無題「エイプリルフールだったらよかったのになあ」
誰かが「今日はエイプリルフールだね」と会話しているのを聞いて、ぼそりと鶴丸は呟いたのを燭台切は確かに聞いた。
エイプリルフール、四月馬鹿。そうだ、そうであった。
去年の今頃であれば鶴丸は率先して時に大袈裟に、時に巧妙に様々な嘘をつき本丸の刀共を混乱の渦に落としている真っ最中であった。
燭台切ももれなく彼の嘘に引っかかり、ひどい仕打ちを受けたのを覚えている。
だが今年はそのような気には誰もならなかった。
戦とは、本当に突然起こるものだ。否、もとより戦はしていたのだ。しかし状況がこうも一変するとは誰も思っていなかった。戦い、敵を斬り、刀の本分を全うしつつ、人の真似事をして生活して、それがずっとつづくと誰もが錯覚していた。夢を見ていた。
その夢が突然醒めてしまった。ただそれだけなのである。
時刻は深夜、見渡せば皆広間でほうぼうに散り体を休めている。皆連戦で疲労していた。
傷は本丸に戻れば消えてしまうが、疲労は残る。燭台切は午前に戦に出陣したのち今は本丸内で補給係を務めているところであった。本丸内に敵が侵入するのは彼(・)が食い止めたと言うが、油断はできない。極めたものや練度が上限に達したものは戦と本丸内の警備を交互に行い警戒に当たっていた。
「鶴さん、おにぎり握ったよ」
柱にもたれ掛かるようにして夜でもほの明るい庭を眺めていた鶴丸は顔を上げ、おお!と大袈裟に笑った。
「こりゃ美味そうだ。また数刻したら部隊に戻るからな、しっかり腹ごしらえしとかないといけないな」
「うん、お疲れ様。ゆっくり食べてね」
「ありがとさん」
鶴丸はおにぎりを一口齧り、美味い、と笑った。
だがきっと彼はきっとそんな事微塵も思っていないのだ。腹など全く減ってはいないだろう。彼がいなくなった時から鶴丸はずっとなにかを腹に押し込めているようだった。それが悲しみなのか、怒りなのか、はたまた全く別の感情なのか、燭台切には到底わかるものでは無い。ただ、戦場で敵を斬り、大声で吠える彼の中にはくすぶり続けぐるぐるととぐろを巻いている激情だけがあるのだと思う。
戦の中でも本丸の中でも、彼の黄金の瞳は爛々と燃えていた。
「勝とうね、鶴さん」
早く彼が帰ってくるといい。
鶴丸は、口に米を頬張ったまま少しだけ目を細め笑ったようだった。