ママさんなたけみっち~佐野万次郎編~俺を暗い底から引っ張っり出してくれたのはあなただった。
しとしとと、まるで男の心情を表すかのように雨が降る。とある商店街、男は店のシャッターによっかかり俯いて座っていた。男は、雨が降っていようとも自分が雨で濡れようともその場から動こうとはしなかった。
「お兄さん、そんなところにいたらな風邪ひくよ...」
ふいに声をかけられ、顔を上げるとそこには傘を差し出す女がいた。
これが女基スナックのママである花垣武道と出会ったときである。
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「ほら、服脱いで!お風呂はいって!」
知らない女に連れられてやってきたのは商店街から少し離れ、暗い路地に入ったところにあるスナック店"花垣"。
一見、路地の入口にある看板を見ない限り通り過ぎてしまいそうな立地だが、店に入ればどこか安心するような空間が繰り広げられていた。
俺こと佐野万次郎、通称マイキーは、突然の女の誘いに動揺していたが、そんな動揺とは裏腹に万次郎は女の言うことを聞いていた。
俺は、俗に言う有名人だ。
アイドル俳優、佐野万次郎。そういえば誰もが目を光らせこちらを見る。
今は、アイドルとして活動している俺だが、昔の俺は不良だった。
あの時は、楽しかった。
チームを作って、皆と一緒に暴れ回って、ツーリングして、バカ騒ぎして...あの時が俺の一番の青春と言えるだろう。
俺含め、仲間の皆は中3の時チームを解散してそれぞれの道を歩み始めた。かと言って、メンバーとは頻繁に遊んでいたが...
ある日、街に行って、エマとイザナと一緒にスカウトされた。ノリでケンちんも誘い三ツ谷も誘い3人でアイドルグループを作った。
最初こそは人気がなかったが、努力の結果。三ツ谷は、アイドルをしながらデザイナーを、ケンちんは、俺と同じでアイドルしながら俳優をやってる。
今じゃ、注目の的だ。
『いやぁ〜!マイキー♡私を見て〜』
『きゃぁぁぁ♡』
ファンは変わらず、アイドルの佐野万次郎しか見ていない。
『いやぁ、さすが佐野くん!やっぱり天才だね!』
『まさに、アイドル界のヒーロー!君は才能の持ち主だよ!』
『チッ、いきに乗りやがって!』
『今にみてろ、そのうち売れなくなってくるぜ?』
スタッフも、同業者も...
『佐野くん、君のおかげで事務所は大盛り上がりだよ!』
社長も...
誰も、"俺"自信を見てくれない。
「...ん」
"俺"は、"天才"なんかじゃない...ただどこにでもいる普通の男だ...
「お兄さん?!」
「ハッ...!」
目の前には、先程の女が覗き込むようにして俺を見ていた。
どうやら、濡れた服のままたっていたのが気になったのだろう。
「もう、早くしないと風邪引きますよ!早く入ってきてください!」
女は俺の背中を押して風呂場へと誘導する。昔の俺ならば今の状況もすぐに覆すことが出来ただろう。だが大人になってからはそれが出来なくなっていた。
昔のように寝ることができなくなったからだ...
「あ...え...」
「あ、お風呂はその先の右にあるんで!」
「え、いや...」
「ほらほら、遠慮しないで!」
それでも少し抗おうとしてもやっぱり無理だった。この女、力少し強いな...
「あの、な、名前」
押されながらも、名前だけでも聞いておこうと聞くと...
「ん?私の名前は花垣武道だよ!ほら、早く入った入った!」
「うわっ、ちょっ...」バタンっ...
