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    noupura

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    9月の新刊の進捗報告②
    未来軸、ボーダーと焼き菓子屋の二足の草鞋する村上の話
    ※村来

    みかどみかんのコンポートみかどみかんのコンポート

    いつもと変わらない甘い匂い。
    村上の営む焼き菓子屋は、今日も地元の人々に愛されている。
    品数は多くはないが、何を食べても美味しいとの評判を受け、わざわざ遠くからやってくる客もいた。あくまで前線を退いた村上が任務や仕事の合間に一人で製作から販売まで行う店であるため、どうしても不定期の営業になってしまう。にも関わらず日々菓子を求めてやってくる客に、村上は頭が上がらなかった。
    本日のメニューはスコーン、キャロットケーキ、みかんケーキ、クッキーの4種類。そして瓶詰めにしたみかんのコンポート。
    村上の店は、なるべく地元で取れる四季折々の野菜や果物を使った菓子作りを心がけている。春になれば苺、夏になれば桃、秋はいちじく冬は南瓜。市場に出かけておすすめされたものをそのまま買って焼き菓子に混ぜたり、ジャムやコンポートに加工して販売することもある。
    学生時代の村上は日々を慌ただしく、自身の鍛錬のために過ごしてきたが、焼き菓子屋を営むようになり四季の移り変わりを今までより細やかに感じ取ることができるようになっていた。旬の食べ物を知るのはもちろんのこと、気温や湿度によって菓子を焼く際に気をつけることが変わる。自然を相手取ることは難しくまだ失敗することもあるが、新たな学習の場を村上は日々楽しんでいた。それもこれもアドバイスをもらったおかげだと村上は日々来馬に感謝している。

    ボーダー隊員として前線を張っていた村上だが、大規模遠征が成功し人員が増えた結果以前ほどシフトを詰める必要がなくなった。そして大きな流れとして、元々いたメンバーは大規模遠征後に入隊した新規メンバーの育成にあたり、元あった隊のほとんどが解体再編成された。鈴鳴第一も名前はそのまま引き継いでいるが、既に村上も他の誰も在籍していない。現在鈴鳴第一を名乗る子供たちは、同年代で隊を組みA級になることを目標に日々ランク戦などで切磋琢磨している。鈴鳴支部の上席として子供たちを監督する立場にあった村上だが、ある日ふと疑問に思ってしまった。今自分のいるこの立場は、果たして自分で望んだものなのだろうかと。
    荒船は学生時代から温めていた計画を実行すべく後進育成に勤しんでいる。別役も狙撃手の経験と得意のパノラマ作りを活かしつつ、地図作成班でランク戦などで使用するマップ作りや、遠征で得た情報の図面化を行いながら活躍している。皆自分の理想や特技を活かして毎日を忙しく、それでも楽しそうにしているのが会って会話するたびに村上に伝わってきた。一方で村上は流されるがまま、ここまでやってきてしまった。仲間と競い合い強くなることは楽しい。守る力を身につけることで得たものは多い。しかし、今尚こうして古巣に執着しているのは成長なのだろうか。ただの未練でしかないのではないだろうか、と。
    人員にゆとりができ休みの多くなった防衛任務は、大学を卒業してから余計に空白が目立つように感じた。支部を運営するための細やかな仕事は手を付ければキリがないが、それでも村上がいなければ立ち行かないものではない。悩みに悩んだ結果、村上は来馬へ久しぶりに連絡を取とった。

