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    しののめ

    とうらぶ|エイトリ|miHoYo
    ⚠️カプなし3L雑多⚠️|短編多め
    そのうち支部等にまとめます
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    しののめ

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    「知らない人」(よだ+ゆん|夢十夜) 夏目さんと夜鷹さんの間の話 ⚠︎自己解釈多めなので雰囲気で読んでください

    ##エイトリ
    #棗夜鷹
    #由蛇

     知らない人だった。
     深い夕焼けの中に、その人はぼうと立ち尽くしていた。橙に照らされながら、その口は何も紡がない。その目はこちらに向けられていない。なにか遠くを、たとえばあの太陽なんかを見つめているのか、はたまた、ただ眼前の赤色を眺めているだけなのか。
     自分は、どうしてここにいるのだろう。ただ一人、目の前の綺麗な男——そうだ。綺麗だと思ったのだ。彼がそこで、一心不乱に何かを祈っているような、そんな光景を幻視した。声をかけようかと逡巡する。視界の外でぱしゃりと何かが跳ねるような音がして、そうして、ここは海だったのだと気がついた。

    「……」

     夕と夜の間。そんな淡い色をした男は、数瞬かけてこちらを一瞥し、落胆したようにまた遠くを見る。その視線を追うようにして、夕陽に目を向けた。熱された鉄塊のようにあかあかと燃える陽が、海に沈もうとしている。斜陽が世界を照らす。眩しくて、灼けついてしまいそうで、たまらず目を逸らしてしまった。潮の匂いが、それを咎めるように鼻につく。

    「ねぇ」

     知らない人だった。
     知らない男が振り返る。波が、彼の足首を狙い澄まして、今にも引き摺り込まんとしているような、そんな気がした。

    「……何かな」
    「……」

     男は何も言わない。黙って、下手くそな笑顔を薄く貼り付けて、そのまま落日に向かって歩き出す。ざぶざぶと音を立てて、海が抵抗するのも構わず、進んでいく。

    「待っ……」

     思わずその無謀な背を追いかけた。進むにつれ肌に張り付く衣服が邪魔をする。潮風でべたついた髪が鬱陶しい。果たしてその手首を掴んだころには、腰上まで海水に浸かっていた。

    「……何」

     彼は抵抗しない。けれど頑なにその表情を見せようとしなかった。俯いて、掴まれたままの手首を睨みつけているようだった。陽が落ちる。薄紫の天球に輝く夕星が、何も言わずにこちらを見つめている。

    「そんな顔をしたキミを、放っておけない」

     知らない人だった。
     けれど素直にそう告げる。捕まえていた手首からふっと力が抜ける。彼は、泣いていた。その涕泣が、次第に嗚咽へと変わる。

    「全部……全部覚えてないくせに」
    「そうだね」
    「あんた、誰だよ」
    「キミが教えてくれるんだろう」
    「オレのことだって、また」
    「うん」
    「明日になったら、全部また、忘れるくせに」

     彼は、自分の発した言葉で、自分自身が傷ついているようだった。目を閉じる。その手は離さないで、彼の言葉に耳を傾けていた。水が冷たい。濡れそぼった服がじわじわと体温を奪っていく。余計に触れたその肌の熱さが、彼の存在を主張していた。そっと目を開けて、視線だけで彼の様子を窺った。ひとしきり泣いて、彼は片手だけで乱雑に涙を拭う。瞼はほんの少し赤く腫れていた。

    「はー最悪、こんなつもりじゃなかったんスけど……」
    「ごめんね」
    「あんたが謝ることじゃないでしょ、夏目さん」

     知らない人だった。
     それが、私の名前? そう訊ねるつもりで、ゆっくりと瞬いた。彼は戸惑ったような顔をして、それからすぐ、視線を下に落とした。黄昏時の空の色をした瞳が伏せられる。

    「……や、もう、あの人じゃないか」

     諦めたように彼はそう呟く。なんとなく、もう彼はその人に会えないのだと悟った。その感情だけは、どこか、記憶にある。もうすっかりと夜の帳が下りていて、顔を上げれば月が輝いていた。

    「今は記憶が安定してないみたいですけど。あと一週間くらいしたら、前向性健忘? は落ち着くらしいから」

     蛇のようにするりと、ゆるい拘束を抜け出される。途端に、空気の冷たさを知った。びしょびしょだ、と顔を顰めて、彼は大義そうに月光の下で瞬きをしていた。

    「風邪ひきそー……さっさと戻りましょ、って戻る場所も覚えてないのか」

     苦笑しながら今度は彼がこちらの腕をそっと掴んだ。冷えてしまった指先が、遠慮がちに手首の辺りを握る。何かを躊躇うような手つきだった。来たときとは打って変わって、やけにゆっくりとした足取りだった。何も言えないで、目線の少し下に位置する彼の後頭部をじっと見つめる。

    「これも忘れちゃうだろうから、今言うんですけど」

     振り返ろうともせず、足を止めもせず、彼は無感動な声で、ただ一言「オレのこと、ゆるさないで」と、そう言った。寄せては返す波の音が、嫌に耳に響く。何かを洗い流していく。

    「ごめん。ごめんなさい」

     彼がまた泣いているような気がしたのに、先を行く彼の表情はどうしたって窺い知れない。彼も、自分も、足を止めない。海面に反射した月光は、どこか青白くて白々しい。

    「あなたは、あなたの罪も、オレの罪も、忘れていて」

     砂浜に上がって最初に、彼も自分も靴を履いたままだったな、と思った。彼はぱっと手を離すと、先ほどまでの様子が嘘のように、穏やかな笑顔を見せて振り返った。黄昏の名残はどこにもない。夜の空気が辺りを染めている。

    「キミは、誰なのかな」

     その質問に彼はもう驚かないようだった。その目に諦めが滲む。彼の淡い期待に気づいていながら、落胆させてしまったのは自分だった。一拍置いて、彼は息を吸う。

    「……知らない人ですよ。オレにとってはあんたも、知らない人。」

     知らない人だった。
     ただただ、どうしようもなく。
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