崎の治角名+異世界の治角名治の部屋の鏡を除くと違う世界に繋がっていた。何言ってんだこいつと思うかもしれないが、俺も意味がわからない。でも実際に目の前で起こっているのだ。しかも……鏡の中には俺にそっくりのやつがいた。
「いや、意味わかんないんだけど」
「まぁ同じ顔なんて俺らで見慣れてるやん」
「それとは話が別だろ……」
事の発端は少し前。週末に出された課題を一緒にやろうと言う話になった。丁度同室の侑が部屋を空けるからと治たちの部屋で。
「どーぞぉ」
「おじゃまします。綺麗にしてんね」
「だいたいこんなもんやろ」
同じ間取り、同じ家具でもやはり住んでる人たちの個性は出るものだ。机の上に無造作に積まれた教科書に今月号のバレー雑誌。ズボンなのかシャツなのかわからないがクローゼットの隙間から布がはみ出していて、急いで散乱している衣類を放り込む治の姿が目に浮かんだ。だいたいこんなもんやろなんて言ってたけど、急いで片付けたんだろうなと思うと自然と広角が上がる。
「ちょっとトイレ借りるね」
「おう」
お風呂は共同だがトイレは部屋に1つずつつけられている。よく侑と治が今週のトイレ掃除はお前だなんだって言い合いしてるっけ。向かいにシンプルな鏡と洗面所。そこで手を洗っていると信じられない事が起きたのだ。
『ねぇ』
「……」
『ねぇ、聞こえない?』
「はっ?」
『あっ聞こえた?よかったやっぱり夢じゃなかった!』
「えっ?」
普通、鏡は自分と同じ動きをするものだ、そのはずだ……。俺の知ってる常識では。だが目の前に映っているはずの俺は違う動きをして、目を開いて驚きを隠せない表情ではなく、好奇心を抑えられないうように笑っていた。
『手を伸ばしてみて』
「いや……ちょっとまって……」
『ねぇ、お願い。手を伸ばして』
目の前で信じられないことを経験すると人間の思考なんてうまく働いてくれない。"手を伸ばして"混乱してる最中に言われたその言葉に何故か従ってしまった。鏡越しに手が重なるとまるで水面のように波紋が浮かび上がって指が沈み感じたのは鏡の冷たさではく人の肌に触れた感触だった。それだけでも信じられないというのに波紋は広がり触れていただけの手がこちらの手を握った瞬間思わず自分の手を引いた。それと同時に俺の手を握った本人までもが鏡の中から出てきてしまった。
「おっおさむ!おさむ!」
「なんやねんでっかい声出してって…」
『いたた……もう少し優しく引いてほしかったな』
「えっ……すなも双子やったん?」
「んなわけあるか!」
治との関係がただのチームメイトから恋人に変わったのが数ヶ月前。片思いで終わると思っていた俺には正直信じられない話で、治が「好きや」と言ってくれときは冗談なのかとか罰ゲームかよなんてごまかす余裕もなくただ「俺も」と答えるだけでいっぱいいっぱいだった。そんな可愛げがない返事でも嬉しいわと言ってくれた笑顔を見て顔が熱くなったのを覚えてる。元から距離は近いやつだったけど恋人という明確な関係が出来てからより遠慮がなくなった気がする。少し前に手は繋いだ柄にもなくドキドキした、関係が変わってから初めて入る治(と侑)の部屋に意識しなかったわけじゃないけど完全にそれどころではなくなった。
「無理。意味わかんない。」
「おもろいやんか」
『ねぇこれは何?』
「……」
同じ顔を見慣れてるってそれはあくまで侑と治の顔をってことで、目の前にもう1人自分がいたら戸惑うに決まってんじゃん。生まれた時から一緒なわけじゃないんだから。
『君はオサムとそっくりだね』
「俺も治言うねん」
こっちが混乱してるのなんてお構いなしにもう1人の俺……いや俺ではないな、そいつはこっちの世界に興味津々らしい
「あっちのスナはこっちの角名とだいぶ性格違そうやな」
「ソーダネ……」
「鏡やから性格も反対なのかもな」
「ちょっと上手いこと言わないでくんない」
俺が変なのか?と思うぐらい治は落ち着いていた、というよりこの状況を面白がっていた。
「なぁ、あんたの事教えてや」
『俺?』
「おん、あんたからしたら鏡から出てくんのって普通なことなん?」
『まさか!こんなこと初めてだよ!』
俺達はまず、状況を整理しようとお互いの名前と、歳と、それから学校ことなんかを話してあっちの世界についても聞いてみた。名前が同じだったことはもう突っ込めない。
「そっちのスナは何してるん?」
『父さんの仕事の手伝いしながら勉強してるよ美術品を売り買いしたり、あとはバイオリンのレッスンとか、先生と勉強とか執事の人とお喋りしたり』
