Cutie magic 3アルベドの準備もできたからと、空はリサに連れられて最初に通された部屋に戻った。下着もワンピースも着慣れていない上に、あまり高さはないとはいえこれまた履き慣れないパンプスが足元を飾っているため、いつもより歩行に時間がかかる。隣を歩いているリサといえば悠々としていて、空のつぶやく「女の子ってすごいですね」という感想に「そうねえ」と穏やかに返していた。
「義務で着飾る子もいれば好きで着飾る子もいるから、大変という加減は人それぞれでしょうけど」
「それでも慣れるまでは時間もかかりますよね? 靴だって、これ、きっと足が疲れます……」
「ふふっ、そうね。確かに、ヒールの高い靴は脚を綺麗に見せるけれど、対価には体力を差し出すかしら」
ころころ笑うリサは空に、「もう無理そう?」と訊ねてくる。歩き方があまりにおかしくなるようならば別の靴を用意するけど、と付け足されて、空は一度その提案に乗りかけるも「いえ、大丈夫です」と背筋を伸ばした。
「任務のためですし、それに……」
「それに?」
「今度妹に会ったら、おしゃれした時の大変さを共有できるかなって」
口元で弧を描いた空にリサは一度黙った後、うっとりするほど優しく微笑んでいた。
リサによって開かれた扉の先に立っていたのは、アルベドの面影を残した知らない女の人だった。
「…………」
目を瞬かせ、口を閉じては開く空に声をかけてきたのは、ゆるく巻かれた亜麻色の髪をゆらしたアルベドに似た女の人で。
「空? ……ボクなんだけど」
「えっ あっ うん!?」
やっぱりそうだよね、とよくわからない言葉が口をついて出てくる。やっぱり、と言ったって正直なところ、正体を明かされるまではアルベド本人とは確信を持てなかった。
普段は顔の横側から後へ編み込まれる髪も全て下ろされていて、その毛先はコテで巻いたのか、ふんわりと丸く円が造られている。意思を宿したかのようなまつ毛は天井に向かってややカールした状態で伸びていて、まぶたを彩るのは夜空の一部を借りてきたかのような、青みがかったグレーのアイシャドウだった。空と違ってパンツスタイルの衣装も相まって、知的で上品な、大人の女性を思わせる。
ふと足元に目線を落とすと、裾から覗くアルベドの白い足首は、空より明らかに踵の高いヒールが支えていた。ぎょっとして注視しているとアルベドは視線の先に気が付いたのか「これが気になる?」と躊躇なく空の元へ近づいてくる。一歩一歩動く足はまるで迷いもブレもなく、まるでいつもと同じ調子のため、空は自分の体験したあの歩きにくさがまったく感じられないことに驚いて目を見開いた。
「そ、それ……歩きにくいとか、ないの……? というか、立ってるだけで大変そうに見えるんだけど」
「最初は違和感があったよ。地面と遠い感じがするし、落ち着かなかった。でも少し歩く練習をしたら、だんだん馴染んできたからね。今はもう不自由さはそこまでないかな」
キミは? と瞳を向けられて息を詰まらせると、背後でリサがくすくす笑う。
「空はもう少し練習が必要そうね。今日と明日であちこち歩いてみるといいわ。靴擦れをしたらすぐに言って。薬か治癒を施すから」
「わかりました……ありがとうございます」
「薬ならボク……私も用意できるから、遠慮なく言ってね」
「うん、アルベドもありがとう」
頷いて返すと、「それにしても」とアルベドは物珍しそうに空を眺めた。
「元々可愛らしい顔つきだとは思っていたけれど――こうして化粧までしていると、本当に女の子のように見えるね」
ワンピースも似合ってる、と微笑むアルベドに、空は照れ臭そうに頬を掻いた。
「そりゃあまあ、ある意味プロにしてもらったようなものだし……それと、服もちゃんとしてるからじゃないかな? 俺……じゃない、わたしより、アルベドの方がすごいよ。なんていうか、この世の綺麗なものぜーんぶ集めてきたような雰囲気というか。美人さん、って感じがする」
「それは褒めすぎだと思うけど……ふふ、でも、ありがとう。恥ずかしいけれど……不思議と、少し嬉しい気がする」
二人が目を合わせてくすぐったく笑っているとリサが目線を合わせるように腰を折り、囁くようにして小さな唇を震わせた。
「急遽とはいえ、騎士団の代表で参加することになっているから――可愛いも、綺麗も、美しいも、パーティの間たくさん耳にするでしょうけど、全て受け取っておいてね。謙遜しすぎてはダメ。背中を伸ばして、堂々としていること。いいかしら?」
美麗な笑みではあるが、瞳の奥には真剣さが滲んでいるのがわかる。言動に関しての注意というよりは、どのように立ち回るべきかの精神性を説かれているような気がした。
全てのプロデュースを仕切る図書司書の台詞に、アルベドと空は素直に首を縦に振って、「了解」と言葉を結んだ。