そのまま、お風呂場に閉じ込められた俺はどうしようもなく素直にお風呂に入ることにした。
余談だが今は、アイドル活動を休止している。ケンちんと三ツ谷が気を利かせてくれたからだ。
久しぶりに入ったお風呂はとても気持ちが良かった。
===
ろくに髪も乾かさないで、風呂場から離れると女基花垣武道は、カウンターでなにやら作業を行っていた。
花垣は、俺の事に気がついたのか笑みを浮かべてこちらに向くが、次の瞬間、その顔は曇りだした。
そういえば、大抵の女は俺に気がついた時に黄色い悲鳴を上げながら近づいて来るが、こいつはそれがなかった。見た目的に、化粧とかしなさそうだから有名人のことは知らないのかと、そう思っていた。
その時...
「お兄さん、髪の毛乾かしてないじゃないですか!こんなんだったら風邪ひいちゃいますよ?!」
そう言って俺の肩にかけていたタオルを頭に被せて優しく撫でるように俺の髪をタオルドライしてきた。
「だ...ウワップ」
大丈夫です。そう言おうと思ったがタオルに埋もれてその言葉は消えた。代わりにさっき入った風呂の入浴剤のいい香りと、頭を撫でられるような感覚に陥った。
(懐かしいな...昔は真一郎にこれやってもらってたっけ...)
今では滅多に会えないバイク屋を営んでいる父親代わりの兄は、万次郎がお風呂から上がった時はいつも頭を拭いてくれた。
しばらく、俺はそのまま頭を拭かれていった。
なんだか、心が満たされるような気がした。
「よし、だいぶ乾いたね。お兄さん、ご飯食べる?」
「え、...うん。」
正直に言って最近は、あまり食べ物を食べたいと思えなかった。
けど、花垣の優しさに触れてか気分的に食べれそうな気がしてきた。
「そっか!良かった!ちょっとまっててね!」
花垣はカウンターへと戻って行った。
「はい、おまたせ」
目の前に出てきたのはお粥だった。
「あ、あの...」
「お兄さん、最近寝れてないでしょ?」
「え...」
まさか、初めて会った人にバレるなんて思ってもいなかった。
「見た感じ、あまり食べてなさそうだったから、今日は寒いし暖かくて食べやすいもの用意したんだ。召し上がれ」
花垣はニコッと笑ってこちらを見る。
「...い、いただきます。」
1口だけお粥を食べると、ほんのり牛乳の甘さが感じられて暖かくてとても美味しかった。
久しぶりに食べたものの中で美味しいと思えた。
「美味しい...」
それは思っているだけではとどまらず俺は、口に出してしまっていた。
「ほんと?良かった。ミルク粥にしたんだ。甘くて美味しいでしょ?」
「うん...」
そこからは、今までが嘘かのようにスイスイと食欲が湧いて、あっという間に間食してしまった。
「ごちそうさまです」
「ふふっ、お粗末さまです!」
不思議な人だと思った。見ず知らずの初めての人にここまでしてくれる花垣がとても面白かった。
「さて、食事も終えた頃だし少しお姉さんとお話しようか。俳優、佐野万次郎くん?」
その言葉を聞いて、俺は落胆した。
目の前にいる花垣も、やっぱり俺目当てで助けたのだろうと、何となくわかってしまった。
「なんで助けたの?」
俺は率直に花垣に聞いた。
聞かずとも答えはわかっているようなものだが...
しかし、予想と反して花垣は違う答えを言った。
「あぁ!別にメディアにあげようとかそんなこと思ってないからね?助けたのはただ、君が助けを求めているように感じたから。」
ただそれだけよ。と花垣は言った。
「それだけ...?」
俺は、信じられないと思った。そんなヒーローみたいなことをするのは真一郎以外もう居ないだろうと思ったから。
「うん」
馬鹿正直に答える目の前の女に俺は次第に怒りを覚えた。
俺は、立ち上がって花垣の襟元を掴む。
「嘘だ!お前も、他の奴らと同じで金に目がくらむだけなんだ!俺を!"俺"自信を見ないまま!」
周りの奴らはみんなそうだった。猫なで声で引っ付いてくる女優も、スタッフも、みんな俺という佐野万次郎の権力に縋りたいだけ、ただそれだけなのだ!
