フレバソスif ② 出会い前言撤回、仮病でも使って来なければよかったとローは激しく後悔していた。
ある程度の検診が終わると、個室で1人ずつの問診に入る。カーテンと薄いドア一枚の隔たりしかないと言うのに防音の部屋だとでも思っているのか、くだらないことばかりを口にする。
「今年も先生で良かった…今夜こそどうだ先生?あんたの為に南海からいい酒取り寄せたんだ。」
自称もうすぐ大佐になる男はまだ海軍大佐ではなかったらしい。正直海軍の階級など興味もないので、心底どうでもいい。
「あー・・・、仕事柄患者さんとそう言うのはお断りしてるんで…すみません。」
(どうでもいいから早く聴診して終わりにしてくれ。健康体って勝手に書くぞ。)
「そう言わずによ、先生何事も経験だよ、優しくするからさ、おれのこのビッグマグナムで天国連れてってやるよ…」
聴診器をあてるから胸を出してくれと言ったのに下半身を出してきやがった。みたくもない中年オヤジのだらしなく突き出した腹と何故か完勃ちしている汚ねえモンが目の前に置かれている。その汚ねえブツが触れている椅子は後続の奴らも使うんだぞ。可哀想だと思わないのか。一般兵から順に診ているから、もしかしてこのジジイが最後だったか?もうこの椅子は捨てよう。
(・・・俺があんたを天国に連れてってやろうか、今すぐに)
どうにか穏便にすませる方法はないだろうか、もうこいつの玉を取って去勢するくらいしかないなと現実逃避を始めているとシャッと締め切られたカーテンが開いた。
「「へ?」ちゅ、中将殿?!」
「あ!やべェ、ドジった!わりぃ…って、あれ?」
「ぁ、いや、その…あ、これは…」
扉を潜って現れたのはブロンドが眩しい大男。ジャケットを羽織っているところを見ると将校様だろうか、下半身丸出しの男と俺を確認すると、彼の眉間にみるみる皺が刻まれていく。
「おまえ!何だしてんだッッ?!」
「ひでぶっ」
覇気を纏った拳が容赦なく自称もうすぐ大佐になる男の頭頂部に落とされた。拳骨一発で伸びた男は床に転がっている。
「…悪りぃな、センセ。何もされてないか?」
肩に触れる掌は大きく、温かい。覗き込むように身を屈めた大きな体躯。緩く癖が入った金髪の隙間から紅い瞳が心配そうに揺れている。
「ぁ、あぁ…あんたのおかげで未遂だった。どうしようか困っていたので助かりました。」
「それは良かった。」
にこっと弾けるような笑顔が眩しい。
優しくて背が高くて、ブロンドヘアーの癖っ毛で笑顔が可愛い海兵さん。いた、確かにここにいた。目尻に刻まれた笑い皺が可愛い。
ドッドッドッドッ・・・ー
下半身丸出しの男に迫られても何も変わらなかった心臓が驚くほど早く脈を刻む。こんなに早くて大丈夫だろうか。バクバクと暴れ跳ねる心臓が穴という穴から飛び出してこないかすごく心配だ。思わずぎゅうと左胸を服の上から抑えつけた。
「ん?先生胸が痛いのか?大丈夫か??」
いつのまにか大きな掌は頬を包んでいた。彼の紅い瞳に紅く染められた自分が映っている。顔が熱い、息が弾む。心なしか目も潤んできた。
(この現象はいったいなんだ?!)
「ぁ、…だ、大丈夫です。少し驚いてしまって…」
「本当に申し訳なかった!」
白目を剥いて倒れた下半身丸出しの男を若い海兵達が連れて行く。上司のあられもない姿なんてみたくもなかっただろうに、選ばれてしまった不運な彼らは部屋に入るなり表情が引き攣っていた。あいつは後で謝罪文と始末書と減給だな…と鉄槌を下した彼が呟いているのが聞こえた。
「しかし、本当良かった。たまにはおれのドジも役に立つもんだなァ」
「…ドジ?」
「名前を呼ばれたから入ったら、隣の部屋と間違えちまったみたいで…」
ハハ、照れたように笑いながら頬を掻く。彼が座っている椅子は先程まで汚ねえおっさんが下半身丸出しで座っていたけど言わない方が親切だろう。バタバタしていて、消毒するのを忘れていた。
顔も整っていて、体格も良く、優しいなんて男の自分からみても嫌味なくらい完璧なのにちょっと抜けてて気さくなところがあるなんて憎めない人だった。肩についた焼け焦げた跡が少し気になる。
「ふふ、せっかくなので俺が診ますよ?」
ドンキホーテ・ロシナンテ(37)
彼が持っていたカルテを受け取り名前を確認する。一回り以上も歳上だったとは、全然見えなかった。
ボタンが外されて鍛え上げられた胸筋がのぞく。自分も鍛えている方だと思っていたが比べものにならないくらい分厚くて、自分の身体が貧相なものに感じた。
トクンッ、トクンッ・・・ー
正常な拍動が鼓膜を震わせる。聞き飽きた音なのにこの音をずっと聴いていたい。
「・・・ん、もう一度いいですか?」
「え、もしかしておれ心臓が悪いんですか?!」
「いえ、少し気になったので…」
ドクンッ
心配そうに俺の言葉を待っている。一際強く跳ねた拍動に堪らなく興奮した。
(…もっと色んな音を聴いてみたい。)
「…うん、大丈夫そうですね。何か気になるところがあったらいつでも来てください。」
「良かったァ、ありがとうございました。先生こそうちの奴が悪かった。また困った奴がいたらすぐ相談してください、なんとかするから」
たっぷりと時間をかけて鼓動を堪能させて貰った。不審に思うことなく、ロシナンテさんは俺に笑いかけて部屋を出て行った。
(…シャツ全開のままだった。)
思わず聴診器を自分の胸に当ててみた。
さっきまで彼に触れていたからか聴診器はまだ温かい、俺の心臓はこんなにドキドキと早鐘っているというのに、彼の心拍は正常で力強く脈打っていた。たった数分言葉を交わしただけだと言うのに彼のことが気になって仕方ない。
(…ロシナンテさんの心臓も俺のように早鐘つことがあるのだろうか)
随分汚ねェなりのキューピッドだったがあの男には少しだけ感謝してもいいかもしれない。もう名前も忘れてしまったが
「このカルテ…家に持って帰ろう」
【トラファルガー・ロー(24)人生初の一目惚れの日】