    来馬はボーダーから幹部にと誘いを受けていたが、やりたいことがあると言ってそれを断った。家業は弟に任せたと聞いたが、新たに事業を興しボーダーと市民とを繋ぐ第三者としての役割を果たす仕事を行なっているという。歴史の長い来馬家の持ち会社であることも幸いし、三門市内外の人々への働きかけは順調だそうだ。本部でたまたま出くわした諏訪がやり手だと来馬を誉めていた。村上に気を利かせて嘘を言うような人ではないため、諏訪の言うことは本当のことなのだろう。だからこそ自身のやりたいことを見つけ、それを実現させている来馬に村上はアポイントを取った。忙しいのであれば返信はいらないと伝えたが、来馬が後輩に頼られれば応えない人間でないことは、村上が1番よく知っている。多忙な中、来馬は時間を割き村上を食事に誘ってくれた。
    「久しぶり。元気だった?」
    「はい、いつも通り健康です」
    「鋼は自己管理がちゃんとできてて偉いね」
    高校生だった頃とは違い、村上はとっくに成人している。それでも来馬は会うたびに村上をすごいね、偉いねとよく褒めた。
    「今日は悩み事があってぼくに声をかけてくれたんだよね」
    「お忙しいのにすみません……実は今自分は自分のやりたい事を理解できているのだろうか、と不安になってしまって」
    来馬が指定した場所はチェーン店ではないものの、特に変わったところのない個室の居酒屋だ。最初に頼んだ飲み物と簡単なつまみが届いたところで来馬は村上の話を促す。
    「周りは元々持っていた夢を実現させていたり、成長して新しい場所で実力を発揮していたり、みんなちゃんとしてる。でも俺は学生の頃から何か変わったのかなって……」
    お前たちが羨ましいなんて、そんな事を荒船や別役に伝える事は出来ない。だからといって他の友人や同僚にも絶対に言えない。そんな村上の中で澱のように溜まっていた不安が口を突いて溢れ出す。
    「おれはボーダーに来てずっと楽しくて、サイドエフェクトも受け入れてもらえて嬉しくて、がむしゃらにやってきました。でもその次のことなんて考えてなかった。来馬先輩がボーダーを辞めて俺が隊長になって、必死で隊長を務めて後輩が出来て鈴鳴第一を譲って、それから……それからは多分自分で何かを決めてはこなかったです」
    ただ求められるままに求められたことをこなしてきた数年間。組織が大きくなりできた時間の余裕を実感してやっと、村上は自身の中の虚を自覚した。これでいいのだろうか。否、良いはずがない。だが、それなら一体どうするのが正解か。頼る先が来馬であることを情けないと思うが、相談相手として来馬以外の相手が思い浮かばなかった。
    村上の弱音を来馬は真剣に聞き、なるほどと咀嚼する。しばらく言葉を考えてから、丁寧に来馬は村上を諭す。
    「求められることは凄いことだ。だからそれに応えて来たのは何もしてなかったことにはならないよ、鋼が今までやってきたことは無駄じゃない。まずこれは分かってほしい」
    来馬はいつだって真摯で、その優しくも嘘がない言葉は村上の不安を解きほぐしてくれる。そして、村上は来馬のただ優しいだけではない在り方にずっと救われてきた。
    「でも、今の居場所を停滞だと思うなら、環境を変えてみると良いかもしれない。例えば一人暮らしとかどうだろう」
    「一人暮らしですか?」
    「そう。支部だとどうしても誰かのことを気にかけたりしてしまうだろう?自分のことだけ一生懸命考える時間が鋼には必要かもしれないし、鋼なら探せばきっと自分でやりたいことを見つけられるよ」
    「ありがとうございます」
    自分のことばかり考えた結果が今なのではないかという不安もあるが、無意識下で村上は一人になることを恐れていたことに気がついた。今や別役が支部の下宿を出た時、同級生たちが実家を出たと話した時、村上はいずれも一人で暮らすことを考えることはなかった。三門はもう知らない土地でもないのに、賑やかな暮らしを捨てられなかった。
    「自分で物件を探すのもいいし、特にこだわりがなければぼくのツテも紹介できるよ」
    「確かボーダーにも暮らしの窓口があったかと」
    「そうなの?ぼくがいた頃はなかった部署だな。組織が大きくなると必要だよね」
    寄宿舎でのトラブルや相談、一人暮らしをする隊員の斡旋などを引き受ける窓口があるが、来馬の言う通り、人員増加に伴いできた窓口だ。
    「ぼくの方でもいいところがあれば……あ、一件おすすめがあるよ。新築の空き家で一軒家の二階なんだけど、本部への通路も近くて支部も近くて、何より賃貸に出してないから格安で紹介できる」

