Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    しののめ

    とうらぶ|エイトリ|miHoYo
    ⚠️カプなし3L雑多⚠️|短編多め
    そのうち支部等にまとめます
    リンク等→https://lit.link/sinonomenono

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🍵 🍘 📚 🍭
    POIPOI 15

    しののめ

    ☆quiet follow

    「preparazione tranquilla」(よだ+ゆん|夢十夜)
    気持ちはよだ+ゆんですが太緒視点かつ夜鷹不在です 静かの海の後

    ##エイトリ
    #由蛇

     ふ、と小さくため息を吐いて、俺は綺麗に磨いたグラスを置く。最近、仕事が多い気がする。いや、観光区長の、ではなくて。とはいえ別段、困っているというわけでもないのだが——

    「太緒くーん」
    「あ、はい。何かありました?」
    「んーん、発注作業覚えといてもらおうかなーって。今すぐ頼むってわけじゃないけど!」

     ゆくゆくはフレアバーテンディングもやってみちゃう? なんて明るく言ってのけた元凶その本人は、どこか上の空。ただ、なんとなく彼の——ゆんゆんさんの真意はそこにないような、そんな予感だけがあった。何かを誤魔化すとき、喩えるなら、一緒にやろうと約束したゲームを、先んじて一人プレイしてしまったときの千弥みたいな。
     気づいてほしい、でも気づいてほしくない。咎めてほしい、でも酷いことは言わないで。つい最近そのことで千弥と揉めたばかりの俺は、ゆんゆんさんの一瞬に、それと微かに似た何かを見た。

    「……あの」
    「んー?」

     違和感をそのままにするのもどこか気まずくて、俺はやんわりと彼の説明を遮った。しきりにスタッフルームを気にしながら、ゆんゆんさんの横顔は笑顔を崩さない。すこしだけ長い、けれど清潔に切り揃えられた爪の先が、画面をかつかつと鳴らした。

    「転職、とか……考えてるんですか」

     かつん。ささやかなホワイトノイズに似たそれが、中断される。在庫管理用のタブレットからぱっと目を離して、怪訝そうな視線を寄越したその人は、反面気を悪くした様子もなく、俺の顔を矯めつ眇めつ神妙にこう言った。

    「太緒くん……オレに辞めてほしい感じ?」

     オレの立場を狙ってるとか? それともパワハラ!? なんて真面目くさって言うから、慌てて弁明の言葉を探す。

    「ち、違います! なんつーか……引き継ぎみたいだなって、思っただけで。本当に、他意はないんです」

     パワハラもないです! と必死に言い募る俺がよほど可笑しかったようで、明るく軽やかなバイトの先輩はからからと声をあげて笑い出す。つられて俺も笑ってしまうから、もうお互い仕事にならなかった。

    「あー面白かった……いーね、二十歳」
    「関係あります? それ」
    「良い反応するなーって」

     ひとしきり笑って満足したのか、ゆんゆんさんは再び端末の画面に視線を落とし説明に戻る。営業時よりもやや光量を落とした照明の下で、無機質なブルーライトがいたく眩しい。俺には馴染み深いはずの、アナログ時計の針の音が、なぜだかとても耳障りに思えた。
     その頃になってようやく、俺は俺の好奇心と老婆心を半ば後悔していた。いや、違う。後悔というよりも、それは申し訳なさと寂しさに似た何かだった。

    「オレから辞める気は、一ミリもないけど」

     視線は店の奥に注いだまま、その人は思い出したように呟いて、静かにタブレットの電源を落とした。

    「オレがいなくなっても、この店が回るようにはしとかなきゃ」

     『辞める』のと、『いなくなる』のと。その違いが俺には判らなくて、何を言えばいいのかも解らなくて。背中にいやな汗をかく。スタッフルームの扉は閉ざされたまま。バーカウンターには、俺とゆんゆんさんの二人だけだった。

    「……ゆんゆんさん」
    「——なーんて。ここより待遇いいとことかないし! 太緒くんがおろおろすんのウケちゃって、ついからかっちゃった。そんだけ!」

     ぱっと普段通りの笑みを浮かべて、その人は言う。やはり俺は、同じだと思った。気づいてほしい。咎めてほしい。何を? 分からない。分かるべきではないし、気づくべきも俺ではなかった。控えめに差し出された冷たい端末には、気が付かないふりをする。上手に笑うゆんゆんさんに、曖昧に頷いた俺は、やはり何も言えなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works

    ohmi_ri

    DONEくわまつ個人誌『青春』に入ってる「チョコレイト・ディスコ」の翌日の理学部くわまつです。
    あわよくば理学部くわまつまとめ2冊目が出るときにはまたR18加筆書き下ろしにして収録したいな〜という気持ち。
    タイトルはチョコレイト・ディスコと同じくp◯rfumeです。
    スパイス バレンタインデーの翌日、松井が目を覚ましたのは昼近くになってからで、同じ布団に寝ていたはずの桑名の姿は、既に隣になかった。今日は平日だけれど、大学は後期試験が終わって春休みに入ったところなので、もう授業はない。松井が寝坊している間に桑名が起きて活動しているのはいつものことなので──とくに散々泣かされた翌日は──とりあえず起き上がって服を着替える。歯磨きをするために洗面所に立ったけれど、桑名の姿は台所にも見当たらなかった。今更そんなことで不安に駆られるほどの関係でもないので、買い物にでも出たのかな、と、鏡の前で身支度を整えながら、ぼんやりと昨日のことを思い出す。
     そうだ、昨日僕が買ってきたチョコ、まだ残りを机の上に置いたままだった。中身がガナッシュクリームのやつだから、冷蔵庫に入れたほうが良いのかな? 二月なら、室温でも大丈夫だろうか。まあ、僕はエアコンを付けていなくても、いつもすぐに暑くなってしまうのだけれど…。そこまでつらつらと考えて、一人で赤面したところで、がちゃりと玄関のドアが開いて、コートを羽織った桑名が現れた。
    3069