「もしかしておぼっちゃまなん?」
『俺の周りはだいたいそんな感じだと思うけど……』
「執事とか漫画の世界だよね」
『執事さんいないの?』
「こっちの世界じゃいる人なんで限られた人だけだよ」
「自分のことは自分でやんねん」
『じゃっじゃあ!外にでるときにお付きの人が一緒に行ったりは?!』
「おらへん、おらへん」
そこまで聞くとあっちのスナくんは目を輝かせて突飛押しもないことを言い放った。
『ねっ!俺と1日入れ替わってよ!』
「はぁ?!!」
『大丈夫!執事がいるからそいつがやってくれるし俺、もっとこっちの世界がどんなのか見てみたい!』
そんな期待に満ちた眼差しを向けられても困る。今聞いた話じゃ俺はそっちの世界に馴染める気もしないし、おぼっちゃまのふりなんて絶対無理だ。
「ええやんか1日ぐらい」
「おい課題どうすんだよ」
「そんなん遊んでからでもどうにでもなるわ」
「他人事だと思ってない?案内するの治なんだからね?」
『じゃ決まり!!オサム呼んでくる!』
「俺まだ良いって言ってないんですけど」
そんな俺の言葉はまるで聞こえなかったようで、ワクワクしながら鏡の方へ向かっていった。しかしただでさえ信じがたい現象がそう何度も起きるのか?いや、一度きりでも帰れなくので困ってしまうが。なんて心配をよそに、次に戻ってきた時はきっちり2人だった。カッチリとした執事服に見を包んだ治とうり二つの人物と一緒に
『はい、こっちが執事のオサムね』
「いや、もう俺のそっくりさんはわけ分からんからんくなるやん」
「でも、あっちのオサムの方が上品だな」
「なんやと?!」
『何を言い出すかと思えば……』
『でも面白いだろ?』
『駄目です。予定が詰まっているので』
『嘘、今日はそんな忙しくないって聞いた!』
『……はぁ』
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『ねぇ!ここはなに?』
「ショッピングモール言うていろんなもん買えるねん」
自由に動けるのがよほど嬉しいのか目に入る物が珍しいのか、小さい子どものように目を輝かせとる。そんな行動を見ていると、どうしてもこっちの角名の事を考えてしまった。普段は猫背で、飄々としていて、でもバレーをしている姿は芯があって、可愛げがあるとか愛嬌があるわけではなくどちらかと言えば大人っぽい部類に入るだろうあいつは、あっちで上手くやれてるんやろうか。でも綺麗な服は似合うかもしれへんな。
『へぇ〜あっちの大きい木は?下に人がたくさんいるけど』
おぼっちゃまになりすましているであろう角名の事を考えていると目の前のスナから質問が飛んできた。指の先にはひときわ大きな針葉樹。まだ光が灯っていないイルミネーションのコードで飾られている。
「木はただの木やけど、目印なるからみんなあそこで待ち合わせすんねん。友達とか恋人とか」
『恋人……』
恋人。そうポツリと呟いた表情は先程と違いどこか寂しそうだった。しばらく歩き回り少し休憩にしようとカフェにはいった。
『ねぇ、治くんと倫太郎は恋人なの?』
「まぁそうやな」
『そうなんだ……ねぇ!どっちから愛してるって伝えた?』
「まだ愛してるっては言うてへんけど、好きやって言ったのは俺からやな」
『いいなぁ』
「自分らはどうなん?」
『今、喧嘩中なんだ』
そう言うとスナはポツリ、ポツリとオサムについて話しだした。主と執事ではあるが元々幼馴染みなこと、好きな紅茶が違うこと、チェスは自分の方が強いこと、そしてオサムの事が好きだと言うこと、もう直ぐお見合いを兼ねたパーティーに行かなければいけないこと。
『俺パーティーなんて行きたくないって言ったんだ……でも……』
回想
『俺絶対行かない。そのパーティーに行ったら相手に会わなきゃいけなくなるんだろ』
『わがまま言わないでください』
『オサムはいいわけ?!俺が結婚しちゃうかもしれないんだよ?!』
『その方がいいと思ってます』
『はっ……?なんだよそれ……』
回想終了
『オサムは、ずるいんだ。幼馴染の前に執事だからってのがあいつの口癖。俺はただ、対等でいたかったのにいつの間にか隣は歩いてくれないし……敬語で話すし……昔は一緒に遊んで楽しかった……』
紅茶の入ったコップを両手で包み人差し指でなでながら続けた。
