ピロートークの出来ない2人 サイドテーブルに乗ったライトがギリギリまでその光度を落として、鈍く部屋を照らしている。カーテンは全て閉め切り、月明かりすら入らない部屋に二人の影はあった。
「……灯り、付けますよ」
事の前、巽は部屋を暗くしようと言い出した。HiMERUは最初、できる限り要望には応えようと灯りを消していったが、最後に残されていたライトまで消そうとしたものだから、流石にその手を止めた。
もしやこの男は、月が見ているだとか、神が見ているとでも言い出すのではないか。そう一瞬思い顔を顰めたが、巽は「恥ずかしいので」と囁くだけでそれ以上は何も言わなかった。
「え……っと、待って下さいね、下着が見つからなくて」
あれだけ長時間いたのだから、暗闇にも大分目は慣れたものの、ベッドの範囲外となると何も見えず、巽は手探りで床を確認し出した。
「はあ、埒があかないので付けますからね」
後ろで、あっ、と言う巽の声が聞こえるのもよそにHiMERUはツマミを回した。隅にやっていたブランケットを巽は頭から被り、目元だけ出している。
「ん、このブランケット、HiMERUさんの匂いがします」
「……当たり前でしょう、HiMERUのベッドなんですから、水、飲みますか」
こくり、と巽が頷くのを見るとHiMERUは立ち上がり、少しだけ離れたテーブルに乗せて置いた二本のペットボトルを取りに行く。
手に取ったボトルを片方小脇に抱え、その場で水を飲む。彼の口へ水が流れ、その先の喉が躍動する。そんな些細な動きすら、巽はただただ黙ってじっと見つめていた。
瞬きもしていないんじゃないか、と言う程の視線に耐えられず、HiMERUは足早にベッドへ戻るとボトルを差し出した。
「ありがとうございます」
片手でブランケットを前で留めたまま、巽はボトルを受け取った。先程まで、互いに裸で、それこそ生まれたままの姿で身を寄せ合ったのに、何を今更。恥じらいが全く無いよりは良いが、HiMERUは何となく歯痒さを感じていた。目線を下げると、巽はボトルの蓋が開けられないのか悪戦苦闘している。
「あっ、はは、すみません、何だか手に力が入らなくて」
「あれだけシーツを強く握っていたら、そうなりますよ」
「そ、そうですな、お恥ずかしい」
ボトルを取り上げ、開けてやる。その言葉に行為中の自分を思い出したのか、上裸で目の前に立っているHiMERUへの目のやり場に困った様子で、巽は目を伏せた。
普段ならばHiMERUが何を言わずとも勝手に語り出し、顔を覗き込んで来るのに、今二人の間には重い沈黙が続いている。水を飲み終わると、手持ち無沙汰になってしまってさらに口を開きづらくなった。
この部屋に入った時の雰囲気の方が幾分かマシだと思えるくらいだ。
ギシ、と再び膝をかけたベッドのスプリングが軋む音がやけに響いて聞こえる。沈んだ拍子に、巽の身体がそれに釣られて傾く。傾いたまま耐える事なくポス、と横に倒れ込んだまま動かない。添え膳に見えなくもない。
「…………………………」
視線がぶつかり、HiMERUは巽の顔にかかった髪をそっと避ける。耽美な顔がゆっくりと近づいてくるのを、巽はじっと見ていた。
そんなに見てくれるな、とHiMERUはその目元を片手で覆うと、ちゅ、と微かな音を立てて額にキスを落とす。
「「あの」」
ようやく絶たれた沈黙の真ん中で、二人の声が重なる。互いが、どうぞと言わんばかりに相手の様子を伺うのでまた沈黙が続きそうになったが、それを破ったのは巽だった。
「あの、なんか俺、何も出来なかった気がしてしまって……いっぱいいっぱいになってしまったと言いますか、次は頑張りますので、その……」
歯切れ悪くそう言うが、要するにこちらは良くなかったとでも思われているらしい。
「いえ、むしろ頭が回らず、巽の身体を全く気遣う事なく事を進めてしまった気がしますが……身体は平気ですか」
「? 全然そんなことはありませんでしたよ、平気です。自分が情けないと思ってしまうくらい、お上手だと感じましたが」
「別に、巽だって恥じる割には変なところで煽ってきたじゃ無いですか、耐える身にもなってもらわないと困るくらいです」
一応、二人とも初めてだったので手ほどきも何もないが、聞く分には上手くいったらしい。それを双方、会話の折々で感じた。
なんだ、と拍子抜けすらしてしまう。
「……ふふ、ああ、何だか安心しました」
ブランケットで口元を隠すと、巽はくふくふと子どものように笑った。
「いつまで、そうしているつもりですか」
「おや、すみません、一緒に入りますか?」
ブランケットを少しだけあげると、素肌が垣間見える。また変な気分になってしまいそうになるのを長いため息で誤魔化し、その中に入ると、自然と二人して息を潜めてしまった。
顔を真近で見るのに耐えかね、巽はHiMERUの胸へ耳を当てた。心音がよく聞こえる。
「すごいドキドキしていますね」
「……それはそうでしょう」
「先程もこれくらい?」
「そんなこと知りません」
「……もう一度しますか?」
「…………………………しません」
HiMERUは巽の頭を軽く小突いた後、優しく撫でて、髪を解いた。徐々に心音が落ち着き、トク、トク、と心地よくリズムを刻む。
その音に釣られて、巽は瞼を閉じた。
結局、ピロートークもままならないまま眠りに付いたが、同じ朝を迎えた二人はそれをきっと幸せと思うだろう。