
     もしもドラルクが起きていたら、寂しかったと喚いてしまう気がした。





    「あー……さみィ……」

     日付もとうに変わり、午前三時過ぎ。
     俺は暗い町中をとぼとぼ歩いていた。冷えた身体を温めようと腕を擦ってみるが、こんなもので暖が取れるなら苦労はしない。

     町内一周駅伝もかくやと存分に走り回った。小型を叩き潰し、敵性高等吸血鬼を追いかけ回し、ハンドベルを振らされ、ソリを引かされ、途中合流した退治人も吸対も総員ミニスカサンタにされ、奇妙な絆が生まれる始末だ。服が無事元に戻ってくれたことだけが救いだった。

     お陰でホテルは取れずじまいだ。かといって、事務所には──……。そう思うのに、慣れとは恐ろしいもので俺の足は勝手に事務所へと向かっていた。
     疲れた。癒やされたい。ジョンの腹毛に顔を埋めたい。ヒーターモードのほんのり温かいメビヤツを抱き締めたい。コタツが恋しい。「お疲れ様」が聞きたい。そんな思考に囚われて、毎日世話になっている雑居ビルを見上げた。
     明かりは消えている。こんな時間だ、パーティーはお開きだろう。ドラルクは……どう、だろうな。起きているかもしれない。吸血鬼は夜目が利く。消灯は就寝の合図にならない。
     俺はかぶりを振った。軽く身体洗って、仮眠がとれたらそれでいいんだ。カプセルホテルに電話を掛けてみて、空いていないなら個室のある漫画喫茶に飛び込んでみよう。
     一旦寝て、頭を冷やすべきだ。「ようドラ公。昨日は楽しかったか?」と平気な顔ができるように。
     ホテルを検索しようとスマートフォンを取り出す。
     直後、背中に寒気を感じた。冬の寒さとは違う、もっと恐ろしく不気味な感覚だ。しかし、覚えのある感覚だった。例えばフクマさんが亜空間を繋いで突然現れるときのような──

    「もし。そこの方」

     立ち止まった俺の背に声が掛かる。良く知る声だ。

    「赤い服を着た男の子を見かけませんでしたかな」

     今、一番聞きたかった声だ。

    「迷い子を探しておりましてね。五歳ほどの利かん坊で、こんな時間になってもまだ帰ってきやしない」

     振り返る。そこにはワームホールのような歪みが顕現していて、その手前にフクマさんがいる。
     ──それから。

    「遅かったな、若造」

     ドラルクが、いる。

    「おかえり」

     微かに震えた「ただいま」は声にならず、ただの白い息となって夜の闇に溶けた。
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