『ちっちゃいとき、まだこんなに関係がはっきりしてなかったときにさ、オサムが一緒にいてやるからって…大きくなってもずっと一緒にいてやるって手をぎゅっと握ってくれて。その手を離したくないって思ったんだ。俺は……その約束を守りたいだけなのに。あいつはもう忘れちゃったのかなぁ……』
1つ1つ慈しむように話している最中、何度も瞳が揺れてそのつどぐっと涙をこらえるようにスナは息を飲んでいた。
『きれいだね……俺、向こうではこんなに自由に動けないからすごい楽しかった!ありがとう』
「ええって」
帰る頃にはイルミネーションが輝きはじめていた。赤、青、黄色の光がついては消えてを繰り返し太陽が沈んだ街の木々を彩っていてそれを見つめているスナの瞳にも光が閉じ込められていた。
『あと……話も聞いてくれてありがとう』
「行くん?パーティー」
『行かなきゃ』
『本当は?』
『……行きたくない』
「それでええやんか」
『え?』
「正直…身分とか家のこととか難しいことはわからん。でも好きなやつの近くにはやっぱいたいやんか」
好奇心が独占欲に変わったのはいつやったんやろ?最初は同期に県外からスカウトされたやつがおるって聞いてどんなやつなんやろってそんだけやった。実際会うたら無愛想やし、ようわからんやつやったけど、やっぱスカウトされるだけあってバレーの腕はなかなかで、無愛想な顔がバレーしとる時だけは違っとって……気がついたら目で追うようになった。目で追ってたのが、ほっとけないに変わって、そばにいたいに変化した。はじめは見とるだけで良かったはずやったんけどなぁ。もうそれだじゃ満足できなくなってもうた。
「あいつな、めっちゃ素直じゃないねん。」
『ふふっそうなんだ』
「素直やなくて、甘えベタで、でもそんなとこがむっちゃかわええと思っとる。あいつ自分からじゃお喋りでけへんやつやからな。俺からグイグイいったんねん」
「(…すなに会いたくなってまうな)」
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不本意ながら実行された入れ替わり。こっちでやる事を教えられた時にやっぱやるんじゃなかったと思った。あと15分したら取引相手が数組挨拶にくるからそれだけやり過ごしてくれ、あとは勉強だレッスンだ入っているがこっちは理由をつけてどうにかするから挨拶だけは出てくれと言われどうにかその場をやりすごした。
「疲れた……」
『お疲れ様です』
部活のはまたは違う意味で疲れた、体力的にではなく精神的に。ソファの背もたれに体を預けてはぁとため息をつくとこっちのオサムがお茶を入れてくれた。ニルギリですとか言われるけどお茶の種類なんてよくわからない。お礼を言って一口飲むと少しだけホッとした。
「いつもこんなことしてんの?」
『今日は少ない方です』
「まじ……。」
こっちのスナくんはどうやら愛想がいいらしい、俺が普通にしててもどうしました?今日は具合が悪いのですか?なんて心配されてしまうから普段しない愛想笑いをして必死に表情を作った。
「ねぇ、敬語やめてよ。俺は主様じゃないんだしさ」
『……せやな』
オサムは少し考えてから口を開いた。
「オサムはなんで執事してんの?お家柄ってやつ?」
『まぁそれもあるんやけど、俺とあい……主様は幼馴染でな』
「へぇー」
『もともと旦那様、スナの親父さんの執事が俺の父親でちっこい頃から遊んでてん。その延長でだんだん世話焼くようになってそのまま』
「世話するのって大変そう。遊びたいとか思わないの?」
『んーずっとやっとることやからなぁ……それにきっと何やってもあいつのこと気になってしまうわ。必要性感じんとサボったりするしちゃんと見ててやらな』
まぁたまに変なこと言い出してどないしよ思うときもあるけどな。なんて言いつつ今は離れている主のことを考えていたのであろうオサムの表情はおだやかで、優しくて、少しだけ俺の知ってる治と少しだけ重なった。
「大事なんだな」
『えっ?!まぁそりゃな……そっちは?』
「えっ?」
『そっちは主と執事って関係には見えへんかったけど』
「そりゃねどっちも柄じゃないし」
「友達……兼今は恋人……」
『はっ?』
別に言う必要は無かった、友達とかチームメイトとかそれだけでも良かったのにこいつになら言ってもいいかなって思えたし、言いたかった、
「少し前から付き合ってんだ」
『ええなぁ……』
返ってきた言葉は予想外なものだった。否定か肯定かどちらかだと思っていた予想に反して聞こえたその言葉は羨望の言葉だった。この状況でそんなことを言うなんて考えられるのは限られている。
