33ユ「ひっ、やだ、これいっ、じょう、イきたくなぃ……っ」
過ぎた快楽が与えられるのは苦しくて、がむしゃらにシーツを掻き回して上ずるように浮いた腰を、ぐいと強制的に引っ張られて戻される。
「逃げるなよ」
「ぅ、やぁっ」
時間をかけて散々になぶられた腹がかき回されてひどくうねり、意図せず彼のものを締め付けた。頭上から、ふ、と思わず洩れてしまったような低い吐息が落ちてくる。
「や、じゃないだろ」
嘲笑を含んだ声。
僕はいま親友と同じ顔をした男に抱かれている。顔だけじゃない、声も背丈も手もなにもかも寸分違わぬ男に。
「なあ、ユージオ……そんなにここがいい?さっきから腰揺れてるよ」
「ふ、あぁっ」
あいつの声で汚い言葉を口にするな。
憤然と告げるはずだった言葉は、すぐさま息の詰まったような泣き声に変わる。
「泣く程いいの?やらし」
目に水の膜が張ってはその度に決壊した。頬には幾つも涙の筋が作られ、また一筋増える。
隙間なく埋め込まれたぺちゃぺちゃと勢いを失った薄い精液が肌の上を汚していく。
足首に引っ掛かった下着が、彼に体を揺すぶられるたびにぶらぶらと情けなく空を切るのを、視界の端で捉えていた。
この一方的な行為が始められてから、「なぜ」とそればかり考えていた。どうしてこうなったのか。僕たちはどこで選択を誤ったのだろう。現状と向き合うだけの余裕は、既に残されていなかった。
「た、すけて、キリトぉ」
ひきつる喉で助けを求めた僕を、くすんだ黒い瞳が見下ろした。
「そのキリト、って誰のこと?」
彼に問われる。
キリトは、キリトだ。僕の恩人で、親友で、剣の師匠で、相棒。
少なくともキリトはこんな感情の読み取れないような冷たい目で僕を見たことはないし、相手を傷つけるためだけの言葉を僕に向けたことはなかった。
「お前の知るお優しいキリトくん? それともいまお前とセックスしてる俺のこと?」
彼の薄い唇が酷薄につり上がった。
ぐちゃぐちゃと体の内側からは一層ひどい粘着質な水音が聞こえてくる。
「うぁっ、ひぐっ」
「かわいい」
次から次に涙があふれて頬を伝った。哀れっぽく泣きじゃくっては嗚咽を漏らす姿は、毅然たる剣士のものじゃない。みっともなくて何より惨めだ。自らの醜態を思えば、またぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。
「ふ、う、う、あぁっ」
「そんなに泣くなよ。もっと泣かしたくなるだろ」
「ん"ぅ"ーーッッ」
「こういうの何て言うんだっけ。キュートアグレッション?」
「ぁ、あぁ"っ」
まなうらが燃え上がるように熱い。目尻がひりつく。ぼやけた視界の中で彼が笑みを深めた。それまでの非情さは一気に鳴りを潜め、慈しむように浮かべられた微笑みに、いつかの彼の面差しが重なって心臓が締め付けられるように痛んだ。
「なあ、俺なら助けてあげられるよ」
隙間なくぴったりと埋められた彼の体温がゆっくりと引き抜かれ、その微動にすら感じ入ってしまう。
「一回だけでいい。一回だけ、助けて、ってお前の口から聞きたいんだ。あの人だっていつまでも俺にこんなこと続けさせる気はないだろうし」
指先で唇を簡単にわられ、ぬるりと舌をつままれる。
「いま生きてること自体すごく苦しいだろ。早く楽になりたいよな」
ちがう。楽になりたくなんかない。苦しくてもいい。僕は楽になるために生きてるわけじゃない。
「もう苦しい思いなんてしなくていいんだ」
ちがう。この世には、苦しい思いをしたって、成し遂げなければならないことがあるんだ。
「お前は救われていいんだ。誰だって救われたいって、願ってる」
ちがう。救われる必要なんかない。救いを求めてなんて。
「俺がユージオを救ってやる」
ちがう。ちがうよ。何もかも決定的に違う。僕は救われたいとは思っていないし、君は僕の親友のキリトじゃない。でも、同じだと思ってしまいそうになる。目の前の奇跡にすがってしまいそうになる。でも、違うんだ。だって、君は、もう二度と戻らない。
「お前の愛に報いることができるのは俺だけだよ」
「…………」
「な?」
優しくまなじりをなぞる冷たい指先が本物であればいいのに、と願う一方で、彼の前では何度も涙を見せたけれど彼がついぞ僕の涙を拭うことはなかったなと思った。