イエス愛ラブ「タケミっち、オレ...絶対に幸せにするから」
オレと結婚して..ください、とそう佐野万次郎が花垣武道に告げたのは付き合い始めて10年が経過した頃だった。付き合い始めたのは中学の頃、別の世界線では丁度出会った頃だろう。
『今日からオレのダチ!!なっ』
そう友人となった世界線だ。その時は互いにこのような関係になるなんて予想もしていなかっただろう。気が付けば、友人という関係から外れ、何と名前を付ければいいかわからないような深い絆のある関係になっていた。そして、万次郎の中ではその感情に名前が付いた。告げるつもりもない想いだった。しかし、世界線が変わり、互いに幼馴染という関係に変わった瞬間、誰よりも長いときを過ごせていると感じた瞬間、万次郎は思わず口にしたのだ。
『なあタケミっち、オレさ。オマエのこと好きなんだけど』
それを聞いた武道は驚いていたものの、すぐに彼は微笑むと、『よろしくお願いしゃす!』と大粒の涙を流して頷いた。それから幼馴染から恋人へと関係が変わった。
「タケミっち?」
万次郎のプロポーズを受けた武道はそのまま地面へと視線を落としていた。今起きてることが現実なのか、夢なのか、頭が追いついていなかったのだ。幼馴染から恋人へと関係が変化した時も現実として受け入れるのに時間がかかった。しかし、今度は結婚ともなれば、また違う。
「俺で、いいんすか...?」
「は?」
「だって、俺は」
「タケミっち、オレの好きな奴を卑下にすんなよ」
武道が次に何を言おうとしているか万次郎にはわかっていた。元々花垣武道は自信がある方の人間ではない。しかし、それは万次郎も同じだった。彼自身、自分にできないことはないと考えていた時期もあった。だが、それは武道が関わらないことだ。彼のことに関しては自信が一切なくなる。
【花垣武道はみんなのヒーロー】
皆から慕われている、それは別の世界線でも、この世界線でも同じだ。その隣に自分がいていいのかと万次郎は思う事もあった。だからこそ、恋人になったのだ。そして今回も結婚を決めたのだ。
「タケミっち、オレのになってよ」
祈るように告げられた言葉、縋るような声で武道は断れるわけがない。それに武道も万次郎を想っている。恐らく彼や武道自身が考えているよりもより深く想っている。
「よろしくお願いしゃす!!」
※※※※
武道にプロポーズをした1カ月後、結婚式までさらに半月のある日のことだった。
佐野万次郎が姿を消した。
置き手紙も伝言もなく、誰にも告げずに万次郎は姿を消したのだ。彼の妹であるエマや兄の真一郎、東卍時代の副総長を務めていた龍宮寺堅らが連絡を入れても万次郎は出る事はなかった。当然武道も連絡を入れてみたが、万次郎が出る事はなかった。
「マイキー君...どうして、」
自由奔放なところがある人であった、しかし誰にも告げにどこかに行くような、家族に何も告げずに姿を消すような人でない。ならば、何か事件に巻き込まれたのではないかと武道は居ても立っても居られなかった。
「相棒!」
松野千冬、彼は別の世界線で互いに互いの命を預けるような関係、相棒だった。この世界線でも彼は武道を相棒と呼んでいる。どういうわけかはわからないが、千冬にも別の世界線の記憶があった。
「ごめんな、仕事忙しいのに...」
「気にすんなよ、場地さんも一虎君も心配してたから行かない方が怒られる」
「千冬ぅ...どうしよう、またマイキー君が闇堕ちしてたらぁ...」
「いや、ねぇと思うけどな」
お前を手に入れているのに、とまでは言葉にしないと千冬は決めていた。彼は武道に万次郎と同じ感情を武道に抱いていたわけではない。しかし、万次郎の抱く武道への想いの重さは身を持って知っている、気がする。
「心当たりねぇのかよ」
「心当たりは全部連絡したけど...連絡すればするほど、みんなに迷惑かけちまうし」
「俺はいいのかよ」
「千冬は相棒だし」
ダメ?と言われれば、千冬は首を横に振るしかない。
「エマちゃんには聞いてみた?」
「聞いてたけど、何も...」
そう言いかけたところで武道の携帯のバイブレーションが鳴り、慌てて手にしてみれば、そこには「エマ」という名が表示されていた。
「エマちゃん!」
『タケミっち!出た、よかった...あのね、家にないの!』
主語のない言葉に武道は「何が?」と問い返せば、『ごめん』と返ってきて、武道はそのないと言われたもののを聞き、「わかった、ありがとう」と頷いた。推測でしかないが、武道は万次郎がいる場所がわかった気がした。
※※※※