「好きなんだ?」
『……おん』
誰をなんて言わなくてもきっと思い浮かんでいる人物は同じで、目の前のオサムは今頃あっちの世界に目移りしてるであろう主を思いながら答えた。
「告白しないの?」
『あいつはこの家の後継者やし、俺みたいな使用人と一緒になんてなれん、婚約の話もでとる。』
それはつまり好きな人が自分じゃない人と一緒になるのは仕方がないのだと自分にいい聞かせているようだった。
『ちっちゃい頃な。あいつ迷子になって家に帰ってきてからも泣いてたことがあってん。我慢しようとしてたんやけど両目からぽろぽろこぼれとってな。それ見て……離れたらあかんなぁ思うて』
「そこで好きだって気づいたんだ」
『まぁ明確に自覚したのはそれよりあとやけど、その頃から好きやったんやろなぁ』
あぁ、それは少しわかる。好きだと自覚する前から惹かれて気がついたときにはもう戻れないんだ。
「いいわけ?そんな人が他のやつのとこ行っちゃって」
『ただ幸せになってほしいだけやねん。俺と一緒になったらあいつが周りからなんて言われるか……絶対苦労する。そんな思いさせたないあいつは綺麗な洋服きて、綺麗なもんに囲まれて、笑っとったらええ』
「……それを幸せだと思うかは分かんないじゃん」
「俺とあんた似てるのかもね……。俺も治に振り回されてばっかりでさ、人の気も知らないでひっついてくるし……。でもやっぱ好きなんだ、幸せそうに食べてるとこも、真剣にバレーしてるとこも、俺のこと見てくれてるとこも……」
本当はずっと隠していようと思ってた。この気持ちがあいつの足枷になる気がして。治はああ見えて優しいからポンコツなりに気使わせちゃうんじゃないかと……。
「もう、考えらんねーや。治の手離すとか」
治をどう思っているか人に話したのなんて初めてかもしれない。でも話してるうちに改めて思った。
「あんたも、まだ掴めるんだからさ……」
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部屋に戻るとちょうど治たちも帰ってきたところだった。外は寒かったのか二人とも鼻の頭が赤くなっている。
『治くんっていい人だね離れたくなくなっちゃった……連れてっていい?』
「はっ?駄目に決まってんじゃん」
『ふっ冗談。少しは素直になりなよ』
クスクスと笑いながらそんなことを言われた。冗談かどうかわかんねーよ。
「お前も…」
『えっ?』
「お前も……そっちのオサムの話ちょっと聞いてやりなよ。」
『……うん』
『お世話になりました』
「うっ俺の顔でそないなことるんやめてくれ…寒イボたってまう」
『お前の顔なわけちゃうわ』
「なんやそんな喋り方もできるんや」
『迷惑かけへんかったか』
「おん。なんやよぉ知らんことばっかで目キラキラさせてて可愛かったで」
『ほーん』
「こっちの角名はマナーとか行儀とか大変やったやろ」
『別に、手取り足取り教えるんは楽しかったで(ちょっと言ったらすぐできとったけど)』
「はっ?」
『なんやねん』
『スナ!帰るで!』
『!うん!』
『なん?』
『敬語取って話してくれたの久しぶりじゃん』
『あっ…申し訳『やめないで!!』
『ねぇ、俺はオサムが好きだよ。対等でいたい。……オサムの隣に居れるなら家も、身分も全部捨てるよ。』
『ッ!!』
スナは眉を潜めて、あと少しで泣いてしまいそうだった。オサムはスナを真っ直ぐに見つめると覚悟を決めたように口を開いた。
『……周りがどうとか考えるのも言い訳するのも、もう辞める。俺もお前の隣にいたい。でも、家捨てるとかは許さん。旦那様たちがお前のこと大切にしとるのしっとるしな』
『じゃあやっぱ今のままってこと……?』
『俺が旦那様に認めて貰うように頑張る。お前を奪うけじめや。それでも周りがごちゃごちゃ言うんやったら俺が守ったる』
『ふはっ何いきなりカッコつけてんの。大丈夫だよ、それにその時は俺にもオサムのこと守らせて』
「あっちのおぼっちゃまは可愛かった?」
「なんやヤキモチか」
「ちげーよ」
「俺はちょっと素直やないぐらいが可愛くて好きやで」
「…治」
「なん?」
治の唇にそっと自分のそれを重ねた。乾燥でカサついていて柔らかかった。
「俺もすきだよ」
「……はっ?」
「じゃ部屋戻るわ、課題もやんなきゃだし。じゃーね」
「ちょっ、ちょっと待て!角名!もっかい!」
「うるさい。素直じゃない俺が好きなんだろ」
「好きやけど!素直なんもかわええ!!」
まったくこっちの気も知らないでさ