こいつも、優しくしてくれたのは今だけであとからは絶対に裏切る。そう思っていた。
万次郎は、昔のように簡単には人を信じられなくなっていた。
中学のよう時のように、芸能界でも仲間を信じて一緒に戦ってきたはずだった。なのに、この業界に入ってから、大人になってから、周りのヤツらが信じられなくなっていた。
万次郎は、大人に乗り切れていない子供だ。唯我独尊であるはずの本来の彼が心の隅に隠れるほどの演技で誤魔化し続ける子供だ。
今の彼はまるで、周りに取り残されたような哀れな子供に成り果てている。
(どうせ、みんなも!ケンちんも!三ツ谷も!)
今までために溜めた感情は爆発し、今まで支えてきた仲間のことも信じられなくなってきた。
そんな時...
フワッと花のような香りが俺の鼻を包み込んだ。そして誰かに抱きしめられている感覚が次に襲う。
「よく頑張ったね」
花垣からかけられた言葉はたったそれだけだった。
まるで、子供に語りかけるような言葉を花垣は俺に向けて言った。普通の大人なら子供扱いするなと言うだろうその言葉は、万次郎にとっては今まさに欲していた言葉だった。
「ッ...!」
(違う違う!こいつはみんなと同じなんだ!あいつらと変わらない...)
「私は、君のことは何も知らない。君がどんなに頑張って今の道に立っているのかも知らない。でも、そんな私が言える言葉は少ないから...よく頑張ったね万次郎くん。」
その言葉がトドメだった。
ポロッ...
「っぁ...」
ポロポロと次第に溢れる涙。とめどなく溢れるそれは、万次郎でさえ止め方を知らなかった。
万次郎が、涙を流したのは演技以外では中学生以来だろう。いや、それよりも前か...
誰から見ても中心人物だった彼は、他人に弱さなんて見せなかった。
唯一、兄である真一郎以外は...
花垣の背中に手をまわす。溢れてくる涙の止め方を知らない万次郎は花垣に縋ることぐらいしか今は出来なかった。
「よしよし、よく頑張ったね。お疲れ様。」
言葉とは単純だ。嘘も簡単につける。それなのに、花垣から放たれてる言葉は暖かく優しさに包まれていた。
赤子をあやす様にマイキーの背中を優しく叩く花垣の姿はもう母親と言っても過言ではないだろう。
万次郎は、気が済むまで泣き続けた。
===
「すぅ...すぅ...」
しばらく経って泣き疲れたのか万次郎は花垣に抱きついたまま寝落ちた。
「ふふっ、子供みたいだね...」
目を赤くして寝ているマイキーを見て花垣は思った。
しかし、この体制ではよく寝れないだろうと自前の筋力を活かして万次郎を近くの長椅子の上に横にする。枕を探そうとして起き上がろうとすると裾が引っ張られた。どうやら、簡単には離してくれないらしい。
仕方がなく花垣は、膝にマイキーの頭を乗せた。余談だが、ここまでの流れで万次郎は1度も目を覚ましていない。睡眠不足のせいでもあるだろうが、花垣はスナックのママである。酔ったお客の相手をよくしている花垣にとって、その手の類は何度もやった事があったのだ。
近くに置いていった毛布を万次郎かけ、目元にのこる涙を拭って隈をなぞる。
「こんなになるまで溜め込んで...」
(本当に真は何やってるのか...)
花垣は、古い友人のことを思い出していた。
ポケットからスマホを取り出し、とある人物に電話をかける。
「あ、もしもし?私だけど...」
===
『おーい、マイキー早くしろよ!』
ケンちんがバイクに乗って俺を呼んでる。
周りには見慣れた奴ら。
パーチん
場地
三ツ谷
一虎
けんちん
みんなそれぞれのバイクに乗ってツーリングをしようとしていた。もちろん、目の前には兄、真一郎から貰ったバフがある。
(懐かしい、昔はみんなとツーリングしたな...)