「ここにまた来ることになるとはな」
エマがないと言っていたのはパスポートだった。そこから導き出された場所は1つしかなかった。フィリピンのあの場所だ。別の世界線とはいえ、来るのは2度目だ。あの時はトリガーだった当時の恋人の弟、橘直人も一緒だった。今回は千冬が一緒に行くと言ってくれたが、武道は1人で行くことを決めた。
『ここにわざわざ呼んだのは“頼み”があってね』
歩きながら、武道はあの未来を思い出していた。悲しい未来だった、彼が苦しんでいた未来だ。いや、もしかしたら苦しんでいない未来などは彼にはなかったのかもしれない。
「まさか...今も」
もしも、もしもそうならば、と考える武道の心臓がドクンと鳴るのを感じた。そうだとすれば、それに気づくことができなった事になる。そう考えてしまえば、その場から動けなくなる。
「マイキー君...」
しかし、そうだとするならば、そして、ここに彼がいるというならば、思いっきり顔を上げると、「これから一緒にいるなら」と彼がいるだろう場所へと向かった。
「え」
奥へ奥へと進んでみたが、万次郎の姿は見つけられなかった。少し待ってみたが、彼が現れる気配はない。数日、通ってみたが、やはり万次郎が現れることはなかった。
※※※※
その後、日本に帰国した武道は1つの仮説を立てた。万次郎は何か目的があって、フィリピンにいたことだ。決して遠くはないが、その地に1人でいたとしたら、目的がないわけ
がないのだ。
「マイキー君...何を考えてるんだ」
もしも、武道が考えた仮説が正しければ、次に万次郎が向かうのは1つだ。既にもういないかもしれない。しかしフィリピンとは違い、何か痕跡が残っているかもしれない。
そこもまた未来の佐野万次郎と再会した場所だ。
翌日になってしまったが、武道はあの場所へと向かった。
“宇田川ボウリング場”
『いい未来だろ?』
そう問われた時、武道はその彼を否定してしまった事を後悔している。別の世界線もこの世界線でも過ごしている時間が佐野万次郎という人間を教えてくれる。彼にあの時言うべきだったのは否定ではなかった。
「マイキー君...あの時、言えなかったけど...ありがとう」
お疲れ様..と彼と再会したボウリング場のベンチ、万次郎が座っていた場所を撫でた。呟いた後、周囲を見回したが、人影はなかった。ここにも来ていないということだろうか。
武道はそのまま、あの未来で彼が飛び降りた屋上へと向かった。
「やっと追いつきましたよ」
屋上に端に座り込んでいる人影、万次郎を見つけた。
「追ってこいなんて言ってねぇよ」
俯いたまま、何か考え込んでいる様子で呟かれた言葉に武道は息を吐きだした。そして、ゆっくりと歩み寄り、彼の隣に腰を下した。
「心配したっスよ」
「うん...ごめん」
今度は素直な言葉返ってきたことに少し驚きながらも、「どうしたんすか?」と万次郎の顔を覗き込めば、「考えてた」と短く返ってきた。すぐに彼はゆっくりと視線を武道へと向ければ、見つめあうかたちになる。
「ずっと考えてた、でもさ...どうしたらいいかわかんなくて」
そしたら凄く逃げ出したくなってさ、と呟かれた言葉はいつも自信に満ちている彼ではなかった。
「そしたらフィリピンにいて、オマエさ...あいつの話する時泣きそうじゃん。そしたら今度はすげぇ腹立ってきたんだ」
万次郎の話では数日はフィリピンで過ごしたのだと語った。その間、何度もあの場所に訪れては考えていたのだと続けた。
「俺もフィリピン行ったんですよ、そしたらいろいろ溢れてきました」
武道が口を開くと、「...タケミっち、聞いて」と言葉を遮られ、武道は頷いた。
「ここに来たのも同じ理由なんだ、タケミっちはここにいたあいつの願いを聞いて、オレ
に会いに来た。すげぇ悔しくなったんだ」
万次郎は一瞬たりとも武道から視線を外さず、彼の手を握ると、「タイムリープの力がまだあるかわかねぇけどさ」とその手を額に宛てた。
「もう後悔はしてねぇし、すげぇ幸せなんだよ」
彼の表情は強張っていることからようやく緊張しているのだと気づいた。
「よかったっス、君が幸せなら」
握られている手に万次郎と同じように額を寄せれば、「なあ、タケミチ」と万次郎はあだ名ではなく、本名で呼んだ。
「他の未来では悲しみとか苦しみしかあげれられなかったけど、今のオレはオマエは幸せをやる」
既にプロポーズはもらっているというのに、再び贈られたプロポーズに武道は目を見開き、すぐに武道は「はい!!」と頷いた。
そのあとは2人で笑って、少しだけ泣いた。
※※※※
