羽根つき「はっ!」
カンッ!
「あまい!」
カンッ!
「くっ」
なぜ……何故我は、鍾離様と羽根を打ち合うことになったのか、未だに理解出来ていなかった。
「魈」
名を呼ばれ、はっと目を覚ます。しかし、身体が動かない。何故だろうかと昨夜の出来事を思い起こす。
昨夜は鍾離様の生辰を祝う為、宴に呼ばれていた。
皆酒を飲みながら昔話に花を咲かせ、いくつもの酒瓶を開けていたように思う。我も酒を勧められた。降魔を理由に断ろうと思ったが、上機嫌の鍾離様の笑みに逆らえる訳もなく、盃を手にし少しばかり酒を嗜んだ。
途中からあまり記憶がない。頭がふわふわし始めた所で、転ぶと危ないと我を赤子扱いし始めた鍾離様の膝の上に、不敬にも座らされていた。そのまま鍾離様の胸に寄りかかり、ウトウトとしながら皆の話を聞いていたように思う。
半分眠りかけていた所で、このまま皆で日の出を見ようと朝日を見た所までは覚えている。眩い太陽の光が璃月を照らしていくのを皆で見るのは感慨深く、一等綺麗だった。と記憶している。
『このまま俺の家で、共に眠らないか?』
話途中でそう囁かれたのは覚えている。頷いたのも覚えている。その後からの記憶が曖昧だ。
そこまで思い返した所で、ぎゅう。と後ろから抱き締められた。素肌が擦り合う感覚。二人とも何も身につけていないようだ。恐らく帰ってきてからもそういうことになったのだろう。
身体のあちこちが痛い。頭も重い。腰もだるい。もう少し寝転がっていたい。開けた瞼も勝手に閉じていく。しかし、鍾離様が呼んでいる。頑張って瞼に力を入れ、腕を突っぱねて身を起こす。目下に見える自分の身体には、鍾離様がつけたと思われる痕が至る所にあり、頭がくらくらして再び敷布に倒れ込みそうになった。
「しょうり、さま」
宴の間、そんなに会話していないはずの我の声はガサガサで、今すぐ喉が水分を欲していた。
「身体は大丈夫か?」
「はい……何ともありません」
これは嘘ではあるが、鍾離様に気を遣われたくないという、我のつまらない意地だった。
「そうか。もう少し眠ったら、俺に付き合ってくれないか。やりたいことがあるんだ」
「……それは、どういったことでしょうか」
流石にこれ以上身体を重ねるのは遠慮願いたい。我も体力に自信はあるが、鍾離様の化け物じみた無尽蔵な体力の前には幼子も同然……と思うくらい昨日から何度も鍾離様に求められた。生誕の日に邸宅へ向かったことが、存外お気に召していただけていたようだった。それは幸福であることに変わりはないのだが、ちょっと……不甲斐ないことではあるが、音を上げてしまいそうだった。
「着替えて外へ行こう。広い場所がいいな。先日商店に稲妻の商品が入ってきていたので思わず購入したのだが、これは一人では遊べないものなんだ」
「さようでございますか。ならばつきあいます」
外……と聞いて少しほっとしてしまった。それにしても、鍾離様が凡人の遊びに興味を持たれるとは、どんな遊びなのであろうかと少し興味が沸いた。
そんな訳で、わざわざ稲妻から取り寄せた袴を着せられ、龍の模様が描かれた妙な板と羽を持った鍾離様と帰離原まで出掛けることになったのである。
「羽根が落ちたな。魈、まさか手を抜いている訳ではあるまいな?」
「いえ、全力でやっております」
今行っているのは『羽根つき』という稲妻の遊びだ。羽を打ち返せなかった者は顔に墨で落書きをされる罰があるということで、鍾離様が楽しそうに筆を持ち、我の顔に何か書いていらっしゃる。さぞかし今の我は滑稽な顔になっているだろう。しかし、鍾離様の顔に墨を塗るなど恐ろしくて、全く手を抜いていないかと言われれば嘘とも言える。そもそも着慣れていない袴が動きにくく、身体もまだ万全とは言えず足元がもたついてしまう。反対に袴を着ても様になる鍾離様は、優雅な手捌きで羽根を打っていた。
「ほら、魈の番だ」
「は、はい」
羽根を渡され、勢いよく打ち上げる。鍾離様が打ち返し、羽根の着地点へ足を進め、打ち返す。また鍾離様が僅かに動いて腕を振りかざす。
「む。目測を誤ってしまった」
ポトリ。地面に羽根が落ちている。わざとのようにも見えたが、鍾離様の負け。ということになってしまった。
「も、申し訳ございません。我がちゃんと鍾離様の傍へ打ち返せなかったので……我を罰してください」
「はは。馬鹿を言うな。これはただの遊びだ。接待など不要であるし、俺も罰は受ける」
「しかし……我は鍾離様の顔を墨で落書きなどしようものなら、不敬のあまり心臓が潰れそうです」
「それは困る。ふむ。ではこうしよう。目を瞑ってくれ」
「は、はい」
鍾離様の顔に墨を塗るくらいなら、と潔く目を瞑った。何度墨を塗られ顔が真っ黒になろうとも、降魔に支障はないので構わない。
「ん、んぅ!?」
ひやっとした筆の感触……ではなく唇に冷たく柔らかいものがゆっくりと触れた。慌てて目を開けると、鍾離様がニコニコと楽しそうに微笑んでいらっしゃる。
「では、俺が負けた時は罰としてお前に口付けをしよう」
それは、罰とは言わないのでは!? と思ったのだが、どうやら鍾離様に我が少し手を抜いていることがバレているようだ。結果、自分が勝っても負けても鍾離様に遊ばれてしまう結果となってしまった。
「うぅ……」
「ほら、どうした魈。早く打ってきてくれ」
鍾離様は楽しそうに羽子板を構えていらっしゃる。とても楽しそうだ。それもそうだろう。神は羽根つきなどしないし、夜叉もこういった遊びに興じることはない。
鍾離様に誘われなければ知らなかったことを、また一つ知ることが出来た。楽しいかと聞かれれば言葉に詰まってしまうが、童心に帰った遊びに付き合うことは問題ない。結局は鍾離様が楽しく過ごせる手伝いが出来るのならば、何だっていいのだ。
そう思って、羽根を強く打ち、鍾離様へ向けて放つ。真剣にやってもやはり鍾離様は強く、負ける度に段々深くなっていく口付けをされることにより、昨夜のことを思い出して視界がぼやけてきてしまう。
「はは。そんな顔をされてはな。この後また俺の邸宅で休もうか」
ここは頷くべきなのか、そろそろ望舒旅館へ帰るべきなのか。昨日からずっと鍾離様と一緒に居るので、離れ難くなってしまっている。帰る機会を見失ってしまいそうだ。
「……はい」
悩みつつも頷いてしまった。今日もなし崩しに鍾離様の家に泊まることになるのだろう。
心が落ち着かない。年の始まりを誰かとこんなに長い時間共に過ごしたのは、何百年ぶりのことだっただろうか。