あのころの記憶が蘇ってマイキーは1人懐かしんでいた。
バイクに乗ってみんなと一緒に走る。
トンネルに入ってみんなで競走して、トンネルを抜ければ...
「......」
夢はそこでおわり、万次郎は目を覚ました。
(懐かしかった...)
久しぶりによく寝れた万次郎は今まで見なかったいい夢を見ることが出来た。
「あ、起きたね...!」
目の前に花垣の顔が現れて内心万次郎はビクッとした。その事に気が付かない花垣は、マイキーの前髪をサラッと直して頭を撫でる。
「あれから数時間ぐらい寝てたんだよ。どう?疲れとれた?」
「...うん...」
どうやら俺はこの人の膝を使って寝てたらしい、しかもいつ寝たのか記憶が定かじゃない。でも、初めてあった人にお礼を言わずいつの間にか寝ていた事実に恥ずかしくなるだけだった。
「良かった!ところで、お迎えが来てるよ」
「え?」
「万次郎!」
「真一郎!?」
目の前に現れたのは真一郎だった。万次郎は咄嗟に飛び起きてふと疑問に思った。どうしてここの店を知っているのか謎だったからだ。
けれど、答えはすぐに見つかった。
「タケは...武道は俺のダチだ。」
「真とは腐れ縁だよ。」
「腐れ縁とは酷いな...」
「実際そうでしょ?」
「まぁ...そうだけど...」
どうやら花垣は兄と知り合いだったようだ。真一郎曰く、花垣の方から急に連絡が入って来たそうだ。
「万次郎帰るぞ」
手を差し出す真一郎。いつもなら手を繋ぐなんて幼稚じみたことはしないが何故か今日だけは特別だと思ってしまった。
真一郎もまさか万次郎が手を握るとは思っていなかったがそれだけメンタルをやられていたことに気が付かなかった自分を悔やんでいた。
「真、電話で離した通りだから。」
甘やかしてやって...タケは言わなかったが目だけはそう言ってるように思えた。
「じゃあな」
タケに挨拶言って帰ろうとしたが、万次郎の足取りが止まる。
なんだと思って見ると万次郎がタケの服の袖を掴んで離さなかった。
「あの...万次郎君?」
「......マイキーって呼んで」
万次郎の顔を除けばまだ離れたくないと顔が言っていた。それを見て俺はとても面白かった。
「プッ、ハハハハハッ!万次郎、タケのこと気に入ったのか?」
こんなに甘えている万次郎は久しぶりに見たような気がする。これは、俺以上に甘えてないか?なんか妬いちゃうな...まぁでもタケだからしょうがないか...
タケもタケで何を思ったか分からないが表情を緩め万次郎にあやす様に話す。
「マイキー君、ここにはいつでも来ていいから。今は、真と帰ってちゃんと睡眠しようか...」
ね?とタケが万次郎を絆すと万次郎はコクっと頷いた。
さすがタケだと心の中で思った。
手を振るタケを後ろにバイクに乗る2人。
タケが見えなくなってしばらくすると万次郎が聞いてきた。
「ねぇ、真一郎。」
「なんだ?」
「たけみっちとどこで知り合ったの?」
(たけみっち...もう既に渾名を付けたのか...)
俺は教えてもいいと思ったがいかんせん自分の黒歴史を話すようなものなのでタケに全部任せようと思った。
「あいつとは昔に会ったんだよ。詳しく聞きたいならタケに聞いてみな?」
「ふーん」
弟はどうやら納得していないがそれ以上は聞いてこなかった。
内心、ほっとした...
まさか、総長やってた時に惚れて追いかけ回した女(タケ)とは言えない。
しかもまだ諦めていないこの気持ちも...