    そう言って紹介されたのが現在村上の住まう家だ。来馬は村上へ二階を紹介しただけで、一階部分に関しては使いたければ自由に使っても問題ないとだけ伝えた。しかし村上は一階も貸して欲しいと来馬に申し出た。
    そして本格的に菓子作りを学び資格をとり、ボーダーの任務のかたわら菓子屋を営むようになった。
    過去の村上の抱いていた悩みが、今の村上で解決できているのかはわからない。ただ、間違いなく今の村上は自分自身にしっかりと向き合っている。毎日を村上の意思で必死で生きている。たった一人での運営のため、いつまで続けられるかわからないが、村上は地元の人々に愛され続ける限りは続けたいと思っている。
    そんな中、村上が一等来店を楽しみにしているのは来馬だ。仕事の合間を縫ってやってくる来馬は、やはり多忙なのか日によっては疲れた顔をしていることもある。村上の前で弱音を吐くことはないが、菓子で来馬を癒すことができればと、村上は丁寧に包み手渡すようにしていた。

    「みかんのコンポートだ」
    「今年は綺麗に沢山作れたので店頭に出してみました」
    去年までみかどみかんは焼き菓子のみを出していたが、今年は焼き菓子とは別にみかんを丸ごと煮たコンポートも用意した。
    「涼しげでいいね。鋼が一つ一つ皮をむいたの?」
    「実は裏技がありまして。重曹を使いました」
    重曹やクエン酸を使えば薄皮が溶けて缶詰のようなつるりとした食感になるのだと伝えると、来馬は感心したように頷く。
    「そうなんだ……重曹にはそんな力が」
    「先輩帰りにみかんと重曹買うつもりですね?」
    「やってみたくて」
    「買うなら食用のにしてください」
    村上はおそらく来馬は掃除で重曹を使ったことはないのだろうと思いつつも念のため伝えておく。
    「重曹って種類があるの?」
    「食用だとアク抜きとか臭み抜きとか、あとはちょっとしたふくらし粉的な使い方とかしますよ。でも掃除にも使えて、掃除用の重曹も売ってます。みかんに使うならスーパーの食品売り場のを買ってください」
    「ありがとう勉強になるよ。でもみかんのコンポートは欲しいな。一つ入れてもらってもいい?」
    「ありがとうございます。あとはどうしますか?」
    「全部一つずつで」
    「かしこまりました」
    村上は来馬の言う通り棚から取り出し、クッキー以外を一つずつ薄紙に包んでいく。
    「瓶だけ重いので袋分けでもいいですか?」
    「お願い」
    緩衝材で包み、コンポートの瓶は別の袋を用意し、二つの袋を来馬へ手渡す。
    「生のケーキより日持ちはしますけど、涼しい場所で二日が限界ですよ」
    村上は言外に全て一人で食べるのかと尋ねると、来馬は少し気まずそうに村上から視線を逸らす。
    「今日は甘いものをたくさん食べても良いということにしたので……」
    「お仕事、忙しいんですか」
    普段来馬は健康的な食生活を送っている。村上の店で買う時もどれも美味しそうだと悩んで一つか二つ買っていく。複数購入するときは誰かとお茶をする時と、あとは仕事が立て込んでいる時。
    「あと少ししたら大分落ち着くから、それまでは頑張るよ」
    「頑張りすぎないでくださいね」
    昔であれば来馬の仕事を手伝うと申し出ることができたが、それは叶わない。村上にできることは、作った菓子を来馬へ手渡すことだけだった。
    「ここが踏ん張りどころって時に鋼のお菓子が食べたくなるんだよね」
    「……少しでもお役に立てているならよかったです」
    「いつも本当にありがとう。落ち着いたらまた来るね」
    村上はありがとうございました、と退店の挨拶をする。その声が震えていないか自信がなかった。間接的にとはいえ、来馬の役に立っているならこれ以上に嬉しいことはない。
    村上は高校生の頃からずっと、来馬のことだけが好きだった。
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