結婚式当日、武道は控え室の窓から空を見上げていた。
「マイキー君、見つかってよかったな」
そう声をかけてきたのは千冬だった。彼には迷惑かけると思いながらも、「そうだな」と頷けば、「場地さんも他の奴らも大変だったんぜ」と何かを思い出すように彼は万次郎が姿を消し、それを武道が探している間のことだ。
「相棒には言えなかったんだけどさ」
「え」
万次郎がいなくなり、結婚式まではあと半月だったこともあり、影武者を立てるって話がでたのだと聞かされた。
「まあ、俺かあっくんだろって話になったのに、タクヤと鶴蝶と、あと稀咲が”俺だ!”と
か言い始めてさ。大乱闘になりそうになったんだよ」
千堂敦、彼は中学で出会った友人。タクヤと鶴蝶は幼馴染、そして稀咲は別の世界では敵だったが、今は友人だ。
「みんなに心配かけちゃったな」
「だから、ちゃんとマイキー君の手綱握っとけよ」
みんな狙ってんだぜ、と揶揄うように言い放たれた言葉に、「ありがとな」と返せば、千冬は満面な笑顔を浮かべた後、すぐに顔色が変わった。
「千冬、その話詳しく聞かせろ」
ここは武道の控室だが、様子を見に来たのか万次郎がドアの前の立っていた。
「あれっすよ!マイキー君!みんな相棒のこと心配してて、ですね」
「...まあいいけど、タケミっちはオレのもんだし。まあ、これからはずっとオレだから」
武道の隣に立つと、「ここはもうオレの場所だかんな」と武道の手を握った。
その2人を残して、千冬は万次郎の控室を覗いたがすぐにドアを閉めた。万次郎の幼馴染であり、東卍時代、壱番隊隊長の場地圭介を始めとするメンバーが倒れていたのは見えなかったことにした。
※※※※
「新郎、佐野万次郎。あなたはここにいる武道を病める時も健やかなる時も...」
結婚式の誓いの言葉を聞きながら、万次郎は武道へと視線を向けていた。武道の瞳が好きで、その瞳に涙が溜めていれば海のように見えるその瞳が好きだ。泣いている彼も好きだが、武道には笑顔を贈りたいと思った。
そして、佐野万次郎は花垣武道を幸せにしたいと考えていた。自分は彼から多く貰った、与えられたことを理解しているからだ。
プロポーズをしたのは誰にも取られたくなかったからというのが大半を占めている、でもそれ以上に誰よりも彼を幸せにしたと願ったからだ。自分を幸せにしてくれた彼を同じように幸せにしたいと願ったからだ。だから彼は別の未来の佐野万次郎の最期の場所を訪れた。別の未来の自分とはいえ、今の万次郎からすれば別の人間だ。それに武道が支配されているような気がしていたからだ。
「愛し、敬い、慈しむと誓いますか?」
「誓います」
神父の言葉に万次郎は大きく頷いた。他の未来も彼を愛していたことこの数日間で万次郎は気づいた。目を閉じれば、会ったこともない2人の男が浮かび上がる。
「もうオマエらのじゃねぇよ」
小さく呟けば、隣にいた武道には聞こえていたのか、不思議そうな顔をしていた。
「新郎、花垣武道」
誓いの言葉を聞きながら、武道は目を閉じた。数えきれないほどの試練、過去、未来があった。その中でこの未来があるなんて想像もできなかったと思う。前述もしているが、万次郎と恋人になった時も、プロポーズをされた時もずっと自信はなかった。彼の隣にいていいのかと思った。万次郎が姿を消した時は何よりも心配だった。彼がまた苦しんでいるのではないかと考えてしまった。目を開いて、万次郎へと視線を向ければ、目を合う。彼もまた武道を見ていた。目が合った瞬間、満面な笑みを浮かべていた。
「愛し、敬い、慈しむと誓いますか?」
「誓います!」
思ったより、大きな声が出て、武道は「あ」と呟けば、「タケミっち」と万次郎に名前を呼ばれた。
「マイキー君?」
「大好き」
まだ誓いの口づけとは言われてもいないのに万次郎は武道の唇へと口づけた。その様子を見ていた神父は何かを言うわけでもなく、「お幸せに」と微笑んでいた。
「はい!」
武道は大きな声で返せば、「タケミっち行くぞ!」と万次郎が彼を抱きかかえた。
「え、マイキー君!」
「こっからがスタートなんだよ!ぜってぇ幸せにすっからな!」
教会の赤じゅうたんを歩きながら、武道へと微笑みかける。
「俺だって!」
返そうとすれば、その前に万次郎の唇が降ってきて、言葉を遮られる。
「今度はオレの番なんだよ!邪魔すんな!」
オレがやるって言ったらやるんだよ、と頬を紅くしながら呟く彼に可愛いと感じながらも言葉にしたら怒られる未来が見え、「よろしくお願いします!」と涙を浮かべながら頷いた。
ハッピーウェディング